・第二幕「援軍」その3
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<O-277(紀元前499/8)年><冬><ラコニア(薩摩)地方><スパルタ(鹿児島)市の本拠地にて>
――私たち一行はエウロタス(川内)川沿いの道をさかのぼり、高い山々に囲まれたスパルタ(鹿児島)市の本拠地に無事たどり着いたのだけれど、そこは景色も良く気持ちの良いところではあったのだけれど、いわゆる「町」と呼べるような場所では全然なかった。簡素な家々や村のような集落がいくつかなんとなく固まっているだけという感じであり、町を囲う城壁が無いのはもちろんのこと、外との境目もあいまいであった。噂では聞いていたが、スパルタ(鹿児島)市民は昔ながらの素朴な暮らしを堅持し、他の市のように常時集住して町や城を築くことなく、集会の時だけ全員が一カ所に結束するという形で市を運営しているようだ。
おかげで、ここには立派な建物や神殿も見かけないのだけれど、中心と思われる所にはさすがにヘラス(大和)民族の町にはお馴染みの本丸之丘があり、その丘の上には文武両道の女神-アテナをお祀りする青銅宮なる神社があるらしい。そして目当てのクレオメネス王はその前で、市の主立った者のみを連れて待ってくれているという。私たちは着いて早々のため事前の根回しもままならないまま、スパルタ(鹿児島)市の監督官に導かれて丘の麓の入口に立っていた。
彼らの指示により、これより先は私一人だけで登らねばならない。王と重鎮の面々をここで上手く説得できれば、それはスパルタ(鹿児島)市を口説き落としたのと同じことになるのだけれど、失敗すれば全てが水の泡となる。そのあまりの重大さに、激しい緊張感に包まれた私は、丘を登る前に深呼吸を何度もしながら、歴史家の先生が口を酸っぱくして教えてくれたスパルタ(鹿児島)市の独特な政治体制について思い出していた。――
歴史家-ヘカタイオス
「……良いか、ヒスティアイオスの代理者よ、スパルタ(鹿児島)市にはおよそ八千名の市民がおり、その三十才以上の者は全員『市民総会』に出席する資格を持つが、この民会にはさほどの権限はない。なぜなら定期的に開かれる市民総会は出された議案が気に入らなければ突き返す権限は与えられておるが、出された議案を改変したり、新たな議題を提案するなどの権限は一切与えられていないからじゃ。それを唯一行えるのは『長老議会』のみであり、これがスパルタ(鹿児島)市の事実上の最高意志決定機関となっておる。そのため、スパルタ(鹿児島)市に『イオニア(浦上)地方への援軍要請』を認めさせるには、彼ら三十名からなる長老議員を口説かねばならず、逆に言えば彼らさえ説得できれば、スパルタ(鹿児島)市の同意を手に入れることができるというわけじゃ。
とはいえ、長老議会に出席する議員の内、二人の王を除く残り二十八名は全員が六十才を超えており、寿命で亡くなるかなんらかの不祥事を起こさない限りは終身であり、欠員が出れば六十才以上の市民の中から、人格と能力に申し分ないと見込まれた者が、市民総会での承認を経て新たに穴埋めすることとなる。この選出方法と年齢制限からわかるとおり、彼らの多くは保守的であり頭が固いでろうことを予想せねばならない。はたして、『イオニア(浦上)人の反乱に加担し、かのペルシャ帝国と戦争を始める』という冒険的な決定を、彼ら高齢者に認めさせることが出来るであろうか?
