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第21話<第3177駆逐戦隊Ⅲ>

出張のため週末まで更新できません。

読んで下さる方々、申し訳ない。

2022/04/06 漢数字→アラビア数字に修正。一部修正。

 クリスティーナとフランチェスカが海兵隊を離れてから約4時間後――時刻はすでに20時を過ぎた頃。

 二人はリトル・キョートのセントラル・ブロック地表層の、とある高級ホテルの宴会場で第一種礼装と呼ばれる華々しい軍服を着込み、緊張の極限に晒されていた。

 地表層という言い方は地球で生まれ育った者にとっては奇異に感じるだろうが、火星で住む人々にとっては当たり前の言葉だった。

 このような言葉が生まれた背景には、火星の、地球にはない大きな特徴が原因だった。

 それは地球に比べて重力と磁力が弱いことだ。重力は地球の約半分しかなく、便宜上北極、南極と呼称しているが、実際には磁界が無いので方位磁石が南北を示すことはない。

 特に重力の問題が人類の居住に当たって大きな問題であり、緑地化テラ・フォーミングの際にも大問題となった。

 藻やサボテンのような植物を育て、火星大気上の酸素を増やそうとも、強い太陽風に晒されると火星の大気が大きく変動する。地表には強い風が発生して、あっという間に酸素濃度が下がる――低重力のため、空気そのものが宇宙へと飛ばされてしまうのだ。

 地表の酸素が全部吹き飛ばされるわけでは無いが、第二の人類生存圏を作るべく血眼になっていた人類にとって、大気中の酸素濃度が低下するのは大問題だ。決して無視できるレベルのものではない。付け加えると、緑地化テラ・フォーミング計画初期段階において散布された植物自体も、地表に上手く根付かず、植物の自然繁殖は難しかった。


 そこで科学者たちは大きく二つの手を打った。


 火星に降り注ぐ太陽風を防ぐ電磁シールドを作り出す特殊な衛星を、火星軌道上に多数展開させた。これにより火星の大気を吹き飛ばす太陽風を防ぎ、僅か数十年で大気圧を一気に押し上げた。

 次に、多数の窒素を含む小惑星や隕石を火星へと落とし、大気の組成を変化させた。

 それを土台に広い地域に酸素を生み出す藻を漫然と散布するのでは無く、地形を考えて緑地化を推し進めた。多少時間は掛かるが綿密な調査の後、少しずつ、だが確実に押しし進める手段を選んだ。

 初期段階の計画を大幅に変更し、まずは酸素を生み出す植物の新品種開発に血眼になった。

 具体的には、太陽風や火星そのものの砂嵐を避けやすい盆地や谷間を選び、散布する植物には地根類――サツマイモやジャガイモのように地下茎を伸ばし、その上で乾燥に強い多肉植物――サボテンの一種を主体とした。

 無論これだけは足りないので、入植地周辺に植物を植えると人工的な風除け――ほぼ透明な半球状の巨大なドームを作製して物理的な保護も実施。

 そのドームの下で地下都市を造成し、さらに地下都市最深部の奥底に貴重な人工重力制御装置を設置して、人類に必要な生活環境を整えると共に空気を火星に繋ぎ止めたのだ。あとはこれを拡大していくことにより当面の生活圏を整備していく方針で推し進めた。

 地表の建造物から地下30メートルほどまでは、各種採光器により太陽光が地上と変わらないほどの光量で届くので地表層と呼ばれている。

 火星の要塞都市の地表層には軍事施設、商観光業用施設や野菜工場等の公共建造物が主で、個人賃貸の居住区はかなり狭い――大半は地下の公共居住区に住んでいた。

 理由は火星上に建造された都市が、要塞としての機能を優先させているためだ。

 その要塞都市の中央区画に建造された、数少ない高級ホテルの一つ。

 豪華なホテルの中庭に面した宴会場は、配置を計算し尽くされた雑木林や錦鯉が放された池や打ち水等を凝らした立派な日本庭園が一望出来る立派なものだったが、クリスティーナとフランチェスカほか選ばれた12名の遺伝子調整者達には、それを楽しむような余裕は許されていなかった。


 そこでは、彼らを招待した伊佐波・〈東郷〉・サクヤ少将が主催する第3艦隊第2機動戦闘団を主体とした第32任務艦隊の出陣式が開催されているからだ。


 式次第の一つとして、クリスティーナとフランチェスカは他の遺伝子調整者デザインたちと共に壇上に上がり、司会者により来客者たちの前で今課程の成績優秀者として紹介されて、会場を埋め尽くす来賓たちから割れんばかり拍手を浴びた。

 今夜の出陣式に招待された来賓の半数は軍人――それも彼女たちより階級が高い人物達であり、軍人以外の来客も各種政府機関の上役や自治体の首長や巨大企業の重役など、世間一般ではVIP待遇を受ける人々ばかりだ。

 彼らのような真のエリートから見れば、成績上位12名の遺伝子調整者達は微笑ましい若鷹であり、マスコット的な存在でもある。

 壇上で直立不動の姿勢を保つ12人の若鷹たちの緊張は、第3艦隊第2機動戦闘団司令であり、軍神と名高き伊佐波・東郷・サクヤ少将直々に声を掛けられて極限に達した。

 無論、12人の中には威風堂々とした者もいたが、その心までも緊張しなかった訳ではない。

 クリスティーナも内心緊張していたが見た目には隠し通せた。

 だが、フランチェスカは緊張で紅潮する頬を隠すことが出来なかった。

 照り付けるスポットライトを浴びながら、司会者に出自から成績順序、配属される部隊と新しい職務まで一通り発表されていけば、その身が震え上がるのを感じないわけにはいかない。

 一人一人のプロフィールが紹介されていく度に、会場から無数の拍手を浴びた。

 このように華々しく紹介され、人々から賞賛と期待を一身に浴びる。

 彼らの人生を知らない者は少々大げさと思うかもしれないが、遺伝子調整者デザインとして幼少から今日に至るまでの10年以上にも及ぶ長期間に渡り、問答無用かつ無条件に過剰競争を課せられた彼らには、今までの過酷な競争生活の苦労をねぎらい、それを癒せるだけの本物の賞賛に満ちていた。

 それと共に、この壇上で彼らの処遇は明確に示された。

 彼ら12人はエリート軍人としての第一歩を、今この瞬間に踏み出したのである。

 臆病なフランチェスカが顔を紅潮させていたとしても、壇上ではみすぼらしいところなど見せたりしない。心配性とはいえ、彼女も首席として評価を受けるだけの確かな実力と最低限の胆力を持っている。

 壇上に並ぶ遺伝子調整者デザインの中には、クリスティーナやフランチェスカだけではなく、同じように少尉に昇任したてのアニー・〈ケリー〉・トンプソンやまだ二人が声を交わしたことがないエイミー・〈ゴードン〉・霧島の姿もあった。

 式典は第3艦隊司令及び第2機動戦闘団司令の挨拶、リトル・キョート市長の祝辞と続き、さらには新人達たちの決意表明等一連の約束事が終わると、程よく回ったアルコールの勢いも加わり、会場は華やかな喧噪に包まれた。


 クリスティーナとフランチェスカは真っ先に伊佐波少将の元に向かったが、挨拶一つで終わってしまった。艶やかな黒髪を束ねた美貌の司令官には、常に人々が訪れて途切れることがない。新米士官の彼らにそれ以上を求めるのは無謀というべきだろう。


