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千年経っても死んだ恋人を忘れられなかった俺が、子供を授かった話。(原題・辟世賢者は今日も義娘と共に)

作者: 内葉 陽介

あらすじにも書きましたが、連載するかどうかは未定でございます。





 「お母さん!今日はこのご本読んで!」


 太陽が沈んで夜の(とばり)が降りた街で、元気な少女の声が響いた。

 

 「はいはい。……あら、懐かしい本ね」


 母親とおぼしき女性が顔をあげて答える。


 「?」

 「これはね、昔本当にあった話なの。私もお婆ちゃんによく読んでもらったわ」


 そう言ってくたびれた表紙の本を撫でた。


 「これ、いつのお話なの?」

 「分からないわ。百年か、二百年か。けどきっとリリーも気に入るわ。とっても面白いもの」


 そう言って女性は微笑む。


 「うん、とっても楽しみ!」

 「それじゃあ読みましょうか。 ……『昔々、どんな王様の力も届かないような山々の反対側に、歳をとらない一人の賢者様が住んでいました───』








 ──────────────────────





 「やっと止んだ」


 黒髪黒目の賢者、ヴァイトは二階にある自室の窓越しに、どんよりとした雪雲が覆う空を見上げてそう言った。

 部屋は暖炉で暖まっているのに、窓から染みるように入ってくる冷気で鼻が冷たい。結露してすっかり曇ってしまった窓を手で拭い、ヴァイトは一つ安堵のため息を吐いた。

 

 もう二月の終わりだというのに今日までの三日間、雪が降り続いた。そして今、ちょうど止んだのだ。

 どこまでも続きそうなだだっ広い草原は一面雪化粧で真っ白に塗り上げられていて荘厳ではあるが、生命の息吹など感じられそうになかった。


 彼の飼う幾らかの魔物や家畜は、どれも寒さに強くない。もしこれ以上寒気が続くのならヴァイト自身でどうにかしなければいけないところだった。


 天候変えるの自体は難しくないけどな、とヴァイトは(うそぶ)く。彼のそれが冗談でも、ただの嘘でもないのは本人のよく知るところだった。


 機嫌の良いヴァイトは立ち上がって鼻歌まじりにクローゼットを開くと、丈の長い外套と襟巻きを取り出した。どちらもこの寒い日には必須の、彼がお気に入りのものだ。

 がちゃりと真鍮のドアノブを回して、廊下に出た。

 一人の住む家としては随分と広い。メープルの明るい木目調で整えられた内装で、壁にはいつまでも長いままの蝋燭が、燭台で何本もくゆっていた。

 

 ヴァイトは静かに階段を響かせながら階下へと下りはじめた。いつもの日課へと向かうその足取りは降雪が止んだからか、いつも以上に軽やかだ。


 誰もいない居間には出ず玄関口に置いてある刀を腰に吊り、そのまま扉に手を掛けた。


 「いってきます」


 呟くようにそう言うと扉を開いて外へ出た。

 途端に、キン、と冷たい空気が目に染みて、ヴァイトは思わず目を顰めた。

 

