第23話<第3177駆逐戦隊Ⅳ>
ここら辺から二~三年前からボチボチ書いていた部分になります。
仕事には勝てないよ(トホホ。
2022/04/06 漢数字→アラビア数字に修正。一部修正。
復興歴301年9月1日09時00分
太陽系第4惑星火星 リトル・キョート周辺部
火星日本領第4航宙港――別名“大鳳航宙港”
日本航宙軍及び人類連邦統合軍共用施設3階 第2多目的ホール
「――では、相互に敬礼を行います」
司会役の言葉が飾り気のないホールに響くと、二人の指揮官は同時に号令を掛けた。
「「気を付けーッ! 礼!」」
二人の号令にズレはなく、ほぼ同時に発した言葉。別に珍しいことではない。これはごくありふれた軍隊の儀式であり、誰もがタイミングをそれとなく覚えるものだ。
指揮官がそれなら部下も同じ。上官の後ろに四列横隊に並んだ相互の隊員たちも、大したタイミングのズレもなく伸ばした右手の指先をこめかみの近くに持っていく。
よく見られる型の、挙手の敬礼。そして再び指揮官の号令により、部下たちはその手を下ろした。
このホールに居るのは上級部隊指揮官と配列者及び儀式準備者を除けば、第3177駆逐戦隊の隊員たちのみ。
今まで別に訓練していた航宙軍の駆逐隊16名とそれに搭乗する海兵隊派遣隊13名の計29名(5名増員)が、本日初めて揃って第3177駆逐戦隊が編成された。
第3177駆逐戦隊司令となった日本航宙軍大尉の柳田蓮司は、軍人としてはかなり平凡な男だった。歳は三十後半。一兵卒からの叩き上げとはいえ、士官としては特別に昇任が早いわけでも、目立つ戦技を持つわけでもない。人より頭が切れるわけでも、体力優秀なわけでもない。何事もそつなくこなし、何事も失敗しない。勿論、特別な業績や戦果を上げることもしない男。
顔も凡庸、見た目は平均。可もなく不可もなく、誰も不細工とは言わないが、決して美丈夫と讃えられることもない。少しだけ人より高い身長、当然のように健常者の出自。ただ何故か大物めいた雰囲気を漂わすが、実績を鑑みるとこれも凡庸。不釣り合いといえば不釣り合いな風格を持つ男。
それが彼に対して、軍の人事部が下していた評価だった。
彼にしてみても、一週間前に拝命した戦隊司令という要職は出来すぎな昇任だった。
組織的に見れば、もうこれ以上の要職に就くことはないだろう。
だが、彼は喜び勇んで拝命したわけではなかった。
軍人である以上は致し方がないことだが、今回の昇任は人類連邦統合軍戦時体制移行の組織改編に引っ掛かった為であり、それは上層部からまず先陣を切って死んでこいと言われているのも同然だからだ。
(しかし、嫌がらせにも程があるな……)
柳田大尉は、そう胸中で呟きながら口元を引き締めた。
主要な部下たちを集めて、顔合わせを兼ねた会議をたった今開いたばかりだ。少世帯の部隊である以上、主要な者といっても自分を合わせても九名しかいない。
それでも全員が会議室に揃うと、それなり以上に壮観と感じてしまうのは、自分が微妙に舞い上がっているからだと柳田は頭の片隅で思った。
まず己の右腕となる副長、ヨゼフ・バルターク。歳は同じ三十代後半。経歴は似たり寄ったりの一兵卒上がりだが、事務仕事が長いため、今回は戦隊司令にならなかったのだろう。背筋をきちんと伸ばし、姿だけを見れば彼の方が司令に見える。階級は同じ大尉。第1次生存戦争で大被害を被った東欧の血を引く者だが、今作戦は人類連邦統合軍の一員としての配属。本音を言えば、連携が不安である。乗艦する支援軽巡洋艦については、彼にほとんど任すことになるだろう。