そこでわしが考えるに、それら高齢の二十八名の長老議員はさて置き、残る二人の王に的を絞って説得の力をまず最も注ぐべきであろう。ところで、スパルタ市(鹿児島)には王が二人おる。今時、王が残っておるヘラス(大和)民族の市はここぐらいであろうし、しかも二人の王が同時に並び立つのは世界的に見ても稀であろうが、今から十五代ほど前の王が双児を産んだために、それ以降はこのような伝統になったのだという。
彼らの言い伝えによれば、双児のどちらに継がせるか結論が出せなかった当時の人々は、迷った末、デルポイ(奈良)の神託にお伺いをたてた。すると、『二人の王子を共に王にせよ、ただし長男のほうをやや尊重せよ』との返事であったために、それ以降のスパルタ(鹿児島)市では長男筋の島津家と次男筋の伊集院家の各々から代々王を同時にたてるという慣習になったのじゃ。
それはともかくとして、当代のスパルタ(鹿児島)王は、島津家のクレオメネス王と伊集院家のデマラトス王の両名であるが、年齢はどちらも四十歳代半ばの男盛りであり、長老議員の中にあってはまだまだ若々しく、冒険的な誘いにも乗る可能性が高いであろう。
特にクレオメネス王のほうは、これまでの彼の経歴を踏まえれば、むしろ大いに乗り気になることを期待して良い。逆にデマラトス王のほうはやや慎重派であり、加えて彼はクレオメネス王の方針に敢えて逆らう傾向がしばしば見られるため、見込みは比較的薄いと考えるべきか。だとすれば、クレオメネス王の力に期待して、彼への一点突破に賭けるのが最善の策になるであろう。彼はこれまで、近場のメッセニア(大隅)やアルカディア(肥後)はもちろん、ボイオティア(山陽道)やアッティカ(長州)などヘラス(大和)本土の遠近へ数々の外征許可を長老議会に認めさせてきた実績がある。
ここ最近も、彼らの目の敵であるアルゴス(佐賀)市へ攻め込むことを強く提案し、その実現のためにあれこれ準備しておるという噂を聞く。この噂が本当であるならば、彼の目的地をアルゴス(佐賀)ではなく我々のイオニア(浦上)に上手くすり替えるよう巧みに誘導すれば、彼を通じて長老議会への説得も上手くいくのではなかろうか。
例えば、『勝利によって得られる名誉と富は、対アルゴス(佐賀)の場合と対ペルシャ帝国の場合とでは文字通り桁違いである』等と吹き込めば、あるいは英雄好みの王の心を大きく動かして、……」
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<O-277(紀元前499/8)年><冬><スパルタ(鹿児島)市><本丸之丘の上にて>
監督官の筆頭
「王よ、市を司る長老の方々よ、アジアはイオニア(浦上)地方よりの使者、ミレトス(柔①)市のアリスタゴラス氏をば連れて参った」
主役-アリスタゴラス
「只今ご紹介にあずかりましたアリスタゴラスでございます。本日は、アジアに数多ある同胞諸市を代表いたしまして、格別に重大なる依頼事のため、遥々こちらに罷り越した次第でございます」
スパルタ王a-クレオメネス
「――よくぞ、海の向こうより尋ねてこられた。――
スパルタ王b-デマラトス
「――果たして、それに見合う大事であろうか。――」
主役-アリスタゴラス
「恐れながら、まずは感謝の言葉を述べさせていただきたい、クレオメネス王よ、デマラトス王よ、そしてスパルタ(鹿児島)市の主立った方々よ、このような晴れの場でさっそくの会見をお許しいただけたこと、まことにありがたく思っております。これに加えまして、さらに数々の言葉を重ね連ねたいところではありますが、こちらの方々は無駄話を非常に嫌うと耳にいたしましたゆえ、これよりはなるべく単刀直入にお話しさせていただきますことをご容赦ください」
スパルタ王a-クレオメネス
「――既に長い。とく述べよ。――」
主役-アリスタゴラス
「かしこまりました、クレオメネス王。――さて、賢明なるこちらの方々には、アジアのミレトス(柔①)市を差配するこの私がかくも懸命になり、自らエーゲ海を渡ってとこちらへ参っていることで既に十分察しておられることかと存じますが、こうせざるを得ないほど現状は切迫しているのです。
