第36話<少年と少女Ⅳ>
2022/04/10 漢数字→アラビア数字。一部修正。
クリスティーナと宮城が持論を述べていた頃――。
「式守、何してるの?」
「見れば分かるだろう。銃の手入れ」
頭上からの天羽のじゃれつくような問いに、式守は胡散臭い何かを見るように面倒くさそうに返事する。
そんな少年の表情をみて、無重力でふわふわと浮かぶ天羽はニンマリと微笑えんだ。
彼らのいる装甲駆逐艦後部にある拡張用格納庫は元々海兵隊員が使用するために設計された場所。当然、この場所は装甲駆逐艦〈磯風〉に乗り込む天羽と式守のためのスペースとなる。今はここで生活はしていないが、木星宙域で出撃したら、ここが二人の生活する場所だ。
船外作業を終えた二人は、手持ち無沙汰となり、時間を潰すかのように此所にいた。宮城が式守たちに伝えた最後の指示は解散であり、実質的には自由時間である。
その宮城は浜風艦長のクリスティーナ・〈ネルソン〉・ハンブリング少尉と何やら話し込んでおり、ARMの操縦コンテナからなかなか顔を出さない。
式守はその長い軍隊経験から、上官の会話内容など考えるだけ無駄だと知っていた。
彼はごく当然のように生き残るためにもっとも必要なこと優先していた。
それは極めてシンプルなこと。
事前準備。
精神、肉体、武器、機材、補給物資、医薬品等々。数え上げれば切りがなく、不安を駆られたら終わることがない作業。
今から全部準備するわけでもない。火星で一通りは終えている。だが、完璧でもない。
だから、少年は己が使う武器を手入れする。
真空のマイナス200度を超える寒さのなかでも確実に動作するように手入れする。使用するのは火薬を用いず、銛状の弾芯を射出する20ミリ電磁銃。2メートル近い、長い垂直2連式銃身を持ち、装弾方法は中折れ式。だが、最大の特長は電源部を兼ねる銃床部から延びている太い電源ケーブル。装甲駆逐艦からの給電により撃ち出される弾芯は、宇宙船の移動速度も加算され、それ自体が地球上での戦車砲を軽く超える威力を叩き出す。そうでありながら、電力による射出のため威力の調整も容易い。それこそ拳銃弾程の威力でも撃てる。
だが、電磁砲が持つ最大の利点は、威力の調整ではなく射出時の反動の低さだ。宇宙空間では常に反作用の力が働き、それは決して無視できない。船外作業時に式守たちが使用していた命綱は、宇宙空間での射撃時には、反作用に耐えるためには無くてはならない物だ。
「お前は手入れしないのかよ」
式守がそう水を向けると天羽は少し驚いたように首を横に振った。
「今さら弄ってもしょうがないもん。触ってもいないから大丈夫でしょ」
あまりにも気楽な応えに、式守はこめかみを軽く揉んだ。
「バディの俺まで巻き込むつもりか」
「そんなことないわよ。自己責任よ」
「お前、一人が死ぬならな。わざと言っているだろ?」
今まで皆の取りまとめ役をやってきた少女の、らしくない言葉。
式守は眉をひそめた。天羽とのこの遣り取りは、ちょっと想像し難い。
「だったら、私の銃は式守が機能点検してよ」
「お前、なに言っているんだよ? 自分の命を守る、最後の道具だぞ」
声が僅かにとはいえ、荒げたのも無理はない。
軍隊において自分の武器を自分で整備、点検するのは基本中の基本であり、これに関しては階級も経験も関係ない事柄だからだ。
そして、そう言う考え自体、実戦経験者である式守直也は許すことが出来ない。
自覚なく怒気を滲ませた式守に、天羽は僅かに怯えたように一歩後ずさった。
「だって、自信ないし。そんなに言うなら手伝ってよ」
「お前、今日どうしたんだ。79式なんて目を瞑ってでもできるだろ」
「……不安なんだもん」
天羽の消え入りそうな小さな声に、式守は少しだけ驚き、それから納得した。
どんなに訓練で出来ても、自信がありそうに見えていても、実戦は未知の体験。
それも文字通りの命懸けだ。
天羽が唇を尖らせたまま、不安げに盗み見る。
こちらの顔色を窺う少女に、式守は首をかしげた
「念のために聞くけど、出来ないわけじゃないよな?」
「馬鹿にしないでよ!! 出来るに決まっているでしょ!!」
「う~ん、うまく言えないな……」
式守は言い訳するように右手で後頭部を掻いた。
「夕焼けが好きなことも上手く物事を伝えられないじゃない。今さら驚かないわよ」
笑う少女とは対象的に、少年は少し沈んだような表情を浮かべた。
