第19話<第3177駆逐戦隊Ⅱ>
2022/04/06 漢数字→アラビア数字、一部修正。
「補充兵はいない」
クリスティーナに答えたのはアニーではなく、意外にも猿渡だった。彼はよく通る濁声で告げた。
予想外すぎる回答に耳を疑う航宙士の二人だったが、古参兵は細かい説明などする気もなかった。
「――で、ですが、先ほどモニターで見させて頂いた戦闘猿との戦いで、左腕を負傷した式守2等兵は私たちの隊に配属予定の兵士です。あの様子では習熟訓練には、同行させるべきではないと判断致します」
素早くフランチェスカが訳を問う。航宙軍の常識に照らし合わせれば信じがたい判断である。
古参兵より階級は上だが過去の戦歴を重んじるフランチェスカに、猿渡も悪い気はしなかった。
「あの怪我だと医者は全治3週間だと言うだろうが、実際には2週間もいらない。動かすだけなら1週間でいい。習熟訓練も最初からは戦闘訓練をしない。仮に出撃しても、迎撃宙域に到着するには少なく見積もっても半年は掛かるが、その頃には式守の腕は完治している。だから、補充兵はいない。単純な理由だ」
「しかし、ゼロG環境と1G環境では傷の治りが――」
「どうにでもなる。いや、正しくいえば、どうにでもする」
「万が一ということは無いのですか?」
食い下がるフランチェスカは猿渡では埒が明かないと思い、その上官にも視線を向けた。だが、中隊長も猿渡の言葉に同意するように静かに頷いた。
彼らの本気を理解した瞬間、銀髪の少女は目の前が真っ暗になったような錯覚に捕われた。
フランチェスカにとっては完全に非常識な回答だった。
「万が一など無い。それだけは断言する。他の奴ならいざ知らず、あれでもノーナンバーは遺伝子交雑者だ」
追い打ちを掛けるかのように猿渡が付け加えたが、そこには精神的加虐を加えることに成功した喜びが滲み出ていた。
「ノーナンバーとはどういった意味合いで?」
猿渡が何気なく言った単語が、クリスティーナの意識を引いた。
「文字通りさ。失敗作、欠陥品という意味合いで付けた渾名だよ」
教え子を鼻で嗤う猿渡にクリスティーナは小さく――だが、確かに嫌悪感を滲ませた。
「式守2等兵の発現体質が未記入だった理由は、計画された機能が発現しなかったからということですか?」
フランチェスカは頭の片隅に入れていた式守直也のプロフィールを思い出していた。特徴的なことは全く記載されていなかったので、彼のことは注目していなかった。
「その通りだ。あいつには求められた機能が――発現体質が無かった」
だから、あいつは失敗作だ。と、そう繰り返す。
猿渡はさして意識していない言葉だったが、クリスティーナとフランチェスカには興味を引く内容だった。
遺伝子交雑者は乱暴に言ってしまえば、人体実験の被験者達だ。
建前上は志願制となっているが抜け道も多く、生まれる前から施術される場合もある。施される遺伝子改造もそれなり以上に危険――他の動植物の遺伝因子を人間と掛け合わせることが多いためだが、代償としてかなりの報酬を手にすることが出来る。
ただ、その為に経済的に行き詰まった者たち――特に、親が子供の身体を文字通りに売り払ったり、胎児にもならない内に処置を行なうなどの問題も多々あった。
これらの遺伝子交雑実験で求めた結果が、肉体的形状や身体機能として現われた結果を『発現体質』と呼ぶ。
つまり『発現体質がない』とは、遺伝子交雑者に施された施術が失敗したということだった。
「ひとついいですか?」と、断りを入れてから、クリスティーナは質問を続けた。
「式守2等兵に発現体質が無いのは分かったのですが、では、何をもって確実に治ると断言しているのですか?」
「ああ、それか」
猿渡が口を開き掛けたとき、それよりも先んじて声を出したのは幸野大尉の方だった。
「彼は、ね。異様に傷の治りが早いんだよ」
口調だけで、くだらない能力だと評していることは十二分に伝わった。
「発現体質がないにもかかわらずですか?」
フランチェスカにも疑問だった。