わがミレトス(柔①)を筆頭とするイオニア(浦上)地方の諸市は、五十年にも及ぶペルシャ人の支配に耐えかね、ついに一致団結して反旗を翻すことに決しました。我々は我々の町にペルシャ人から押し付けられていた独裁者たちを一人残らず捕え、各々の市は彼を処刑するか追放するかした上で、その代わりに各市ごとに将軍を一人づつ選出し、また市民およびその他の者を残らず兵士として動員し、あの強大なるペルシャ帝国に公然と宣戦布告をしたのです。この冬が開けて春になれば、我らの敵対行為を鎮圧すべく、大量のペルシャ軍がわがイオニア(浦上)地方へと攻め寄せることでしょう。
しかし、我々イオニア(浦上)人は目的を果たすまで断固として戦い抜く所存です。我々ヘラス(大和)民族がなにより尊ぶ自由と独立をこの手に取り戻すため。そして、異民族から自由を奪われ惨めなる隷従の状態に陥っていることは、単に我々イオニア(浦上)人自身にとってのこの上ない汚辱であり苦痛であるばかりでなく、他の同胞たち、ことにその勢威ヘラス(大和)本土に並ぶものなきあなた方スパルタ(鹿児島)人にとっても全く同様であると我々は信じております。
されば、我らが共通して敬い奉るヘラス(大和)の神々にかけて、ペロポネソス(九州)半島の雄・ラコニア(薩摩)のスパルタ(鹿児島)市よ! あなた方の同胞たる我らイオニア(浦上)人を、不当なる桎梏から、どうかお救い願いたいのです!」
――と、ここまで述べて私はひと呼吸を置き、王をはじめとする彼らの表情を伺ったのだけれど、まるで変化がみられないため、さらに言葉を続けることにした。――
「……しかもこれは、あなた方スパルタ(鹿児島)人にとっては易々たる仕事なのです。なぜなら、アジアの民は武力に劣り勇気にも欠けるのに対し、あなた方の武勇は古今東西において最高の域に達しておられるからです。もちろんアジアにおけるペルシャ人の実績を無視するわけにはいきません。彼らは広大なるアジアの多種多様な諸民族を全て武力で組み伏せ、あの巨大なる帝国を築き上げました。ここヘラス(大和)本土の男たちの中にも、ペルシャ人の名前を聞いただけで、あるいはペルシャ人の服装を見ただけで、震え上がる者も少なくないでしょう。
けれど、日常的に彼らと接している我らイオニア(浦上)人からすればそれは、ペルシャ人の過大な名声に必要以上におびえている観は否めません。彼らはあなた方と違って全身を色とりどりのズボンや帽子で被い、おのれの不摂生な白く弛んだ体を隠していますし、その手に握る武器は短い弓矢の他は短い槍をふるうだけです。すなわち我ら、日々休むことなく鍛え上げた、むき出しの筋肉の上に青銅製の固い鎧兜を着け、長い槍と大きな盾を駆使して戦う我らヘラス(大和)民族の重装歩兵でまともに戦えば、ペルシャ人など物の数ではありません! ゆえに、真っ正面からの戦いで彼らに遅れをとることなどありえず、ゆえに、あなた方が彼らを打ち負かすことは全くたやすいことなのです!」
――王やその他の主立った面々は、若干表情を緩めたようにも見えたのだけれど、こちらに言葉を差し挟んでくるような気配はまるで無いため、私はミレトス(柔①)から持参してきた銅板の大きな地図を取り出し、そのまま話を先に進めることにした。――
「……にもかかわらず、アジアの莫大な富をペルシャ人のみが独占しているのは、業腹であるとはお思いになりませんか? なにしろ、広大なアジア大陸には、他の国々を全て合わせても及ばぬほどの驚くべき豊かな資源に恵まれているのですから。金銀銅はもちろんのこと、色とりどりの豪奢な織物やその他の工芸品、狩り尽くせぬほどの多種多様な獣たち、あきれるほど大量に飼われている家畜や、無尽蔵に手に入る奴隷、数日歩き続けても途切れることない広大な田園地帯や、豪華な舟を数万隻は建造しても尽きないであろう莫大な森林地帯。それらを欲しいとお望みになりさえすれば、皆あなた方のものになるのですから!
