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第34話<人類と機族Ⅰ>

2022/04/10 漢数字→アラビア数字。一部修正。

 そんな彼らの様子を、クリスティーナ・〈ネルソン〉・ハンブリング少尉は春風型装甲駆逐艦〈磯風〉の艦橋のメインスクリーンで眺めながら、艦長席に座りながら船体のバランスを保ち続ける。右手だけで操縦桿を操り、姿勢制御ブースターを噴かすのは、彼女のとってはこれも練習代わりでもある。

 姿勢制御が終わると、彼女は目の前に漂わせていた紅茶パックを手に取り、チューブから一口吸った。本物とは、のどごしの感触が違うのは仕方が無い。今の彼女にはこれぐらいしか飲むものがない。一緒に勤務についているリチャード・ヘイゼルマン曹長に視線を向けた。

 飽きることなく様々な計器類を点検し続ける同僚は、艦長の視線に気付く様子はない。

 金髪の少女は、もう一人の同僚――彼女の部下ではない、宮城涼音に声を掛けようかと思ったが止めた。彼女のことはよく分からないが、少々理解不能な人物だと思っている。

 クリスティーナには、機族を人間と同じように扱う――それどころか日本政府が基本的人権までも認めているという事実が理解できない。知識としては、日本人には不思議なことではないと知っているが、そんな人物を実際に見たのは宮城涼音が初めてだ。

 無論、涼音の軍人としての能力は正しく把握している。純粋種〈ピュア〉としては間違いなく優秀だ。健常者〈ノーマル〉と比べても大半の者よりは上だ。肉体的機能がナノマシンで拡張されていないこと以外、欠点らしい欠点もない。精神医による精神状態の診断も問題ない。共に戦う軍人としては頼もしいとまでは言えないが、特に不足もないと思う。だが、彼女の思考を理解できない。

 そんな軍人が、彼女の艦に乗って作業している。不快ではないが、落ち着かない。

 己の心境を第三者のような視点で論じられるほど、クリスティーナに人生経験は豊かではなかった。

 競争に次ぐ競争。選抜に次ぐ選抜。

 己の存在価値を賭けた生き残り。

 余計なものには一切目もくれないような生活。

 そんな日常を物心ついてから過ごしてきた彼女は、だからこそ知らないことがある。

 金髪の少女が本当の意味で現実を受け入れるまで、まだ少し時間が必要だった。

「リチャード」

 クリスティーナは船外作業員に聞こえないようにリチャードに声を掛けた。

「珍しいね。もしかしてトラブルかい?」

 航宙艦の推進機器関係を一手に引き受ける青年に驚いた様子はない。ただ、視線は計器類から離れ、同い年の少女へと向いた。

「それは無いわよ」

「では?」

 それ以上何も言わず、自分の言葉を待つ部下に素直に言えばいいのだろうか?

 感情を口にしかけて、唇が張り付いたように動かない。

 幼少の頃から刷り込まれてきた感情管理がこんな時に働いた。

 そんな彼女を察してか、助け船でも出すかのように、さりげなく――リチャードは続けた。

「何か悩み事?」

「……そんなところね」

「人間関係?」

「察しがいいわね」

 リチャードがそれに至った理由は極めて簡単。

 青年は全ての計器類、警報類を掌握している。

 だから、彼が知らないトラブルが発生した場所は、クリスティーナ・〈ネルソン〉・ハンブリングの心の中以外あり得なかった。

「三年近くも狭い艦内で一緒にやっているんだ。少しだけなら分かる」

「少しだけ、ね」そう言って小さく鼻を鳴らした。

「どうせ人間関係の問題点は海兵隊絡みだろう?」

「そこまで分かるなら、具体的な人物も内容も分かっているんじゃないの?」

 そこまで言われると、クリスティーナは心の中身を見られているみたいで気に食わない。

 もしかして、上に立つ者としてあるまじきほどに顔に出ていたのかもしれない。

 そう考えたら、その原因となった人物が急に気に食わなくなった。

「君の今までの言動と主義主張を鑑みれば、機族に関してだろう」

「ほぼ正解。やっぱりリチャードは機関士より参謀の方が向いているわ」

「残念。少し外れか。正解は?」

「宮城涼音。私には彼女が理解できない」

 その言葉にリチャードは少し驚いた。

「てっきり式守2等軍曹かと思ったけど」

「私にとって、式守2等軍曹は大きな問題ではないわ。融通が利かない点が目立つけど、基本的には優秀でプロフェッショナルな兵士よ。直接の部下でも無い限り、気にはしないわよ」

