第41話<殲滅戦Ⅱ>
2022/04/10 漢数字→アラビア数字。一部修正。
式守たち日本航宙軍海兵隊第3177派遣隊が集められた会議室はそれほど広くない。緊急起床自体を優先していたため、作戦会議のための準備などされていない。備付けの机と椅子が並び、少し大きいスクリーンが一枚あるだけのシンプルな部屋に、隊員たちは思い思いの場所に腰を下ろしている。
会議をするだけ――作戦行動の説明なら、それで十分だ。
会議室に最後に足を踏み入れた第3177駆逐戦隊司令、柳田蓮司は心の中でそう思った。
それは事実である。作戦内容としては大したことがない。
我が隊は示された区画を索敵し、仲間を救難または侵入した敵を殲滅する。
彼が気にしているのは迎撃宙域に到着する前に、作戦を――訓練ではない実戦を行う羽目になってしまったことだ。
極々普通の、平凡極まりない可も不可もない士官の柳田だったが、第3次生存戦争布告後からは碌でもないことが続いていた。
忙しい艦隊勤務から外れ、火星での事務仕事が主任務となり、ようやく定年や転職が見えてきた時に――栄転という名の戦場送り。
新しい部下たちも一筋縄ではいかない。未熟なエリートの卵たちと問題児たちの集まり――これに航宙軍と海兵隊の伝統的な仲の悪さが絡み合う人間関係がある。
そして、柳田の部下たちは事ある毎に、彼を厄介ごとに招き入れている。
今から5時間ほど前、彼に一本の電話があった。
相手は直属の上官、増強第17海兵団司令官である黒田大佐。
戦隊司令としてある程度の情報は既に得ていたため、その内容は容易に想像できた。
柳田は嫌な思い出を振り切るように頭を横に振り、部下たちが待つ部屋の中央へと進む。
「――気を付け!! 礼!!」
柳田駆逐戦隊司令の入室と共に、この場の最先任者であるフランチェスカ・〈東郷〉・トモエ少尉が号令を掛け、柳田の部下たちはお辞儀のような敬礼を行った。副長であるバルダークは念のために支援巡洋艦〈阿賀野〉の艦橋にいるため、若い彼女が司会進行役である。
皆が席に腰を下ろし、作戦説明が始まると、まだ18歳の銀髪の少女は淀みなく必要事項を伝えていく。
目的は対象区画での行方不明者の捜索と救助。
その際、敵――異星生命体を発見したならば、即時殲滅。
反人類組織のテロリストであるならば、可能であれば捕縛。不可能ならば射殺。
時折上がる質問も卒なく返し、説明は進んでいく。
「――今回の作戦期間は3日間ということになっていますが、あくまでも目安にすぎません。行方不明者である飯田甲陽3等軍曹の生死を確認するまで作戦行動は終わりません。4日目には一度休止しますが、組編成改編と休養、補給が目的になります。なお、作戦開始から終了するまで、作戦区画より後方区画へは立ち入り不可。理由は比叡のバイタルパートの安全確保。3177駆逐戦隊の受け持ち区画は比叡右舷後方下部第4000から5200の外縁部が主体。区画の細部位置については、各人情報共有フォルダの立体地図を確認すること――」
柳田は、立て板に水のように説明をしていくフランチェスカを眺め、少し感心した。
いま行っている説明は訓練でも練習でもない。実戦のためのものだ。
その証拠に聞いているほぼ少年少女しかいない海兵隊員たちも、無駄口を叩くことなく、司会進行兼説明役のフランチェスカの一挙一動に集中している。
こういった状況下で説明するというのは慣れていないとスムーズにはいかない。
例え、本人がいろいろなことを知っていて、そして喋るべきことを暗記していたとしても、それを一つの演説のように説明するというのは、それなり以上の経験と努力を必要とする。
そして、多くの者と同じように自身も実戦は初めてでありながら、フランチェスカ・〈東郷〉・トモエはそれを滞りなく出来る。
木星の迎撃宙域に到達するまでの間――つまりここ約3か月ほどの成長と元々の資質を合わせて鑑みれば、十二分過ぎる成長だ。
――いや、違う。
作戦説明が終わりに近づいたころ、柳田は考えを改めた。
この少女――いや、この少女たちは、火星で初めて出会ったときには、すでにこのレベルに達していたのだ。
過酷な競争生活を潜り抜けた4名の遺伝子調整者は、木星の迎撃宙域では、この駆逐戦隊の命運を左右する戦力となるに違いない。
幸福と不幸は波のように来るのであれば、駆逐戦隊司令に任命されたことは不幸だが、彼女たちがいることは幸運のはずだ。
柳田はそう思い、顔を上げた。