「天羽は、いま何が怖い?」
「こ、怖いって、何よ。何が言いたいのよ!」
狼狽えた声音が、天羽智花の全てを表していた。
声の震え。感情的ば言葉に、過剰な反応。
人としてごく当たり前のこと。
「実戦が怖いんだろ? それぐらい誰でも――」
「わ、私は志願して海兵隊員になったのよ! 勘違いしないでよ!」
「面倒くせえ……」
式守が心底面倒くさそうに呟くと、意外にも天羽は顔を赤らめて、それから急にしおらしく俯いた。
互いに無言のまま数秒が過ぎ、やがて天羽が謝罪を口にした。
「ごめん。私が悪かった」
式守も追い討ちのようなことはしなかった。ただ、小声で一言だけ言った。
「……銃、貸せよ」
「い、いいよ、私がするから! 式守が言う通り、私がするべきことだし」
「今さら、もうお互い、意地張らなくてもいいだろ。ダブルチェックだ。俺のを点検しろよ」
有無を言わさず式守は組み上げたばかりの愛銃を相棒に軽く放った。
漂うように宙を泳いだそれは、やがて天羽の胸元に収まった。
「……式守ってさ、本当に馬鹿だよね」
「そこはまず、ありがとうと言うべきだろ」
そんなことを言い合いながら、天羽はやっと苦笑いを浮かべて目を合わせた。
「じゃあ、お願い」
天羽が銃架から出した79式電磁銃を式守に渡すと、少年は素早く分解を始めた。それに倣うかのように少女も分解し始める。細かい部品は失くさないように透明な小物入れに入れながらの作業は、大した時間も掛からずに終わる。機能点検として引き金を引き、その遊びを確かめる。そこまで終わると式守は首にぶら下げていた艦内通話用インカムのスイッチを入れた。
「艦橋、こちら海兵隊員。武器機能点検を行いたい。問題ないか?」
その問い掛けに対する応答は少しだけ間があった。それは明らかに戸惑いを示していた。
「こちら艦橋、機関長のリチャードだ。要請は式守2等兵だな」
「そうだ。天羽二等兵の分も合わせて2丁分の電力を要望する」
「問題ない。終わったら報告をするように」
「了解」
既に準備していたのだろう。天羽が壁から伸ばした電力ケーブルをコネクターを式守に手渡すと、少年は接続部を一度目視で確認した後に差し込んだ。極端に長い銃身と短い銃床が余りにもアンバランスだが、無重力空間専用の武器なので取り扱う上で致命的な欠点はない。小さな出力調整用つまみを最低値にして電力を通す。空撃ちのために引き金を無造作に引くと、バチンと銃身内で小さな稲妻が走った音が響いた。それは弾芯を電磁加速するために供給される電気が銃身内を走った際に発する音だった。
身体に染み付いた動きに身を任せながら、彼の意識は無駄な思慮に沈んでいく。
どうして僕はまた、こんなお節介なことをしているんだろうか。
ああ、これはまた同じだ。
繰り返している。
僕は同じ過ちを犯す愚か者だ。
コンバットモンキーと戦うはめになったのは、天羽の代役を申し出てしまったからなのに、何で彼女のために同じような事を繰り返してるのだろうか。
やっぱり、人間は進化しない。
僕は成長できない。
学習していない。
だから、進化しない。
猿渡先任に蹴られ、戦闘猿には噛まれ、天羽の我が儘に付き合っている。
どうしようもない愚か者。
僕の中の何が、僕を動かしたのだろうか?
真面目に考えなくてはならない。
そうしなくてはならない。
生き残るために。
このままだと、僕は誰かのために死んでしまう。
どうしてだろう?
悪い気があまりしないのは。
僕の中の何が、僕にそうさせるのだろう。
天羽が、妹のことを思い出させるからだろうか?
アイツらも急に拗ねたり喚いたり、目まぐるしく表情を変えた。
猫のように訳もなくじゃれついてきたり、気分一つで引っ掻いてくるようなところもそっくりだ。
天羽と、七七三と七七五は違う。
完成個体固有番号持ちの中でも優秀だったアイツらは、きっと今頃は士官候補生になってるはず。
除外された僕や、あり得ないぐらい人生を歩んでいる式守六三四とも違う。
天羽を放っておけないのは、しっかり者のようで、たまに僕に頼ってくるからだろうか。
捨て猫とかは放っておけない性質なのは自覚している。
だけど自己保身を考えて、都合よく救わない自分の性格も理解している。
ああ、だからか。
僕が、あの猿を救いたかったのは。
結局、最後は自分で殺したのに。
僕は優しい振りをしたいだけなのか?
それとも、これは代替行為か?
