第32話<第七号作戦>
2022/04/10 漢数字→アラビア数字。一部修正。
復興歴301年11月8日20時39分
人類連邦統合軍 第3聯合艦隊第32任務艦隊
金剛型宇宙戦艦<比叡> 第1士官室兼第1作戦会議室
各種フォログラフィックの投影するために必要最低限まで照明を落とした広い会議室。
その中央にはコの字型で末広がりの仰々しい高級幕僚用の会議机が鎮座し、その側方や奥には部下である幕僚用椅子が並ぶ。正面の壁一面には各種映像や航宙図が控えめな色彩で映し出され、机の中央部には球状に淡く光る太陽系図が浮かんでいる。
第32任務艦隊の指揮官及び高級幕僚を招集して行う作戦会議の空気は常に重い。参加者全員が無駄口無く、視線鋭く、一言一句に神経を集中させる。
それは傍若無人な黒田大佐といえど変わらない。三十代半ばの精悍な顔立ちと刈上げた短髪。僅かに見える無精ひげ。誰と構わずに鋭い眼光を撒き散らす双眸と長身で筋肉質の体躯。愚連隊のボスにしか見えない彼でも、この場では大真面目だ。何故なら自分以外の、無数の命が懸かっているからだ。
その黒田の後ろで、影のように椅子に座っている女性副官は島津雪姫。少し長めの栗毛色のショートヘアと大きな瞳。豊満な肉体と女性としては少し高めの身長。大人の余裕と蠱惑的な雰囲気を纏う二十代半ばの美女。
常に笑みを絶やさぬ彼女でも、この場ではそれを出せない。ましてや、出す気も無い。
ここは文字通り、人類の未来に多大な影響を及ぼす作戦会議場。誰もが真剣である。
張り詰めた空気の中、最初に声を上げたのは司会進行役を任されている第32任務艦隊司令部作戦幕僚の一人、斉藤中佐だった。
「――総司令官、入場! 気をつけ!」
作戦会議室の全員に号令を掛けると同時に、部屋の扉が開いて一人の女性が入ってくる。
彼女が己が座るべき椅子へと歩む間、50人を超える士官たち誰一人微動だにしない。
通るべき場所は予め設定されており、床から淡い光を放つ誘導光に導かれて、彼女は歩く。
総司令が椅子の前に来てから一拍おいて、斉藤は声を張り上げた。
「――敬礼!」
全員が背筋を伸ばした会釈のような日本軍式敬礼を行う。
そして、彼らは作戦会議が出来るほどの情報を送信してくれた者たちのことを決して忘れてはならないと考えていた。
「会議に先立ち、冥王星で亡くなられた第3艦隊外宇宙警戒監視群第817冥王星哨戒基地の方々に、1分間の黙祷を捧げます。黙祷!」
誰もが目を閉じ、頭を垂れて、鎮魂の祈りを捧げた。
きっちり1分後に「黙祷、止め!」の号令が響き、司令官が腰を下ろしてから、再び司会者の「着席!」の号令が響き、他の者たちが続く。
司令官として、司令官席に腰を下ろしたのは島津雪姫の義姉にして、日本航宙軍少将の伊佐波・〈東郷〉・サクヤ。艶やかな長髪を束ねた黒髪と、見る者に一目で意志の強さを伝える切れ長の黒い瞳。白い肌と整った目鼻立ち。その美貌に非を付けるところなど無い。真っ直ぐに伸ばした背筋と厳しい眼差しが、総司令官の凜々しさを感じさせる。
今回の作戦会議には、主要な指揮官は全て参集されている。
その中で、司令官は4人。
第32任務艦隊司令官である伊佐波・〈東郷〉・サクヤ少将。
インド軍主体の第19戦闘群司令官、ラジェンドラ・パチャウリ准将。
海兵隊を主体とした突撃部隊である増強第17海兵団司令官の黒田秀雄中佐。
支援艦や補給艦を主体とした第38補給群司令官の夏川和子大佐。
彼らの視線を感じながら、緊張した面持ちで斉藤中佐が再び口を開く。
「状況を説明致します。2000時現在、我が艦隊はほぼ予定通りに航海中であり、隊員損耗及び各種物資損耗も予測値の±1パーセントで推移しております。このまま木星の迎撃予定宙域到着時は2月20日17時09分±2時間、戦力は火星出撃時の95~98パーセントは保持できると思われます。次に、支援戦力について報告致します」
立て板に水の如く説明すると、彼はフォログラフィックを操作するオペレーターに合図を送った。
コの字型に設置された会議机の中央にある、地球儀のような太陽系図に新しい光点が浮かび上がる。
「我々の支援艦隊として編成中だった、ロシア軍を主とした人類連邦統合軍第5聯合艦隊第59任務部隊が編成完結致しました。司令官はヴァレリヤン・ゲンナジエヴィチ・クリフチェンコ中将。木星周辺にて展開中だった第5艦隊木星派遣艦隊に、中華連邦の第8艦隊及び新EU第2艦隊から抽出された派遣戦隊が合流。現在は各国の木星防衛部隊も聯合部隊を編成し、その指揮下に入れておりますが、第59任務部隊は我々の見積りより約10パーセント戦力が低下しております。彼らは既に漸減作戦実施中であり、衛星エウロパより大質量弾を使用した28次に渡る惑星間超長距離砲撃を既に実行完了と連絡を受けております」
斉藤の合図とともに、淡い太陽系図で外縁部から侵入してくる小惑星に対し、大質量弾の弾道ルートが示されていく。それは徐々に木星へと追いやるように――まるで敵の行動を阻害するように撃たれていた。
