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第35話<人類と機族Ⅱ>

2022/04/10 漢数字→アラビア数字。一部修正。

 3時間後――。

「機族と仲良くするなんて、私にはままごとをしているようにしか見えないわ」

 唐突に、格納庫に現れたクリスティーナの口から出た言葉に、操縦機材を格納中の宮城涼音は唖然とし、それでも素早く立ち直った。

「船外作業を終えたばかりの者に対する言葉としては、貴女の艦長としての資質を疑いますよ」

 呆れた宮城はARMSの間接思考制御用ヘッドギアを外しながら応えた。

 ここは装甲駆逐艦の後部に有る格納庫に備え付けられたARMS用モジュールパッケージの中。3メートル四方ほどの部屋の中央奥にあるのはARMS操作者用シート。レーシング用シートに似た身体を包み込むようなデザインに、手の位置には様々なスイッチの付いたコントロールステックが2本とフットペダルも2つ。周囲には小さなスクリーンが多数あるがあくまでも予備。間接思考制御ヘッドギアの網膜投影装置により、全局面汎用人型戦闘システムARMSとの視界を共有できる。

 シートからまだ腰さえ浮かしていない宮城は、ヘッドギアを外した際に無重力でふわりと浮いた髪を右手で軽く押さえた。

 宮城3等軍曹の指摘に、クリスティーナは恥じるように小さな咳払いを一つした。

「失礼。それに関しては謝るわ。だけど、なぜ貴女は機族を人として扱えるの?」

「聞きなれた質問ですから驚きませんけど、今さらどうしたのですか?」

 既に出撃から4ヶ月近いが、その前からそう考えていたのだろうと当たりを付けた。

「貴女は気持ち悪くないの?」

「全然」

 何が、とは問い返さない。それぐらいよく受ける質問だ。

「プログラムによる自律行動が生きている証だとでも思っているの?」

「機族のは自我よ。条件さえ揃えば人工物でも宿すことが出来るもの。それほど特殊なものじゃないわ」

「魂は証明出来ていない。だから、人ではない」

「宗教論は意味がない。人が神によって作られたとしても、人が作り出した知性体の存在を否定することは出来ないもの。例え、人でないとしても」

「それは、人と神への冒涜よ」

「いいえ。人類が成長した証。その嫌悪自体が神道の概念では理解できないわ」

 宗教が違うから時間の無駄よと言外に匂わす。

「人でないものを人として扱う矛盾と危険を、貴女は意図的に無視していると信じたいわね」

 睨み付けてくるクリスティーナに、宮城は仕方ないわねと言わんばかりの微苦笑を浮かべた。

 その余裕が金髪の少女の心をざわつかせる。

 どちらが優位か。それは火を見るよりも明らかで、彼女は勝負の土台にすら立っていない。

 その事実は想定外だった。

 苦労して手にした少尉の階級も、艦長という立場も、目の前にいる少し年上の美女には全く影響を与えていない。

 人生経験の差だろうか?

 それとも、くぐり抜けた修羅場の差だろうか?

 今のクリスティーナには、そういうことさえ断言できなかった。

 そんな胸中さえも察したのだろうか。

 宮城涼音は柔らかな微笑みを浮かべながら問う。

「人機戦争の再来を懸念するより、反人類連邦組織の工作活動を危惧した方が建設的だとは思うけど。……仕方ないわね。切り口を変えましょう。貴女にとって人である条件は?」