 次に、二人は直属の上官となる人物を探した。

 増強第17海兵団司令官、黒田大佐。どういった人物か容姿や風貌もよく分からないので、名札と階級章を見て探すこと約五分。年配の士官に教えられ、二人は今回の迎撃作戦で自らに命令を下す人物と顔を合わすことが出来た。周囲の関係者に要件を伝えると、彼らも親切に通してくれた。

 二人は歩調を揃えて司令の前まで進み出ると、素早く直立不動の姿勢で敬礼した。

「ご歓談中のところ失礼致します。今作戦で装甲駆逐艦〈磯風〉の艦長を拝命致しました、航空宇宙軍少尉クリスティーナ・〈ネルソン〉・ハンブリング!」

「同じく装甲駆逐艦〈浜風〉の艦長を拝命致しました、航空宇宙軍少尉フランチェスカ・〈東郷〉・トモエ! 以上、二名の者は、増強第17海兵団司令官黒田大佐に御挨拶に参りました!」

 二人の敬礼を受けた男は、崩れた答礼をした後「休め」と命じた。

 命じられた事を反射的に新兵の如く行った後、クリスティーナは司令官の風貌を見て内心驚いていた。

 何故ならば「紳士たれ」というモットーを掲げる英国海軍と日本海軍の伝統からは明らかに外れている人物にしか見えなかったからだ。紳士的と言うよりは野生的、いや無頼漢といった雰囲気を漂わせている。

 確かに、黒田という日本航宙軍大佐の風貌を一言で言い表せば野性的だった。三十代半ばと思われる精悍な顔立ちと僅かに見える無精ひげ。誰と構わずに鋭い眼光を撒き散らす双眸と筋肉質と感じさせる長身の体躯。刈上げた短髪は航空宇宙軍というよりは、空挺隊や特殊作戦隊を擁する陸軍にしか見えない。そこまで見て、二人は黒田の胸に輝く海兵徽章と空挺徽章、さらには今も陸軍の象徴たるレンジャー徽章もある三段重ねの戦技徽章に気が付いた。直感的に嫌な気配を感じ、伸ばした背筋をさらに伸ばす。

 黒田大佐は手に持っていた空のグラスを隣りにいた女性副官に預け、値踏みするように二人を観察した。

 異星生命体との戦いで、戦場の半分が宇宙となってから、海軍と陸軍は一気に縮小された。海軍は水中に潜む異星生命体を攻撃するために潜水艦と多目的艦が主力となり、陸軍は人類防衛の最後の砦として、衛星や要塞、また惑星上での各種防衛作戦を主任務とするようになった。

 その陸軍の中で空挺隊は、時に宇宙軍と行動を共にする精鋭部隊である。彼らは敵に侵略された衛星や地域の再占領の為に先陣を切る部隊で、その危険な任務の性格上、過激な隊風や伝統を今も墨守しており、それらは人類が地球にいた頃から変わらない。

 それ故に荒くれ者が集う部隊として、どこの国でも悪名高い。

「ふん。〈東郷〉と〈ネルソン〉か……。厄介なものばかり押し付けやがって、あの女郎めろう

 上官の将官――それも『人の手により生み出されし軍神』とも呼ばれる伊佐波・〈東郷〉・サクヤを女郎と呼ぶ口の悪さに、クリスティーナは一瞬耳を疑った。

 その言動は軍人――特に士官としては、命知らずの非常識さ。

 軍隊における将官の権力は神にも等しい。それを人知れず漏らすのでは無く、この場で漏らすことが信じられない。耳聡い者は告げ口により黒田を蹴落とし、その地位を狙うだろう。

 己の社会的地位を危険に晒す言動。

 それでいて、この階級、この役職。

 一筋縄ではいかない曲者であることは誰の目にも明らかだ。

 だが、周囲の人間も彼の言葉を窘めない。

 それだけ、これが日常なのか。

 それとも、敵意を握り潰せるだけの実力者なのか。

 初見の二人には判断が付かなかった。

 彼のドスの利いた声は、聞く者に無視することを許さない耳障りな圧がある。

 新米士官の二人には、耳障りを通り越して脅迫に等しかった。

「増強第17海兵団司令の黒田だ。ヒヨッコどもに多くは求めん。まず、足を引っ張るな。誤射で味方を殺すな。戦場でパニックを起こすな。海兵隊と連携を取れ。命令を守れ――出来ないならば先に言え。これらを守れなければ――俺がお前たちを殺す。以上だ」

 黒田が暗い瞳で新しい部下たちを視線で射貫き、己の言葉が真実であると示す為に決意と殺意を滾らす。

 シンプルな命令。

 その単純さ故に妥協も情けもないことを言外に臭わせる。

 少女たちの顔から文字通りに血の気が引いた。クリスティーナは威圧感というものが心だけでは無く肌でも感じる事が出来ることを初めて体感し、フランチェスカの左足は軍人として恥ずべきことに、気付くことすら出来ぬ内に半歩後退った。

 有無を言わせぬ程に圧倒的な、黒田の決意と殺意に気圧されたのだ。

「はっ……はい!」

「はいっ!」

 目に見えそうなほどに殺気を漲らせた上官の恫喝に、フランチェスカとクリスティーナの高揚した気分は吹き飛び、再び反射的に直立不動の姿勢を取った。

 いや、取らされたとも言って良い。軍人としてのさががそれ以外の手段が無いと警鐘を鳴らす。

 自分たちを射貫く暗く沈んだ瞳の持ち主の発言に嘘がないと、軍人としての経験よりも、人間が持つ動物としての本能が知らしめた。

 加えて、クリスティーナは自らの誤りも知った。上官は野生的なのではない。野生そのものなのだ。生き残るためには権力を躊躇無く振るい、邪魔する者は敵も味方も排除する人格なのだろう。危険な人物だと判断せざるを得ない。

「黒田司令、ここは一般の方々も多くいらっしゃいます。少々言葉を謹んでは戴けませんでしょうか」

 硬直した新米艦長たちに助け船を出したのは、先ほどから脇にいた副官だった。それでも二人は視線を動かせなかった。叩き付けられた殺意への恐怖と緊張感がまだ勝る。

「雪姫。こういう時、お前が口を挟むと調子が狂う。少し黙っていてくれないか」

 口元を歪めて黒田は不満を漏らしたが、意外なことに怒ってはいなかった。

「承知致しました」

 余裕の受け答えと微笑みで上官の言葉を軽くいなした女性副官は、手に持っていたグラスを何気なく渡した。いつの間に交換したのか。それには琥珀色の液体が満たされ、氷も浮いていた。黒田はそれを受け取り、水のように呷ると不満げに鼻を鳴らした。

「言うべき事は言った。二度は言わん。忘れるな。細かいことは教育係に任す。雪姫も俺の周りにいないで、義姉サクヤに顔を見せに行け。お前が行かなかったら、あいつから苦情が来る」

「もう暫くしたら、行きます。ですが、その前に御戦友がご挨拶に来られていますよ」

 そう答えた副官がクリスティーナとフランチェスカの斜め後方に視線を向けると、黒田も同じように向け、クリスティーナたちも釣られたように視線を動かした。

「隊長! お久し振りです! 今回も対コア部隊を率いるって、相当な貧乏クジですね!」

「ぬかせ、その部隊の悪ガキどもを纏めるのがお前の仕事だろうが!」

 隠し事のない言葉に、黒田が笑いながら言い返す。

 黒田に声を掛けながら近付いてきた巨漢を見て、クリスティーナとフランチェスカは目を丸くした。

 近付いてきた2メートルを優に超える巨漢には人の顔が無い。そこにあるのは蜘蛛のように無機質に光る8つの小型レンズと、ぱくぱくと上下する口らしきもの。人の耳に該当するところには太めのアンテナらしきものがあり、肌に該当するものにはつや消しの灰色が塗られているだけで、頭部の形状自体が既に人の形をしていない。