「既に一部が実行されている合計64次にも渡るの惑星間超長距離砲撃は事前の防衛計画通りの作戦であり、伊佐波司令官の方針のもと高級幕僚と戦術演算器により企画立案された作戦計画は彷徨う巣E3が多数の命中弾により地球への軌道を逸れた場合をA号作戦とし、敵予想軌道に変化がない場合の木星衛星群への彷徨う巣E3を衝突軌道へと変えるB号作戦の二つであります。細部項目等に関しては配付資料のご確認をお願い致します。なお、現時点での予測値ではありますが、惑星間超長距離砲撃の推定最終命中率13%。その数値でのA号発動確率22%、B号発動率74%と見繕っております」
作戦の推移に関する単語が出ると、会議参加者の間で細波のようにざわめきが起きた。
「少し、待て」
それらを代表するように、第38補給群司令官である夏川大佐が、軽く波だった長い黒髪をふわりとさせると艶やかな紅い唇から言葉を紡ぎ出した。妙齢の、落ち着いた貴婦人のように見える人物だが、その外見は老化抑制剤を使用した結果であり、中身は齢七十を数える大ベテランである。
彼女は宇宙空間での迎撃戦を経験した数少ない指揮官であり、この任務部隊では後詰めとして配属された。平時ならば地上勤務――それも今まで苦役の御褒美として地球で勤務するところであるが、第3次生存戦争により最前線に引き戻された。
その実力、疑う者なし。経験も十二分。
だが、運はお世辞でもある方ではない。
この作戦の前までは部下たちからはビッグ・マムと呼ばれていたが、近頃付いた渾名は不運な貴婦人。
しかし彼女は、その新しい渾名をそれなりに気に入っていた。
「斉藤中佐、惑星間超長距離砲撃の命中弾は確認されているが、敵損害分析に間違いはないな?」
軍事行動自体は敵INVELLを確認した5ヶ月前から行われている。
その第1弾が衛星エウロパからのマスドライバー砲による大質量弾による砲撃だ。
発射されたのは約5ヶ月前。昨日までに既に第9波まで弾着し、第7波まで損害評価が終了している。
「直撃弾は2発、至近弾は3発確認されております」
「弾種は?」
「直撃したのは1000トン弾と10万トン弾の2つです」
「先導弾と本体弾の2つとも命中したのに軌道は変わらなかったのか」
「変化なしでした」
「秒速20キロ、重さ10万トンの強化コンクリート弾でも、INVELLの彷徨う巣は軌道すら変わらないのか……」
「直径約10キロの隕石に巣くう敵どもです。ステージ5以上のコア持ちがいた場合、1発2発では変わらないかと」
何気なく漏らした言葉に、細波のようなどよめきが広がる。
隕石の直径、約10キロ。
作戦会議室の中にいる軍人たちで、この情報を初めて耳にした者たちは己の耳を疑った。
多くの者は許されるのであれば、即座に斉藤中佐を問いただしたいほどに驚いていた。
「彷徨う巣の直径も間違いないね?」
「間違いありません。最低でも直径10キロです」
「仮に巣の敵を殲滅しても、そのまま地球に落ちれば人類が滅びる」
夏川大佐が気怠げに漏らした一言で、作戦会議室の空気が凍り付く。
INVELLが巣くう隕石と大質量弾の相対速度は概算で秒速30キロを優に超える。
それが正面衝突した。
だが、砕けない。
作戦立案の際、地球へと向かうアビスの彷徨う巣の大きさが自体が大問題になっている。
恐竜滅亡の切っ掛けとなった隕石は直径10~15キロ、推定衝突速度は秒速20キロ。
地球に直撃したそれは、直径約160キロにもおよぶ巨大なチュクシュレーブ・クレータを作り出し、地上を支配していた恐竜たちを滅ぼした。
最悪の場合、恐竜滅亡よりは被害規模は小さいだろうが、人類存続には致命傷となりうる。
何かを考え込む夏川大佐を無視し、斉藤中佐は会議を進めることにした。
「彷徨う巣E3の軌道は変わっておりませんが、速度は大幅に低下しており、4290時間後に土星の太陽周回軌道を通過すると思われます」
夏川は、今一度土星の位置を確認した。土星は太陽を挟んで、木星の反対側にある。
タイミングが悪いとしか言い様がない。
木星とほぼ同規模の防衛部隊を有する土星防衛隊は、今回の迎撃作戦に駆けつけることが出来ない。
土星の太陽周回軌道を超えると、次にあるのは木星。
防衛基地がある木星が、幸運にも敵の予想進路上に位置している。
伊佐波少将率いる第32任務艦隊と木星防衛部隊である第59任務部隊が突破されてしまうと、防衛線は一気に小惑星群まで後退してしまう。そこでは防衛線構築中の人類統合軍第1聯合艦隊――つまり、米国・英国を中心とした南北アメリカ大陸連合軍が迎撃することになるだろう。
「我々としては、友軍の遅滞作戦に期待しつつ、このまま木星を目指すことに変わりはありません。ほぼ確実に発動されるB作戦でありますが、大まかな流れに関しては出撃前の会議とほぼ変更なしです。よって当初の予定通り、第7号地球防衛計画に基づく作戦である第7号作戦、通称オペレーションZを発動中であります。これから艦隊行動に関する説明を行いますが、作戦時刻に関しては惑星間超長距離砲撃の戦果次第では大きく変化し、今現在では憶測と計画の域を出ないことを御了承下さい」
斉藤中佐は改めて作戦会議室を見渡すように視線を動かした。
ここにいる軍人や軍属たちは、誰もが選ばれた適任者たち。
きっと、何か打開策を出してくると期待する。