今述べましたことは架空の絵空事などではなく、全てこの私がこの目で直に見て参りましたことですので、もう少し具体的にご説明いたしましょう。こちらの地図をご覧下さい、我々イオニア(浦上)人が居住しているのがここであり、その隣りにはリュディア人が住んでおります。その土地は豊沃で、銀の産出額は他に類がありません。その東にはプリュギア人が暮らしており、家畜と穀物の豊富なことは、私が知るかぎり彼らが抜きん出ております。その隣りにはカッパドキア人、その次はキリキア人、続いてアルメニア人が居りますが、ここも家畜がすこぶる豊富でした。そしてその隣りにはマティエノイという民族が山沿いに広く住み着いておりますが、その向こうがいわゆるキッシアの国で、ペルシャ大王の宮廷があることで名高い『スーサの都』はここで御座います。彼らの莫大な財宝を収めた巨大な蔵もここにあります。もしも、ペルシャ軍を追い崩してこの都を占領できましたならば、憚りながら天帝の大神-ゼウスともその富を争うことができましょう。
であるにも関わらずあなた方は、このアジア大陸に比べれば広さの点でも富の点でもはるかに劣ると言うしかないごく僅かばかりの土地をめぐって、隣りのメッセニア(大隅)人との戦いを延々と続けておられる。またそれと同じく、金も銀もひとかけらさえも産出しないごくごく貧しいアルカディア(肥後)やアルゴス(佐賀)などの小国とも争いを続けておられますが、はたして、多数の市民の命を危険に晒してまでそのようなことをする理由がどこにありましょうや?
しかしながら、アジア大陸にはそれだけの危険を冒す価値はあふれるばかりにございます! しかもその全土を易々と手に入れられる機会がすぐ目の前に転がっているというのに、あなた方はそれを捨て置いて、他の道を選ぼうとされるのでしょうか?」
――私はここまで述べると、この演説を一旦区切り、王やお偉方の返事を待つことにした。すると、しばらくの間を置いてから、クレオメネス王が重々しく口を開いた。――
スパルタ王a-クレオメネス
「――ミレトス(柔①)の客人よ、二日を空け、三日目に返事ばする。下がれ。――」
――『えっ、それだけですか!?』、と思わず口に出しそうになったのだけれど、彼らも事が事だけによくよく吟味した上で三日後に本格的な質問などしつつ決断をくだすつもりなのであろう、と考え直した私は彼らの前を静かに辞すると、本丸之丘を下ったのであった。――
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<O-277(紀元前499/8)年><冬><スパルタ(鹿児島)市><王の弟の邸にて>
――さて、三日後に再び会見してもらうという約束を得た私は、少なくともそれまではこの地に留まらねばならず、宿泊先が入り用になったのだけれど、それについては先方が用意してくれた。クレオメネス王の腹違いの弟・クレオンブロトス殿が自宅に泊まることを申し出てくれたのだ。
彼は行き道の女祭りで出会ったレオニダス殿とは同じ腹の弟で、双児なのか年子なのかは不明ながら同い年でかなり仲が良いらしいのだけれど、クレオメネス王とは母親が違うためどこまで親密な間柄かは判らない。そのため彼は、王の弟とはいえ王にどこまで影響力があるかはわからないのだけれど、とりあえず彼に取り入っておくことは決して無駄ではないだろう。
私はありがたくこの申し出を受け、彼の邸に泊めていただくとともに、姉巫女とともに夜の宴にも招かれたのだけれど、ラコニア(薩摩)人には『共同食事』という独特な習慣がある。これは十五人ほどの男たちが組をなす倶楽部のような食事会であり、互いに必要最小限の食糧や飲料を持ち寄って皆で質素な食生活を送るというものであり、スパルタ(鹿児島)市民としての当然の義務にもなっている。その目的は市民同士の仲間意識を高めるとともに、貧困に耐えうる逞しい精神と肉体を涵養することにあるようだ。
