第27話<純粋種と健常者>
2022/04/07 漢数字→アラビア数字に修正。一部文章修正
復興歴301年9月1日18時57分
太陽系第4惑星<火星> 要塞都市リトル・キョート セントラル・ブロック
日本軍共用施設A51棟1階 女性用兵舎内
「――あー! もう最悪!」
天羽智花は女性用兵舎の一角にある大浴場に、同期の椎名夏穂と共にいた。勢い良く汗で湿ったライトグレーの飾り気のないスポーツブラとショーツを脱ぎ捨て、無駄肉のない引き締まった身体をタオルで手早く隠し、黒髪を手櫛で梳いた。
脱衣所のロッカーは年期の入った安物だが、扉の後ろに鏡ぐらいは付いている。
その事を思い出した天羽は、自分の顔色を確認するために小さな鏡を覗き込んだ。
2週間前の総合訓練の影響か、心持ちだが少しやつれたように感じる。海兵課程に入校し、火星で生活するようになってから以前よりも背が伸びた。それに応じるように胸が大きくなったのは嬉しい誤算。本当はお尻がもう少し小さければと思うが、訓練の成果として順調に大きくなってしまった。
(これでもちょっと化粧して、傷跡を誤魔化せば、ナンパしにくる男だっているのに……)
天羽がそこまで考えた時、私服の式守直也の姿が脳裏を過ぎ――彼がたどたどしくナンパしてくる姿を想像して、そんなことがあり得ないことだと再認識して虚しくなって、振り払うように頭を振った。
自己評価がどうあれ、天羽智花という少女の容姿は極上の部類に入るレベルだった。
彼女の両親が娘の将来にと、気を使った結果だろうか。
健常者――既に両親が受けた遺伝子改造の形質を受け継いだ人間及び受精卵時に一般治療の範囲内の改良を受けた者――であるが、彼女の両親は容姿の領域にも手を加えた。無論それに掛かる費用は高額であり、国や政府の保険適応外であったが、将来のことを考えて実施したのだ。
この時代でも容姿に関しての遺伝子調整は博打に等しい。容姿は目や耳や鼻などの大きさや形、配置のバランス等も大きく影響してしまうので、改良したからといって必ず美しくなるわけでもなく、最悪目も当てられぬような不細工になることさえある。
取り返しのつかない賭け事。
結果的にだが、彼女の両親は賭けに勝った。
端正な顔に大きい宝石のような青い瞳と、綺麗に通った鼻筋。肩より少し長くした艶やかな黒髪と、白磁のように透き通る白い肌。隠し事が苦手な性格も相まって、ころころと変わる多彩な表情も映える。真面目で、委員長的な役回りが多い上に、どちらかといえば人付き合いは積極的。それで性格も悪くなければ、老若男女問わず、そこそこ以上の人気が出るというものだ。彼女の容姿で足りないものは、モデルのような身長だけだ。
しかし、そんな彼女には少し目立つ傷跡が顔に一つある。
両親は賭けに勝ったかもしれない。だが、それは娘が生まれたときだけだ。
天羽智花の左の目尻の下には一文字に走る大きな傷跡があった。
彼女はそれを誤魔化そうとはしなかった。日常生活では化粧で目立たなくすることも、髪で隠すこともしない。
堂々と恥じることなく、その傷跡を――ありのままの自分の姿として曝していた。
「結局、今日もろくに会話できなかった……」力なく零した小さな愚痴。
今日の仕事は大怪我をした荒木を担架で医務室に運び、そのまま保護者役として病院へ行くという、正に委員長的なものだった。病院から戻ってきたのは、かなり遅く、食堂の閉鎖時間ギリギリで食事にありつけた。
しかし、それよりも――。
天羽智花には、式守直也が儀式の後、意識して彼女を避けていることの方が気になる。
最低限の会話はある。天羽が話しかければ、一応受け答えしてくれる。
だけど、その後が続かない。
会話が弾まない。今まで話していたゲームの話題すら盛り上がらない。
何かを手伝おうとすると、やんわりと――だが、確実に断られる。
きっと、嫌われてはいないはず。
もし本当に嫌われていたら、彼は自分の代役に手を挙げなかっただろう。と、思う。
それだけはちょっとした確信がある。
彼との友人関係としては盤石だと思っている。
初めての出会いから振り返れば、それなり以上に話し掛け続け、精一杯の隙も見せているはずなのに、デートに誘われたことは一度もない。
好意がまったく伝わらない現状は虚しい。
だから、余計に――殊更に、気になってしまう。
猿渡班長に『儀式』を強制されていた時に、どうして代役を申し出てくれたのか?