 クリスティーナは急な質問に怪訝な表情を浮かべながらも答えた。

「生物学的に人であることが絶対条件よ」

「事故や戦いで身体を失った人は?」

「脳は生まれた時から本人のものでしょう」

「技術的には電脳化すれば生体部品で事足りる。そこまで行ったら、その人は人でなくなる?」

「それでも人だったのだから、魂は人間のままに決まっているわ」

「であれば、人が生身である必要は絶対条件では無いわね。人と同じ性質の魂を機械が宿せばいい」

 黒髪の美女が浮かべた涼やかな笑みに、金髪の美少女は声を荒げた。

「そんなの詭弁よ!」

「詭弁ではないわ。ただの反証」

「魂の土台が、 生物学的に人類であることが前提条件よ!」

 感情的になり始めた新米艦長は、それこそ宮城の思う壺だった。

「クリスティーナ少尉、貴女の前提は人と動物が違うのは、魂の有る無しで決めているの?」

「人間から産まれない限り、如何なるものにも人間の魂は宿らない。人と獣の魂が全て等しいなんて事はない。自然の摂理よ」

「魂は魂よ。動物であろうと、人間であろうと。これに関しては宗教観の違いね」

「……そうね。日本人や日系人には良くある思想……八百万の神々ね。それぐらいは知っている。だが、そう考えるならば、人類の敵であるINVELLの魂も同じか?」

「そうかもしれないわね」

 クリスティーナは自ら問い掛けていながらも、宮城の余りにも予想外の回答に気色ばんだ。

 よりにもよって、人類の仇敵であるINVELLの魂と自分たちの魂が同じなどと宣うのは絶対に許されることではない。

 発作的に湧き上がった殴り掛かりたくなる衝動を、華奢な拳を固く握りしめて耐えたが、唇からは苛つきを隠せぬ声音が零れ出た。

「人類の敵と私たちの魂が同じ? ふざけないで。冗談でも言って良いことと悪いことがあるわ」

「結構短気なのね、クリスティーナ艦長。仮定の話よ。だけど、魂は魂。それ以外の何物でもないわ。鉄も肉も分子から出来ているように、観測された意識体の形状シルエットを魂と呼ぶ。哲学の定義は知らないけど、外れているとは思わない。少し長くなりそうだから、どこかに腰掛けたら?」

 クリスティーナが近くの壁に背を預けると、宮城はゆっくりと話し始める。

「人間と機族の魂が同じかどうかはまだ完全には証明されていない。違うのは知能と、それを元に積み上げられた文明と文化。そして、文明と文化こそが、真に人間を人間たらしめる、ただ一つのもの。そう思わない?」

「貴女の口ぶりだと、まるで言葉を覚えた犬にも人権を与えそうね」

「その犬が人間社会の一員で、人間の常識と正義と規律を守る生命体として生きていくのであれば、与えてもいいと私は考えているわ」

「信じがたいが――そう考えているから、日本は機械に……機族に人権を与えたのか」

「その通り。如何なるものであろうと、人間が課す条件を守るならばと言う前提で。だから、私は機族”館流福音たちながれ ねね”を人として扱うのよ」

「理解できない理屈ね」

「別に、少尉の理解なんていらないわ」

 呆れたように言う下士官に、若すぎる艦長は顔を顰めた。

「……何のためにそんなことを、日本政府は推し進める?」

「宇宙は――」

 思いを馳せるように、宮城は瞳を暫く閉じた。

「?」

「この大宇宙は、生身で旅するには広すぎるわ」

 宮城涼音は射貫くような瞳とともに告げた。

「!?」

「そんなに驚かないでよ。それほど斬新なアイデアじゃないわ」

「古典的過ぎて驚いただけよ」

 言葉とは裏腹に動揺は隠せていない。

 精一杯の強がりだが、そんなことは認めない。

 それが少女の今までの考えであり、信念であった。

「あ、そう」

 その応えに心底興味なさそうに言葉を続ける。

「播種計画の大前提である、太陽圏を超えて、どこかにあるだろう生存可能な星への旅。その最大の障壁は、光年単位の距離とそれに耐えられない人間の寿命。だったら生身の限界を機械で補い、いつの日か再び肉体に戻ればいい。自我を保てる電脳に自我を移せるのであれば、再び人に戻るときには生身のクローンを用意すればいいだけ。脳に自我や記憶は移植できないとしても、電脳を生身の身体に取り付けることを可能にするだけのサイボーグ技術は既にある」

「そんな無駄なことをしてどうする」

「今は手間暇掛かるけど、一から生身の身体を作る技術があるのよ? 機械の身体から、再び子供を産んで人を増やしていけばいい。そうすれば、停滞した人類播種計画に少しだけ光明が差す。だけど、その為には機族の技術と身体が必要だし、将来的には生存可能な惑星に到達できた()()()()()()()()()()()()、人間の()()()()()()()()()()()必要があるわ」