またこの会では、食事をしながら政治の議論が熱く交わされたり、参加者同士でお互いを辛辣に揶揄し合ったりもするのだけれど、その際には程度の低い笑いや軽口は嫌われ、頭を使った冗談や皮肉が奨励されている。おかげで、彼らはからかわれても腹を立てず、辛辣に揶揄されても顔色を変えず、それらを平気で受け流す習慣が身に付くのだという。
またこの食事会には市民の子供たちも参加を許され、そうした大人たちの洗練された辛辣なやりとりを見聞きさせ、幼いうちからそうした習慣が染み付くようにしているらしい。私と姉巫女が招かれたこの夜の共同食事にも、年齢にかなり幅のある十五名のスパルタ(鹿児島)市民が出席していたのだけれど、その他にクレオンブロトス殿の息子たちも参加して大人たちの会話に聞き耳を立てていた。――
王の異母弟b-クレオンブロトス
「さあ、ミレトス(柔①)からの客人よ、好きなだけ食べてくれんね。我がスパルタ(鹿児島)の、自慢の黒汁ばい」
主役-アリスタゴラス
「こ、これはどうもありがとうございます。黒汁はもう何度かいただきましたが、まさか王弟殿下とのお食事でもこの名物料理が振る舞われるとは。嬉しさのあまり涙がこぼれそうです」
王の異母弟b-クレオンブロトス
「アッハッハ、こぼるるとは、目からでなく口からだとでも言いたかとやろう? けれど申し訳なかけんが、こん国では王族といえどこの黒汁をば食し、客人にもこれを振る舞うべしとの決まりたい。ゆえにいくら皮肉ば申しても、これしか出て来んけん覚悟して食されよ」
主役-アリスタゴラス
「な、なるほど、それでは仕方ありませんね。――姉巫女は大丈夫ですか?」
姉巫女
「はい、鼻をつまみながらであれば、なんとか飲み込めそうです」
王の異母弟b-クレオンブロトス
「アッハッハ、それは言い過ぎたい、御婦人よ。我らもそこまで言われるとさすがに傷つくばい? これはこれで慣れれば美味かとぞ」
姉巫女
「クスクス、これは失礼いたしました」
主役-アリスタゴラス
「しかしなるほど、スパルタ(鹿児島)軍の強さの秘訣をかいま見た気がします。このような食事を毎日食べ続けておられるのでしたら、たとえ出陣した先で食事に多少事欠いても、むしろ普段より美味しくいただけ、戦う気力もメキメキ湧いてこようというもの」
王の異母弟b-クレオンブロトス
「アッハッハ、早速バレてしまったとや。ばってんこいは最高の軍事機密ゆえ、国に帰っても内緒にしておいてくれんね」
主役-アリスタゴラス
「フフフ、それはご安心を、きっとこの国を出たとたん、黒汁に関する記憶は脳と身体が全力で忘却しようとするに違いありませんから」
王の異母弟b-クレオンブロトス
「アッハッハ、おぬしもなかなか言うのお。我らに援軍ば頼みに来ておるというに」
主役-アリスタゴラス
「それとこれとは話が別でございます。スパルタ(鹿児島)人たるものが、食事をちょっとけなされたくらいで政策の有無を左右するはずがありませんから」
王の異母弟b-クレオンブロトス
「さてさて、そいはどげんやろかいのう、食事の恨みは怖かち言うばい? まして、自慢の名物料理ばけなされたとあっては、いかな薩摩隼人の男といえど、自制心を保てる自信はなかぞ」
主役-アリスタゴラス
「おおっ、まさかこの料理にそれほどの自尊心が込められていたとは、あまりに意外過ぎて気づけませんでした、平にご容赦のほどを。