友人以上の感情で庇ってくれたのか、それともただの正義感なのか?
怪我した後、何で私に何も言わないのか?
愚痴の一つも零さないのか?
どうして私を避けるのか。
理由はもしかしたら――思い違いじゃなくて、だけど、自分からそれ以上踏み込むのは――。
胸に渦巻く多くの葛藤と鬱憤を、火星にいる内に解消しようとしても、その時間が訓練とアクシデントに奪われていくのは言葉に出来ないほどに苛立たしい。
「はぁ~」
残りの愚痴を全て飲み込んだら、言葉の代わりに大きな溜息が零れた。
「なに喚いた後に落ち込んでんのよ? そんなことしてると誰も近づかないわよ」
天羽の隣で服を脱いでいた同期の椎名夏穂が声を掛けた。
「別に――」
天羽の頬が膨れる。
「アンタ、また直也絡み?」
彼女は、親友の恋慕を知っていた。
「またじゃないわよ! また、じゃあ! それだけが溜息の原因じゃないし……」
「アイツ、陰キャなんだからゲームにログインして会えば? その方が式守は話しやすいんでしょ?」
「でも――」
「自分のが嫌なら誰かのアカウントで、さりげなく聞いてみたら? なんなら、私の貸そうか」
椎名が茶化すように提案すると、天羽が目を見開いて反論を捲し立てた。
もっともそれを見て、椎名はより一層楽しそうに笑うだけだ。
「夏穂として会っても意味ないし! 第一、夏穂はスタイル良いから、いつも自信満々で……こんな悩みなんて分かんないわよ」
天羽は拗ねたように唇を尖らすと、今度は逆に椎名が苦笑を浮かべた。
親友は同性の自分から見ても十分可愛いのに、その事実を頑なに認めない。
「私のスタイルが良いことは否定しないけど、智花だって悪くないじゃない」
「胸はそんなに大きくない」
「大した意味ないわよ。というか、筋トレしないと肩が凝る苦労を味わいたいの?」
「私に対する嫌味? ……夏穂はまた大きくなったのに」
「ちょっとだけ、よ」
結果的には、天羽智花の溜息がもう一つが増えただけだった。
同性の椎名の目から見ても贔屓目無しに天羽は可愛い。きめの細かい肌に大きな青い瞳。バランスの良いプロポーションも無駄肉がない体型だが、胸が小さ過ぎるわけでもない。少なく見積もってもCカップ以上はあるだろう。確かに自分よりは大きくはないが、それ以上に腰が細いので実際よりは大きく見える。
天羽自身は黙っていれば、誰もが可愛いと思う立ち振舞をする。
実際、天羽は男女を問わず可愛いと言われている。確かに美人なのだが、綺麗というより可愛いという印象が強い。それでいながら見かけによらず格闘技が得意。その上、男子混じりの中でもそこそこ強いため、ボーイッシュな女の子とも見られるが、その中身はただの年頃の――恋を夢見る女の子だ。
「夏穂は背が高くて、スタイルも良くて反則じゃない」
「アンタはそんだけ顔がいいんだから、これ以上我がまま言わないの! 胸の一つや二つ、気にしない気にしない。こればっかりは生まれ持ったものだからどうしようもないし」
そう言いながら、天羽は友人を見た。椎名の170センチを超える背は女性としては高い方だが、その分出るべきところは出ている。特に胸のサイズが反則的だ。もうすぐEカップを超えそうなサイズまで育っているが形は良いし張りもあるため、街中で薄着の彼女を目で追わない男性はいない。
性格はサバサバしている上、ズケズケと物事をハッキリというタイプ。その為か男性よりも女性の方に人気があった。一部の男子からは嫌われていたが、軟弱な男にはそういったところが耐えられないらしいと天羽は判断している。
