第33話<少年と少女Ⅲ>
2022/04/10 漢数字→アラビア数字。一部修正。
復興歴301年11月9日10時46分
人類連邦統合軍 第3聯合艦隊第32任務艦隊
金剛型宇宙戦艦<比叡>中央ブロック左舷 第48係留所
天羽智花は今、人を3割ほど大きくしたような無骨な宇宙用強化外骨格を身に纏い、船外作業に従事していた。
彼女はここまで自分が来た航跡を見てみようと太陽を探した。
しかし、その眼に映るのは小さな星々の灯りしか見えない無音の闇。
遠くを眺めていると失せる距離感。
浮遊感が感覚を支配し、肉体の重みが恋しくなる不思議な感情。
何もかも自由に動けそうな軽さ。
宙に浮かぶ自分を繋ぎ止めるのは装甲駆逐艦〈磯風〉から伸びた一本の命綱。
空気すらない此処で命を繋ぐのは、身に纏った宇宙用強化外骨格だけだ。
彼女の意識を現実へと戻すのは、手元の工具と目の前にある装甲駆逐艦〈磯風〉の半壊した第2増強装甲の惨状だ――今日はこれを交換するのが任務。
足元から50メートルほど離れた場所には、大地のように存在する巨大な〈比叡〉の外殻装甲が見える。
彼女の視線の先では、式守直也が同じ装備を身に付けて、ちょうど船内から出てきたところだった。
「式守、ラチェットとモンキーレンチ、早く持ってきてー」
「急かすなよ、まだ始まったばかりだぞ」
無線機での他愛もない遣り取り。
「天羽、第1追加装甲と第2追加装甲の連結器は外し終わった?」
そこに、もう一人加わった。
今日の船外作業での実質的現場責任者である宮城涼音だ。
「まだです。まだ掛かります」
「所用時間は?」
「10分ぐらいかも……しれません」
「5分で終えて。その間にクレーン・アームを掛けるから。福音、準備いい?」
『涼音様、その場でお待ち下さい。アンカーをARMSの右腕1メートル横に下ろします』
「了解。よろしくね』
宮城は巨大な船外クレーンを操作している親友に合図を送ると、200メートルを超える装甲駆逐艦さえ小さく見える4本の巨大な爪を持つマルチ・アームが、装甲駆逐艦〈磯風〉の第2追加装甲――外側に取り付けられた約10メートル四方の数十枚の装甲板をつなぎ合わせたもの――へと近付いてきた。
その巨大な爪を待ち構えるのは、全高5メートルほどの灰色を基調とした鋼の巨人――全局面対応汎用戦闘システムAll Round Multipurpose battle System――略してARMS、または見た目から俗称BMとも呼ばれる人型兵器。
大量生産を前提とした兵器らしく無骨で外連味のないデザイン。直線と曲線、そして傾斜が混じり合った形状は避弾経始――装甲を斜めにして敵の攻撃を逸らして弾くという設計思想の表われ。駆動モーターが組み込まれた各関節は無骨で単純な作り。大きく張り出した肩と予備弾倉を取り付けた前腕部。膝から下が極端に太くて大きい脚部。腰には命綱兼用ウインチ付きワイヤー。両腰に取り付けられた移動用のロケット・エンジン。背には鉄の十字架――その先端には姿勢制御用スラスターが埋め込まれた宇宙空間用推進ユニットを背負う。胸部は搭乗者の空間を稼ぐために異様に分厚い。そして、胸部や脚部、腕部を問わずに取り付けられた分厚い追加装甲の数々が、より一層、見る者に兵器だと知らしめていた。
今回、この全局面対応汎用戦闘システムを操っている宮城涼音は搭乗していない。この人型兵器は装甲駆逐艦〈磯風〉と有線接続されており、彼女は内部から拡張感覚を利用した操縦システムで遠隔操作している。
この人型兵器は、ワイヤー等の命綱で航宙艦と連結して戦闘を行う。そうしなければ航宙艦が高機動で動いたり急加速した際、暴れ馬に跨がるカウボーイのように振り落とされてしまう。たかだか全高5メートルほどの小さな乗り物の推進機関では大して移動できない。文字通りに宇宙空間に捨てて行かれるのと変わらない状況になってしまう。