「本隊接敵時刻をX日とし、先遣隊接敵時刻をX-7日とします。これは敵移動速度を秒速12キロと仮定し、艦隊機動に必要な増減速期間を含めて考えております。なお、敵が秒速16キロの場合、先遣隊との接触はX-3日。本隊の艦隊機動は既に終了していることが求められるため、高速巡航中の駆逐戦隊の出撃となります」
斉藤の仕草で、薄暗い作戦会議室中央で浮かぶ太陽系の立体フォログラフィックが木星周辺宙域を拡大投影していくと、参加者たちの視線は否応にもそこへ集中していく。
木星に外側から緩やかな曲線を描きながら近づいてくる赤い光点が彷徨う巣E3。同じような曲線を描きながら内側から衝突コースを描く青い光点が第32任務艦隊。
青い光点は木星のかなり手前で2つに分かれた。
一番大きい光点が伊佐波・〈東郷〉・サクヤ少将が率いる本隊である第3聯合艦隊第2機動戦闘団。
それより少し小さい光点はラジェンドラ・パチャウリ准将率いるインド軍主体の第19戦闘群。伊佐波が率いる本隊の光点は木星へと向かい、パチャウリ准将が率いる第19戦闘群を主体とする先遣隊の光点は急激な減速。無論、その間にも木星の衛星からは無数の白い線――超長距離砲撃に移行した大質量弾が赤い光点――彷徨う巣E3へと降り注ぐ。
「第59任務部隊は大質量弾による惑星間超長距離砲撃を、太陽系射撃禁止方向になるまで継続。その間にパチャウリ准将が率いる第19戦闘群は超長距離砲撃と航宙機雷による漸減作戦を実施。主に大型種、それも超大型自爆種や砲撃種の撃破を優先致します」
作戦説明を聞きながら、インド国軍所属のラジェンドラ・パチャウリ准将は右手で顎を摩った。彼の風貌を一言で言い表すならば初老のインテリ。初見の者は、彼を哲学者か大学教授だと思うだろう。年は五十を越えたばかり。長身でそれほど逞しくない肉体に、敢えて掛けている度の入った情報端末眼鏡――この時代、視力矯正手術など虫歯の治療と大差ない――の奥に光る細めの瞳。はっきりと筋が通った鼻とやせた頬、褐色の肌。知的な風貌に、白髪が混じる黒髪をポマードで固めたオールバックの髪形はよく似合っていた。彼はこの作戦が終われば、少将に昇任するだろう。無論、任務に失敗すれば、妻子が待つ地球自体がなくなっているはずだが。
パチャウリ准将が口を開きかけると、斉藤は瞬時に言葉を止めた。
軍隊という組織の中で、将官の言葉を遮るなど文字通りの命知らずだけがすることだ。
「超大型種ということは宇宙空間を自力航行可能な敵が群れているということだな」
「冥王星襲来時、既に大型自爆種が確認されております。自爆種の突撃があった以上、奴らにはそれを投擲する超大型砲撃種が存在し、その母艦となる超大型種も存在すると、考えるのが妥当と判断致しました」
「では、それはほぼ確実なのだな」
「機族“バチスカーフ”が送信した動画中にも、大型自爆種が確認されております」
「位階は?」
位階とは、異星生命体の能力を示す一種の基準だ。最低値は1、最高値は9。最低値の1ならば銃弾等の物理力で殺せるが、仮に最高値の9であるならば核兵器をダース単位で撃ち込んでも勝ち目は薄い。
――人類はたった1体しか確認されていない位階9の個体を、未だに撃破出来ていない。
「おそらく位階7より上は無いかと思われます」
「根拠は?」
「敵ハイヴE3は大質量弾直撃後から、速度低下が観測されています。これにより第2機動戦闘団情報分析班は敵に超能力保有個体、つまり位階7以上が存在する可能性は低いと判断しております」
「位階6の超大型種。生体戦艦クラスか。宇宙空間だと何でもデカく出来るな」
半ば茶化すようにパチャウリ准将が語り、斉藤中佐は「まったくです」と相槌を打った。
人類の基準に当てはめれば、宇宙空間で成長できる生命体であること自体が超能力だとも言えた
二人の会話を眺めつつ、同じ指揮官の立場として同席している黒田大佐はパチャウリ准将のサービス精神に感服しそうになった。
パチャウリ准将が確認した事項は最新情報ではない。首脳陣は全員が知っていることだ。
いま斉藤中佐が説明している内容は、各司令官――黒田もパウチャウリ准将も夏川大佐も十二分に知っている。火星を出てから、地球や木星防衛隊からの最新情報が入る度に第七号地球防衛計画を修正し、各司令官と各幕僚たちが喧々囂々の議論を交わしながら調整の限りを尽くして、この第七号作戦を立案したのだ。
それでも今ここで作戦会議を発表するのは、伊佐波少将ら少数の首脳陣が立案した第七号作戦を各級部隊指揮官及び幕僚に知らしめ、作戦企図を各部隊に徹底するためである。
つまり、パウチャウリ准将と斉藤中佐の遣り取りは、今日初めて聞いた指揮官たちに対する噛み砕いた説明のようなものだ。
軍隊で、しかも目的達成の為の時間が限られているような状況では完全なる役割分担が重要だ。
ましてや、人類連邦という人類存続を目的とした全人類を統制する組織をやっと作り出したとはいえ、その内実は異星生命体の襲撃から生き残った国々の集合体に過ぎない。異論噴出が常とはいえ、一々に耳を傾けていては人類存続に支障が出かねない。生き残った力のある八の国家群――俗に言うG8――米英連合、新EU、ロシア連邦、中華連合、インドASEAN連合、日本、イスラム連合、新AUが主導権を争う形で、運営されている。
