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第42話<殲滅戦Ⅲ>

場面展開毎に分けたけども、果たして良かったのかどうか微妙

2022/04/10 漢数字→アラビア数字。一部修正。

 復興歴301年11月10日09時25分

 人類連邦統合軍 第3聯合艦隊第32任務艦隊 旗艦〈比叡〉

 第3更衣室


 お粥主体の食事を胃袋に流し込み終えた式守たちは、そのまま装備品を集中管理している部隊の更衣室へと駆け込んだ。超巨大戦艦とはいえ艦内は入り組んだ個所もあるため、移動には想像以上に時間が掛かる。多くの者は人工冬眠用のインナースーツを脱ぎ捨て、パンツ代わりに使い捨てパンツという名で呼ばれる極薄型紙オムツを履く――宇宙服を着用する以上、着用しないのは社会的な意味で自殺行為――最悪、お漏らしした物が宇宙服の中を漂っているのを他人に見られても気にしないなら別だが。

 第3更衣室は第3人工冬眠室の隣にあり、実質は個人用装備品の集積倉庫である。一応、防火布のパーテーションで区切られているとはいえ女性も――緊急事態の場合を考慮した設計――ここを使用する。

 もっとも個人用ロッカーが果てしなく並ぶような倉庫である。LED灯の眩しい光に照らされた倉庫内は人がいなければ無機質そのものの印象ほどシンプルな倉庫だ。視界も悪く、近くに居なければ女性も同時に使用しているようには全く思えないような部屋だ。個人に割り当てられているロッカーも――宇宙服のヘルメットからバックパックの循環式酸素ボンベのような個人用装備品を入れるため――小さくはない、個人用の私物や着替えも全てここに格納されている。当然のように各部隊ごと密集しているため、着替えるのも女性以外全員一緒だ。

「お前、今更だけど、あの時よく勝てたじゃねぇか」

 不意に掛けられた声に、式守直也は反応し損ねた。

「何の話だよ?」

 声を掛けた主――ボブ・ストライカーは既にオムツを履き終え、上下のインナーを着込み始めている。

「修了儀式のことに決まっているてんだろ。少しは察しろよ、ボケ!」

 そう言いながらも手を休めない。

「主語が抜けてっからわからないんだよ、 クソ馬鹿!」

 買い言葉に売り言葉のように式守も笑いながら返す。こんな言葉のやり取りは日数的には相当に久し振りだが、人工冬眠の所為で感覚的には先週のことを話している感覚に近い。

 式守直也にとってこんな言葉を交わせる相手は、この班の同期たちしかいない。

「――で、天羽とはどうなったんだよ?」

「天羽? 特に何もないよ」

 ボブとしては一気に踏み込んだつもりだったが、結果は暖簾に腕押し。

 だが、この一言はボブだけでなく、周囲にいる男子にとっても衝撃的だった。

「あり得ねーわ」

「うっそだろ、お前!! ただ怪我しただけじゃねーか!」

「残念すぎる! もうお前から請求しちまえよ!」

「チキン野郎が……」

 真顔で葉山が呆れ、陽気なトミーが大げさに喚けば、いつもは興味なさそうなン・バックが絶望し、荒木が吐き捨てるように言った。

「お前ら、なに期待しているんだよ!」

 式守の抗議など誰も聞かない。

「つーか、さ、天羽もせめて『式守君、ありがとう! お礼にデートでも』って誘うぐらいするべきだろ?」

 そう言って、全裸でオムツすら履いていないトミーが肩を竦めた。彼はタイ王国出身でムエタイに代表される格闘技を幼い頃からやっているだけあって、長身で浅黒い肌と引き締まった肉体が目立つ少年だった。

「いやいや、なにまどろっこしいこと言ってんだよ! 俺たちの青春はもう2週間もないんだ! 相手から来ないなら自分から誘えよ!」

 ボブが唾を飛ばしながら、拳を握りしめて力説する。他人のことなのに恐ろしいほどに本気で言う。それがボブという少年の性根の良いところでもあったが、今は少々方向性が怪しかった。

 そして2週間というのは木星宙域に到着するまでの間、彼らが人工冬眠していない日数である。

「うわ~、天羽、マジ悪女。男を弄ぶ悪女だ。元が美人過ぎるからやりたい放題だな」

 ン・バックはこめかみを指先で揉むような仕草をしながら言った。彼の親はナイジェリア出身だが日本軍の徴兵に応じ、息子の彼は日本国籍を選ぶことができた。褐色の肌に五分刈りにしている髪の毛。薄い鼻ひげは海兵隊課程終了後、やっと生やし始めることができた彼にとっては念願の鼻ひげだ。

「やはり、それが女の本性か?」

 葉山が悟ったかのように言う。彼は黙っていれば端正な顔立ちと爽やかな雰囲気を漂わす好青年風の少年。見た目通りの実力もあるが、リーダーシップを取ろうという気はほぼない。だからこそ、天羽がこの班のリーダー的立場に据えられている本当の理由でもある。