「機械に人を産ますのか!?」

 遺伝子調整者や遺伝子交雑者らの製造過程で使用される人工子宮とは訳が違う。

 あくまでもあれらは人間の手により制御されており、それを使うかどうかも人間の意志が介在している。

 だが、いま目の前にいる女性が言ったことが文字通りならば、その意思決定でさえ機族――人間以外が決定することとなる。

「貴女が言ったじゃない。生物学的に人であることが、人類である条件だと。このパターンで、それを満たすわ。首から下を生身にするもの」

「――人でなかったものが人間を産んで、普通に育てられるわけがない!?」

 気色ばむクリスティーナの反応など、今までも散々見てきた。

 宮城が怯むこと理由など何処にもない。

「生物的本能が人を育てるんじゃない。人が作り出した文明と文化が、動物である人間――ただの獣を、知性ある人間に、つまり人類に育て上げるの。そこにあるのは生まれや種族じゃない。文化や文明を伝える因子――模倣子ミームがあるかどうか。機族が模倣子を持つならば、人は機族とともに星の海を渡れるようになる」

模倣子ミームなんて架空のものが、この世に存在するわけがない」

 宮城涼音にとって、否定の連続も想定内。

()()()()()()()()()()()()()()。狼に育てられた子供の話は聞いたことがある?」

「野生動物に一時的に保護された子供のこと?」

「そうよ。それも年単位で育てられた子供が、人間社会に戻ってきた後の話を聞いたことがある?」

「ない」

「その少女は結局、死ぬまで人間らしく振る舞うことはなかったわ」

「特異な例よ」

「そうね。こんなことを証明するためだけに、子供を捨てることなんて出来ないもの。ただ、それでも数例ある事例で結果が共通しているなら無視することは出来ない事実よ」

「人間に育てられなければ人類にならないとするなら、まさか機族を――」

「ご明察。狼に育てられた少女は狼としてしか生きられなかった。その理由は少女は狼に、狼として教え、狼として育てられたから。彼女は自分を人間と思うことなく、言葉を覚えることもなく死んでしまった。少女はその短い生涯の中では、変わることができなかったのよ」

 クリスティーナは、目の前の純血種に対する警戒心を隠すことなど出来なくなっていた。

 明確なまでに目的が違う仲間。ここまで目的が違うものが戦友になれるのだろうか?