この第32任務艦隊は日本とインドASEAN連合軍の聯合部隊。
木星で迎撃任務を受け持つ第58任務部隊はロシア連邦と新EU、中華連合の聯合部隊。
小惑星群で待ち構える米英連合と新AU。
火星と月――文字通りの地球最終防衛線で陣を張るイスラム連合。
全ての部隊は共に第七号地球防衛計画を元にして、それぞれの編成部隊の特性に合わせて細部調整された作戦行動を行なう。
投入兵力は宇宙空間だけで既に約200万人――その大半は小惑星群の基地にいる。
しかし、人類の敵は秒速12キロという途方もない速度の隕石を巣にしている。
下手をすれば、防衛基地の砲台で待ち構える彼らが数回砲撃する間に通り過ぎてしまう。
それだけ宇宙空間で迎撃作戦を行なう者たちの責任は重い。
伊佐波たち宇宙軍が漸減作戦――敵隕石の減速か軌道変更が出来なければ、人類の詰みだ。
隕石が地球に落ちれば、新しい氷河期が訪れ、人類は滅亡の淵を彷徨うことになる。
それだけ重要な作戦だからこそと分かり易く徹底しようとするパチャウリ准将の立ち振る舞いに、黒田は僅かばかりの羨望を覚えた。彼自身の性根からして、同じ立場であれば読めば分かるだろうとすぐに言ってしまうからだ。もっとも、一から十まで説明せねばならないような者たちは、ここにはほとんどいなかった。
「第19戦闘群がハイヴE3に攻撃を開始し始める前後に、第38補給群は第383補給群と第384補給群が木星軌道上に残ります」
斉藤が指し示す先で、木星周辺宙域の立体映像上の大きな青い光点から小さな青い光点が別れ、大きな青い光点――旗艦〈比叡〉を中心とした第2機動戦闘団とは別の位置で、木星軌道上に位置する。
「第19戦闘群は減速しながら敵予想進路上に位置し、航宙機雷戦を実施。至近距離では超大型種を第一目標として漸減作戦を実施。可能であれば、減速したのち速度を合わせた射撃戦に移行。もしも、減速反転が間に合わない場合は追撃戦に移行し、射耗した弾薬等の補給は第384補給群が実施。第58任務部隊から最新の作戦計画は届いておりませんが、事前の調整ではこの段階で第58任務部隊は主力を投入予定であります」
「木星でカタを付けるという意気込み。見事だな」
パチャウリはその言葉に満足げに頷いた。
彼のような男の心に、作戦で一番槍の名誉を受けることに不満などあろうはずがない。
やがて、敵の赤い光点と第19戦闘群の青い光点がすれ違うと同時に、小さな青い光点――第384補給群が第19戦闘群へと移動を開始。
そして、赤い光点はそのまま木星を掠めて地球へと向かい、青い光点は反転して追撃戦に移行した。
「第384補給群は補給コンテナを受け渡した後、そのまま第19戦闘群の負傷者等の救護救出作戦を実施。本隊からは完全に離脱し、救助活動終了後は限定的に第58任務部隊の指揮下に入る。それで宜しいですね、夏川大佐」
斉藤は敢えて確認を取った。彼は誰もが見ている前で言質が欲しかった。
何故ならば、この場で彼が言ったことを夏川大佐に命令出来るのは伊佐波少将ただ一人。
斉藤は所詮、ただの幕僚に過ぎない。過去の過ちの数々から、完全ではないが人類連邦統合軍ではその点だけは極めて注意されている。
「第58任務部隊の司令部がまともに生きているなら、別に良いわ。クリフチェンコ中将なら大丈夫だとは思うけど、患者の救命及び保護を最優先させるわよ。発令する前に一筆入れさせなさい」
夏川大佐は余裕の笑みを浮かべながら、瞳を少し細めて作戦参謀を僅かに睨んだ。
私の部下を、私が見ていないところで、誰であろうと、好き勝手に使わせないわよ。と、釘を刺す。
「はっ、幕僚を通じて転送致します」
「なら、いいわ。伊佐波少将もそれで良いでしょうか?」
話しを振られて、この作戦会議が始まってから初めて若すぎる美貌の司令官は口を開いた。
「夏川大佐の懸案はもっともなこと。問題ありません。斉藤、そのように処置しなさい」
「はっ」
伊佐波はよく通る澄んだ声で、穏やかな笑みさえも浮かべながら答えた。彼女としては夏川大佐に気を遣っている。相手が同性で経験豊富な上に、年齢は3倍以上も上回る。階級は2つ、指揮官のポストとしても2つ上だが、自分にも夏川大佐にも軍務上、保たなければならない体面もある。そういった事の機微は余りにも早過ぎる昇任で骨身に染みている。
上官の保証を得た夏川大佐は魅力的な笑みを斉藤へと向けた。
「十分よ。続けて頂戴」
「説明を続けます」
手の内を見透かされていることを強く感じながら、説明を再開した。
拡大された立体映像の中、地球への最短ルートを通るために木星を掠めて行こうとする敵の彷徨える巣。
それと木星を挟んで第2機動戦闘団が対峙する中、また別の光点が本隊から分離していく。
黒田大佐率いる増強第17海兵団――敵ハイヴ攻略を企図して編成された強襲部隊。
敵の光点が木星を過ぎるか過ぎないかの位置に差し掛かると、青い光点の第2機動戦闘団は木星の影から飛び出てるように襲い掛かり始める。
「我が本隊は敵が木星の公転周回軌道を超える前後に、木星のスイング・バイを利用して加速し、ハイヴE3の斜め後方位置を占有すべく機動致します。当然、この間も木星防衛部隊からの大質量弾による砲撃により敵進路の妨害及び敵ハイヴの粉砕を狙います」