 巨漢の戦闘用サイボーグ兵。

 それも傷病兵が失った四肢を補う義手義足の類いでは無く、純粋に戦闘のためだけに、脳とその維持に必要な内臓器官以外の全てを生体機器や武器に換装した軍人。

 戦闘用サイボーグ兵の、個人用戦車や歩く弾薬庫とまで比喩される戦闘能力は、決して虚仮威しの類のものでは無い。

 しかし、それ故に戦闘用サイボーグは軍人であろうとも滅多に見ることがない。

 個人で管理される戦力としては破格以上のものだが、その生命と機能の維持には巨額の費用と手間が掛かる。

 その為、軍隊内の戦闘用サイボーグ兵というのは、何らかの理由で生身の身体を失った優秀な兵士――それも国家や軍が多額を投入してまで救命したい極上の兵士なのだ。ただの兵隊をサイボーグ兵にするなどと言う非効率的なことは有り得ない。普通の兵士には強化外骨格と筋補強衣で十分だと計算されている。


「若いを苛めすぎて、雪姫さんに嫌われても知りませんよ」

 聞こえてくる人工声帯の声はまるで茶化すようだが、その表情が全く分からない。話しかけてきたサイボーグ兵の顔は上下に開く無機質な口以外1ミリたりとも動かない仕様――装甲を重視した防御最優先の設計となっているのだ。通常のサイボーグにはある意思伝達用の表情筋等の機能が一切なかった。変化したのは緑色の小さなレンズが多少赤く点滅しただけだ。

 正に、純粋な戦闘用サイボーグ兵。それ以外の機能は極限まで切り詰められていた。

「お前には関係ないことだろうが。そんなこと言っていると、今度はその僅かに残った脳ミソまで失うぞ」

 黒田が笑いながら言い返す。言葉遣いは悪いが、増強第17海兵団司令と戦闘用サイボーグ兵の間には不穏な空気は無く、悪ガキ同士が出会ったような気安さが漂う。

「それで、私はまた突撃隊長ですか?」

「当たり前だ。12年前と同じように一緒にコア突だ。覚悟しとけ」

 敵拠点――通称ハイヴ――のド真ん中に潜んでいる、コア持ちの異星生命体への挺身攻撃。

 黒田大佐が直轄運用する第17対コア特殊攻撃隊の主任務はそれしかない。

 指揮官の一言を聞いたサイボーグ兵は分かり易いように太い首を大きく横に振った。

「隊長は拝命と引き換えで大佐に戦時昇任。追加で戦隊司令ですか。生きてるうちに、ここまでの大盤振る舞い。生存戦争前提とはいえ、かなり剛気ですな」

「死んだ英雄だけが良い英雄になるんだろうよ。所詮、最前線の士官は全員消耗品だ」

 黒田は自虐的な笑みを浮かべたが、敵に牙を剥いているようにしか見えなかった。

「全く、仕方がありませんね。黒田隊長。今度も俺が先陣を切るんで、ちゃんと後から付いてきて下さいよ」

「お前の足が遅かったら追い抜くだけだ」

「またまた御冗談を。今の隊長がサイボーグになった俺に追い付けるかどうか、強化外骨格を使っても怪しいものです」

「言うじゃないか、兵藤。デカい口を叩く分、INVELLをブチ殺してくれるんだろうな」

 黒田は口角を大きく歪ませてニヤリと笑った。その表情が様になるのは、本人が余りにも野生じみているからだろう。

「第17対コア特殊強襲隊機械化兵中隊最先任上級曹長兵藤忠勝に、機能上の問題はありません」

 そう述べた兵藤が機械の五指を綺麗に揃えて敬礼すると、黒田も素早く背筋を伸ばして敬礼を返す。それは先ほど見せたものとは違う、節度の付いた見事なものだった。

「お前たちの命、また預かるぞ」

「どうぞ。お任せ致します」

 交わすの言葉に混じるのは歓喜と緊張。

 腕を下ろすと黒田が、とあることを思い出した。

「兵藤、そういえば猿渡はどうした?」

「あいつ、捻くれているんで顔を出す気はなさそうですよ」

「無理に会っても意味はないが……寂しいものだな」

「本人が会いたくなれば来ますよ」

「何時になることやら」

 少しだけ心残りそうな黒田だったが、その心情は兵藤も理解している。

「仕方ありません。あいつの心の問題です。あいつ自身でケリを着ける以外どうしようもありません。他の方々もいらっしゃってますので、また後ほど。調整会議の時にでも」

「ああ、そうしよう」

 黒田とサイボーグ兵の兵藤との会話もこれで終わり、さらに別の一団がやってきては黒田に挨拶をしていく。さすがに増強第17海兵団司令の要職に就くだけあって数多くの艦長や隊長が挨拶に足を運んで来ており、クリスティーナとフランチェスカはもはや完全に蚊帳の外だ。

 途中から完全に無視されていたが、二人は威圧感の解放からむしろ安堵していた。


 黒田のいる場所から離れて一息吐いていると、先ほどの女性副官から声を掛けられた。

「二人とも、もっと肩の力を抜きなさい。こういう場所なんだから、少しぐらいお酒を飲んだ方が楽よ」

 モデルのような女性士官に優しく微笑みかけられ、クリスティーナとフランチェスカの心から過剰な緊張がようやく解けた。零れた溜息を、フランチェスカが隠せなかったとしても無理のないことだろう。

「初めまして。私は増強第17海兵団司令の副官をしている島津雪姫。よろしくね。可愛い若鳥さん達」

 二人は初めて副官をまともに見て、即座に姿勢を正した。肩に輝く少佐の階級章。その重みは少尉如きが付けるものとは訳が違う。

 少し長めの栗毛色のショートヘアに、ぱっちりとした大きな瞳。魅力的でボリュームのあるプロポーションと、女性としては少し高めの身長。誰の目にも明らかな美人だが、彼女は大人の女性が持つ余裕と蠱惑的な魅力も併せ持つ二十代半ばの女性だった。

「フランチェスカ・〈東郷〉・トモエです。ご指導ご鞭撻のほど、お願い申し上げます!」

「クリスティーナ・〈ネルソン〉・ハンブリングです。ご指導ご鞭撻、よろしくお願いします!」

 そう言って頭を下げる二人を見て、雪姫は苦笑を浮かべた。

「本当に肩の力を抜いてよ、二人とも。黒田大佐が言ったことは当たり前の事よ」

 そう言われて、フランチェスカは心底肝が冷えた。この女性は、最後の「俺が殺す」という宣言も当たり前だと思っているのではないだろうか?

 クリスティーナもその点を聞き出したいが、流石にまだ早いような気がしないでもない。

 過剰反応はろくな結果を生まない。

 しかし、それよりも気になることがあった。

「島津少佐は、あの、どこの〈家系〉なのでしょうか?」

 クリスティーナは遠慮がちに聞いた。二十代半ばで少佐は相当に早い出世スピードだ。自分たち遺伝子調整者といえども、彼女の年齢で必ず成れるような階級では無い。とはいえ、遺伝子調整者でよく聞く二重名字でもない。だから、〈家系〉とお茶を濁したような言葉を選んだ。

「よく聞かれるのよね、それ。健常者ノーマルよ、私」

「藪から棒に失礼致しました!」

 クリスティーナは慌てて頭を下げた。雰囲気とは裏腹に、相当な切れ者だと認識を改める。間違いない。幼少の頃より遺伝子調整者デザインたちと同じ教育を受けてきたか、素養で上回る極めて優秀な健常者ノーマルだ。

「黒田大佐は叩き上げというお話を耳にしたことがありますが、もしかして12年前の土星迎撃戦の生き残りなのでしょうか?」

 ――ナイス、フランチェスカ!