次に、3隻ある装甲駆逐艦の各艦長たちを見た。2人の遺伝子調整者と1人の健常者だが、皆若く、成績優秀な者ばかり。新進気鋭を集めるにしても限度があるだろうと内心呆れた。凡庸な自分に対する嫌味にしか思えない。
まず、春風級装甲駆逐艦〈浜風〉艦長のフランチェスカ・〈東郷〉・トモエ少尉。今期防衛高等学校航宙士課程首席である銀髪の少女。大人しそうではあるが、首席を取るほどだ。優れたリーダーシップや能力を秘めているのだろう。
次に同級装甲駆逐艦〈磯風〉艦長のクリスティーナ・〈ネルソン〉・ハンブリング少尉。金髪で勝ち気そうな少女。フランチェスカの同期にして今期航宙士課程次席。見た目通り、性格もキツそうだ。
二人とも、まだ18歳。当時の自分を思い返してみれば、まだ宇宙酔いに苦しんでいた頃だ。
最後に同級装甲駆逐艦〈浦風〉の艦長の三上匠少尉。彼は大学出向中に徴兵された変わり種だ。士官候補生学校を経て1年ほど前に昇任した新米士官であり、軍歴だけで見れば先の二人と大差ない。健常者である三上は高等学校から軍事訓練を受け始めたが、クリスティーナとフランチェスカはそれこそ物心ついた頃から軍事訓練を受けている。同じように比べるのが酷というものだろう。
技術士官として同乗する海兵隊のエイミー・〈ゴードン〉・霧島技術少尉。無口だが、遺伝子調整者として英才教育を受け続けてきた者だ。性格に難があっても知識に不足はないことを願う。
命を共にする海兵隊を率いるのが、日本航宙軍海兵隊第3177派遣隊長である遺伝子調整者のアニー・〈ケリー〉・トンプソン海兵少尉。荒々しさで名を馳せる海兵隊の派遣隊長が、まさか18歳の少女とは思わなかった。とはいえ、彼女も今期の成績優秀者の一人。実務の経験不足は先任軍曹である猿渡が補うのだろう。
上官である少女の隣に座っているのは、海兵隊先任軍曹として隊を纏める上げる歴戦の古参兵、猿渡大悟。階級は特別昇任で一等軍曹に昇任したばかり。一癖も二癖もある男であるのは人事部が寄越した書類で分かったつもりだったが、直に面構えを見ると、とんでもない曲者だと分かる。ふてぶてしい表情と散切り頭、無精ひげは生やしたまま。四角い顔に潰れたような鼻と耳。骨太で筋肉質な身体付きは野性味が溢れすぎている。
最後に、計画外で補充された遺伝子交雑者、式守六三四2等軍曹。地上での対異星生命体INVELL戦の最精鋭の証である単独戦闘技術者の資格を持つ青年。この資格は、ただ優秀なだけの兵士が手に入れられるような代物では決してない。常人を超えた何かを持つ精鋭にのみ与えられる代物だ。付け加えれば、既に実戦経験済み。しかも、3年前に発生した、あの東京パンデミックの生き残り。彼個人の戦闘能力に疑念の余地はなく、その気になれば、この部屋にいる全員を素手で殴り殺せるだろう。長身で無駄肉を徹底的に削ぎ落とした肉体。短く刈り上げて逆立てた黒髪、精悍な顔つきと鋭い視線。彼はどう考えても遺伝子調整者たちにの護衛役だ。
「では、改めて自己紹介しよう。第3177駆逐戦隊司令を拝命した柳田蓮司だ。一兵卒からの叩き上げだが、ここ数年は火星防衛隊本部将来計画班で勤務していた。久しぶりの航宙勤務だが、勘所は失っていないつもりだ。今日から私が貴官らの命を預かる」
柳田は一旦区切って部下を見たが皆に不安の色はない。下手をしたら一番不安を抱えているのは自分自身かもしれない。
「第3次生存戦争が発令された今となっては、時間がない、弾が足りない、練度が足りないと弱音も吐けない。我々は人類存続のために全力で日々を過ごすしかないことを、各自肝に銘じてくれ。差し当たっては、駆逐戦隊と海兵隊の連携を深めるための習熟訓練と、出撃準備を同時並行で行う。細部計画は副長のヨゼフ・バルターク大尉と調整済みだ。説明は副長に任せる」
