一、ヒューマの可能性
五大種族。その学名を、エルフ、リオネス、エバーダ、エストロン、そして、ヒューマ。
幾千年の歴史を持つ五大種族の関係は、ヒューマの闘いの歴史といっても過言ではない。身体能力、知力、魔力、あらゆる面で他種族に劣っていたヒューマは、必然的に弱い立場に立っている。
差別、偏見、さらには奴隷まで存在し、一切の負の要素をヒューマが受けている状況。外交では、不平等条約を取り決められることは日常茶飯事だった。
しかし、それも仕方のないことだと、誰もが、ヒューマでさえそう思っていた。
『四大種族になるのも時間の問題だ』というのは、他でもない、ヒューマが一番感じていることだった......。
竜の吐いた燃え盛る炎に、また一人、飲み込まれた。
「クソッーー!回り込め!囲むんだ!」
ライナスが大声で隊に指示を出す。
「ライナス隊長!危ないーー!」
反応の遅れたライナスは、薙ぎ払われた尻尾をまともにくらい吹っ飛ばされた。
「ぐ......畜生......」
肩で息をしながら、ライナスはゆっくりと立ち上がる。
(なんとしても、こいつを倒すんだーー。都市には、行かせない!)
ライナスが剣を握りなおしたその時、突如竜に無数の光弾が集約されーー、爆発した。
「なッーー」
凄まじい爆風に、ライナスはたまらずたじろぐ。
竜は、けむたそうに翼を羽ばたいて、向こうの空へ飛んで行った。
「ご無事か、ライナス殿」
ライナスはその声に聞き覚えがあった。声のした方角を見上げると、リオネスの駐屯兵、バークレー、及びその部下たちが飛翔馬に跨って悠々と空を飛んでいた。
「バークレー殿!兵が、まだ兵がいたんですぞ!あなたは、なんてことをーー」
「仕方がないでしょう。アレは危険だ。一刻も早く撃退せねばならない。それに、威力はそれほどありません。兵たちも、死にはしませんよ」
「しかしーー」
「このまま戦っていれば、ライナス殿も無事では済みませんでしたよ」
バークレーの言葉に、ライナスは黙った。
バークレーが飛翔馬で降下する。そして、ライナスの元に降り立った。
「ライナス殿......。何故、我が隊を待たなかった。おかげで、ペガサスまで用意する羽目になりました」
「あなたの隊を待っていては遅すぎたのだ!それにーー」
「ーーそれに?」
「人間にーー、人間に希望を与えるには、私たちが倒さねばならなかったんだーー!」
ライナスは跪いた格好で、苦しげにそう言った。
「--ライナス殿。あなたはーー、あなたというヒューマ自体が、ヒューマにとっては希望なのではないですか。最近は、上層部にだって、あなたのようなヒューマは少ない。各国の顔色を窺い、現状維持、様子見、それの繰り返し。それがいくところまでいき、消耗しきったのが、今のヒューマですから」
「ーーしかし、私には、力がない。竜を一匹仕留めることすらできないのが、人間なのです。今回も、結局はあなた方の応援がなければ、バークレー殿の言う通り、全滅していたでしょう......」
バークレーの部下が、バークレーに何かを耳打ちする。
「今、情報が入ってきました。北のセイレン山に発生していたB級指定の魔物が討伐されたようです」
「B級--、セイレン山なら、リオネスの管轄のはず。流石ですねーー」
「いえ、討伐したのはあなたと同じヒューマですよ。二人の、ヒューマです」
「--二人の、人間、ですと......?」
「ライナス殿。私はもう行かなくてはなりません。もう少しで、ここに馬車がやってくるはずですから、それに乗ってお帰りください。--ただ、私が一つ言っておきたいのは、あなたが思っている以上に、ヒューマの世界は広い、ということです」
「一体、それはどういうーー」
バークレーは、すでに空高くに舞い上がり、空の彼方に消えていった。ライナスはそれを呆然と見送る。
「ライナス隊長!ご無事でしたか!」
先ずライナスに駆け寄ったのは副隊長のキオンだった。
「ああーー、お前もな、キオン」
「先ほどのバークレー隊の攻撃ですが、幸い、軽症者が六名にとどまりました」
「そうか......。あの人も、中々無茶なことをする」
「しかしーー、バイタイザー・ドラゴンとの戦闘で二名が死亡。デックとヘンドリンが......」
ライナスは、地面に並べられた二人の遺体を見た。デックが首を掻き切られ、ヘンドリンは焼けて顔で判別することは不可能なほどであった。
「すまなかった......デック、ヘンドリン。俺の力が、足りないばかりに......!」
ライナスはデックの瞼を閉じさせる。
「ライナス隊長のせいではありません!俺たちが......俺たちがーー」
「キオン。これは、すべて俺の責任だ。バークレー隊の到着を待たずに、勝手に出撃し、死なせたのだ。ーーキオン、これからはお前が隊長をやれ。俺は......責任を取って、今日限りで国の兵士を辞める」
「そんな......!」
地平線から、馬車が砂ぼこりを立ててやってくる。
「俺は、王都へ向かうことにする。自分の修行のために、そしてーー、人間を、知るために......!」