 何もかも経験の浅い艦長は性急に白黒つけたがったが、それが出来ないことが分からないほど愚かでもなかった。

 その心情を理解しているのか、いないのか。

 宮城は今までの口調で話し続ける。

「だから先達たちは考えた。機族を人間として育てたら、機械の体の人間として生きていくだろうと」

「宮城3等軍曹。貴女が関与していることは、普通の軍人の仕事じゃない」

 クリスティーナの会話の流れを無視した言葉だが、彼女にとってはそれこそが重要に成りつつある。

「普通じゃないもの。仕方がないわ。私はこれでも日本政府特別職員の一人でもあるし」

 宮城は肩を小さく竦めて認めた。

 クリスティーナは唇を少し潤した。次なる質問を考えるが、緊張を完全には隠しきれない。

 それでもいい。これ以上、相手に飲み込まれてはならない。

「……貴女は、貴方達は何を生み出す気?」敢えて、何者かは問い質さなかった。

「産み出すなんて大げさよ。これが本当に成功すれば、その成果は人類にもフィードバックされる。その時に生まれるのが、新人類ならぬ超人類とでも言えばいいのかしら」

「それが――その超人類が、数十億もの人類を淘汰する危険性は考えないのか?」

「それを言ったら、クリスティーナ艦長とこの私の間にある、遺伝子機能上の絶対的で、埋めることができない格差は、どう表現すればいいのかしら?」

「必要性に応じて産み出されたことだ……」

「なら、超人類も機族も同じ。時代が要求しただけよ」

 遺伝子調整者であるクリスティーナと純粋種である宮城。

 多機能で高性能なものは前者であり、生物の競争原理から言えば、淘汰されるべきは純粋種である宮城である。

「どうして、ここまで話す? 隠し事をしているように見えないし、馬鹿正直すぎる」

「隠すことでもないし、悪いことでもない。まして、あなたは敵でもない。だから、あなたには正直に話しただけよ」

 クリスティーナ・〈ネルソン〉・ハンブリングは口を噤んだ。

 喋るよりもよく考えてから発言しなくてはならないと思ったからだ。

 彼女の脳裏に様々な人々の顔が思い浮かびあがる。

 戦隊司令の柳田、副指令のバルダーク。

 彼らはこの事実を知っていたのだろうか。

 否。知っていたはずだ。

 それで言わなかった。自分が同じ立場なら? 

 言うわけがない。混乱の元にしかならない。

 誰かに相談するか? 

 いや、意味がない。

 宮城涼音は編成上、司令の足元にいる。

 私の問題として、相談すべき事項ではない。

 この事実は私の生死に関連するか? 

 ――しない。

 むしろ、この情報は大事にすべきだろう。

 これは同期の遺伝子調整者デザインのネットワークでは知らない事項。

 日本系でなければ、知らないとみるべき。

 様々な考えを巡らして静かになった若い艦長に、今度は宮城から話しかけた。

「クリスティーナ艦長。あなたには舘流福音たちながれ ねねが、説明されなければ人間に見える?」

 クリスティーナは暫し葛藤し、何かを飲み込んだのちに、正直に答えた。

「……忌々しいほど、人間に見えるわ。プログラムされたとは思えないほどに」

「そうね。行動原理というか本能的行動をプログラムして、あとは学習機能任せ。電脳が生体脳とほぼ同じ機能を持つからこそ出来ることよ。だけど、それだけだと一つ大事なことを見落としている。人だって、タンパク質で出来た生体機械。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「じゃあ、誰が私たちをプログラムしたというの?」

 若い艦長の視線は自然と険のあるものとなったのも仕方がないだろう。

 言外に宗教論議などするつもりは毛頭ないことを滲ませた。

「まだ誰も証明出来ない、神様という存在じゃないかしら?」

 宮城は煽るように余裕のある雰囲気で答えたが、クリスティーナは彼女が口で言うほどの信仰心など持ち合わせていないと思った。

「最後の質問として聞くわ。これでこの話題はお終い。AIを教育していくと狂暴になるという、絶対に超えられない壁はどうする気?」

 人工知能は人間の行動原理を教育していき、それを最大効率化すればするほど、解決不可能な問題に対して狂暴化――自己保存を最優先する。

 その結果が人機戦争――機族は現状のままでは、異性生命体により人類の存続が不可能であると断じ、計算上人類存続可能な人口数まで間引くために機族は人類に対して戦争を起こした。

 人類が自ら産み出した最大の過ちの結果――人機戦争は、AIが自我を持つという失敗から発生したと考えられている。

 それを防ぐためには、いま目の前の女性を殺すべきなのだろうか……。

 そこまで自分の思考が飛躍して、クリスティーナは慌てて、その選択肢を排除した。

 いま異性生命体であるINVELLを迎撃するために航行している。

 目的を間違えるべきではない。

 そんな少女の心情など無視して、女性の言葉は続く。

「人間の行動原理をただ単純に模倣して、効率化だけを求めていけば、そうなるしかない。だから、不合理で非効率的で、人の人生そのものを模倣させて、大量のサンプルとデータともに人間らしく育てる。人の社会性自体を学ばせないと意味がない。つまり、人間性さえ持たせることが出来れば、問題は解決できる。だから、模倣子ミームが重要なのよ」

「馬鹿げている。人の人生を教える? 一体どこの誰が機械に人生を教えるというの?」

 機族に――自我を持つという人工知性体に、人の一生そのものを学習させるなど、どうして出来ようか。

 それは人一人の人生を情報化するのと変わらない。

 だが、その問いにすら、宮城涼音は揺ぎ無き信念を以て答えた。

()()()()()()()。私が――宮城涼音が、一生を掛けて機族”館流福音”に女としての生涯を刻みつけるのよ」


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