今の時代、医学は著しく発達しており、出撃する兵士は医療用ナノマシンを体内に注入しておくのが常識に近い。そこまで医療技術は発達し、医薬品も素晴らしい物が生み出されたが、人間の細胞の再生速度――つまり細胞分裂自体の速度は今も昔も大差がない。分裂促進剤を注入しても、ある一定速度よりは早くならない。細胞分裂の速度自体はそれほど速くなっていないのだ。つまり、傷の再生には必ず一定時間が必要である。それならば投薬と応急処置、医療用ナノマシンの併用の方が、遺伝子改造よりは安全確実かつ安上がりですらある。
銀髪の少女の疑問に、猿渡がしたり顔で語り始めた。
「そうだ。どちらかというと式守の個人的な体質だろうな。もっとも今の時代ならナノマシンの方が確実だ。何を期待されたが知らないが、あいつには期待された遺伝子機能が一切発現しなかった。出生記録にもカルテにも、そう残されてる。だから、発現した遺伝子交雑者の証である機能識別子も付与されていない。遺伝子調整者の言葉で言えば『中抜け』だな。いや、失礼。これは例えが悪いな。そこまで酷く無い。ただし、施術した研究所の登録が抹消されてないから、書類上は今でも遺伝子交雑者だ。傷の治りが人より早いと言っても、見る見る間に治っていくような速度はないし、トカゲみたいに手足や指が再生するわけでもない。ついでに、アドレナリンが過剰分泌する体質だから兵士としちゃ便利な体質だ。けどよ、それしか能が無い。ちょっと頑丈で、傷の治りが少し早い程度だ」
「その割には……」
「何か気になったの?」
クリスティーナが呟くと、今まで口を挟まなかったアニーも少し興味を唆られた。
「先ほどの戦闘猿との戦いが気になったものですから」
「勇敢に見えた?」
「いいえ。正直に申し上げて、勇敢な兵士には見えませんでした」
きっぱりと言い切ったクリスティーナに、アニーはやれやれと言わんばかりの表情を浮かべ、猿渡は大声で笑った。
クリスティーナは式守が檻の中で上げた狂ったような鬨の声はそうしなければ戦えない、精神的弱さから発せられたものだと判断していた。
「なかなか手厳しいお嬢さんだな。式守はこれから相当苦労しそうだ」
中隊長も面白そうに笑う中、フランチェスカは別の意見を口にした。
「確かに未熟なのかもしれませんが、私は致命的なものには思えません。問題は無いと思います」
「なかなか酷い評価が多いわね。式守は、それほど悪くないわよ」
どうやら海兵隊側で式守の味方になるのは、アニー・〈ケリー〉・トンプソンだけらしい。
「はっ、急にどうしたんだよ。気持ち悪いな。ノーナンバーにでも惚れているのかよ?」
猿渡はいつも変わらない。別に、式守だけに対してはないのだ。
未来の上官候補に対しても、彼は変わらない。
だからこそ、猿渡とも言えた。
「式守は素直だから扱いやすいわ」
「はっ! そりゃ、そうだな!」
猿渡は一本取られたとばかりに膝を叩いた。
「確かにお前には向いているだろうな。上手く使えばいい」
式守のそれは演技だ。と、猿渡は伝えない。
ここにいる誰もが気付いていない。
そう思うと、猿渡は心の中だけで嘲笑を上げた。
アイツはノーナンバーだ。
しかし、ただの失敗作ではない。
本性は、正真正銘のイカれ野郎。
そう、俺と同じ。
嫌になるぐらい瓜二つだ。
「私は、彼のようなタイプは嫌いではありませんよ」
再びフランチェスカの口から不意をついて出た言葉に、海兵隊側の3人は驚いた表情を浮かべた。隣に座るクリスティーナまで驚き、親友を見た。
「?」
「彼は優しい性格なんじゃないですか? 普通、あの状態の猿を飼いたいとは言わないと思います」
アニーも何か思い当たる節があるのだろう。彼女は目線で先を促し、他の者はどのようなこと言うかと、フランチェスカに注目した。
「必要に応じて、動物を殺すことは人が生きていく上で必要だと思います。ですが、この火星でペットを飼うなんて無謀の極みですけど、少なくともそういった心意気を、あの場で口にしたことは凄いことだと思います。私みたいな引っ込み思案には出来そうにもないから、少し羨ましいです」
「そういう見方もあるわけね。興味深いわ」アニーの納得。
「あいつは何も考えてないだけだろ」猿渡の呆れ。
「フランチェスカって、本当いろいろ見てるよね」クリスティーナの感心。
「ただ、そう思っただけです」
銀髪の少女は居心地が悪そうに縮こまった。