「ケッ、据え膳食わぬは男の恥という言葉を知らねぇのか、お前は」

 体格に恵まれ腕っぷしも強いガキ大将気質の荒木だが、妙に諺を使いたがる癖がある。既に六三四に殴られた傷は痕跡もなく治ってはいるが、誰も――本人も含めて、それに関しては話題にしない。

「いやいや、普通は『そこでセックスしよう』って誘うでしょう!! 式守、男だろ、お前!! もう、お互い時間がないんだよ!! ちゃんとヤれよ! お前!」

 ボブの絶叫に近い咆哮を真っ正面から受けて、式守は顔を顰めた。ここまで声が大きいと絶対に天羽の耳にも届いている。天羽どころか、椎名と宮城にも聞こえているだろう。

「いや、そういう下心で代わったわけじゃないから」

「お前、それ本気で言ってんの?」

 式守の弁明に、ボブは思いもよらぬほど低い声音で問い質した。

「な、なにマジになってんだよ」

「……じゃあ、俺が天羽をデートに誘うわ」

 弁明を止めない親友に、ボブはあからさまに見下したような態度で宣言する。

 それに対する反応は式守ではなく、ボブ本人の周囲から湧きあがった。

「気は……確かか?」葉山が冷静に問い――。

「ちょっ、ボブ! お前、本気か?」トミーが慌てて声を上げ――。

「いやいや、今までお前がさんざん――」ン・バックは式守の時以上に呆れたように零し――。

「はぁ……」ただ深い溜息だけを漏らしたのは、意外にも荒木だった。

「うるせぇ!! 俺はセックスがしてぇんだ!! 天羽がOKだったら、その日のうちに押し倒す!!」

「うわ、目がマジだ……」

「おいおい式守、本当にいいのかよ?」

 葉山がドン引きし、ン・バックは捲し立てる様に式守に詰め寄った。

「何がだよ?」

「おっぃぃぃいいい、少しは真面目に考えろよ!」

 色恋沙汰が茶化しのネタと化していて、式守も半ば意地になってシラを切る。

 その様子を眺めて、トミーは何かを諦めたように天を仰いだ。

「ボブ、もうお前が天羽の処女膜を破った方がいいかもよ」

「そういうのは、彼女が決めることだろ」

 式守が務めて冷静に――言ったつもりだった。

「こんっの、ボケェエエエ!!」

「いてぇっ!、急になにするんだよ!」

 突如喚いたン・バックが式守の背中を思いっ切り引っ叩くと、ものの見事に紅葉のような赤い手形が残った。

「ワリぃが、今から俺らはボブの味方だ。少しは自分から動け」

「悔い改めろ」

「お前が悪い」

「少しは天羽のことも真面目に考えろ。覆水盆に返らずだ」

 ン・バック、トミー、葉山に続いて、荒木にまで言われて式守は目を丸くした。

 ボブは一息つくと、まるで初心者に物事を教えるように式守の肩に手を置いた。

「式守。天羽は美人だろ?」

「まあ、水準以上だよね」

 式守が子供の頃を思い返すと、比較的整った顔立ちの義姉妹が多かった。その所為か天羽を特段美人と思ったことはない。だが、世間的には美人に分類されることは分かっている。

「すっぴんであのレベルだぞ!? 顔の傷を化粧で隠せば、そこら辺の女優やモデルにも負けねぇだろがぁ!!」

「あ、ああ……」

 両手で激しく揺さぶってくるボブに、それでも式守は曖昧な返事しか返せない。

 黒人の少年は曖昧なことしか言わない同期を散々揺らした後、座った目でもう一度問い掛けた。

「よく考えろ。天羽は可愛いと思わねえか?」

「……そうだね」

「お前ですらそう思うってこと、誰もがそう思ってんだよッ!」

「そうなのか」

「誰もがお前みたいな草食系インポじゃあねぇんだ。天羽を力ずくでもものにしようってやつもいる。同期どころか、教官たちまで狙ってたんだぞ!」

「やっぱり」

 天羽が話しかけて来る時、彼女の背後から敵愾心剥き出しの視線を何度か受けた経験がある。勘違いで敵意を向けられても困るし、何よりも式守は目立たないことと平穏を好む。気のせいとして片づけて考えてこなかったことだ。

 改めて考えると、狙っていた教官は猿渡班長だろうかと思いついた。そうであれば、あの理不尽さも納得出来なくはない。と、式守はぼんやりと思った。

「天羽だって死ぬかもしれないんだぞ。アイツだって、ちゃんとした想い出が欲しいってこと忘れんなよ」

「……思い出でって、戦艦の中で?」

「――ドアホ」

 意味が分からないという風に問い返した式守に、ボブは真顔で親友の左肩をかなり強く殴った。


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