木星に58個ある大小様々な衛星からも火線を示す白い線が、幾重にも赤い光点に突き刺さる。
その最中、分離した小さな青い光点が急速度で移動し、敵の光点と重なったところで止まった。
「敵の背後を取り次第、第2機動戦闘団は直ちに大質量弾等で敵の進路妨害を第一とした攻撃を実施。その後、戦況推移を見ながら増強第17海兵団による強襲突入を実施。敵ハイヴにて進路変更を目的とした工作を実施。具体的には敵進路妨害用推進機関の設置。また、可能であれば、敵ハイヴ内部に侵入し、コア持ち個体の撃破を狙います。御覧の通り、敵ハイヴの侵攻速度により作戦発動日時等が大幅に変動するため、臨機応変の行動が全部隊に求められる作戦となります。今後、新しい情報が入り次第、順次作戦計画は修正されていく予定ですが、各級指揮官および幕僚は細心の注意で情報の確認と、命令指示の徹底をよろしくお願い致します」
「斉藤中佐、ちょっと確認がある」
「黒田司令官、何でしょうか?」
彼は肘を突いたまま、作戦参謀に鋭い視線を向けた。
「俺たちがハイヴ内に潜むであろう敵コア持ち個体に強襲を行なう。それは問題ない。予定通りだ。ただ、念のための確認するが、最優先は敵ハイヴの進路変更でいいんだな?」
「戦況によって――」
「その通りだ」
斉藤の言葉を遮るように、女性の声が響く。
発言者である伊佐波少将の強い断定口調に、斉藤中佐は驚いた。立案中にはこのような強い断定口調を聞いたことがなかったからだが、回答を得た黒田は唇の角を上げた。
増強第17海兵団司令官の視線は、年下で美しい女性へと移った。
彼にとっては見慣れた顔ではあるが、凜とした中で見せる艶のある美貌は今でも好きだった。
「と、いうことは、敵をどうにかするまで、俺たちは追い掛け続けるわけだ」
「増強第17海兵団だけではない。第32任務艦隊の全力を投入する。我々は推進剤が無くなり、物理的に追撃が不可能になるまで、ありとあらゆる手段を駆使して追撃を行なう。この点に関しては如何なる反論も受け付けない。これは私が戦死しても変わらない」
この場にいる総司令官として、伊佐波は悩みも迷いもなく言い切った。
響めきもなく静寂する作戦会議室の中で、黒田だけは今まで通りの口調で喋り続けた。
「で、あるならば、伊佐波少将、パチャウリ准将、そしてに夏川大佐に改めてお願いしたいことがある」
「なんだ?」
黒田の改まった口調に総司令官はいつも通り応じたが、その他の二人の司令官は内心の驚きを隠せずに発言者の顔を見た。
優雅な品格を漂わす夏川大佐にとっては、粗暴としか感じ取れない男からお願いという単語を耳にするだけでも不安に陥りそうな出来事である。
そして、彼女がそう感じたことは極めて動物的なことながら、正確無比としか例えようのない女の勘であった。
「強襲部隊は第1波、第2波までは自前の戦力だけで出来るだろうが、第3波以降は兵力が足りない。言うまでもないことですが、我々増強第17海兵団は第1波に最大戦力を投入する。だが、第2波まで失敗した時点で、こちらは半壊したことになる。そこで第3波強襲部隊からは各戦隊から臨時の陸戦隊を編成し、こちらに差し出して欲しい」
「では、直ちに志願者を募るか」パチャウリ准将が短く、賛同を示した。
「お願い致します。ですが、それだけでは足りません。皆様には失礼ではありますが、すでに我々で艦隊にいる近接戦闘能力に秀でた者たちをリストアップしました。出来ましたら、彼らを差し出して頂きたい。志願者と選抜者、そして増強第17海兵団の生き残りで臨時陸戦隊を編成し、それを第3波強襲部隊としたいと思っております」
「残念だけど、こちらの任務遂行に支障が出る人材ならば差し出すことは出来ないわ」
顔に少しばかり滲ませた嫌悪感を隠さずに夏川は答えた。
器用に、嫌味にならない程度の表情を上手く浮かべるものだ。これがまさに年の功というものか。
黒田は、内心でそう思っていたとしても、おくびにも出さない。階級が上で人並み以上に美容と健康に気を遣っている年上の女性に、年齢を絡めて会話することの危険性ぐらい思春期過ぎている男ならば誰でも分かろうというものだ。
「こちらも同じだ。100%応じることは出来ないが、出来る限りの善処はしよう」
「パチャウリ准将、有り難う御座います」
「もっとも我が戦隊の場合は、そちらに追い付けたらの話しになるが」
「それだけで充分であります」
「他には?」
伊佐波の問いは短かった。
彼女は黒田という男を知り尽くしている。
それこそ、彼の性癖まで十分に理解している。
そして黒田もまた、同じように伊佐波の身体の全てを知り尽くしていた。
「話が早くて助かります」
そう答えた黒田の視線は夏川大佐に移り、それだけで彼の要求は人員ではなく武器の類いの要求――それも地球や火星では要望が通らないことだと察しが付いた。
書類でどうにか出来ることならば、火星を立つ前に終わっているのだ。
人類生存戦争が宣言された今、多少の無茶は――特に、戦場への片道切符を手にしている士官の作戦上必要な要望ならば、誰もが可能な限りの便宜を図ってくれている。