 同僚の助け船にクリスティーナは心の中で喝采を上げた。流石、首席。事前の情報収集もばっちりだ。

「そうよ。あの人は12年前の生き残りにして、コア持ち個体撃破時の突入部隊指揮官。それらが理由で特別昇進したの」

 雪姫はなぜか自分の事のように誇らしげに答えた。

「最初から海兵隊だったのですか?」

「元々は陸軍の空挺だったのよ、あの人。それから航宙軍海兵隊へ。迎撃戦の時は海兵隊ね。着任して日が浅かったけど生き残った部隊の最先任下士官になり、戦死した海兵隊長の代わりに海兵隊を纏め上げて窮地を脱し、コア持ち個体撃破の偉業を成し遂げたの。だから、司令が言った“海兵と連携を取れ”は文字通りの意味よ。この海兵団は他の戦隊と比べれば、司令のお陰で海兵隊側が相当気を使ってくれているから早めに挨拶しておきなさい。小型種に取り付かれたら、貴女たちを守るのは海兵隊しかいないわよ」

「「はい!」」

「あと、増強第17海兵団には他にも遺伝子調整者デザインが多いわ。知り合いでもいるかしら?」

「海兵隊のアニー・〈ケリー〉・トンプソンとは面識があります」

 素早く答えたのはフランチェスカ。もっとも知り合ってからまだ四時間ほどしか経っていない。

「あら、挨拶にでも行ったの?」

「はい! この会場に来る途中、挨拶に行きました」

「良い心掛けよ。今回の新人は期待できるかしら」

「期待を裏切らないと思います」

「誠心誠意、努力致します」

「そうね、今期の首席と次席だもの。期待しているわ」

 ニッコリと微笑みながら首を小さく傾げる島津の姿は二人よりも遙かに年上の筈なのに、同性のクリスティーナの目から見ても可愛らしい。

 こんな女性ひとには怒れないだろうな――黒田の言葉遣いをやんわりと窘めた遣り取りを思い出して納得が出来た。

 女であることを誰にも嫌味に感じさせず、最大限に活用できる切れ者の女性。

 クリスティーナ・〈ネルソン〉・ハンブリングの島津雪姫に対する第一印象はそう固まった。

「新着任者に対する教育は明後日に通知するから、今日は羽目を外しすぎない程度に楽しみなさい」

「はい、ありがとうございます」

「了解です」

 雪姫は最後にお姉さんっぽい笑顔を残して会話を打ち切った。彼女が立ち去ると、クリスティーナの視線は自然と島津少佐の背中を追った。

 島津雪姫は直属の上官である黒田大佐ではなく、伊佐波少将の方へと軽い足取りで向かっていく。クリスティーナは黒田大佐と島津少佐の短い遣り取りを思い出して、少将と少佐の関係を察した。


 そんな時、突如クリスティーナの細い肩に重みが掛かった。驚いて振り向き、その人物を確認すると呆れたように溜息を吐いた。

「フランチェスカ、何してんのよ?」

 見れば〈東郷〉が胃の辺りを左手で押さえながら、〈ネルソン〉の肩に寄り掛かってきた。

「……クリスティーナ、私、もう駄目。胃がキリキリする……」

「まったく――」

 クリスティーナはフランチェスカの腰に腕を回すと、休憩所にあるソファへと歩き始めた。

「あなた、首席でしょ? ってか、そんなにストレスに弱くて、どうやってトップ争いしてたのよ?」

 緊張感に耐えられないような神経でどうやって今まで自分と首位争いをしていたのか、小一時間程問い質したくなる。が、答えは予想と少々違った。

「試験自体はプレッシャーを掛けてきませんもの。実力あれば試験なんて怖くないですけど、あの司令は……怖いです」

 フランチェスカの弱々しい告白。

「……あれは、確かに……怖いね」

 司令の殺気を思い出すとクリスティーナも背筋が震えた。

「あの目……」

 ――本当に人を殺している気がする。

 何となく怖くて、それは口に出せなかった。

 フランチェスカをソファに座らせ、クリスティーナは給仕から柑橘系のノンアルコールカクテルを二つ受け取ると同期の元に返った。並んで座り、何となく自然と肩が触れ合う。お互いに寄り添うように沈み込んだのは、ソファの柔らかさだけが理由ではなかった。

 フランチェスカの重たい唇がゆっくりと開く。

「……もう、実戦なのですね」

 酒と会話を楽しむ紳士淑女達をぼんやりと眺めながら、フランチェスカの小さな唇が諦めに似たようなものを零した。

 人には意識しなければ気付かないこともある。

 大きな事でも多忙で気付けないこともある。

 フランチェスカ達にとっては、正にこの会場で具現化したものだった。

 常に目の前の壁に全力でぶつかり続け、その壁の向こうに待ち構えていたものに、今まで実感しているつもりが不十分だと思い知らされた。

 本能として本物の殺気じみたものを実感して、認識を新たにさせられた。

 このまま行けば、もうすぐ実戦に駆り出されるという現実。

「クリスティーナは、私以外に親友がいますか?」

「友達は……いる。と、思う」

 断言は出来なかった。お互い、顔も向けなかった。

 言葉にせずとも通じるものを感じて、背広と軍服がまだらに混じり合う群れに視線を泳がす。

「だけど、他に親友はいないと思う。本当は友達と親友の差も分からないもの」

 クリスティーナの言葉と身体に力が抜けたことを、フランチェスカは肩に掛かる重みで知った。

「わたしにとって同期は……クリスティーナ以外、全てただの競争相手でした」

「私もだよ」

「そうなってしまいますよね」

 フランチェスカに浮かぶのは今にも泣き出しそうな苦笑だった。

遺伝子調整者デザインが下位グループに入ったら即座に排除エリミネートされる。そうしたら私たちは〈中抜け〉よ。夢も希望も、居場所も無くなる。親まで馬鹿にされて、親戚からは爪弾き……」

「…………」

 フランチェスカにとって軍事訓練をすることは日々の習慣だったが、決して楽しみでは無かった。

 誠心誠意、集中力の限りを尽くして、やり続けた理由は一つ。〈中抜け〉になりたくなかったからだ。

 〈中抜け〉とは〈銘柄〉に値しないと政府及び研究所等により、不要判定された遺伝子調整者たちの蔑称だ。

 遺伝子調整者達は通常〈銘柄〉――つまり遺伝子提供者の名字や家名をミドルネームにする。それを剥奪されるということは、能力的にはごく普通の人間にすぎないという証拠。

 幼少の頃に遺伝子移植が失敗、または完全に見込みが無いと判断されたものは幸運だ。幼い頃から、普通の子供として生きていける。

 最悪なのは中等学校ぐらいで〈中抜け〉になる事だ。学校内では多感な同級生達から蔑視の対象とされ、陰湿ないじめが絶えない。中退や転校をしても既に英才教育で多額の費用が掛かっている分、世間の風当たりも厳しい。