 庭── 草原に柵を打ち込んだだけだが── には簡単な障壁を張ってある。

 雪を嫌う蜂の類いの魔物を飼っているのがその理由だが、防いでくれるのは雪だけだ。耳が真っ赤になるような寒さは防いでくれない。


 ヴァイトはその凍えそうな冷気に早くもうんざりしながら、気紛れにぶんぶんと飛んでいる蜂に小さく手をあげ、思い切ったように庭から出た。


 果たして、雪は膝上まで積もっていた。昨日出た時にはもう少し低かったような気がしなくもない。

 やれやれと言うように首を振って歩を進めるが、ふわふわと軽い新雪が思いがけないところで足に引っ掛かって歩きづらい。


 ヴァイトは徒歩(かち)を諦めて、空を行くことにした。


 「『第五階梯、大天回遊』」


 静かな声で、しかしはっきりとそう言葉にすると、ヴァイトの身体がふわりと浮いた。何かの革で縫製された茶の外套がばたばたと風にあおられる。


 彼はポケットに手を突っ込むと、顔を襟巻きに埋め、空を飛び始めた。

 (むささび)のように風に乗るのでなく、(からす)のようにはばたくわけでもない。身体の側面に吹き付ける北風をものともせず、目的地を目指した。








 ヴァイトは十分ほど飛んで、大陸を隔てる山脈の麓に着いた。

 ここには高さ数千メートルを超える山々が連なる。山頂付近の空気の薄さや吐息すら凍るとまで言われる寒さで、魔法を熟達して使える者以外の山越えは叶わない。

 大自然の宝庫たるこの土地に、ヴァイト以外の人間がいない数多くの理由のうちの一つだった。


 白粉(おしろい)を施した沢山の木々のうち、一際大きな木の下でヴァイトは膝を着いた。彼はここにも魔法をかけていて、目的のものは雪に埋まらず確かにそこにあった。


 「昨日ぶりだな、キャス」


 胡座(あぐら)をかいたヴァイトは、いつものようにそう言った。しかし、返事はない。

 彼の前にあるのは墓石だった。ヴァイトがキャス、と呼んだ恋人がここに眠っている。


 「今日は雪が止んでよかった。これ以上降るんじゃ、キラービー達のためにも魔法でどうにかしなきゃいけないところだったから」


 相変わらず天気は賢者の敵だよ、と言葉を続けた。


 「キャスが初めて雪を見た時、はしゃぎ過ぎて熱出したよな。治癒魔法も効かないから焦って……結局ケンタウロスの長老まで呼んじゃったんだっけ」


 そんなことで呼ぶんじゃないって叱られたな、そう言って淋しそうに笑った。

 はあ、とヴァイトは息を吐いた。


 もうずっと長く、長くこんな会話を続けている。キャスが死んでもう十世紀になるだろうか。


 彼は、不老だ。

 

 今年でヴァイトは千歳を越える。人間だった友は遠い世界へと消え、大切な恋人ももう居なくなった。

 残る友は長命種や不死者達だ。みな気さくで生涯の友と言えるだろう。けれど、心の空虚は埋まらなかった。


 「君は死ぬ時、俺に新しい恋人をつくれと言ったな。俺もね、機会があったらそうしようと思ってる。君の遺言だしね」


 「けど、そんな人には未だ巡り合えないよ。長命種はなにを考えてるか分からない馬鹿ばっかりだし」


 努めて明るくそう言う彼の頬を、一筋の涙が伝った。

 

 「……君がいたらなぁ」


 声が掠れた。

 ぐしぐしと流れる涙を袖口で拭く。

 ヴァイトは千年経った今でも、最愛の人を忘れられなかった。

 ここに来るといつもこうだ。遠い遠い所にいるキャスを一番近くに感じられるからか、妙に涙もろくなってしまう。けれど、それも嫌では無かった。


 「それじゃあ帰るよ」


 立ち上がって、いつものようにそう言った。

 

 と、その時だった。


 「ん?」


 ヴァイトの耳が山の方から小さな物音を聞き取った。雪をかき分けたような、ガサガサという音だ。

 動物か、おそらく魔物だろう。こんな寒い日ではあるが食糧を求めて歩き回っているのかもしれない。

 興味を引かれたヴァイトは、音のした方へと行ってみることにした。


 下手に動物を驚かしても悪いので、気配を殺しながら歩いていくことにした。ここらの魔物達は魔法に敏感なものも多いのだ。


 時折新雪に足を取られながらも、木々を伝うようにして歩く。

 そして、とうとうヴァイトは自分の聞いた音の正体を知った。


 「おいおい、嘘だろ」


 思わず、口からそう溢れた。

 音の源は、雪の中に倒れていた。

 慌てて駆け寄ったヴァイトは、突っ伏していたそれをひっくり返した。

 華奢な身体と、長い黒髪、ぼろぼろに擦り切れた絹の衣服。見るからに軽装で、靴は履いていない。凍傷になりかけた足が真っ赤になっている。

 歳は十代に乗るか乗らないか。

 

 それは、紛れもなく人間の子どもだった。


 気を失っているが、息はある。ヴァイトは少女を抱き上げ、その細い身体に自らの外套を被せた。


 「なんでこんな所に?」


 五階梯の魔法をわざわざ使い、周囲数キロを探ったが、この子の他に人間はいない。手掛かりはゼロだ。


 ともあれ、この少女を助けなければいけない。自分の周囲を火魔法で温めながら、空を飛びやすい森を抜ける。


 キャスの墓石まで進んだヴァイトは、そのまま直ぐに魔法をかけて宙に浮かんだ。


 「キャス、この子は君が送ったのか?」


 そんな訳は無いのに、そんなことがふと浮かんだ。

 彼の見つめる墓石はなにも言わず、ただいつものように佇むだけだ。

 ヴァイトは視線を外し、空を駆けた。

 

 「ふふ……」


 無意識のうちに彼は笑っていた。

 ちらりと意識の無い自分の腕の中の少女を見やった。奇しくもこの世界では珍しい、自分と同じ黒髪の子供。この出会いも、きっとただの偶然では無いのだろう。

 キャスのいなくなった味気ない世界に、とびきり綺麗な、新たな色が混ぜられた気がした。


 





 




 ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 導入部の母子の会話が蛇足っぽいです。 昔話としてヴァイトの話を語るならば、〆にも同じ母子の話を入れた方が形式として整うと思います。(話を途中で終えるならば、子供が寝てしまったことにすれば良い…
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