第40話<殲滅戦Ⅰ>
2022/04/10 漢数字→アラビア数字。一部修正。
復興歴301年11月10日06時06分
人類連邦統合軍 第3聯合艦隊第32任務艦隊 旗艦〈比叡〉
第3人工冬眠室
「さっみぃいいいいぃいいーーーー!!」
ボブ・ストライカーは冬眠カプセルの中で目が覚めるなり、全身を貫く寒さと痛みに悲鳴を上げた。彼は日系黒人として産まれ、健常者として育った、ごく普通の少年だ。浅黒い肌に天然パーマの黒髪、しなやかでバネのある肉体と平均をはるかに上回る身体能力は、彼を見た者のイメージを裏切らない。
そして、式守直也にとっては最も軽口を言い合える友人であり、天羽智花にとっては頭の痛い――だが憎めない――同期である。
乱暴に開かれる冬眠カプセルの蓋に顔を顰めながらも、視界を埋め尽くす白い光に目が慣れるのを待った。寒さに強張る身体を擦って温めようにも、寒すぎて手足が碌に動かない。
それだけで嫌な予感で背筋が寒くなる――本来なら、こんな風に起こされることはないのだから。
「おはよう、ボブ」
「式守ッ! なんだよこれっ! 緊急起床じゃあねえか!?」
半ば予想通りの人物が発した声に、ボブは不満を爆発させた。緊急起床は文字通り、緊急性のある事態でなければ実行されないが、そんな不明確なことよりも、身を刺す痛み――人は寒すぎると痛みを感じるようになる――起こした人物へと怒りが向かう。本当なら掴みかかりたいところだが、冷えすぎた四肢はただ強張り続けるだけだ。
「話が早くて助かるわ」
背後からの聞き馴染みのある少女の声に、ボブは視線だけを向けて悪態を吐く。
「天羽! どういうことだ!? お前らが先に起きているってことは、俺が寝てから2週間も過ぎてねぇだろ!」
「下手すれば、すぐに実戦になるかもしれない」
心なしか青褪めた表情のような気がするが、まだ五感が完全ではないボブは見直すようなことはしなかった。まずは目を瞑りながら一息吐く。やっと冬眠カプセル内に温風が流れてくる。聴覚がまともになってくると周囲から同じように悪態を吐く言葉が聞こえてきて――そして聞き覚えのある声から、自分たちの小隊が起こされていることに気が付いた。
「……式守、いったい何が起きたんだよ」
ボブはそう言いながらインナーのズボンを無造作に下ろすと、尿道に差し込まれているカテーテルを無造作に引き抜く。
予告なしの男性ストリップショー。
たちまち人工冬眠室に天羽の悲鳴が響いたが、ボブは歯牙にもかけない。
金切り声を上げて非難する天羽を完全に無視し、なかなか消えてくれない引き抜いた痛みに顔を顰めた。
周囲を見渡せば、薄暗いはずの冬眠室は煌々と灯りがついており、白いリノリウムのような床で反射する光が晴れた日の雪山のようでかなり眩しく感じた。
「行方不明が出たらしいよ」式守が小耳に挟んだ話題を漏らす。
「自殺じゃねえの?」
「そうかもね。でも取り敢えず、その人が作業していた区画周辺を捜索することになった」
「傍迷惑な……クソ野郎だな」
「作戦説明は一時間後に第73会議室で駆逐戦隊司令自ら行う予定になってる。ボブ、急いだほうがいい」
「早えぇよ! シャワー浴びる時間も碌にねーじゃねぇか――ったく、本当にそれだけかよ?」
「緊急起床かけてるんだから、つべこべ言わないで準備して!」
天羽の金切り声が人工冬眠室に響くが、ボブはさして気にした様子もなく再度周囲を見渡した。
一面の壁に引き出しのように作られている無数の冬眠カプセル。10メートル近い高さを持つ部屋の天井近くまである。そこに変わった様子はない。
友人の仕草で、疑問を察した式守は小声で入り口を見るように言った。
「ただの自殺かもしれないけど、上層部は本気だよ。ほら、見えるだろ」
「おい……どうしてサイボーグ兵がこんなところにいるんだよ」
身長2メートル半を超える身長に鈍色の生体部品と金属で作られた体躯。時折赤く瞬くセンサー類に、普通の人間ならば一人では持つことさえ出来ない大きさの重機関銃を片手で持つ機械化歩兵は、この第32任務艦隊の中で敵本陣への特攻を掛ける精鋭中の精鋭。
普段見ることさえない彼らが、自分たちの冬眠室の入り口を塞ぐように立ち、警護任務に就いている。
それは彼等にとって、とても分かりやすい異常事態だった。
「ボブ、総司令は本気だということじゃないかな」
「……分かった。他の奴らは?」
「猿渡先任も緊急起床した。全員起床だ。一番最後のボブは急いだ方がいいよ」
「それを最初に言えよ! ……ということはマジの総員起こしか?」
「さっきから、そう言っているじゃないか」
「一体、なんなんだよ。分けわかんねぇ」
「分かっていることは二つ。一つ目は一人行方不明」
「二つ目はなんだよ?」
「憲兵隊も動いてる」
思いもよらぬ展開に言葉が詰まった。
「洒落に……ならねぇな」
「今のところ、緊急起床で2個中隊起こされている」
「式守のアニキは?」
唐突なボブの一言に、式守直也は複雑な表情を浮かべた。
「なんで、アニキを?」
「バカ。こういうヤバい時こそ、あの人だろ。俺は本能であの人に賭ける」
真顔で言い切る友人に、式守直也は曖昧な返事しかできなかった。