贖罪には程遠い行為。
それを嘲笑う極めつけの偽善。
いやいや。違う、違う。
ゲームでよく見る単語を思い浮かべても意味はない。
僕はただの臆病者だ。
命が惜しくて逃げ出して、生き残った卑怯者。
誰かに優しくするなんて強いヤツらの特権だ。
僕には人に優しくする資格がない。能力もない。
そのくせして、僕はそれを止めることが出来ない。
止めれるわけがない。
本当はそうしたかったのだから。
あの時に、そうしたかったのだから。
「……式守、終わったよ」
不意に耳元で囁かれて少年は反射的に飛び退いた。呆然とする天羽を視界に入れる頃には、浮いた式守の足は吸着靴のお陰で床に戻り、その場で止まることができた。
「なに、そんなに驚いてるのよ? ぼうっとし過ぎ」
「悪い。考え事してた」
少女の指摘に反論する気など一切起きなかった。
式守は手に持っていた銃の機能点検をもう一度行ってから、艦橋のリチャードに試験終了を告げた。
「天羽、あのさ」
少年の躊躇いがちな声音。続きの言葉が生まれるまでは、それなりの間があった。
少女は静かに、その次を待った。
「仲が悪いかもしれないけど、親、生きてるんだろ? ちゃんと伝えたいことは残しておけよ。僕には出来ないことだから、それにどんな意味や価値を持つか、正しくは分からないけど、残せるものは残した方が良いに決まっている」
ゆっくりと語られた言葉に、天羽は小さな、とても小さなため息を漏らした。
「式守は、私が親と仲が悪いってことを知っていて言ってるの?」
この前、ヒントを教えてくれただろ。と、いう言葉を耳にして、天羽は目を伏せた。
「興味がないふりして、そういうことは推察出来るんだ」
式守はそれには何も応えなかった。
「あともう一回寝たら、戦場に到着するからな」
何気なくを装い、告げた。
四回目の睡眠――つまり明々後日の睡眠は通常の就寝ではなく、人工冬眠だ。
次に目が覚めた時には、木星が肉眼で確認出来るだろう。
それは死地に辿り着いたという証。
戦場に辿り着けば、その瞬間から何もかもが一瞬で通りすぎる。
生きるのも死ぬのも、出逢いも別れも、何もかもだ。
そんな時、誰かに何かを伝え残すことが出来るとは限らない。
「私、ちゃんと書くよ。心のなかにあること、全部文字にして残す」
「そうだね。その方がいい」
生返事を返しながら式守は別の作業に取り掛かり始めていた。いま終わったのは武器。次は、武器よりも意味を持つだろう被害局限化作業で使用する修理工具の点検だ。
「だからさ、式守もそうしてよ」
天羽の一言に、式守の顔には本物の苦笑が浮かんだ。
委員長的な振る舞いをよくする少女は、さっきまでの彼の発言をちゃんと聞いていなかったらしい。
「僕には、親がいないって知っているよね」
「知ってる」
間髪入れぬ回答に――そして、思いもよらぬほど強い口調に、式守は手を止めて天羽を見た。
その少女は、しっかりと少年と視線を合わせた。
形のよい大きな瞳に敵意や挑発の色はない。
僅かばかり潤んでいるように見えるのも気のせいでもない。
ただ、自分の心を正面から見透かすような視線から、式守は無言で視線を反らした。
こんな命が惜しい臆病者の心なんて、誰にも見せたくなかった。
「式守は、式守が私に思っていること全部、なに書いても怒らないから、全部書いて」
「天羽、なにを――」
式守が続けようとした言葉は音にならず、ただの呼気となって唇から漏れた。
顔を真っ赤にした天羽が、泣き出しそうな顔で、それでも彼から目を逸らさずにいる。
「私も式守に思っていること、全部正直に書く。代わりに式守の愚痴も、お願いも、何もかも私が受け止めてあげる。だから、式守も正直に全部書いて」
「遺書なんて火星にいたときに書き上げたよ」
「……本当は、それに、何も書いてないんでしょう? 遺言を届けたい人がいないから」
予想もしていなかった人物に真実を言い当てられ、式守は完全に言葉を失った。その上、元々口が回るような性分でもない。応えに窮した少年は視線を床に落とした。
「……ごめんなさい」
天羽も力なく視線を落とす。
安易な言葉は言えない重苦しい雰囲気。
お互い顔は見えない。それに少し救われている。
「いま言いたくなった文句でも、罵倒でも、何でもいいから……私宛に書いて、それをください」
天羽は式守に深々と頭を下げると逃げるように立ち去り、少年は暫くたってから床から視線を天井へと変えた。
「……書けるわけないよな」
己の耳にさえ届かない囁き。
こんなに臆病な僕が、天羽智花に本音を残せるわけがない。