それにいたしましても、これではまるでどこかの寓話のようですね。――昔々、とある肉食獣が嵐で難破して無人島に流れ着いた、するとそこには草食獣しかおらず、腹をすかせて動けないその肉食獣にせっせと美味しい草を運んで食べさせてやった、肉食獣は全く口にあわなかったのだけれど草食獣たちの好意を無駄にしてはいけないと思い、黙って草を食べ続けたが、やがてこう言い残して死んだという、『人を殺すのは、悪人だけではないようだ』と」
同席者たち
「「「クックック、圧されておりますぞ、クレオンブロトス殿? そろそろ反撃せねば、我が軍の士気に関わります」」」
王の異母弟b-クレオンブロトス
「アッハッハ、とはいえ、我が軍の武器はいかにも頼りない。『黒汁で戦え』と言うは、裸で敵の密集陣形に突っ込めと言うようなものぞ? そなたら、ならば命ず、陣列を離れ、各々の判断で、各個撃破に務めよ」
同席者たち
「「「ああ、なんたる無慈悲な指揮官か? 黒汁ば守るだけでも最難関であるに、黒汁ば使って敵陣に攻め込めと?」」」
王の異母弟b-クレオンブロトス
「ならば結論は一つぞ、名将とは引き際を知る者のことをば言う。悔しいが、ミレトス(柔①)の客人よ、我らの完敗たい」
主役-アリスタゴラス
「フフフ、すみませんね、天下のスパルタ(鹿児島)人に勝たせていただようで。
それにいたしましても、クレオンブロトス殿はスパルタ(鹿児島)人でありながら、言葉数多くしゃべられますな。こちらとしては大変ありがたいことでございますが」
同席者たち
「「「その通り、クレオンブロトスは薩摩隼人の中では粗忽者、その優しさは敵にとっては薬、味方にとっては毒」」」
王の異母弟b-クレオンブロトス
「やれやれ、そなたらは相変わらず手厳しいな。ばってん、薬にも毒にもなるち言うとなら、そいは飲む側の問題でもあるとぞ? 我をして毒にしてしまうそなたらにこそ問題あり、という訳だが、いずれにせよミレトス(柔①)の客人よ、余所者のそなたにとって我は良か薬になるそうだ。たしかに我ら王族は一般人と違い、こうして外国人と接する機会も多いゆえな、それなりに普通に話せる者も少なくは無か。あのゴルゴ姫もそうであったろう?」
主役-アリスタゴラス
「ああたしかに、ゴルゴ姫はとてもおしゃべり好きな方でした、この私以上に。クレオンブロトス殿をはじめとする他の王族の方々も同じであるとすれば、なるほど私にとってはとても良い薬です」
王の異母弟b-クレオンブロトス
「うむ、とはいえ、我が兄はかなり寡黙であるから、やはり人によるかもしれぬがな」
主役-アリスタゴラス
「それはレオニダス殿のことですね? 私たちも行きにたまたまお会いしましたが、たしかにゴルゴ姫とは違って会話をした印象があまり残っていないかもしれません。いや、短く鋭い言葉をいくつか述べられていたけれど、あれがいわゆるラコニア(薩摩)風の男というのでしょうね」
王の異母弟b-クレオンブロトス
「うむ、レオニダス兄は典型的なラコニア(薩摩)男の一人と思われておる」
同席者たち
「「「そうそう、かのお方こそ、典型的な薩摩隼人、クレオメネス王の次の王!」」」
王の異母弟b-クレオンブロトス
「そなたら、気が早かぞ。王に男子が産まれれば、我らは王にならぬ」
主役-アリスタゴラス
「なるほど、そういえばゴルゴ姫はクレオメネス王の一人子という話でしたものね、この先まだ弟君が産まれる可能性もある、と。――それにいたしましても、かの姫はかなり男勝りで、王女というより王子と称しても十分通用しそうでしたが」
王の異母弟b-クレオンブロトス
「アッハッハ、たしかに」
主役-アリスタゴラス