それでも通らないようなことだから、黒田はこの場で切り出してきたのだ。
当然、夏川も即座にそれを察した。
「嫌だわ。こんな宇宙の果てで、私は一体何を無心されるのかしら?」
素早く放った牽制の一言など、黒田という男には何の意味もない。
「重巡洋艦用予備推進器――それも核融合炉付きを二つと、それを運搬し、ハイヴに着陸出来る航宙艦2隻を人員付きで頂きたい」
「――なんですって!?」
途方もない要求に夏川は声を荒げた。
「重巡洋艦の予備推進器一式は、この任務部隊にたった5つしかない虎の子のエンジンよ! 成功できるかどうか分からない強襲作戦に投入できるような代物じゃないわ!」
「夏川大佐。それは我々海兵隊一同も重々承知しております」
黒田は少し間を置いた。彼とて夏川大佐の激高は折り込み済みだ。
この第32任務艦隊の中で超大型戦艦である旗艦〈比叡〉を除くと、戦艦は2隻しかなく、重巡洋艦は22隻もある。戦艦が航行不能かつ修理不可能になった場合は放棄するしかないが、重巡洋艦ならば時間は掛かるが修理が可能だ。
惑星間航行航宙艦を修理可能な能力と器材を保つ。
その事実が何よりも重要だった。
超高速の破片が飛び交う宇宙空間での戦闘に参加すると、ほぼ全ての艦艇は大なり小なり様々な損傷を負ってしまう。
これを回避するには自分たちの艦艇の装甲に全てを任すか、運任せの回避行動しか手段がない。
そして残念な事実だが、彼らが向かっている木星周辺宙域で、第32任務艦隊の人員を全て収容できるような施設は存在しない。
航宙艦が航行不能に陥ったならば、地球へ生還出来ない可能性が飛躍的に増大するのだ。
そのため、予備推進器はまさに第32任務艦隊の命綱ともいうべき代物だった。
「だったら、なぜ――」
「その点に関しては、俺より副官が説明した方が宜しいでしょう」
その一言で黒田の後ろに控えていた女が立ち上がった。
黒田の副官、島津雪姫。階級は少佐。二十代半ばの極めて優秀な健常者。それを差し引いても異例の昇任の数々。血の繋がらぬ伊佐波・〈東郷〉・サクヤの義妹。小悪魔的かつ蠱惑的な雰囲気を身に纏う美女。
そして、なによりも島津雪姫を有名にしているのは、この黒田の女だという事実。
「黒田司令の副官を努めさせて頂いている島津少佐です。今回の要望に関して説明致します。今現在、増強第17海兵団では敵ハイヴ進路変更用推進器材として、核融合炉付き軽巡洋艦用推進器を16基保有しておりますが、今回の敵ハイヴE3のサイズを考慮した結果、第2波強襲部隊で推進器の全てを1カ所に――小惑星の重心を外した場所に設置します。それにより敵ハイヴをアンバランスな状況で回転させ、軌道を僅かにではありますが逸らすことが可能と見積もっております」
「だったら、重巡洋艦用予備推進器なんて必要ないでしょう」
「先ほども申し上げましたとおり、増強第17海兵団は保有している推進器全てを第2波までに投入致します。臨時編成の第3波強襲部隊が投入された場合、つまり第2波強襲作戦が失敗したならば、我々には敵ハイヴの軌道を逸らすだけの推進器材がありません」
「そうなると第3波強襲部隊の任務はコア持ち個体の撃破。文字通りの殲滅戦ね」
「コア持ち個体は過去の戦訓からほぼ間違いなく、敵ハイヴの中央部に位置しております。第3波の寄せ集めの臨時強襲部隊では、コア持ち個体を撃破する可能性が限りなく低いと見積もっております」
「増強第17海兵団には、最初から全兵力を内部突入に使用する気はないの?」
「敵ハイヴ内部の構造が分からぬ以上、友軍相撃の危険性が排除できません。また、同様の理由で、敵ハイヴ内での核兵器等の効率的運用は厳しいと判断しております」
「創意工夫する気がないような口振りね」
「残念ながら、動かしがたい事実であります」
「たかだか、少佐風情の意見に意味はないわ」
夏川大佐の声音に不快感が混じるが、島津少佐に引き下がるような気配はない。圧倒的に上の階級を相手にしても引かないのは彼女の性格と信念ゆえだ。
いま話している言葉全てが、最前線に立つ部下や仲間達に現実となって降り掛かる。
島津雪姫は新米士官の頃、常日頃繰り広げられている地上での異星生命体“The One”との掃討作戦で身を以て知った。彼女の過ちで部隊が全滅したという事実はない。ただ、彼女の親友の戦死に関して、こうすればよかった、ああ言えばよかった、と今でも強く思うことがあるだけだ。
付け加えるならば、彼女は義姉である伊佐波少将が、助け船を出してくれるなどというような甘ったるい幻想など抱いていない。むしろ軍務であればあるほど、義姉は信念――人類を勝利させるために生まれたという使命感と義務感――に忠実になる。
恋人だった男を、己の信念のために躊躇いも無く捨てるほどに――。
剣呑な空気が漂い始める中、黒田が右手を静かに挙げると、島津はそれ以上何も言わずに腰を下ろした。
「夏川大佐。作戦運用に関する島津の言葉は増強第17海兵団司令部の総意であり、コア持ち個体撃破経験者である自分の戦訓であると共に、増強第17海兵団司令官の決断だとご理解頂きたい」