「私たち、お風呂だけは優遇されているのよね」
「出撃まであと3週間。毎日来なきゃ」
入浴は火星に住む人々にとっては娯楽に近いことだが、そうでなくても女性には重要な時間。二人の少女はシャンプーやボディソープを手に、混み始めた脱衣所の奥にある大浴場へと進んだ。
大浴場――多くの人が風呂に入り、身体を洗い、清潔さを保つ。そんな役割を持つ空間は世間一般にある銭湯と軍隊の大浴場でもデザイン的な変わりはない。50人以上でも余裕では入れそうな大浴場には大きな湯船と水とお湯が出るカランとシャワーがあり、備え付けのたらいと椅子もあれば、どこからどう見ても古から続く日本式大浴場だ。
ちなみに火星で湯船があるような家は富裕層にしか所有できない。火星には個人が無制限で使えるほどの水はなく、普通の人は公衆浴場を使うのが一般的だ。
がらりと大浴場の入り口にある曇りガラス製の扉を開けると、中には既に30人近くの女性兵士や軍属たちが思い思いの場所で身体を洗っていた。
「ああ、もう混み始めてる」
天羽がタオルで身体を隠しながら進み、椎名もそれに続いた。奥の方が、湯気が溜まって微妙に暖かいのでそこに向かう。
「そりゃ、飯が終われば、いの一番にここに来るでしょ」
シャンプーやボディソープを入れた洗面器を抱えて、二人は芋洗いのようになった浴場の中をさらに進む。
「夏穂。あそこに座ろう」
「そうだね」
椅子に腰を下ろし、勢い良く湯を頭から被ると天羽は「ぷは~~~っ! 生き返る!」と盛大に歓喜の声を漏らす。地球ではこれが普通だったのだが、今では贅沢な一時だ。
天羽智花が軍隊に入ったのは自らの意志で、その上火星行きを二つ返事で了承したのも彼女自身だ。入隊は後悔してないが、水が自由に使えない場所に来たことだけは後悔している。
「相変わらず、お風呂に来るとおやじくさいわね~」
「自由にお湯が使えるのは、ここだけなんだからいいじゃない」
天羽はもう一度頭から勢い良くお湯を被った。
二人は髪を濡らすと入念に髪を洗い始めた。出撃すれば無水シャンプーなどを使って誤魔化しかない。こんな贅沢も今だけだ。身体も同じで使い捨てのボディペーパーで汗を拭きとるだろうが、それも二日に一度できればマシな方になるだろう。そういうことは今までの訓練や演習で経験している。
クリスティーナたちが最終訓練を行っていた頃、彼女たち海兵隊員も総合訓練を行っていた。
火星から月へと移動。月面に軌道降下を行って制圧戦訓練を行い、即座に撤収して火星へ蜻蛉帰りするという遠距離高速機動訓練。その最中では暇な時間など存在しない。搭乗した航宙揚陸艦‹ヴァジュラ>の中でも、船体損傷時の被害局限化訓練を行うなど文字通りの24時間全てが訓練漬けの日々だった。
二人は黙々と身体を洗い、石けんを流し終えると、湯船にゆっくりと腰を下ろした。肩まで湯に浸かり二人揃って安堵の息を深く吐く。
天羽智花は湯気で微かに霞む天井を仰いだ。高い天井に妙な安心感を覚えた。宇宙船は万が一のことに備えて、造りが細かいブロック化が施されている。ましてや軍用の航宙揚陸艦。海兵隊員の寝床となる貨物室も非常に狭い。天井さえも、これで見納めかもしれないと思うと、なんとも言えない感傷を抱いた。
「夏穂」
「なぁ~に?」
「海兵隊員課程は全て終わってしまったのよね」
「切り上げでね」