「しかも、本当によくしゃべられる、この私が面食らうくらいに。ラコニア(薩摩)人が寡黙であるというのは男限定の話だったのでしょうか? クレオメネス王もどちらかというと言葉数の少ない方のようですし」
王の異母弟b-クレオンブロトス
「まあ、男に比べれば女子はよくしゃべる。ばってん、クレオメネス王はそれなりに話されるとぞ、特に酒ば飲んだ時には」
主役-アリスタゴラス
「それは困りました。会見の席では酒を飲んでおられなかったようで、とても短い言葉しかいただけませんでしたので。三日後に再びお会いくださるというお話なのですが、次に会見した時にもあのような感じでは、私は目的を果たして帰国することがかなわないのではと、とても心配になります」
王の異母弟b-クレオンブロトス
「なるほど、ならば我のほうから兄上にそう言っておいてやろう。『ミレトス(柔①)人がもっとしゃべれと怒っておったぞ』、とな」
主役-アリスタゴラス
「そ、それはご勘弁を! 私は必ずや援軍を連れてイオニア(浦上)に帰ると決心してここに参りましたが、この役目を失敗したならば仲間たちに合わす顔がございません。決して失敗するわけにはいかないのです、どうかお力をお貸し下さい」
王の異母弟b-クレオンブロトス
「ふむ、他の長老議員はともかく、我ら王族は軍事遠征を嫌わぬゆえ、どちらかと言えばそなたらの味方ぞ」
主役-アリスタゴラス
「それはなんと嬉しいお言葉でしょう。イオニア(浦上)地方ではペルシャ人との戦いが迫っております。あのアジア全土を征服するほどの強大なるペルシャ軍です。そこにヘラス(大和)民族の世界にあまねく武勇とどろくあなた方スパルタ(鹿児島)人が大勢の兵士とともに駆けつけてくださるのであれば、こちらの勇気も百倍となりどんな強敵にも恐れず立ち向かっていけることでしょう。ところでその場合には、どなたが遠征軍の指揮をとられるのでしょうか? クレオメネス王自らがご出陣いただけるのでしたら、イオニア(浦上)人も安堵するでしょうが」
王の異母弟b-クレオンブロトス
「う~む、王自らアジアへ赴けるかどうかはわからぬが、クレオメネス殿は英雄になりたがっておいでの方であるからな。異民族に虐げられておるアジアの同胞たちを救うための花々しい戦争となれば、『その軍ば指揮するは他ならぬ自分でなければならぬ』などと考えられそうだ。とはいえ、近隣のアルゴス(佐賀)市とのこともあるゆえ、ペロポネソス(九州)を離れられないとすれば、レオニダス兄かこの我が総指揮官に抜擢さるる可能性もあろうな」
同席者たち
「「「おおー、それは良か、我らも従軍いたす!」」」
主役-アリスタゴラス
「それはそれは、まことに心強い話でございます。もしもあなた方がイオニア(浦上)やミレトス(柔①)にお越しの際は、この私めが万事お世話をさせていただきますので。
そうそう、大事なことを一つ思い出しましたが、わがミレトス(柔①)市の独裁者であったヒスティアイオスと、クレオンブロトス殿のご親戚の方とは盟友関係を結んでいると聞いたことが御座います」
王の異母弟b-クレオンブロトス
「おおそういえば、我が母の兄上とそのヒスティアイオス殿とが、かつて盟友関係ば結んでおったち聞いたことがある。ただし、そのお方は既にお亡くなりになられておるゆえ、関係は自然消滅なのであろうが」
主役-アリスタゴラス
「そうでしたか、それはとても残念なことでしたね。こちらのヒスティアイオスもペルシャの都・スーサに連れ去られてからずっと幽閉されておりますので、実質は亡くなっているようなもの。でしたら、これもなにかのご縁かと思われます、ヒスティアイオスの後継者であるこの私とクレオンブロトス殿との間で、その関係を更新していただけないでしょうか。すなわち、もしよろしければこれを機会に、この私もスパルタ(鹿児島)市の王族・島津家の方とそのような好を結ばせていただきたいと考えておるのです」