 社会に出ても〈中抜け〉を暖かく迎えてくれるところなど、それほど多くないのが現実だ。

「だけど、それは当たり前のことじゃない。嫌だけど、現実として目の前にある」

 クリスティーナは自らに言い聞かせるように言った。

 フランチェスカは手に持っていたノンアルコールカクテルを一気に飲み干した。

 それから大きく一息吐いて吐き出した。

「司令に脅された時、私は本当に死ぬかと思いました」

「……考えすぎじゃない?」

 クリスティーナが気楽な口調で応えたのは自分自身を誤魔化したかったからだ。

 しかし、それが見えないフランチェスカはその気持ちを理解できなかった。

「――あなたは〈味方殺しの黒田〉を知らないから、そんなことを!」

 余りにも場違いで感情的な声にフランチェスカは己を恥じ、クリスティーナは反射的に身体を離した。

 だが、誰も気にしてはなかった。

 周囲の喧噪は、酒精により大きくなっていくだけだ。

 やがて銀髪の少女は、懺悔のように一言だけ「ごめんなさい」と謝罪を口にした。

「……なに? そのひねりの無い渾名」

 クリスティーナは敢えて謝罪を無視し、話題を戻す。こんな事で、いちいち気にされたくない。

 努めて明るい口調で言ったつもりだったが、心の動揺を示すかのように僅かに掠れた。

「ひねりじゃ無くて真実だからです……出来れば、同姓の他人であって欲しかった。あなたはあの黒田司令の視線に受けて、何も感じなかったんですか?」

「いや……まあ、ちょっと…………殺されるかと思った」

 上手く誤魔化せなくて、クリスティーナの視線は天井へと泳いだ。

 フランチェスカにはその方がよかった。見えない心の機微を正確に察するのは難しいが、目に映るものは分かり易い。銀髪の少女は胸の内を語り始めた。

「本題に戻ります……私がショックを受けたのは、あの司令に殺されると思った時、何もない自分に気付いて愕然としてしまったんです」

「何もない?」

 クリスティーナはその独白の意味を理解できず、オウム返しに言葉を返した。

「今、私が死んでも何も残らない。せいぜい遺書が家族の元に届くだけ……それを実感したとき、私の覚悟は中途半端なものと思い知ったの……」

 フランチェスカが浮かべた自嘲は、彼女の美貌にはあまりにも似合わなかった。

「戦いで死ぬなら――家族を守るという目的の過程で命を落とすのなら、それは致し方の無いことかもしれません。だけど、事故で死んだら何も残らないし、銃殺刑ならなおさらのこと。自分で何か残したものも無いし、満足するような結果も無い。形見分けに残せるようなものもない。……私にあるのは家族だけだけど、それでも遺伝子調整者としては恵まれてるはずなのに、ね……」

「……私も似たようなものよ」

 クリスティーナは精一杯の嘘を吐いた。胸の奥深くにある、劣等感は知られたくない。

 二人は疲れ果てたように、柔らかいソファに身が沈むままに任せた。しばらくの間、何も話さずに周囲の喧噪を聞き、無秩序な人々の流れを目で追った。

 フランチェスカの指が空のグラスを玩び、クリスティーナはノンアルコールカクテルを喉に流し込んだ。その様子を先ほどの給仕は、どこかで見ていたのだろう。空のグラスを受け取り、同じカクテルを二人に差し出すと、何も言わずに一礼して去った。

 沈黙が二人の間に居座る。フランチェスカは再度、ノンアルコールカクテルで喉を潤した。口の中で控えめに弾ける微炭酸と柑橘の香りと甘みが心地良い。それに元気づけられたように再び口を開いた。

「実は私、喫茶店に入ったことなんて、両手で数えられる程しかないんです。休暇だって家族や親戚、いとこ達と過ごして終わりです」

 フランチェスカの独白を無言で受け止め、クリスティーナは仕草だけで先を促した。

 お互いに、もう少し話した方が良いような気がする。その思いだけは確かな気がした。

 だから、二人とも席を立とうとしない。

「遊ぶことも、服を買うことも数回しかしたことがない。親が買ってくれたもの以外、自分で選んだものは3着しかないわもの」

「私は4着よ。夏冬2着ずつ」

「やっぱり、私たちはちょっと似ています」

「そうだね。変なところが似てると思う」

「変なところでは無く、珍しく一致するところがあったです」

 フランチェスカがちょっと拗ねたように唇を尖らせた。愛嬌のある表情だった。

「あはは。フランチェスカは妙なところで拘るよね」

「それはお互い様。むしろ、クリスティーナが大雑把すぎます」

「小さいこと気にしても仕方ないもの」

「もうちょっと、私の愚痴を聞いてくれます?」

「いいけど」

「私には、自発的な行動の結果で残せるものが何もない。その事実に気付いて、何をしたいのか考えたら、恋愛ぐらいしか思いつかない。年頃の女の子のように服を買っても、遊んでも死んだら大したものは残せない。だけど、INVELLに勝てば、人類は残せる。その中に家族が生きているなら最高の結末。それは嬉しい。そうしたい。その為に努力してる。論理的に考えれば、それが現時点での最善だと分かっているのに……私自身が空っぽ過ぎて――」

 クリスティーナは、フランチェスカは一度全てを吐き出させたほうがいいだろうと思い、促すように相槌を打った。

「私たちに、好き勝手に生きるような自由はない。艦長として部下の命を預かっている。機械的に、客観的に、敵に勝つための判断なら難しくないの。それはそうしなければならないし、私の決断に私情を入れる必要がないから、戦術の決断は悩まなくて済むのに――」

 渦巻いていた葛藤を喋り終えたフランチェスカは、大きな、とても大きな溜息を吐き出して、か細い背中を柔らかいソファに預けた。深く沈む身体がどれだけ脱力したかを示していた。

 自嘲の笑みを浮かべながら、フランチェスカは自らの葛藤を一言で纏めた。

「わたしがもう少し悪賢くたち振る舞ったら、実は何か残すことが出来たんじゃ無いかと気が付いたけど、指揮官として背信行為をしてまで何かを残す気もない矛盾した気持ち。滑稽よね」

 親友の様子を見たクリスティーナの心の中で二つの言葉がわき上がり、口にすべきでは無いと察して沈黙を選んだ。

 そして、嘆息した。

 フランチェスカは相変わらず、頭の回転が純粋に速い。曖昧な勘や閃きも無い。全て言葉にして伝えられるほどに意識的に考える。

 条件付けされた反射では無い。知識と経験からもたらされる勘でも無い。

 純粋な思考速度。

 それがフランチェスカを首席に押し上げた原動力なのだ。指揮能力や操艦技術がずば抜けているわけでは無い。体力や気力が人より飛び抜けて抜きん出ているわけでも無い。確かに全て上位の実力を持つが、彼女は何かで一番なわけでは無い。

 それでも彼女が首席なのは純粋に、考える思考の速度と質が他者を上回るからだ。

 フランチェスカは僅かな時間でも、熟考を重ねて仲間や部下たちを手足の如く使い、最後の訓練を最大効率で戦い続けたのだ。

 クリスティーナがフランチェスカの手を優しく握ると、同じ強さで握り返された。同じ感覚が戻ってくることの、なんとも言えない安心感が伝わり合う。二人ともソファに身を預け、喧噪を眺める。二人とも顔を見合わせるようなことはしなかったが、同じものを見ているという確信に似た何かがあった。