柔らかな表情を浮かべながらも、瞳の奥にあるのは他者を圧倒する気配。何であろうと受け付けない意志を込めた男の言葉。静かな口調ながら、それは有無を言わせぬ凄みを感じさせた。
彼が言ったことを要約すれば、とても簡単だ。
俺が司令官である以上、俺より上位者の命令がない限り、絶対に変更しない。
それ以上でも、それ以下でもない。
そして夏川和子は先任であるため階級が同じ大佐でも上位者だが、同じ大佐であり別部隊の黒田英雄の上官ではない。
「それを言い出したら――」
黒田の視線を真っ正面から受け止めながら、夏川は微苦笑を浮かべながら応じた。
「同じ司令官の、第38補給群長である私は首を縦に振れないわ」
「だからこそ、この作戦会議の俎上に載せる価値があると思いませんか? 夏川大佐」
粗暴としか感じなかった男からの意外な一言に、夏川は一瞬だけ目を見開き、それから面白そうな微笑み――まるで、玩具を見つけた幼子のような笑みを浮かべた。
「ええ、そう。まさに、そうね。これこそが、この会議で話し合うだけの価値がある議題ね。斉藤中佐。あなたたち総司令部は、この件に関してどう考えていたの?」
突如として矢面に立たされた斉藤は言葉に詰まった。
「申し訳ありません。正直に申し上げまして、この件に関しましては総司令部としての意見を纏めておりません」
「想定していなかったと言うこと?」
「意見としては一部の者から出ておりましたが、増強第17海兵団はすでに通常編成の装備定数より多い推進器材を保有していたため、検討項目からは外しておりました。総司令部としては両戦隊の幕僚と研究を重ね、次回の作戦会議に反映したいと思います」
笑みを浮かべたままの夏川の瞳が細くなる。
傍から表情だけを見れば、ただ笑っているだけに見えるだろうが、その眼差しを受ける斉藤にとっては心胆を寒しめるものでしかない。
「要望が出ていなかったと?」
夏川は悪戯っ子のような笑みを浮かべながら、挑発するように島津へと意味ありげな視線を投げた。
黒田の副官は即座に立ち上がると「出撃前に上申済みです」と端的に答えた。
雲行きが怪しいと斉藤が口を開けかけたところで、今やこの会議を心から楽しんでいる夏川は矛先を変えた。
「参謀長としてのご意見は?」
彼女の視線は、総司令官である右後方の座席に影のように座っている初老の男へと向いた。
「備えるべきだろうが、行なうとしてもそちらの補給業務には何かしらの影響は出る。個人的には予備兵力として準備を進めるが、増強第17海兵団の指揮下に入れるのは第3波となる強襲部隊が臨時編成された時点でも十分間に合うと思慮する」
今まで一言発さず、まるで存在自体を消していたような初老の参謀長が口を開いた。
名は大河宗一郎。階級は夏川と同じ大佐。齢はすでに六十を超える艦隊の中でも最も年老いた軍人の一人。ただ、彼はほぼ同い年の夏川と違い、老化育成剤等を使用していない。その風貌は年齢に相応しい深い皺が無数に刻まれた温和そうな顔と白髪だけになった短い髪、そして鍛えているとはいえ細くなってしまった体躯。
大河は年齢に相応しい容姿を選んでおり、未だに妙齢の容姿を維持し続けている夏川とは正反対の雰囲気を纏う人物だった。
「折衷案としては悪くないところだけど、黒田司令は不満がありそうね」
夏川は気安い口調に切り替えた。
ある意味、この会議の主導権は完全に掌握していると思っている。
黒田は軽く鼻を鳴らして、雰囲気を崩した。
畏まったまま喋るのは出来なくもないが、好きではない。
「少なくとも、シミュレーターを使っての訓練と摺り合わせは必須になる。器材はなくとも人員の方は多少融通を付けて貰わないと実戦で困る」
「修理所要が発生しなければ、それぐらいは対応出来るでしょう」
「寝る間も惜しんで、こちらの部隊と合同訓練をさせたいところだが」
「どう思っているか分からないけど、優秀な整備員を無駄に摩耗させる気はないわ。まして、大型の推進器材を扱える手練れは想像以上に少ない。増強第17海兵団が抱えている精鋭よりも、私の部下は貴重品よ」
「優秀な者は全て貴重品だ。特に部下を育てられる奴は、な」
「言わなくても分かるだろうけど、最優秀の者は外すわよ」
「構わない。こちらとしては現場で、確実に推進器材を動かせる人物であれば問題ない」
その後、僅かに続いた遣り取りも終わった。
――区切りの良いところだ。
斉藤はこの会議を幕を引こうと判断した。
「各司令官の方針が示された以上、細部事項に関しては各幕僚で調整を詰めていきます。それで宜しいでしょうか?」
各司令官に異議がないことを確認すると、彼は総司令官に背筋を伸ばして正対した。
「では、総司令。御指導、お願い致します」
第32任務艦隊の全てを率いる女は、凜と背筋を伸ばしたまま、まず己の手足となる3人の司令官と順に目を合わせた。
だが、一番最初に指示したのは背後に控える己の右腕である幕僚長からだった。
「大河。先ほどの第3派強襲部隊が使用する推進器材に関しては、基本的な方針に問題はない。幕僚長はその方向性で検討。試案が出来次第、私の元に提出。各戦隊から上がっている要望事項の内、重要事項と思うものも私の元へ提出しなさい」
「了解しました」
大河は彼女の背後で、執事のように頭を僅かに垂れた。