お互い、微妙に間が抜けたような会話。今までは慣れていたとはいえ緊張感を持って過ごしていた訓練生活が予告もなしに切り上げられ、全世界で異星生命体迎撃のための大規模作戦の準備中だ。
「2年半か……」
そう言いながら天羽は両手を組んで大きく背中を伸ばす。湯船の中で瑞々しい裸体が綺麗な曲線を描いて反り返った。
「長かったね」
温かい湯船の中で、漂うように脱力しながら、そう付け足す。
「智花もよく頑張ったよね」
「夏穂もね」
「隣に、お邪魔しても良いかな?」
不意の声に天羽と椎名は顔を上げた。
声を掛けて来たのは、今日から本格的に合流した新配属の女性――宮城涼音だった。
「どうぞ、宮城3曹」
「あ、お疲れ様です」
階級だけで3階級も違う。二人に拒むという選択肢は思い浮かばなかった。
宮城の端正な顔立ちと見事なプロポーションの肢体。濡れた黒髪も艶やかに首筋に張り付かせ、湯船に入る仕草も様になる。誰が見ても、美人と言い切れる美貌と優雅な仕草。
歳は二つも違わないはずなのに、天羽には大人と子供の差を見せつけられた気がした。
(……すごいなぁ……)
天羽は心の中だけで呟いた。
彼女が憧れる、人を魅了する美しさ。
それは確かに宮城涼音から感じることが出来たが、それを口にするのは流石に気恥ずかしかった。
ただ、それを口にしたら、彼女は隣の芝生は青いと友人から諭されていただろう。
「天羽と、椎名だよね?」
「は、はい。そうです」
「はい」
一応の確認。その間に、宮城は天羽の隣で湯船に浸かった。
「貴女たち、プライベートの時は私のことはさん付けで良いわよ。一々、階級言うの面倒臭いでしょ?」
通常、軍隊では目上の者に階級を付けずに呼ぶことは出来ない。軍規で定められているが、これを厳守するかどうかは上級者の胸先三寸のところがある。
宮城が砕けた感じで微笑みながら提案すると、二人は「ありがとうございます」と素直に受け入れた。彼女たちも階級を付けるのは職場だけにしたい。
「天羽、今日はお疲れ様でした」
「……え、ああ、はい」
不意に向けられた労いの言葉に、天羽は反応が遅れた。
「荒木は麻酔でまだ目覚めてないけど、一応大丈夫そうだし。どうにかなりそうね」
宮城にさらりと微笑みながら言われても、天羽の本音でいえば困った。
普通の感覚なら、全身麻酔で人を寝かしている時点で微笑むことなど出来ない。
後輩たちの引き攣った表情で、それを察したのだろう。
宮城は「コホン」と小さく咳払いしてから弁明した。
「ごめんね。でも、六三四相手に、あれで済めば上出来よ。アイツの死んでも構わないような攻撃だったけど。本当に殺す気じゃなかったから、関節技なしで単純なワンツーだったし……私もちょっと見誤ったけどね。だいたい猿渡先任とかアニー小隊長も、止めに入るのが二呼吸ぐらい遅いのよね」
弁明になっていない弁明を聞いて、天羽と椎名は少し血の気が引いた。
この綺麗な女性――宮城涼音にとって、あのレベルの暴力は見慣れた光景であるらしい。
「あ、あの……」
「なに?」
「式守2等軍曹にとって、あれが……普通なんですか?」
椎名がためらいがちに質問するのも無理もないことだろう。彼女たちにとって式守六三四は指揮系統上、派遣隊では上から数えて3番目に位置する人物だ。気にならないわけがない。
「キレない限り、みんなには手を出さないわよ。あと、流石にあの一戦は特別よ。荒木が挑発なんてしたからね。六三四があそこまで本気になっちゃうと、私でも止められなくて」
宮城が見た目を裏切る人懐っこい苦笑いを浮かべるが、天羽と椎名には笑えない発言だ。