「ごめん。フランチェスカ。私にも、貴女の答えは分からないよ」

 クリスティーナはフランチェスカの葛藤に応えるだけの答えを持っていない。

「だけど、フランチェスカは凄いよ。私はそれを考えることすらしてない」

 クリスティーナは自らのポリシーを破らない範囲で、競争に勝つことを最優先して生きてきた。

 それはまだ当分の間、変えることはないだろう。

「いいえ。クリスティーナははっきり自覚していないだけで、きっと答えを持っているわ」

「そうかな?」

「根拠はありませんけど」

「何よ、それ。貴女がそういうこというとは思わなかった」

 クリスティーナがそう言って笑うと、釣られたようにフランチェスカも笑った。

「これぐらい、友人同士なら当たり前でしょ?」

「親しき仲にも礼儀あり」

「クリスティーナはこれぐらいで絶縁なんてしないでしょ?」

 二人にとってそれは笑って誤魔化すことなど出来ないことだった。

 彼女たちは童心のように友達を作るという事が出来ない。

 そんな経験がなく、想像したこともない。

 常に競争しながら成長してしまうと、そうなってしまうのも無理のないことかもしれない。

「するわけないじゃない」

 クリスティーナにも不安がないわけでなかった。だからこその即答。

「私たち、本当の親友に――誰もが思い描くような親友になれるかな?」

「そうなろうとする気持ちが一番大事」

 金髪の少女と銀髪の少女はお互いに見詰め合った。

「それと、お互いに遠慮なく話せる信頼関係」

「寛容と誠実も」

「追加で、礼儀と信用」

 敢えて、声に出し、耳に届ける言葉。

「普通の人と比べれば遅いのかもしれません。だけど、手遅れじゃないですわよね」

「もちろん。私たちは一般社会のことは碌に分からないけど、頑張って生き残ろう。そうすれば分かることも、きっとあると思うし、まだいろいろな事を知りたいし」

「ええ」

 二人の顔に自然と浮かんだ笑みは、お互いに死ぬまで忘れないだろう。

 そう思わせるだけの眩しさを感じさせた。

「必ず、そうしましょう」

 言い切ってからクリスティーナは視線を動かし、フランチェスカもその視線の先を追った。

「それから新しい仲間に挨拶しなくっちゃね」

「ええ、そうね」

 二人の視線の先には濃紺の軍服を着込んだ二人の女性――アニー・〈ケリー〉・トンプソンともう一人の少女がいた。

 その二人はきっと今まで待っていたのだろう。クリスティーナ達が気付くと彼女たちは真っ直ぐに人混みの中を掻き分けてきた。

 そのあまりの直線の軌道にフランチェスカは驚いた。

 ここまで人混みの中で真っ直ぐということは人に道を譲らない、もしくは譲る気が無いと言うことだ。それだけでも直感的に分かる。クリスティーナとぶつかる性格だ。何故なら、クリスティーナの本質も変わらない。

「Hey! ちょっと酔っちゃったの?」

 気安い口調で声を掛けてきたのはアニー・〈ケリー〉・トンプソン。どうやら二人が長く座っている理由を推測していたようだ。

「久し振りの1Gで少し疲れただけ」

「もう大丈夫です」

 二人は初顔合わせの仲間の為に腰を上げた。

「昇任、おめでとう」

「少尉昇任、おめでとうございます。アニー・〈ケリー〉・トンプソン」

「ありがとう、クリスティーナ、フランチェスカ。昨日は階級章と略章の付け替えが面倒だったわ」

 それから。と、アニーは二人に連れてきた人物を紹介した。

「彼女がエイミー・〈ゴードン〉・霧島。海兵隊の技術少尉よ」

 新しい仲間の隣には、くせっ毛の黒髪を短めに切ったベリーショートの髪型で中背中肉の女性海兵隊士官が居た。

「初めまして、クリスティーナ・〈ネルソン〉・ハンブリング、フランチェスカ・〈東郷〉・トモエ。技術士官として同じ戦隊に所属するエイミー・〈ゴードン〉・霧島。よろしく」

「技術士官?」

 オウム返しにクリスティーナが口にした。居ないわけでは無いが、遺伝子調整者デザインの技術士官は珍しい。そういった方向に素質を見出された遺伝子調整者は通常研究者となるべく、早い段階で軍事教練を外される。研究のために、より高度な英才教育が施されるからだ。まして、それが海兵隊員であるならば、かなり稀少だろう。

「私が、あなた達が死なないための安全弁よ」

 のっけから飛ばす海兵隊同期にアニーは額に右手を当て、フランチェスカはやっぱりというような表情を浮かべた。

 宣戦布告のような挨拶に一瞬だけ驚いたクリスティーナだったが、次にわざとゆっくりと不敵な笑みを浮かべて右手を差し伸べた。

「初めまして、エイミー・〈ゴードン〉・霧島技術少尉。だけど、残念だわ。あなたの技術が必要になることはないもの」

「本当にそうなることを願っている」

 必要以上に固く交わされる握手は直ぐに終わりそうもなく、根比べの色合いを帯びてきた。

 小さな溜息を吐くアニーの隣りで、フランチェスカは新しい仲間を観察した。

 エイミー・〈ゴードン〉・霧島。名前からして日米のハーフで米国籍。歳は同い年。

 フランチェスカが初顔合わせの新しい仲間ニューフェイスの立ち姿から感じるのは四角四面のような人格ではなさそうだということ。極端に胸を張るとかそういうことも一切無い。黒いクセッ毛を男の子のようなべリーショートにしているのは実務優先の表れだろう。もっとも髪が短いと言うだけで彼女を男と見間違える者などいない。エイミーの身体のラインは明らかに女性のものだし、何よりも顔の造形自体が違う。大きめな瞳に、小さな鼻とバランスの良い唇。女性が追い求める美貌を、労せずとも手にしているのは遺伝子調整者の特権かもしれない。

 彼女の仕事は、システムエンジニアのようなにキーボードを叩くのだけではないと見当をつけた。

 眼鏡を掛けてはいるが、度は入っていない。各種ディスプレイ機能を持ち、情報端末として使用できるインテリジェンス・グラスの類い。コンタクトレンズ型でないのは、オプション機能が相当に多いのだろう。拡張現実機能等がある日用品を肌身離さず身に付けるのは、整備員や警備員らにとっては嗜みのようなものだ。

 片時もネット端末とその情報を手放さないところから察するに、多くの整備員と同じくネット・ジャンキーの類いでは無いだろうか。そうであってもおかしくはない。

「海兵隊に装甲駆逐艦が分かるの?」

「航宙軍で中級被害局限化訓練課程は修了済み。設計図と取扱説明書を読めば、軍種も艦種も関係ない」

「その腕前、楽しみにしているわ」

「そちらこそ、昇任序列表ハンモック・ナンバー一桁の実力は見せてよね」

 当初の和やかな笑顔は既に無く、引き攣った笑みを浮かべながら相手の掌を握り潰さんばかりに力を込め合うクリスティーナとエイミーの握手はまだ続いていた。

 こういった時、さっと動けるのはアニーだった。

「はいはい。いきなり親密度MAXだと気持ち悪いわよ、二人とも」

「――誰が!」

「アニー、現実を正しく認識して」

「面倒くさいわね、二人とも。初日からこれじゃあ、私も付き合いきれないわ」

 アニーはクリスティーナとエイミーの抗議を軽くいなした。心から面倒くさいのだろう。言葉の端々からそれは伝わってくる。

「あなた達、古の軍神オールド・ネームと新しき英雄ニュー・カマーが原因で張り合っているとか言わないでよ」

「あるわけないでしょ。他人の銘柄に興味なんて無い。私は母と神に〈ネルソン〉という三大提督と同じ銘を冠することが許される幸運を授けてくれたことに感謝しているもの」

「忠誠の誉れも高き〈ゴードン〉の銘に不満があるわけないじゃない。何を言っているのよ」

「そう。じゃ、少しだけ安心したわ」

 アニーは揃って反論してくる二人に呆れ、わざと肩を小さく竦めた。


 古の軍神オールド・ネームと新しき英雄ニュー・カマーというまるでゲームか何かに出てきそうな名前も俗称だ。正確な分類ではない。簡単に言い表せば、遺伝子提供者たちが生きた時代により区別されている。