「あなたたち、そういえば艦長に指名されるのでしょ? だったら、あなたが式守を指揮してみない?」
恥ずかしがるフランチェスカを見て、アニーが悪戯心を思いつきでを話す。
通常の装甲駆逐艦には、通常航宙士4名と海兵隊員2名がひとつのチームとなって乗り込む。その時の搭乗員のひとりとして選べと薦めているのだ。海兵隊と航空宇宙軍は厳密に言えば別組織だが、そこは統合運用される軍隊という階級社会であることと、艦長が艦の全責任を負うという重みがある。
「駆逐戦隊司令がそう命令し、猿渡2等軍曹も了承してくれましたら」
フランチェスカの唇から流れ出る模範解答。アニーの提案を実現するためには、未だ名前すら知らぬ戦隊指令の許可が必要だし、フランチェスカとクリスティーナが共に戦う戦隊での派遣海兵隊先任軍曹は猿渡の予定だ。
艦長だからといって、海兵隊の編成まで自由気ままに出来る権限はない。
しかし、明言こそしなかったが、フランチェスカは式守を指揮下に加える可能性も否定しなかった。
「式守の件は別にどうでも構わんが、一応個人の相性やら連携を見てから決める」
猿渡が珍しくまともな意見を口にした。戦隊に派遣される海兵隊側の最先任者として各艦への海兵隊員の割り振りには彼の意向通りになるだろう。
装甲駆逐艦に乗り込む海兵隊員はただ異星生命体――俗称INVELLの小型種と戦うだけではない。いざというときは戦隊指揮所にいる技術士官や技術特務曹長の指揮下に入り、船体の修理も行うため、ある程度均一に人員を割り振る必要があるからだ。
「一緒になる海兵隊員は、どんな人物たちですか?」
クリスティーナが脱線しかけた会話の流れを元へと戻す。彼女たちは遊びに来たのではないのだ。部下となり、仲間となる者たちを知るためにここを訪れているのだ。
「どうと言われてもな……今、手元に資料も何も無いしな」
情報端末を弄ればすぐにでも出てきそうなものだが、猿渡は演技で困ったような真顔でそう返した。彼としては、これ以上長引いて欲しくなかった。
命に関わることかもしれないが、関わらないことかもしれない。
だが、長引けば長引くほど、彼が飲める酒の量は確実に減り続ける。
「大丈夫です。細かくは覚えていませんが大体覚えてます」
「私も覚えてます」
「本当に記憶力がいいな」
二人が当たり前のように言い切ると、猿渡は毒気を抜かれた。元々の素養が違いすぎると、嫌味も言う気にならない。
「当たり前よ。猿渡2等軍曹は遺伝子調整者の競争を舐めてるでしょう?」
やれやれと言わんばかりにアニーが大きな溜息と共に突っ込むが、ここまであからさまだと軽口で返すしかなくなる。
「俺は生まれ変わっても健常者で十分だ」
じゃあ、概略だけで良いな? と、断ってから猿渡は喋り始めた。
全員、同じ戦場で一緒になる者たちだ。
嘘は吐かない。
だが、全ては言わない。
「リストを覚えているなら話が早い。上層部の意図……どうして、ここまで遺伝子調整者を集中させるのか、その狙い分からないが、海兵隊側はもっと単純な理由で編成されている」
猿渡が説明し始めても、中隊長は無言のまま手元にあるコーヒーを啜った。
「編成上ベテランと新兵の混合なのは仕方がないんだ。そこまでベテランの数は多くないし、腕の立つ奴の多くは直轄部隊に回っている」
「直轄部隊?」
クリスティーナが疑問を漏らす。海兵隊には疎いが、それでも最低限の知識はある。海兵隊の直轄部隊というのはちょっと思い付かない。
「増強第17海兵団司令が直轄運用する対コア特殊強襲隊と、第2機動戦闘団司令直轄運用の中枢艦防衛隊の2つに古参兵を集中させている。俺たちのような戦隊には20人に1人の割合でまともな下士官を割り振った」
「少なすぎませんか?」
フランチェスカの問いに、気休めにしかならないと知りつつも、アニーが心配しないでと声を掛けた。
「ない袖は振れないのよ。代わりにといってはなんだけど私が派遣隊長で、先任が猿渡二等軍曹になるわ」
1個駆逐戦隊につき、それなりの経験を積んだ下士官が最低でも一人いる計算。
「被害局限化が厳しくありませんか?」
アニーの説明を聞きながらも、猿渡に問い掛けるフランチェスカ。
彼女の頭の中では、既に戦場で戦う自分たちが脳裏に浮かんでいる。
