第14話<リトル・キョートⅡ>
2022/04/05 漢数字→アラビア数字に変更
「第二次生存戦争で、そこら中が焼け野原になっても、人類は生き残りましたものね」
フランチェスカはしみじみと述べた。
クリスティーナはフランチェスカの言葉に無言で頷いたが、その脳裏には最終訓練中にシュエメイと交わした会話が甦っていた。
人類の救世主に為るべく、今も生み出されている遺伝子調整者――私たち。
異星生命体を撃退し、人類を守る。
私たちにそんなことが出来るのだろうか――。
答えのない思考に耽るクリスティーナを不意に現実へと戻したのは、タクシードライバーの濁声だった。
「嬢ちゃんたち。もしかしたら、今回は出撃前の、最後の休暇かい?」
どぎつい質問を何気なく放られて、一瞬二人とも答えに窮した。
「え、いえ。あの、特に、これが最後の休暇になるとかは言われていませんが……可能性はゼロではありません」
「そう……なるんじゃないかなぁ……と」
フランチェスカとクリスティーナはお茶を濁すような言葉を敢えて選んだ。
二人とも運転手の様子を探るように答えたが、運転手の口調と風貌からは無頓着そうな性格に見えた。
「そっか。まぁ、どっちでも構いやしないな、まずはリトル・キョートでたっぷり遊んでいきな。航宙軍の軍服をやたら街中で見かけるからよ。近頃、噂になってる『迎撃作戦、発動近し』と、思ったわけよ」
「航宙軍が、そんなに多いですか?」
「ああ、多い多い。ま、俺は稼ぎ時だけどな」
クリスティーナのそう答えると、運転手はガハハハっと豪快に笑いながら付け加えた。
「お嬢ちゃん達が宇宙で撃ち漏らしても、俺たちが火星で迎え撃ってやっからなよ。無茶すんなよ」
「もしかして、地上では何かしらの準備命令が出ているんですか?」
フランチェスカが聞いたのも訳がある。宇宙に長くいると地上の出来事に疎くなるのはどうしようもない。第一、士官候補生とはいえ訓練兵だ。ニュースをゆっくり見るような時間など元々無い。
「何だ、知らなかったのかい? 昨日の夕方に出たよ。もっとも定期訓練という名目だがね、誰もそんな言葉を信じちゃいない。俺も久し振りにバトルライフルを引っ張り出して手入れしたよ」
何が面白いのか分からないが、中年の運転手は再び大口を開けて笑った。成人のほぼ全員――健康上の理由が無い限り、徴兵されて軍事訓練を受けている。銃の撃ち方を知らぬ者など一人もいない。その上、火星では小火器の管理は個人に一任されている。
本当に異星生命体が襲来の際には、貸与された武器を手に基地へ出頭し、臨時の防衛隊を編成することになっていた。
運転手は二人の少女に地上の準備を見せるために、トンネルを抜けると幹線道路の先を右手で差した。
「あそこの、城壁の角にある砲塔が見えるかい?」
「ええ」
「見えます」
運転手の太い指が示す先には、灰色の強化コンクリートで作られた大きな城壁――リトル・キョート市街地を取り囲む通称〈五閣城〉と呼ばれる巨大な要塞――の先端に設置された大型の旋回式高角連装砲塔が見えた。
それは第二次世界大戦当時の軍艦の砲塔を思わせるシルエットで、所々に赤や緑の安全色の管制灯が瞬いているのが見えた。その姿形は砂漠のような火星の景色からは異様なまでに浮いている。
二人はその太くて長い砲身から、静止衛星軌道上の標的さえ射程内に収めるような電磁加速砲だと分かった。同時にそれを連射させようとするならば、それだけで原子炉が1つ必要になるほどのものだとも想像がつく。戦時以外稼働させない砲塔用原子炉は、衛星軌道迎撃用連装砲塔2基に付き1つの割合で建設されているはずで、当然それらはすべて地下にあるだろう。
それらも本格稼働させるということは、完全な戦時態勢への移行だ。
「明後日の夜、あれを最大電圧での試射をするんだとよ。お陰で明日の深夜12時から明後日の2時まで市街地外周部とジオフロント上層部は計画停電になっちまってんだ。俺も早めに車を充電しないと、明日の商売上がったりだぜ」
運転手の顔には、口で言う程の不満は見えなかった。
「……臨戦態勢ですか?」
「おう。2ヶ月で態勢完了にまで持って行くんじゃねぇかな。名目上は定期訓練と整備ってことになっているけど、試射を急ぎ過ぎさ。そんなに急げば、誰も彼も実戦準備だって分かっちまう。ま、ここんとこ、召集訓練サボってたから来週の防衛訓練はキツいけどな」