 第1次生存戦争以前――主に第2次世界大戦前後までの偉人たちの子孫や遺体から収集した遺伝子を基礎にした人工遺伝子を移植した銘柄は、古の軍神オールド・ネームと呼ばれ、第2次世界大戦以降に輝かしい戦果を収めた軍人たちの遺伝子を元にした銘柄は、新しき英雄ニュー・カマーと呼ばれていた。

 無論、国によってこれらの使用比率は違う。アメリカや復興国では”新しき英雄”《ニュー・カマー》が多く使用されているが、イギリスやドイツなど歴史ある古い国では”古の軍神”《オールド・ネーム》が多いという特徴があった。


「そろそろ、まともな会話をしませんか?」

 フランチェスカが控えめな提案をすると、3人とも異論を唱えなかった。

 アニーが手慣れた手つきで給仕を呼び、カクテルグラスを受け取ると皆に配った。

 全員にカクテルグラスが行き渡った時、フランチェスカが皆からの視線を感じ、それからやるべき事を悟った。

 今この中で最優秀と認められているのは彼女だ。

 文字通りのトップ。

 だから、右手に持つカクテルグラスを少しだけ高く捧げて音頭を取った。

「今宵から始まる、永遠とわの絆と武運を祝して――乾杯」

「「「乾杯」」」

 鈴のように小さく響く、ガラスの唱和。

 一口に飲んでから、再び視線を交わし合う四人の遺伝子調整者たちの目に不安はない。

 多少気に食わないところがあろうが、全員実力は折り紙付きだ。

 今、この場にいる(・・・・・・)という事自体が生存競争の勝者である証。

 不明瞭で危険なこの時代を生き残って行こうと思うならば、仲間が必要だ。

 それもその仲間は強ければ強いほど、優秀であれば優秀なほど良い。

 ここで杯を打ち鳴らした四人は確かに年端もいかない少女たちではあるが、すでに過酷な競争社会を勝ち抜いてきて、これからも生き抜こうとしている者たちだ。

「3日後に――」

 不意にアニーの唇からそんな単語が一区切りだけ漏れると、みな耳を澄ました。

 ちょっとしたイニシアチブの取り合い。

 赤みがかった金髪を微かに揺らして、自分の一言に満足を覚えながら続ける。

「――聖戦ジハードが発布されるわ」

「――!?」

 その余りにも物騒な一言に、ギョッとしたようにフランチェスカは身動いだ。

十字軍クルセーダーも、よ」

 アニーの言葉を引き続くように、エイミーが付け加える。

 共に今も地球に残る三大宗教が、己の敵を討伐するために用いる言葉。

 信者達が一命を賭して、神に捧げる戦の名。

 世界的な宗教指導者達が、人命よりも優先するという決意。

 それだけで全人類の3分の2以上を戦争に叩き込んだに等しい。

 この状況を宗教用語ではなく、政治的に言い表すのであれば――。

「噂通り、人類連邦議会による第3次生存戦争の布告が確定したのね」

 フランチェスカの呟きはとても小さいものだったが、同じ単語を思い浮かべていたのだろう。三人の耳には、はっきりと響いた。

 その先は、アニーが引き継いだ。

「この段階で第三次生存戦争を布告するなら、どこかで作戦準備中のはずだけど、戦略基本部隊レベルでは火星の北極ハイヴでも、地球のキリマンジャハイヴ周辺にも展開してない。そうなると、結論は一つだけよ」

 エイミーがこの世を少し小馬鹿にしたような口調で語る。

 彼女が小馬鹿にしているのは生存戦争を決めた人類連邦政府の責任者か、それとも、この如何ともし難い状況か。

 地球のアフリカ大陸キリマンジャロ地峡の奥底深くで蠢く、異星生命体INVELL(インベル)の最大最悪の個体〈The One〉。

 火星の北極に構築されたAILの巨大な巣窟ハイヴ

 人類の生存を脅かす最大の原因である、二つの敵本拠地は今回の聖戦の対象ではない。

 この二つが攻撃目標であるならば、陸軍の戦略基本部隊が準備していないのがおかしい。

 そして大規模な地上の軍事行動には膨大な時間と準備が掛かる。

 本気で地上戦を行うならば、既に準備に入っていなければならないのだ。

 だから、クリスティーナとフランチェスカは慣熟航海からの遭遇戦を想定していた。

 過去の宇宙空間でのINVELLとの遭遇戦で、敵の完全殲滅を確認できた事は数えるほどしかない。

 討ち漏らしは常に警戒すべきだし、掃討作戦と慣熟航海を合せて行なうのは常套手段だ。

 クリスティーナは不敵な微笑みを浮かべ、無意識に前髪を掻き上げた。

 多少は予想していたが、彼女の前には想像以上の戦が待ち構えていたのだ。

「今回の戦場は宇宙。まさかの……太陽系外からの敵の侵攻。太陽系内での迎撃作戦が初陣になるなんてね。ツイているわ。今、私たちの中でこの件を一番知っているのは誰?」

「この場では、きっと私ね」

 アニーが不敵な笑みを浮かべるクリスティーナを試すかのようなに視線を注ぐ。

 彼女は不意に近くを通り掛かったウェイターから人数分の新しいカクテルを受けとると、わざとらしく喉を潤して仲間を焦らした。

 その間に、集まる視線から新しい仲間たちの今現在の感情を読む。

 勇敢、慎重、好奇。

 クリスティーナ、フランチェスカ、エイミー。

 三者三様。

 アニー・〈ケリー〉・トンプソンは、もしも彼女たちと同じ立場だったとして、浮かべる感情はなんだろうかと思いを巡らし、即座に答えを得た。

 挑戦。自分に相応しいのは、これだろうと思う。

「迎撃予定宙域は木星周辺。当然、誘い込むための陽動部隊は先行するはずよ」

彷徨える巣穴(ワンダリング・ハイヴ)かもしれないのに、迎撃に向かうのが第3艦隊全力でなくて第2機動戦闘団だけ?」

「第3聯合艦隊所属の増強第17海兵団と19戦隊も合流するわ。実質的には第3艦隊の半数に近いわ」

「他の艦隊は?」

「第1防衛線は第1聯合艦隊、第2防衛線は第2聯合艦隊、第3防衛線は第5聯合艦隊と第8聯合艦隊。流石に今の段階では、他の艦隊の細かい動きまでは分からないわ。このまま作戦開始なら、受け持ち宙域の交代時期は多少前後するかもね」

 艦隊の番号は国や同盟ごとに違う。第1聯合艦隊は米英連合、第2聯合艦隊は新EU、第5聯合艦隊はロシア連合、第8聯合艦隊は中華連邦同盟諸国である。今までの生存戦争で壊滅的打撃を受けたアラブ・アフリカ連合には、独自に宇宙艦隊を配備するような余力がない。

「月は?」

「通常通り。呑気なものよ」

「だったら、なぜ火星の防衛レベルが上がるの?」

「AILに隕石弾を撃たれたくないのよ。大方はキリマンジャロ地峡に落ちるとは云っても、毎回インド洋に津波が発生すれば、アジア地域の軌道エレベーターが止まってしまう」

「影響を受けるのは1基だけ。その為だけに陸軍を極北ハイヴに進ませるの? 下手したら、数万人が死ぬかもしれない対AIL戦をこのタイミングで? 火星には異星生命体単独戦闘技術者プレデターなんて、ほとんどいないのよ」