『涼音様、どうぞ』
宮城涼音が操る五菱重工業製の正真正銘最新鋭ARMS零式B型。その無骨ながら繊細な動きを行う五指が、福音が操るクレーン・アームから伸ばされたハイパー・カーボンのワイヤーを束ねて作ったクレーンワイヤーを掴んだ。
「掴んだよ」
ARMSを浜風の中で操る涼音の首の動きに合わして、カメラ等の各種センサーが集中している零式の頭部は足下を見た。そのカメラの映像は網膜投影装置兼HUDバイザーを通じて、宮城涼音の網膜に映像を映し出す。
練習艦隊のリバプール級装甲駆逐艦の倍ほどの全長約200メートルで、より鋭い槍の穂先の形状を持つ春風級装甲駆逐艦〈磯風〉に取り付けられた厚さ3メートル以上ある追加装甲は、猫が枕で爪を研いだような数条の傷跡が刻まれていた。様々な種類の合板や特殊鋼を合わせて作られている追加装甲だったが、それらは完全に切り裂かれている。それどころか、一部では涼音のARMSが立っている第2追加装甲のみならず、その下に数メートルの隙間を空けて設置されている第1追加装甲までも同じ有様。〈磯風〉の本体の装甲にも傷はあったが、幸いにして内部にまで損傷は届いていない。
涼音は損傷した追加装甲の1枚を選び、ARMSで器用にクレーンワイヤーを縛り付けた。あとはその第2追加装甲と第1追加装甲を繋いでいる取り付け台の固定ボルトを、式守直也と天羽智花が外すだけである。
急かして失敗されても――特に、回収すべき固定ボルトを落とされても困る。秒速40キロで移動中の戦艦〈比叡〉から定期航路上にデブリを落とすなど言語道断だ。
「しかし、不幸中の幸いよね。このデブリ痕」
『はい、福音もそう思います』
戦艦〈比叡〉の外壁に無数にある係留所に、第32任務艦隊の航宙艦の半分ほどがコバンザメのように固定されている。理由は簡単だ。彼らの部隊に戦艦〈比叡〉より速く移動できる航宙艦はない。そして〈比叡〉が艦隊の中で最も防御性能、巡航性能、航続距離、居住性等で比べるまでもなく優れていたからだ。
しかし、あくまでも装甲駆逐艦のような小型艦はコバンザメのように戦艦にへばり付いているだけで、特に防御されているわけでもない。それの代わりは戦艦〈比叡〉の前面にある小惑星の名残りがあるだけだ――その盾は戦艦建造時に使用された資源回収を目的として刳り抜かれた小惑星の名残り。
前面以外に物理的防護手段がない状態だが、戦場に駆けつける速度を考えるとこれ以上の大型化も不可能だ。
だから、過去の戦いで生じたデブリ等が不運にも当たることがある。
式守と天羽は固定ボルトを抜き終えると涼音の無線機を鳴らし、報告を受けた涼音はインカムの通話スイッチを押した。
「クリスティーナ艦長、福音、こちら宮城。固定ボルト解除完了。追加装甲板、回収準備完了。作業続行して良いか? 送れ」
「宮城、福音、こちらクリスティーナ。作業続行せよ」
「了解」『了解です』
天羽は無残に切り裂かれた分厚い装甲板を回収する頭上のクレーン・アームをしばし眺めた後、再び固定ボルトを外す作業に入った。式守もそれに続く。今は2枚の分厚い追加装甲の隙間で作業しているが、それを切り裂くようなデブリがある――正確に言えば、秒速40キロで自ら障害物に体当たりするような環境にいるのだ。危険な作業は早く終わるに越したことはない。
無重力では人間の体液の循環は狂う。頭が破裂するような違和感と鈍い痛み。慣れれば大したことはないと航宙士たちは言うが、例え慣れても式守や天羽ら海兵隊員にとって不快なものだ。
言葉少なく黙々と式守と天羽は船外作業を続けた。