そういって、運転手はまた笑った。何が可笑しいのかよく分からないが、やたら笑うのでクリスティーナも釣られて笑った。
「大丈夫ですよ。きっと」
根拠は無いが、そうしようと、そうなるように努力しようと、クリスティーナの心の底でそんな思いが湧き上がるのを感じた。
彼女自身そんな気持ちがあることを少し不思議に感じたが、なぜか悪い気はしない。
そのために自分たちは生み出されて、今日まで生きてきた。
自由は乏しかったかもしれないが、それが悪いものだとは思わない。
「期待してるぜ、嬢ちゃんたち」
そう応えた運転手が破顔していたが、その指が神経質そうにハンドルを叩き続けるのをフランチェスカは見逃すことが出来なかった。
走る続けるタクシーは城壁の穴をくり抜いて設置された陸橋を登る。
フランチェスカは陸橋を渡る間、車の窓越しに城壁を注意深く眺めた。見える範囲に限りはあるが、たくさんの整備兵たちが城壁の銃座や砲塔の機能点検を行っている。
リトル・キョートは重要な軍事拠点であると同時に人々を守り抜く要塞でもある。市街地を囲む壁の高さは50メートルを超える。その人工的な崖には無数の銃座と砲座を備え、敵を迎撃する。
徹頭徹尾、人類が火星で籠城し続け、戦い抜くために建築された要塞都市“リトル・キョート”。地球の砦である火星には、そういった要塞都市が他にも幾つかあった。
外壁のトンネルを抜ければ、小山のような多層連結建造物の一群とガラスなどの透過性の高い資材で作られたビル群が広がる市街地が見えてきた。
多層連結建造物の中でも目立つ建物は、半球状のドームを上から斜めに切り取ったようなシルエットで、その斜面には太陽光発電のための特殊な強化鏡が数千個の単位で並ぶ。
その上にはリトル・キョート全体を覆うように、巨大な半透明のドームが被さっている。
都市の中で、特に目を引くのは強化ガラス系の資材で建造された煌びやかなビルだろう。そのビルの一群は建物単体としての機能だけで無く、地下都市への採光塔としての機能を持つ。
街も建造物も密閉可能である点が、気圧の変動が激しい火星の特徴的だ。街中の所々に整備されている公園は集結地や集会場としても使えるようにかなりの広さがあり、小山のような所には塹壕と砲塔も見える。
この都市の景観は、名称の元となった日本の復興都市・京都の街並みは全く似ていない。それどころか日本式の建造物自体が見当たらない。古の景観を維持し続けようとする地球の復興都市・京都や、日本国第一首都である再現都市・東京とも違う。
これは火星という空気が薄く、重力の弱い環境で、密閉性を重視した結果なのだろう。
「やっぱり、地上の街は良いね」
「そうですね」
クリスティーナは街並みを眺めながら感嘆にも似た溜息を漏らし、フランチェスカはそれに相槌を打った。この街の中心部の機能は地球上の都市と大きな差はない。ビルが建ち並び、ショッピングモールがあり、マンションもある。人々と電動自動車が行き交い、喧噪がビルの谷間を埋め尽くす。
そんな人の営み自体が彼女たちには眩しかった。
急にタクシーのスピードが落ち、二人の少女の身体は座席に今まで以上に深く沈んだ。
「あ、セントラル・ブロックに入った」
「久し振りの1G……」
感慨深く、フランチェスカが呟く。ここ1ヶ月以上無重力空間にいたからなおさらだった。
「嬢ちゃん達、遠心ブロックでの筋トレ、サボるなよ」
「は~い」
標識等を確認せずともセントラル・ブロックに着いたことは身体で分かる。ここだけはジオフロント最底部にある人工重力発生機関により、地球と同じ重力が確保されているからだ。逆に言えば、リトル・キョートには数キロ四方のセントラル・ブロック以外にはまともな重力は存在しない。周辺部に行けば行くほどに重力は低くなる。
やがて二人は予定通り、喫茶店に着いた。あらかじめ選んでおいたメニューに舌鼓みを打ち、他愛もない世間話に花を咲かす。話す内容といっても訓練での笑い話や失敗談など、くだらない話だが、それでも共通の体験として会話が弾む。
クリスティーナは会話を楽しみ、甘いケーキを頬張りながらミルクティーを飲むと、ここ数年感じたことが無いような解放感に満ちていくのを感じた。訓練課程修了という人生の一区切りを無事に終えたからだろう。
「そういえば、フランチェスカの家ってイタリア系だよね?」