「あとは荒木が、精神的に大丈夫かが問題よね。彼の性格はまだよく知らないけど、貴女たちから見てどうなの?」
予想外の質問に天羽は面食らった。
宮城はあくまでも欠員が出た場合の補充や連携等の見積もりを立てるべく可能性を聞いているのだが、未だ訓練生気分が抜けない天羽には、どうして聞いてきたか想像出来なかった。
「え、ええっと、荒木だったら、大丈夫だと思います。たぶん、きっと」
「トラウマで離脱はなさそうか……一安心かな」
微妙に漂う真面目な雰囲気を変えたくて、椎名は軽い口調で話題を切り替えた。
「荒木が、式守2等軍曹に再戦申し込んできたらどうします?」
「彼じゃあ銃でも使わない限り勝てないし、貴方達も冗談でも六三四に銃を向けたら駄目よ。ほぼ無意識で反撃するから、やめときなさい」
宮城に平然と言われて、今度は椎名が面食らった。
「そんなに……強いですよね……」
「みんな、式守って名字が二人いるからって、同じだと思っているわね」
天羽と椎名は同意を示すように首を小さく縦に振った。
式守という珍しい名字だ。きっと親族か何かに違いないとは思っている。
彼女たちが知っている式守直也は体力や射撃は普通に出来て、性格的に問題がない人物であるが、もう一人の式守は性格に難がありすぎる。
「六三四はもう人間としての戦闘力、基本性能自体が違うの」
意味が伝わらず微妙に首を捻る二人に、宮城涼音は言葉を付け足した。
「彼の筋力は健常者の数倍、反射神経も野生動物並み。子供の頃から戦闘技術を叩き込まれている単独戦闘技術者なのよ。普通の新兵が勝てる相手じゃないわ」
「捕食者……それは、あの、なんですか?」
「――え!? マジですか!?」
初めて聞く単語に問い直す天羽と、式守六三四が何者なのかを理解して声を上げた椎名と、二人の反応は真っ二つに割れた。
椎名の反応で、天羽は自分が的外れなことを口にしたことを察した。
「……夏穂、ごめん。よく分かんないから、あとで詳しく説明して」
「分かった。部屋で説明するわ。あ~、無理、無理、荒木には無理だわ。勝てないわ。絶対に勝てない。しかも話しから察すると、式守二等軍曹は戦闘用遺伝子交雑者ですよね?」
そうでなければ、様々な拡張遺伝子等を持つ遺伝子交雑者といえど健常者の数倍もの筋力を持つわけがない。
遺伝子交雑者であることは隠すことでもないので、宮城は「そうよ」と肯定した。
「……とんでもない精鋭兵だわ……」
「もしかして、宮城さんも遺伝子交雑者で、あの、プレデターなのですか?」
恐る恐る天羽は聞いた。この綺麗な女性は、あの式守六三四の相棒なのだ。同じ能力と資格を持っていると考えるのが普通だろう。
天羽の質問に、宮城は苦笑いを浮かべた。
「普通はみんな、そう思うよね。実は私、遺伝子交雑者じゃなくて純粋種なのよ」
私には単独戦闘技術者の真似事さえ出来なかったわ。と、宮城は自嘲混じりに付け加えた。
しかし宮城の純粋種であるという告白は、天羽と椎名が驚愕するに足りるものだった。
「え、えーーーーっ!?!? ど、ど、どうして!?」
「な、なんで、火星で、ってか軍人やっているんですか!? ここにいちゃ駄目な人間じゃないですか!?」
世間一般では、純粋種は下手な特別天然記念物以上に珍しい、それ相応の扱いを受けるべき遺伝子保有者たちである。
「まぁ、第三次生存戦争になる前に、私は志願兵になれたし、幸か不幸か東京パンデミックで成人権を得たから保護条項が一部停止になっているのよ。ある意味、幸運なことにね」