フランチェスカの作戦概要の説明は滞りなく終わり、次に腰を上げたのは先任下士官である猿渡。彼は概要ではなく、細部説明を行う役だ。
そこで猿渡の教え子たちは、初めて真剣な表情を浮かべる班長を見た。
「細部説明に入る前に、お前たちに一つだけ伝えておく。俺たちの司令官は味方殺しと名高い英雄、黒田大佐だ。あの渾名に嘘はない。12年前、土星迎撃戦で共に戦った俺が証言する。これは脅しではなく、ただの事実だ。黒田は必要であれば、俺たちごと敵を殺す。俺たちには遊ぶ余裕も、手を抜く余裕もない。本気で、死ぬ気でやれ。任務遂行ができなければ、命令違反と同じように扱う男だ。今の俺たちは敵に殺されるよりも、黒田大佐に殺される可能性が最も高いことを肝に銘じておけ」
一瞬、式守直也は猿渡班長が一体何を言っているのか理解できなかった。
周囲に目を配れば、皆同じような表情を浮かべて困惑している。
そのうちの一人、ボブ・ストライカーと目が合ったが、彼は式守に対して小さく肩を動かしただけのジェスチャーを伝えただけだった。
柳田は猿渡の脅しが度を越しているのではないのかと声を上げようとしたが、それよりも早く予想外の人物が声を上げたので、彼は目を丸くした。
発言者は煌めく金髪をツインテールにした少女――フランチェスカの親友にしてライバル――クリスティーナ・〈ネルソン〉・ハンブリング。素早く立ち上がった少女は隠せぬ緊張感を滲ませていた。
「みんな、猿渡先任が言っていることは本当だから。私とフランチェスカが黒田指令に直接挨拶しに行った時に言われたのは、『俺の命令を守れ。でなければ、殺す』と。今回の作戦、私たち航宙士は海兵隊の支援任務だけど、これは私からの忠告。猿渡先任、勝手な発言失礼しました」
「クリスティーナ艦長が、黒田司令を知っているとは思わなかった。直接会ったことがあるならば話が早い」
「直接は、二度と会いたくないです」
フランチェスカも当時の事を思い出して、顔を曇らせながら付け加えた。
「A picture is worth a thousand words――日本語ならば、百聞は一見に如かずですか。諺は本質を端的に表しますが、私も二人と同意見です。人命救助や行方不明者捜索などとは思わず、敵に対する索敵殲滅行動をお願いします」
航宙士たちの度が過ぎると思われる言いように、式守たちは生返事の一つも返せなかった。
猿渡も返事は求めていない。
どうせいつか、皆が嫌でも知ることになる。
ただ、その時には、二度と言葉を交わすことは出来ないだろうとも思う。
「細部の行動予定等を伝える。今回は艦内での敵掃討作戦だ。艦内作戦規定B3を使用する。よって武装もB3だ。我々の担当区画の重力分布は1Gから0Gまでと多彩だが、まずは内部から外部へと索敵するため、筋補助衣の上に戦闘用宇宙服を着用。弾に関しては艦内用フランジブル弾を使用するが、念のためハローポイント弾を各人に1弾倉だけ渡す。フランジブル弾で対処できなかった場合のみ、現場の判断にて使用可とするが、艦内中央方向を射撃禁止方向とする。その方向に関しては何があろうと、上官の許可無くして発砲してはならない。俺か柳田大尉に一報入れろ。それ以外で撃ったならば、生き残ったとしても銃殺刑の可能性は常にあるぞ」
銃殺刑という可能性を現実にして、天羽の背筋が震えた。
まさか、木星の迎撃宙域に行く途中でこんなことが起きるとは、数時間前まで思っていなかった。
隣りに座る椎名を見れば、彼女も緊張のため表情を硬くしたままだ。
猿渡の言葉は続く。
「今日の索敵予定区画は全て1Gから0.7Gまでで特に減圧は必要ないだろうが、体調に異常があった者は即座に申し出ろ。交代人員はいないが、敵を見落とされても困る。索敵網に穴を開けないためにも、まずは俺に連絡しろ。分かったな?」
「「「「はい」」」」「「「「了」」」」「「了解」」思い思いの言葉で返す。
「これからの行動予定を示す。武器搬出0900、配置完了1000、索敵開始1030、索敵完了時刻は担当区域終了後。呼び出しチャンネル31ch、予備32ch。コールサインはB33を使用。食事に関しては申請済みで、第3大食堂に行けば温食が食える。そこで戦闘糧食を2食配布。自動給仕器から出てくるので、受け取るためにも朝飯は必ず行け。本日の索敵行動完了までは戦闘携行食のみだ。予備の水筒も準備しろ。水は好きなだけ持って行け。基本編成は二人一組、組み合わせに関しては現時刻の編成そのままとする。細部変化事項があった場合は各人の情報端末に送信する。肌身離さず持ち歩けよ。俺からは以上だ」