お代わりのロイヤルミルクティーを注文したあと、クリスティーナが聞いた。フランチェスカという名前はイタリアやその周辺、またはそこに縁故を持つ親が名付けたのだろうと以前から見当を付けていた。
質問通り、本物の日系イタリア人であるフランチェスカは「ええ」と頷きながら、紅茶の中に、ティースプーン山盛りのイチゴジャムを入れて掻き混ぜた。この喫茶店で銀髪の少女が迷った末に注文したのは緑茶ではなく、ロシアンティーだった。彼女はかなりの甘いものも好きだ。
「今は二重国籍ですけども、成人する前には日本国籍にします」
二重国籍を認める国家など基本的には無い。当たり前である。特に国軍の者で、しかも士官で二重国籍はほぼ有り得ないことだ。彼女の二重国籍は特例として成人となるまでの期間しか認められていない。
「意外。フランチェスカは新EUを選ぶかと思ってた」
少しだけ残念そうな声。クリスティーナは純血の英国人である。
「上の兄二人がイタリア国籍なので家系を絶やさぬ為のリスク分散です。わたし自身、祖母の影響で日本好きなのも影響していますけど」
「もしかして、お祖母さんが日本人? だから〈東郷〉を選んだの?」
「ええ。それで祖母が〈東郷〉を選びました。けど、感謝しています。いろいろな遺伝子ベースを考えたそうですけど、なかなかしっくりこなかったのでシンプルにしたそうです」
そう答えてから、フランチェスカは上品な仕草で紅茶を一口飲んで満足げな笑みを浮かべた。その仕草だけで彼女の育ちの良さを察するには余りある。
「まぁ、私も人のこと言えないか……。選んだのは母さんだけど、イギリス人なら〈ネルソン〉や〈リデルハート〉とか多いけど、こだわりがなければ〈銘柄〉のネームバリューで選ばれるもんね」
「それは仕方ありませんわ。親心はそういうものだと思います」
「なんか、妙に説得力あるわね……そういえば今まで聞いたこと無かったけど、フランチェスカって、将来はお嫁さんになりたい系?」
落ち着いた雰囲気で受け答えるフランチェスカに、頬杖を付いたクリスティーナが訊ねた。注文したお代わりがまだ来ないので、残り少なくなったイチゴのショートケーキをゆっくりと頬張る。
「ご縁のある方がいらしたら是非とも。と、思っています」
フランチェスカの答えは堂々としていた。
「お見合いとかはしないの?」
将来の目標とかはっきりしていて、いいなぁ。と、クリスティーナは内心そう思いながら、さらに質問をぶつけてみた。
「お二人ほどお会いしたことがありますけど、残念ながらお付き合いにまで至ったことはありません」
清楚な雰囲気そのものの受け答えで、クリスティーナは目を白黒させた。猫を被った、いわゆる清楚系の同期はたくさん見てきたが、彼女が猫を被っているとは思えない。
何よりも同性の前で『清楚っぽい女の子』を演じる理由が無い。
「驚いた……本当に、人は見掛けによらないものね」
「どうしてです?」
「正直言うと、フランチェスカを物凄く極端なガリ勉タイプの優等生かと思ってた」
「こういうご時世ですもの。命短し、恋せよ乙女。未だにいませんけど、恋人との幸せな時間は少しでも長い方が良いと思っていますので、積極的にお会いするようにしているのです」
育ちの良い親友の受け答えにクリスティーナは「はぁ~」と溜息に似たものを吐き出した。
「それで、お見合い?」
クリスティーナの何気ない一言で初めて、フランチェスカは拗ねたように唇を尖らせた。
「……本当は私だって小説のような出会いをしたいですけど、遺伝子調整者には無理じゃないですか」
「そうだね」
幼少の頃から厳しい訓練漬けなのだ。フランチェスカは恋愛ごとに相当努力している方に分類できた。
「けど、凄い度胸だよね。お見合いなんて、なに喋るの?」
何気ない質問で火が付いたようにフランチェスカの顔が朱に染まり、彼女は少し慌てた様子でティーカップを戻した。
数秒間の沈黙。興味深く見詰めるクリスティーナに、目をそらし続けるフランチェスカ。途中でウエイトレスがお代わりのミルクティーを運んできたが、二人とも微動だにしない。動揺を見せた後では嘘を押し通せないと思ったのか、フランチェスカは渋々口を開いた。
「……結論から言えば恥ずかしながら、何も十分にはしゃべれませんでした。挨拶するだけで精一杯で、2回とも失敗に終わりました」
「完敗?」収まることを知らぬ興味を隠そうともせずに問う。