次に、伊佐波はこの場で最も階級が高い部下から話しを始めた。
「パウチャウリ准将。申し訳ないがそちらに十分な予備器材を回す余裕が無くなった。総司令部の方で木星にある予備器材が回せるか、問い合わせる。細部はお互いの幕僚で調整に当たらせよう。第19戦闘群の任務はあくまでも漸減作戦である以上、血気に逸る部下の手綱をしっかりと握って欲しい。実戦で一旗揚げようとする跳ねっ返りは、少ないとはいえ、どの部隊でも必ずいるものだ。ましてや、そちらは各国の様々な部隊が合流している。要らぬ心配であることは分かっているが、敢えてお願いする」
「了解した。伊佐波少将、貴官の期待には完璧を以て応えよう」
パウチャウリ准将は気取ることなく、だが自信に満ち溢れた声音で応える。
次に、彼女は第38補給群長に顔を向けた。
「夏川大佐」
「はい」
「最悪を想定し、予備の推進器材に関しては駆逐艦用も投入可能かかどうか。またそうした場合の問題点の洗い出しを実施。炙り出された問題点は全ての幕僚が確認できるように」
「では、直ちに」
「黒田大佐」
「はっ」
「増強第17海兵団のハイヴ強襲作戦の細部計画を、試案も含めて今ある全てを提出しなさい。そちらの部隊運用、特に予備戦力の運用について私の認識と僅かに齟齬がある。これについては、そちらの認識を確認した上で再検討をさせる。島津中佐らには、駆逐艦用予備推進器材を使用した場合も立案させよ。それに関しては別送で構わない。まずは現段階における修正された強襲作戦細部実施計画を送れ」
「了解」
「斉藤」
総司令に声を掛けられた部下は直ちに「はい」と応えると同時に直立不動の姿勢を取った。
「推進器材を航宙艦ごと2隻も増強第17海兵団の編成に組み込んだ場合、第38補給群が受け持っている戦傷者や損傷した艦艇の救護・回収作業に必ず影響が出る。どうすれば影響を最小限に出来るか。直ちに検討し、私に報告しろ。補給幕僚、衛生幕僚、この場にいるな?」
「ここに居ります」
役職名で呼ばれた壮年の中佐が二人が直ちに立ち上がると、伊佐波は彼らに視線だけを向けた。
「栗田、井坂。お前たちは直ちに作業に入れ。明後日までには幕僚長を通じて、私の元にデータを提出せよ。以上だ。行け」
「た、直ちに作業に入ります!」「了解しました」
二人の幕僚は泡を食ったように出入り口を目指した。彼らはこれから明後日までほとんど眠れない。そして、それは彼らの部下も同じ目に会うだろう。無論、そこには斉藤中佐も含まれる。
「今さらではあるが、敢えて、もう一度諸官らに認識して欲しい」
伊佐波は作戦会議室にいる全員に届くように、透き通った声で語り掛け始めた。
「我々の任務は何か? 言うまでもなく、我々の任務は敵を地球に到達させないことだ。敵を完全に滅ぼすことでも、我々が無傷で生き残ることでもない。敵を地球に到達させず、その結果として人類と地球を守ること。これだけだ。その為には移動中の無駄死には許されないし、敵から逃げることも許されない。敵との戦いは予想も出来ないほどの厳しい戦いになるだろう。今日交わした挨拶が最期の言葉になる者も必ずいるだろう。勿論、私もそうなるかもしれない。それほどまでに凄惨苛烈な闘いになる」
彼女は改めて、作戦会議室にいる部下たちを見る。この場に集う部下で名を知らぬものなど一人もいない。
「最悪の事態では、私はこの〈比叡〉をハイヴE3に突撃させて重力制御装置を暴走、自爆させることを明言する。その際、申し訳ないが少なからぬ者が、私と共にブラックホールもどきに磨り潰されることになるだろう。だが、それで人類は生き残る。少なくとも現状維持は出来る。我々は生き残るために此所に来たのではない。地球を生き残らすために来たのだ。指揮官として責任ある者は今一度覚悟を決め、部下にもそのように死生観を徹底せよ。それが士官の務めだ」
伊佐波は一旦言葉を句切ったあと、視線だけで昔の恋人を見た。
黒田は昔の女の視線を真っ向から受け止めた。
島津は恋人と義姉の間で交わされた何かを理解し、耐えるように、華奢な拳を固く握り締めた。
「だが、勘違いしないで欲しい。敵が超能力さえも操るコア持ち個体に率いられていようとも、強大な頭脳級がいようと、我々は――人類は勝つことが出来る。それは私と黒田大佐が12年前に証明した。位階6の個体であろうと、それが数万の怪物に守られていようと、討ち滅ぼすことは不可能ではない」
伊佐波・〈東郷〉・サクヤは心中で思った。
望みうる最上級の立場と階級を手に入れたというのに――。
「任務を完遂できるかどうかは、世界中の戦術演算器が計算したところで、木星周辺の全兵力を投入しても半々行くか行かないかというところだろう」
遺伝子調整者として、この世に生まれた使命を目前にしながら――。
「だが、我々が勝つ。萎縮してはならない。防衛網から抜ける少数の宇宙怪獣どもは後方に控える味方に任せよう。仲間を信頼し、無駄な深追いをしてはならない」
これほどまでに心細いのは――。
「目標はあくまでも、敵INVELLの彷徨う巣E3、ただ一つ」
私の心が至らぬ所為か、それとも――。
「我々が、人類を守るぞ」
私が、今も二人に後ろめたさを感じているからだろうか。