王の異母弟b-クレオンブロトス
「そうか、なるほど。――ならば良か、盟友関係を、我らも結んでおこう」
主役-アリスタゴラス
「ありがとうございます、願ってもないことで御座います! であれば、あなた様がイオニア(浦上)地方に御出陣の折は、全面的にわが家で面倒をみさせていただきますので、ご心配なくお寛ぎいただけることをお約束いたします」
王の異母弟b-クレオンブロトス
「うむ、期待しておこう」
主役-アリスタゴラス
「ああ、これで少し安堵いたしました。王族の方にお味方いただけるとあれば、援軍要請の件もおおいに期待が持てるというものです。もしもこれに失敗したならば、いっそこちらのタイナロン(坊ノ)岬にでも身を投げて、地の底の冥界に消え失せようかと思い詰めるほどでしたので」
王の異母弟b-クレオンブロトス
「――ふむ、アリスタゴラスよ、盟友関係を結ぶ者として助言ばしておくが、そなたのそん言葉が、口先だけでなく本心から言っておるとなら、クレオメネス王のお心に届くであろう。されどそうでないなら逆効果ぞ。そん嘘くさか言葉がかえって王の神経ば逆撫でして、意地でも援軍は送らぬとなるであろう」
主役-アリスタゴラス
「? 私の言葉は嘘くさく感じられますか?」
王の異母弟b-クレオンブロトス
「少なくとも、本物くさくは無か」
主役-アリスタゴラス
「そうですか。……皆さんも、そう思われますか?」
同席者たち
「「「申し訳なかばってんが」」」
主役-アリスタゴラス
「ああ、それは本当に困りました。どうやら私の言葉は、こちらではどうしても誤解されてしまうようです。真剣に述べた言葉が一々嘘くさいと思われてはどうにも話になりません。この食事会でのお話の内容も、クレオメネス王によからぬふうに伝わって王の心証を悪くしてしまうのであれば、イオニア(浦上)に援軍を連れて帰るのは難しくなるでしょう。私の発言が嘘くさかったというのであれば、先ほどの発言は取り消しますゆえ、どうかクレオメネス王にはご内密に」
王の異母弟b-クレオンブロトス
「それを案ずるで無か、我らは告げ口ばするような趣味は無かぞ。それより、『命がけで事をなせば、人の心を動かせる』というは真理である。そなたがここに来て王や長老たちに会見ば許されておるのも、そなたが命がけでペルシャ帝国に反乱ば起こしたというその大胆なる行動が評価されてのこと。それは掛け値無しに、そなたの価値ば高めておる、尊敬に値すると言って良か。
そしてそれはクレオメネス王も同じはず、かのお方もさようなことが大好きであるからな。『人を説得するは人であり、言葉ではない』とも言う。そなたが口先だけの軽か発言ばせんかぎり、王も他の長老たちも、そなたの言葉に真剣に耳ば傾け、おそらくはイオニア(浦上)人の反乱を助けるため、出陣することに同意ばされるであろう」
主役-アリスタゴラス
「クレオンブロトス殿、再三の貴重なるご助言、ありがとうございます。いただいた言葉の数々をしかとこの胸に焼き付け、次の会見では王や長老議員の心にしっかり届くよう気を引き締め直してまいりたいと思います」
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※ 文中に出て来る古代ギリシャの地名に日本の地名等を併記させていますが、これは古代ギリシャの地名に馴染みがない方向けに日本の似ていると思われる地名等を添付してみただけのもの(例:「アテナイ(山口)市」「スパルタ(鹿児島)市」など)ですので、それが必要ない方は無視していただいて問題ありません。