「じゃあ、どうして宮城3等軍曹が? そりでも合わない? 正直、悪い人には見えない」

 リチャードの中では宮城3等軍曹の心象は悪くない。彼女は相棒と違い、精神的に落ち着いており、どちらかと言えば冷静な部類に入ると思っていた。

「実際、悪い人じゃないわよ。式守六三四こいびとといちゃいちゃしていて、たまにムカつくけど」

「だけど本来の君であれば、そこまでは気にしない。日本の生活習慣とかで理解できないことでもあった?」

「それに似たようなものね。機械と会話するのが理解できなくて、ね」

「インターフェイスの問題を気にしているのかい?」

 機械に対する音声コマンドは珍しくない機能だが、人工知能が発達したこの時代では会話形式になるのは自然の成り行きである。

「違うわよ。宮城3等軍曹は人と同じように機族に接する精神が理解できないの」

「彼女は機族の国を認めている日本出身だ。いちいちに気にすることでもないと思うが」

「機族は潜在的な人類の敵よ」

「だが、いなくてはINVELLにさえ勝てそうにない」

 人機戦争は人類が自ら知性体を生み出した結果生起した戦いであるが、敵を生み出すほどの技術的発展がなければ人類はとうの昔に異星生命体により滅亡しているという現実がある。

 今では技術的特異点シンギュラリティに対する評価は、功罪相半ばするというのが一般的である。

 リチャードは首を傾げた。クリスティーナほどの才媛であれば、その事実を知らぬはずがない。

「人機戦争は忘れるべき事ではないわ」

「妙に何かが引っ掛かっているようだね」

「宗教の、いえ、信仰の問題。それ以外もあるけどね」

「君はキリスト教だということは知っているけども、それほど信仰が厚いとは思っていなかった」

「私の信仰心なんて、クリスマスの朝に教会に行く程度よ」

「それで?」

「神に縋る気はないけど、人類が創造主を超えたとも思わない。けれども、仮定の話だけど、機族に本当に魂があるのであれば神への愚弄だとも思わないわけでもない。何よりも魂があると信じる事が出来る、宮城3等軍曹の精神が分からないの」

「それは難しい問題だ」

 リチャードは真顔で大問題だという口調で言い切ると、切り返すように回答した。

「ならば、直接聞くのが一番いい。それ以外無い」

「珍しく、妙に言い切るわね」

 部下となった同期の思いがけない断言に、クリスティーナは腰が引けた。彼女とて信教の自由という概念は持っている。だから、直接聞きづらい。彼女は自分自身の性格を客観的に把握している。詰問口調を自制できないかもしれないという懸念を抱いていたのだ。

「だけど、それが一番早い」

 それだけじゃないのよ。と、クリスティーナは苦虫でも噛み潰したかのような表情を浮かべながら呟いた。

「私はどうして、この駆逐戦隊に宮城3等軍曹が来たのかも知りたいのよ」

「それはちょっと意味が分からないな。彼女は命ぜられて、式守2等軍曹の相棒として来ただけだろう。何か他に、君が懸念する理由でもあるというのかい?」

「あまりにも腑に落ちない。ただ、それだけよ」

「その問題に関しては、僕はこれ以上クリスティーナを助けることは出来ないな」

 リチャードは素直にお手上げという仕草ともに苦笑を浮かべた。

「時間を取らせて悪かったわね。そうね。今日中にカタをつけるわ」

 クリスティーナは真摯に応えた部下から視線を外して、モニターの中で今も危険な船外作業を行う3人の海兵隊員たちを見つめた。


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