司令である柳田に言われ、バルダークは説明を始めた。
「副長のヨゼフ・バルダーク大尉だ。事務仕事が長かったが、今回の生存戦争で前線復帰した。書類関係は私が主に受け持つ。以後、よろしく頼む。では、早速だが出撃までの期日を述べる。一応聞くが、君たちは既に耳にしているかね?」
想像以上に流暢な日本語を喋るので猿渡は驚いたが、よくよく考えてみれば当然こと。片言の日本語や短縮英語しか使えない者を副長という役職に据えないのは当然のことだ。
バルダークは不運にも説明を省略できなった。
「我々第3聯合艦隊第2機動戦闘団を主力とする第32任務艦隊は、約3週間後の9月23日に火星を出撃。火星でスイングバイを実施し、迎撃予定宙域である木星へと向かう。その為、訓練可能日は20日の午前中まで、だ。今日を含めても3週間もないが、各員の奮闘を期待する」
「――な!? ちょ、ちょっと待って下さい!」
「質問は随時受け付けるが、何かな? 三上少尉」
「いや、それじゃあ、ほとんど何も出来ないじゃないですか?」
三上は腰を浮かしつつも、同意を求めるように新しい仲間たちを見た。
残念ながら、彼に同意を示す者はいない。
その事実に軽いショックを受けながら、副長の返事を目線で求めた。
「何も出来ないのではなく、やらなければならないことをやれ。準備期間が短いのは総司令官の伊佐波少将以下、十分認識している。だが、これを決めたのは我々人類ではない。星と敵が決めたのだ。負担軽減の為に君の艦には各地に散らばっていた同期生を可能な限り集め、フランチェスカ少尉とクリスティーナ少尉、海兵隊にも同様の処置をしてある」
「それは、そうですが……」
「むしろ三上少尉よりも問題なのは、火星に来たばかりの式守2等軍曹の方だろう。どうだ? 出来るかね?」
バルタークは三上の回答を待たずに流れを作った。元々新米少尉の言うことなど、よほどのことでもない限り、まともに聞く気がない。
「俺は相棒に変更がなければ問題ない。ここだと俺と組める人間は、宮城以外だと先任しかいないからな。相棒を変えられるぐらいなら、二人揃って懲罰房にぶち込まれた方がマシだ」
式守六三四の傍若無人の発言。それも真顔で言い放ち、周囲の空気が一気に変わった。
初対面の相手に――しかも上官相手に、ここまで自信満々に言い切ることなど、クリスティーナでもしたことがない。フランチェスカも同様だ。遺伝子調整者とはいえ、人間社会に生きているのだ。社会常識やマナーは普通に求められる。
新しい部下の発言に小隊長であるアニー・〈ケリー〉・トンプソンは眉を顰めたが、最先任軍曹の猿渡は面白そうに口角を曲げた。
「では、相棒さえ同じなら、あとは部隊との連携だけということかな?」
「その認識で問題なし」
「ふむ。確認だが、今まで君が戦っていた1G環境とは違う。0G環境でも問題ないと?」
「無重力での戦闘訓練はガキの頃に受けている。勘を取り戻すには多少時間が必要だが、問題なし。第一、本当に問題があるなら、俺はここに送り込まれない。相棒の宮城は経験が薄いが、そこまで海兵隊の足は引っ張りたくない。俺が面倒を見る」
断言する式守六三四に、バルダークは満足気に頷いた。
「アニー少尉、これで問題ないな?」
「問題ありません」
「フランチェスカ少尉、クリスティーナ少尉。そちらの方は間に合うか?」
「習熟訓練より作戦準備を優先させますが、被害局所化訓練だけは資材積載前に行います」
「同意見です」
フランチェスカの発言にクリスティーナは同意したのは、それがどうしても必須の訓練だったからだ。