「で、でも、でも純粋種だったら、兵役免除なのにどうして志願したんですか!? 危ないじゃないですか!?」
「東京パンデミックで成人権って、実戦経験まであるんですか!?」
血相変えて問い詰めてくる二人に、宮城は苦笑いを浮かべたまま頷いた。
成人権とは異性生命体との戦いにおいて、未成年者が志願により実戦に参加し、その働きや戦果等が認められた場合、特別に政府から成人と認められるものだ。該当者は通常の18歳で成人になるのではなく、13歳から成人として扱われることを選択できる。
だが成人である以上、当然ほかの大人と同じように兵役や納税の義務等も発生する。
故に、18歳以下で成人権を希望する者は少ない。
「いや、だから、二人とも落ち着いてよ。志願したって言ったでしょ。東京パンデミックに巻き込まれたのは偶然だけど。今回の戦いだって負け過ぎたら、地球の地下シェルターに隔離されるわ」
椎名夏穂にとって、宮城涼音は式守六三四よりも信じられない人物になった。
どうして、自ら死ぬ可能性が高い場所に来るのか理解できない。
だから、彼女は問わずにはいられなかった。
「失礼かも知れませんけど、聞いていいですか? どうして軍人になったんですか? 志願さえしなければ、こんな危険なことしなくても良いのに……訓練だって、偶に死者が出るんですよ?」
「私は、好きでもない男の子供なんて産みたくなかったの」
「「……?」」
さらりと口にした脈絡のない言葉に、二人は真意を掴み損ねた。
宮城の決意とそれを生み出した背景が、天羽と椎名に一言で伝わるわけもない。
純粋種と呼ばれる人々。
人類滅亡の危機が声高々と叫ばれる時代。人類皆兵士と揶揄される時代に、純粋種が持つ兵役免除という破格の特権。
宮城涼音は遺伝子改造が事実上の標準の時代である今日では、生きた化石とさえ評して良いほど古い遺伝子――第1次生存戦争以前の無改造遺伝子を持つ人々の総称だ。
300年ほど前、INVELLとAILの戦いで月が欠け、世界が一ヶ月も掛からずに焦土と化した第1次生存戦争。
意思の疎通も交渉も何もかも不可能な異星生命体により、破壊と炎獄に焼かれた人類は一時期にだが、完全な恐慌状態になった。
強大過ぎる異星生命体と戦うには、人類は脆弱すぎて絶望するしかなかったのだ。
滅亡の恐怖に晒された人類は生物としての生き残りを賭け、様々な技術革新を――主に軍事面における著しい技術革新を成し遂げ、その中には当然のように兵士の強化も含まれていた。
科学者と軍人、そして政治家たちは、地球全体の政策として強い兵士――つまり、強い人類を生み出すことを目標として掲げ、次々と人間をありとあらゆる手段を要いて改造していった――なお、この時代は真の技術的特異点と呼ばれるほどの技術的絶頂期を迎え、数々の革新的技術と新発明が生み出されたが、その中にはのちに機族と呼ばれることになる自我を持つ人工知能群の姿もあった。
しかし、それらの政策は人の姿を失った人類を生み出すまでに至って、科学者たちの暴走は転換期を迎えることとなった。
何故なら人類を強化するための政策が、人を人でないものに変質させていくという本末転倒な結末を迎えるまでに至ったからだ。
数多の異形の人類を生み出してから十数年後。
人類が滅亡を免れる為に戦う兵士であれ、罪を犯して兵士となった懲罰兵であろうが、人間として最低限の生活が営め、そして人として生涯を終えることを目的として『人類の形質を維持し、その権利と機能を保障する各種基本法』称して『人類形質維持法』が全世界で施行されるに至った。