「端的に言えば、です」
「お見合い相手はどんな人だったの?」
「年上の方でした。もう、どうでもいいことですけど」
会話を打ち切ろうという意思を込めるように強く言う。
「相手はどんな人? 職業は? 会社員? 軍人? それとも学者さん?」
「……興味津々ね」
フランチェスカは頬に赤みを残したまま、クリスティーナをジト目で睨んだ。
「だって、お見合いなんてしたこと無いもの」
「あら、クリスティーナはしないのですか?」質問を質問で返して、逆襲に出る。
「あ、私には無理。合コンが精一杯だよ」
「あら、行ったことあるんですか?」
銀髪の少女がニヤリと唇の端を意地悪そうに上げた。
「――!? なっ……ない! た、例え話よ!」
呆気無く攻守を逆転されたクリスティーナが、誤魔化すように残っていたケーキを口に運んだ。
クリスティーナは今まで一度もデートをしたことも、誘ったことも無い。
ただし、断ったことだけはあった。
だいぶ昔の話だが、あの時は相手が自分より格下だと思ったので断った。正直に言うと、今は後悔していた。自分の技能と相手の技能は恋愛には無関係だと気付いたのは、誘いを無碍に断ってから数日後だった。
彼女にとっては自分がまだまだ幼いと気付くことが出来た出来事だったが、その話が変な風に広まったのか、それから彼女がデートに誘われたことはなかった。
しかし、当時のクリスティーナはそれを喜びこそすれ、悲しむことは無かった。その頃の彼女にとって最も重要なことは恋人を捕まえることでは無く、航宙士課程に士官候補生として入学する際の序列を決める成績こそが最重要だったのだ。
クリスティーナとフランチェスカは暫しお互いを視線で牽制し、ロシアンティーとロイヤルミルクティーを無言で口に運んだ。数分ほど時間の浪費をした後、和議の言葉はクリスティーナの口から出た。
「お互い、虚しいからさ。この話題、一回手打ちにしない?」
「そうですね。プライバシーはお互いに尊重しましょう」
「それでいいよ。敗北者の話は戦訓にしかならないから」
「挑戦しない者が勝利を手にすることは決してありません。戦場でも、恋愛でも、決して」
首席争いするだけあって見た目によらず、変なところで負けん気が強いフランチェスカが余裕を感じさせる演技で優位に立とうとすると、クリスティーナも言い返す。
猫がじゃれあうような、そんな会話を二人は興じながら各々注文した甘味を楽しんでいたが、不意にクリスティーナは良いことを思い付いた。
「ねぇ、フランチェスカ」
「なに? なんか改まったように口調を変えて」
「海兵隊員が不安の種なんだよね?」
「その話しをここで蒸し返すのですか? その言動はかなり嫌味ですよ」
「ううん、嫌味で言ったんじゃないよ。ちょっとした提案。自由時間がちょっと潰れてしまうけど、私の提案を聞いてみない?」
「これからの時間で出来ることですか?」
自分の思いつきによほど自信があるようで、クリスティーナは満面の笑みを浮かべ、フランチェスカはその自信に怪訝そうに首を傾げた。
「海兵隊を直に確かめてみない?」
「え?」
「だからさ、今から行こうよ。海兵隊に。海兵隊なら基本1G区画にいるでしょ」
彼女たちがいま居るのはリトル・キョートの中央区画。全てが1G区画で、今日の出陣式も同区域内にある高級ホテルで行なわれる。
軍や政府関連機関などを除けば、1G区画は富裕層の為にあるような区画だ。地球と同じように生活できるというのは、火星では相当なステータスである。
「え!?」
親友の突拍子も無い思いつきに、意図せずに漏れた大声。
フランチェスカは慌てて口を両手で押えた。余計な人目を引いてはいないかと周囲を見回し――誰も気にしていないことに安堵の息を吐いた。失態を誤魔化すように小さく咳払いし、落ちついてから質問を口にするが、その仕草自体がクリスティーナには可愛く見えた。
「海兵隊に知り合いがいるのですか?」
「いないわよ」
即答する親友に軽い目眩を感じたフランチェスカは、こめかみを指でゆっくりと揉みほぐした。
「では、念のため確認しますけど、私たちは海兵隊に行って何をすると?」
「現地偵察、現物確認、意見交換の3つに決まっているでしょ。敵を知り、我を知れば、百戦危うからず。どうせ、海兵隊員の名前ぐらい、一回見れば諳んじられるでしょ?」