 クリスティーナは苛立ちを滲ませた。


 火星に巣くう、もうひとつの人類の敵。

 INVELLの敵であり、もう一つの異星生命体――俗称Angel In the Light、略してAILエイル

 学名はLight spiritual body of extraterrestrial origin。直訳すれば、地球外起源の光精神体。正式な略名はLSPB。

 しかし、そう呼ぶ者はほぼいない。

 第1次生存戦争直後、AILはINVELLを撃退した神の遣いとして崇めるキリスト系新興宗教〈天使教〉まで生み出し、その教団は一大勢力となるまで成長したが、その後に起きたAILとの火星を賭けた第2次生存戦争後では、完全なカルト教団扱いとなった。

 第1次生存戦争時では結果的とはいえ人類を救ってくれた異星生命体だが、続く第2次生存戦争では完全に敵として、人類第二の生存圏である火星の地表で立ちはだかった。

 結果として、人類は惨敗。

 火星では、北極にある彼らのハイヴを攻めなければ攻撃してこないため、火星の最前線で戦闘は現状ほぼない状況である。

 人類としては是が非でも意思疎通を成功させ、可能な限り平和的に状況を打開したかったが、現状ではその見込みは限りなく低く、未だ叶わぬ夢物語であった。


 クリスティーナの苛立ちに理解の色を示しながらも、エイミー・〈ゴードン〉・霧島は諭すように語った。

「〈ネルソン〉、公表値を鵜呑みにするな。軌道エレベーターの能力は桁違いだ。あれ1つで宇宙船1000隻にも勝る。一基だけと言える代物ではない」

 技術少尉は言い終えると、唇をカクテルで濡らした。彼女たちは18歳ではあるが、正規軍人であると同時に既に成人である。アルコールを摂取していようと咎める者などいない。

「そう。じゃあ、私は認識を改めるわ、〈ゴードン〉。物資輸送能力を貨物船800隻程度に考えていたから」

 クリスティーナは素直に間違いを認めた。これが仮に下級者から言われていたら、ここまで素早く認識を改めることはなかっただろう。

「リニアカタパルトがある大規模宇宙港を限界まで利用するならば、大体その通りよ。ただし、メンテナンス要員とその時間まで含めるとさらに変わる」

「だけどね……」

 装甲駆逐艦の艦長となる金髪の少女は、少し不可解というように首を傾げた。

「伊佐波少将はどうやって撃破するお積もりなの? 通常なら火力で押し切る。だけど、どう考えても、この編成は――本当に、今のままなら、漸減作戦にしかならないわ。フランチェスカはどう思う?」

 二人の遣り取りと静かに聞いていた銀髪の今期首席は「そうね」と短く同意を示してから続けた。

編成へんだてだけを見るなら、そう思う。任務部隊を組むはずだから編成へんせい自体は変わるけど。それでも、〈比叡〉が出撃するなら――」

 フランチェスカが言い掛けたことが何なのか、技術士官であるエイミーは即座に察した。

「アレクレビ・ドライヴ機関と大質量砲マス・ドライバー、この二つを兼ね備えるのはBIG7規格の戦艦だけで、第3艦隊だと該当艦は3隻しかない」

 この時代の大型宇宙戦艦は、全長数キロにも及ぶものであり、もはや一種の移動要塞と云うべきものである。

 今期首席フランチェスカは、技術士官エイミーの言葉に小さく頷いた。

大質量砲マスドライバー、核融合弾、電磁加速砲、光収束砲、航宙機雷に内部爆破……特に目新しい戦術はない。だとしたら……」

「まさか……」

「もしかして……」

 一つのものに思い当たった技術士官は呻くように言葉を漏らし、海兵士官候補生も同じものを想像した。

 次席クリスティーナだけが、友人の言葉を静かに待った。

「先人たちの聖遺物レガシー。もしも、仮に私が司令官なら、人類連邦議会に使用許可を求めると思う」

 フランチェスカが真面目に言うと、海兵隊士官となるだろうアニーは小さく吹き出した。

「あれらを使わなくてはならない状況なんて、ゾッとするわね」

「人類が持っている手札なんて、大したものが無い。私が参謀なら賛成する」

 エイミーが技術士官らしく生真面目に応えた。

「手札の組み合わせでどうにかするのが、本物の軍人よ。出来ないことを出来るようにするために、私たちは生まれたのだから」

 クリスティーナの口を突いて出た言葉は、負ける気など一切無い強気の言葉。

 組織内の立ち位置が、上であろうが下であろうが関係ない。

 この闘争心に似た使命感は、生まれ持って生まれた彼女の才能と云っても差し支えなかった。

「凄い使命感ね。友人としてフランチェスカは疲れない?」

 少しばかり茶化すようにアニーが問うと、フランチェスカから心外と云わんばかりに返された。

「私も、彼女ほどではないですけど同意見です。軍として不可能な事象にどう対処するか、それが士官の仕事だと教えられましたし、それは正しいと思います。その為に私たちは命令権者になるのですから」

「それには私も同意見よ。ただ私は戦術なんて形の無いものに未来を求めない。技術だけが人類の未来を作るのよ」

 アニーにとっては予想外なことに、エイミーまでも同意見。

「やれやれ。私以外、みんな視点が高いわね。だけど、エイミー。やっぱり、あなただけは居るべき場所を間違っているわ」

「自覚してる。この戦い終わったら、さっさと大学院に行きたいわ」

 そんなエイミーに、クリスティーナは乾杯でもするかのようにカクテルグラスを少し掲げた。

「あなたが汎用重力機関を生み出してくれることを期待していいかしら?」

 二つのカクテルグラスが小さく鳴り響く。

「重力制御自体は完成の域に達している」

 重力機関の構造は知らないが、今のところ制御出来ている。

 そうでなければ、人類は火星に入植出来ていない。

 双方共に射貫くような視線を交わす。

「だけど、それは誰にも作れない(・・・・・・・)

 クリスティーナの一言で、技術士官の瞳が静かに細まる。

「それ以上は喋らないで。私はまだ生きていたいのよ。分かるでしょう?」

「御免なさい、霧島技術少尉」言葉だけの謝罪。

「ほとんど周知の事実だと思っていたけど?」

 アニー・〈ケリー〉・トンプソンが、エイミー・〈ゴードン〉・霧島が纏った剣呑な雰囲気を散らそうと陽気な口調で横槍を入れた。

「我ら選ばれし人類たる遺伝子調整者デザインには、ね。会場には健常者ノーマル純粋種ピュアもいるわ。人生、隠しておいた方が得することが多い」

 エイミーがアニーの意図を察して力を抜いた。

 素直なのは性格か、付き合いか。

 それとも他人の興味を引かないためか。

 アレクレビ・ドライヴ機関を始めとする人工重力制御装置等の、宇宙開拓に必須な核心技術は、人類連邦政府とそれを構成する一部の主要国――通称G7に独占されており、学術的にも公開されていない。

 主要国以外の国々からは激しい公開要求を上げられているが、今後も公開されることはないだろう。

 これ以上、問うても意味のないこと。

 クリスティーナ・〈ネルソン〉・ハンブリングは「気を付けるわ」と言うと、残っていた赤を基調とした鮮やかな色合いのカクテルを一息で飲み干した。


 四人の少女たちがカクテルグラスを打ち合わせた、その3日後――。


 人類連邦政府、人類連邦議会及び人類連邦統合軍聯合参謀本部は、第3次生存戦争を宣言。

 これにより特別保護資格を有する者と兵役除外者以外、全人類が兵士として戦うことを命令された。



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