朝飯は食えるのか。と葉山は小さく呟いた。
ン・バックは、葉山がそんなことを呟くとは思えず、我が耳を疑った。もっとも彼自身は食事を終えたら直ぐに、地球に向けて礼拝することに決めていた。
「潜入種に関しては式守2等軍曹、お願いします」
フランチェスカが駆逐戦隊ただ一人の単独戦闘技術者に話しを向けた。
既に完全武装した戦闘用宇宙服を――猿渡が部下に指示したB3以上の重武装――身に付けた武器弾薬だけで20キロは下らない――式守六三四は音もなく立ち上がると、獲物を探すような視線で全員を見回した。
正直、その目を見た柳田は肝が冷えた。
彼の視線にあるものは、威圧感でも威嚇でもない。嘲笑でも冷笑でもない。
まだ見ぬ敵を必ずや殲滅しようとする強烈な意志。
この部下は敵を殺すためなら、上官である自分を巻き添えにすることを厭わない。と、柳谷に確信させるだけの力があった。
同じ瞳を見て怯えた荒木の巨体が竦む。彼が立てた音は誰の耳にも届いたが、誰も何も言わなかった。正確に表せば、言えなかった。あの時――式守六三四に挑み、顔の骨を砕かれて半殺しにされた――の様相を思い出せば、同期たちが荒木を笑うことなど決してない。
式守六三四の射貫くような視線とは裏腹に、その口調は極めて落ち着いたものだった。
逆に言えば、だからこそ怖かった。
「潜入種に限った話しではないがINVELLの特徴は捕食と擬態、それと捕食したものの特徴の獲得だ。俺の見積もりでは、飯田3等軍曹はすでに捕食され死亡している。何かしらの兆候や発見があったならば、本部に連絡を入れ、仲間を呼べ。仮に彼を見つけたとしても、2メートル以内に近付くな。声掛けで言葉での応答があったらば近付いていいが、不用意に近付くな。次に、周囲の安全を確保。呼び掛けを無視して移動するならば追跡、可能ならば射撃して足を止めろ。反応がなくても、近付くな。安易に救助するな。必ず周囲の安全を確保し、2人以上になってから近づけ。このことは絶対に守れ」
「し、式守2等軍曹、ちょっと確認していいかな?」
三上少尉が控えめに手を上げながら口を挟んだが、そのことに何よりも驚いたのは本人自身だと表情に表われていた。
「何を?」
「飯田3等軍曹はもう生きていないという判断は……まだ早いと思うのだが?」
「職務放棄だろうが敵前逃亡だろうが、厳密に言えば銃殺刑の対象。死んだも同然だ。現在、飯田3等軍曹には反人類連邦主義の破壊工作員の可能性も捨てきれていない。索敵は慎重過ぎて臆病なぐらいでも構わないが、報告は憶測を交えず見たことだけを言え」
そこから先、式守2等軍曹は三上少尉を無視した。作戦説明の時間も無限ではない。
「潜入種と呼ばれる単独行動を行うINVELLの特徴は、その高い知能にある。下手な悪ガキよりも遙かに知恵が回る。状況によっては、人と戦っているのと何ら変わりない錯覚に陥る厄介な敵だが、こちら側はそれを数で押し切る作戦方針だ。注意事項は厳守しろ。以上で終わる」
「柳田司令、お願いします」
フランチェスカは説明の締めとして上官の名を呼ぶと、柳田は気取ることなく部下たちの正面に立った。
「緊急起床により、君たちの体調がまだ万全でないことは分かっている。だが、寝たまま死ぬよりはマシだろうと考えて、この任務を喜んで受領した」
一息入れ、その間に部下たちの顔を眺めた。海兵隊員のほとんどは眠そうな顔のままで、半ば寝落ちしているような者もいる。装甲駆逐艦の乗員たちは人工冬眠を行っていないため、そんな様子はないが特段余裕があるわけでもない。
「この捜索及び索敵行動は最悪の事態に備えての対処行動であるが、我々が木星の戦場に到着することが出来なければ、人類は敵と戦う以前の話しになる。我々は今回の地球防衛作戦に参加可能な戦力の約2割強。追撃可能な時間も含め、最も戦闘可能時間が長いのも我々第32任務艦隊であり、我々の戦う時間が短くなれば、それだけ撃破できる敵の数が減り、人類滅亡の可能性が上がるということだ。この事実を忘れずに、速やかに任務を完遂せよ」
柳田はもう一度、この場にいる部下25名の瞳を食い入るように見た。
「――以上、敬礼省略! 直ちに作戦準備に移れ!」語気鋭く命令を発する。
彼の部下たちは足早に作戦準備に取りかかった。