「その程度こと――って、あなたも同じでしょう」
「まぁ~ね」
「威張ることの程でも無いわよ」
フランチェスカが突っ込むと、そこでさらにクリスティーナが厚かましいほどの表情を浮かべた。
「だから、誰でも良いのよ。分隊長の猿渡二等軍曹か、遺伝子調整者のアニー・〈ケリー〉・トンプソンか、エイミー・〈ゴードン〉・霧島の誰かに会えれば……海兵隊の雰囲気とかは行けば分かるでしょ?」
「先方に連絡もせずに会いに行くという発想そのものがおかしいけど、まずそこから言った方が良いのかしら?」
フランチェスカの目が怪しいくらい据わり始めたので、クリスティーナは真面目に答えた。
「そんなことは私だって百も承知よ。でも、共に戦う海兵隊に関しては早めに知っておいた方が絶対良い。正直言ってフランチェスカは引っ込み思案なところがあるし、私は歯に衣を着せないところがある。それらを回避したり、修復するためには、時間があればあるほど有利に働く。最悪、雰囲気を掴むだけで十分よ。2時間潰すだけの価値はあるわ」
「もう、なにを言っても行く気でしょ?」
フランチェスカが小さく溜息を零してから、口調を変えて、いたずらっ子ぽく微笑んだ。
彼女たちは確かに普通の友達付き合いとして話した時間は少ないかもしれない。
だが、それを補って余りあるほど共通の課題や悩みが多数あり、それを共に経験し、そして克服していかなければならない立場に置かれている。
「じゃあ――」
クリスティーナは左手首の腕時計型情報端末を指先で触れた。腕輪からホロ・ウィンドウが映し出されると素早くタクシーの予約をする。この喫茶店に来るのに使った個人タクシーに予約を申し込む。1~2分もしない内に返信が来るだろう。続いてリトル・キョートに駐屯する海兵隊の部隊――第3海兵団の代表メールアドレスにも、仲間となる者たちに可能であれば面会したいとメールを打つ。運が良ければ当直勤務の者が処置してくれるだろう。
海兵団の基地に入ること自体は今ある身分証一つで可能だが、それだけでは余りにも不躾過ぎる。
「――お代わりを飲んだら行きましょう」
クリスティーナの提案に頷きながら、フランチェスカはちょっとした疑問を零した。
「けど、おかしなものですよね」
「なにが?」
「僅か総員24名。装甲駆逐艦3隻、支援軽巡1隻、海兵隊1個派遣分隊の小さな1個駆逐戦隊。戦隊司令だけはまだ未確定だけど、階級的には大尉でしょうね。そこに遺伝子調整者4名、遺伝子交雑者に純血種まで集めるなんて、上層部がどういった意図を持っているのか。当事者としては嫌が応にも気になります」
フランチェスカはそう言い終わると、少しぬるくなったロシアンティーをゆっくりと飲んだ。それは上品な仕草で、クリスティーナは親友のそういったところが良いなと思うと同時に少し羨ましかった。彼女は意識してないと少々粗暴な地が出てしまう。
「訓練課程を修了しても競争状態を維持したいのかもね。そう考えれば、今期の首席と次席が一つの部隊に集められる理由が分からないでも無いわ」
言うまでもなく今期の首席はフランチェスカで、次席がクリスティーナだ。
「通常、遺伝子調整者は事故死や戦死の可能性を考慮して分散させるはず。指導官役として大尉か少佐が指揮する部隊に付配置されて、少人数で事細かな指導を受けるのが通例なのに……。私たちをそんなに過保護にしたいのかしら?」
フランチェスカの淡い桃色の口紅を塗った小さな唇から零れた溜息の理由は、エリート街道の本道から外れたという失望か、それとも、この先の困難を想像しての悲観か。
遺伝子調整者は幼少の頃から英才教育を施すため、一人前の軍人になるまでかなりの費用が掛かる。一回の戦闘で纏めて死なれたら多大な損失となるため、分散配置が基本であった。
「溜息は幸運が逃げるわよ、フランチェスカ。参謀コースはちょっと遠くなったけど、それほど悲観する必要ないわよ。何よりも腕の立つ親友が近くにいれば、実戦では生き残りやすいから安心できるわ」
「その点は私もクリスティーナがいるから有り難いけど、釈然としないのよ。根拠がない勘だけど、これは普通じゃないって」
そう言って、フランチェスカは残っていたロシアンティーで唇を濡らした。
ティーカップの底に残っていたイチゴジャムまで飲み干す。
水飴のようなそれは茶葉の渋味を帯びていたが、彼女の記憶にはそれがやけに鮮明に残った。