「では、それに関しては明日から行ってもらおう。期間は3日間。今日中に訓練計画を作成し、1500までに提出せよ」
「了解しました。アニー、海兵隊派遣隊長として私を支援して」
「OK、フランチェスカ。この会議の後、直ぐに。昼前までに概成完成で」
「アニー少尉、海兵隊の編成は基本そちらから送られた資料通りだが、修正したい場合は同じく1500までに報告を。書式は自由。最悪、メールだけで構わないが証拠となるもので行ってほしい」
「了解しました、副長」
良い感じで纏まったと感じたバルダークは締めに入った。
「では、戦隊司令。一旦解散してイブニング・レポートを1600に行いたいと思います」
「そうしようか、副長」
戦隊司令が次の会議を言おうとしたところで、素早い疑義の声が上がった。
「ちょっと待って下さいよ、副長」
「何かな? 猿渡1等軍曹」
「猿渡先任!」
猿渡の一言でアニーが顔を顰めて小声で注意するが、彼女の部下はそれを完全に無視した。
「少々奇麗事ばかりで、問題点を炙り出していないですよ」
「どのような問題が?」
柳田が口を開くより早くバルダークが問う。
「ここで言っちゃって良いんですかねぇ」
あくまでも陽気な口調で、ニタニタと笑いながら猿渡が喋る。
アニーが小声で「猿渡先任!」とさらに語気を強めて釘を刺すが、再び彼は無視した。
「構わない。対処できる問題は早めに潰すに限る」
直属の上官だったら微妙な気分だが、戦隊司令としては意見があるのは有り難い。
柳田は発言を促した。
「さすが司令、話が早い。しかし、対処できない問題には?」
「誰かが我慢してもらうことになるし、誰かが余計に汗を流すことになるだろう。それが軍隊の階級制度の良いところだ」
「ま、確かにそうですな」
「具体的には何がだ?」
「例えば、駆逐艦長の序列はどうするのか? 通常なら三上少尉になるが、正直そんな気はないんでしょう? 特例ばかりの戦隊だ。中途半端が一番良くない。しかも配属先が寄りにも寄って、あの第17海兵団。司令官は基本的にはコアへの突撃強襲の部隊だ。突っ込む前提で、シミュレートの精度を上げる前に必要なのは規律ですが、戦隊司令のお考えは?」
「同じだ」
思った以上に口が回るなと、柳田は猿渡の基本情報を少々書き加えた。
「だが、初日から急ぎ過ぎるよりも作戦準備を優先する」
「実戦になれば、みんな本性剥き出しで罵倒しながら戦うことになるんですよ。早めに相手に本質を理解しておくのは悪いことじゃないですよ、司令官殿」
本当、面倒くさいことをぶち撒けてくれる下士官だ。と、柳田は心から思ったが、彼が間違っているわけでもないのが余計に面倒くさい。
「先任の意見は間違ってはいないが、戦隊としては作戦準備が最優先であり、それが私の決心だ。連携に関しては、まず海兵隊側のチーム編成を揉んだ後、各艦長と各組長の適性評価を心理分析器に掛ける予定だ。この作業に関しては先任、出来るか?」
柳田は、敢えて猿渡に仕事を振った。
まずはしてみせろ。ということだ。
無論、猿渡は勘違いしせず、無視もしない。
「了解です。何時までに?」
「今日の1600までに。チーム編成に関しては明日の習熟訓練開始前に発表すればいい」
「分かりました」
「あと、式守2等軍曹に確認したいんだが、あの連れてきた機族はどうするんだ?」
「支援軽巡に入る方がいいだろうが、相手は機族だ。福音が勝手に決める」
「この会議に関してはここまでとし、各人命ぜられた事項を実施し、イブニング・レポートで報告せよ」
まだ話そうとする猿渡を、バルダークが遮った。
「「「「了解」」」」
各士官が応え、会議は終った。