これらの法案により人類の強化は、人の形状を考慮しない生物的機械的な改造等による物理的強化から、人らしい姿形のままで遺伝子改造を主とした環境適応能力の強化へと一大転換を遂げた。
例えば、今までなら死に至る出血ですら簡単な止血処置で済む凝固の速い血小板を持ち、訓練せずとも宇宙酔いしにくい強い三半規管、無重力空間で暮らせば避けられない骨粗鬆症になりにくい骨などを持つ新世代の人類が生み出されていった。
遺伝子改造済みの人間を増やすために、元となる遺伝子や細胞を胎児や赤子の内にどんどん組み込ませていく。大人たちにも改造された細胞を骨髄等に注入するなどして、体の中身を徐々に変えていく。
そういった処置を受けた人々が親になれば、それらの機能は子に受け継がれ、やがて人類全体に広がっていく。それらを急速に行うことによって人類は身体機能の強化を行ってきたが、遺伝子を弄ることにより予期せぬ疾患や機能障害も多発したのは予想された被害だった。
それらの危険に対して、遺伝子を元に戻したり、治療のために、本来の遺伝子を維持している人間が必要とされた。当然、世代交代もしなくてはならない。よって、ある程度の無改造遺伝子保有者を社会的に維持していく必要が生まれた。
つまり、人類の遺伝子バンクとしての役割を持つ者たち――それが純粋種と呼ばれる人々。分子から遺伝子を作り出し、そして人間を作り出すほどの技術を未だ手にしていない人類には必須の人々。
それ故に、純粋種には兵役を受けなくても良いという特権が保障されていた。
当然、特権が無償のわけがない。
それなりの代償――別の義務が存在した。
「貴女たち、今まで純粋種の友達とかいなかった?」
「いません」
「宮城さん以外、見たこともありません」
「そう……」
ちょっと困った。
こうなると、どこから説明しようか。全部説明するとなると流石に面倒。
彼女たちは余りにも純粋種を知らなさ過ぎる。
とはいえ、それを攻めるのもお門違いなこと。
「人類が本当に滅亡しそうな時の、純粋種の若い女性の義務って聞いたことある?」
「ないです」
「健常者の義務しか知りません」
天羽の即答に合せて、椎名も首を縦に振った。
彼ら健常者の義務は兵役である。
仕方ないか……。と、宮城は誰にも聞こえないほど小さく呟いた。
「若い純粋種は人類が10億人を切ったら、強制出産させられるのよ。出産工場で好きでもない男たちの子供を産む機械になるの」
宮城にさらりと言われた内容が理解できなくて、天羽は言葉を失くした。
「ベッドの上で昏睡状態にされて点滴を打たれながら、見知らぬ男の精子と私の卵子を人工授精させて、成長促進剤で6ヶ月に1人のペースで子供を産んでいく生きた機械になる。6人産むまで解放されることはないわ。それが生まれたときに課せられた義務よ」
椎名の中には、宮城に返すだけの言葉がなくて沈黙を選んだ。
身動きできず、意識もなく、ただ見知らぬ男の子供を産むだけの役目。
自分には無理。出来ない。それ以外の答えが見つけられない。
女性として扱われず、女の性だけを利用される――それはまるで、ただの機械より酷くて。
「それに比べれば――」
宮城の人生が、異星生命体と他人の手により、そんな運命を辿るなら――。
「六三四と一緒に戦場に行くくらい、大したことないわ」
式守六三四と死地を駆け抜けよう。と、宮城涼音は当然のように微笑んだ。