「厳しい」
猿渡は隠し事せず、率直に認めた。
「全身義体の宇宙戦闘用サイボーグの配属も要望したが生体機器医師が本隊にしかいないと断られた。その上、宇宙戦闘用サイボーグはさっき言った直轄部隊で集中運用だ。頭数を埋める為に新兵を連れて行くことになるが、見知らぬ新兵どもを押しつけられたら部隊側も困る。だから、俺たち教官助教まで部隊へ配属する羽目になった」
もう二度と実戦は無いと思っていたんだがな。と、猿渡が忌々しく付け加えた。
「あと、地球から増援が来る。彼らとは1回だけネット面接をした。細かいところまでは知らないが、特に問題があるようには見えなかったな。資料だけ見れば、疑いようのない精鋭が来る。対小型種戦闘に於いては破格の増強だが、遺伝子調整者がこれだけ集まるんだ。そいつらは本来、あんたらの護衛役なんだろうな。戦力的には、俺らの教え子のほうが問題だ」
大げさな顰めっ面を作って猿渡が続ける。
「荒木は腕っ節が強くてリーダーになりたがるが、先見性がない。葉山は何でも出来るが、リーダーになろうとしない。衛生兵の椎名はサバサバしてるが協調性が低い。天羽は戦技に優れているが体力がない。式守は可もなく不可もなく――モニターで儀式を見たなら分かるだろう。打たれ強いことだけが取り柄。ボブはセクハラ好きのムードメーカー兼トラブルメーカー。トミーは格闘好きのムエタイ野郎。ン・バックはアルジェリア出身のメカニックだ。ああ、あいつだけムスリムだ。あと今は居ないが、エイミー・〈ゴードン〉・霧島はメンタルが異様なまでにタフな遺伝子調整者だ。諦めることを知らない。しつこいとも言うがな。ざっと一気に流したが、こんなもんかな」
「有難う御座います。参考にさせて頂きます」
フランチェスカは礼を述べた。クリスティーナは時間を確認している。
確かに、もうそろそろ会話を切り上げる時間に来ていた。
4時間後には、礼服を着用せねばならない大事な用事がある。
「最後に一つ、霧島さんはどちらへ?」
クリスティーナは最後の質問をしながら、もう既にぬるくなったコーヒーを飲み干す。出された物はちゃんと片付けていくのも、こういう時のマナーのひとつ。お持てなしを残したことで下手な邪推をされては堪らない。
「余りにも急な出撃だから、部隊編成以外にもいろいろ調整があってね」
アニーは苦笑と共に答えたが、細かいことを言う気はないとも瞳が語っていた。
それでもクリスティーナの問いを無駄にすることは無かった。
今日初めて出会い、他国の軍で暮らし、真の競争相手である。
だが、彼女たちには言葉を交わさなくとも通じるものがある。
それも文化的背景が近く、年齢も近いとなれば、なおさらだ。
「今夜の第3艦隊第2機動戦闘団の出陣式には私たちも参加するから、会場でエイミーを紹介するわ。あとで個人端末の方のメアドを教えて」
「OK」
「楽しみにしています」
3人の遺伝子調整者たちは握手を交わした。思いの外、強い握手を交わしたのはこれからの事を考えてのことだろうか。
傍から見ていた猿渡には何一つ確証を持って答えられないが、彼女たちの間には確かに何かが伝わっているように見えた。
クリスティーナとフランチェスカの二人はソファから立ち上がると、二人はこの場の最上位者である中隊長へと向き直って頭を軽く下げる日本式の敬礼を行なった。
「幸野中隊長。本日は時を弁えぬ不躾な訪問にも係わらず、貴重なお時間を割いて頂き、またそれ以上に貴重な教訓の数々をご教授頂き、心からお礼申し上げます。未だ部隊を率いることもない若輩の身ではありますが、お教え頂いたことを必ずや我が糧とし、人類を守る盾として精進していきます故、今後ともよろしくお願い申し上げます」
フランチェスカが完璧な発本語で過剰気味なお礼を述べると、中隊長は本当に嬉しそうに笑みを浮かべ「また何かあったら協力するよ」と返した。
アニーも立ち上がり、基地の正門まで案内すると案内役を買って出た。
二人の美少女――それも生まれからしてエリートであるべきと育てられた遺伝子調整者。
退室する少女達を見送りながら、猿渡は「ついてねぇな」とだけ呟き、幸野大尉は何も応えずに席を立った。




