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『O-276. 浦上-イオニアの反乱劇(アリスタゴラスの煩悶)』  作者: 誘凪追々(いざなぎおいおい)
▶第二幕(04/12)「援軍」
8/27

・第二幕「援軍」その2(後)



<O-277(紀元前499/8)年><冬><ラコニア(薩摩)地方><エウロタス(川内)川沿いの道にて>



    案内役の周辺民ペリオイコイ

「そうだ、せっかくだからお二人さん、祭りの見物でもしていかれませんね? この少し先の河原ん辺りでやりよるはずとです」

    主役-アリスタゴラス

「祭りか、それはたしかに面白そうではあるのだけれど、我々も先を急がねばならない身の上、あまり道草を食っている暇は無いのだよ」

    案内役の周辺民ペリオイコイ

「まあまあ、ミレトス(柔①)の旦那、どうせ通り道ですし、そげなお時間はとらせませんし。それに、あれを観ずして通り過ぎられては、きっと後悔ばされますけんね。なにせ、あれは女だけの祭りとです、しかもまだ結婚しとらん処女限定の」

    主役-アリスタゴラス

「なるほど詳しく!」

    姉巫女あねみこ

「こなた様? 先を急ぐのでは?」

    主役-アリスタゴラス

「いっいやまあ~、その祭りとやらに、興味がないこともないのだけれど、とはいえ私たちの任務はもっと非常に重たいものであるから、子供の踊りや歌を観るのは、是が非でもという訳ではない。残念ながらこのまま素通りしてくれたまえ」

    案内役の周辺民ペリオイコイ

「そうですか、そいつは残念ったいね。ここの女祭りは、踊りとか歌とか他に徒競走なんかもやるとですが、その際には若か男衆と同じく、衣ば脱いでほぼ裸で披露するとです。あれはなかなか良かもんですよ。気持ちん良か青空のもと、健康的に鍛えた身体ば、神様に存分に見てもらうとです」

    主役-アリスタゴラス

「ほう?」

    案内役の周辺民ペリオイコイ

「はい、しかもこん祭りにはおそらく、あのゴルゴ姫も参加されているはずで、旦那、ご存知です? ゴルゴ姫はクレオメネス王の一人子で、とても可愛がられておられるとですが、身体ば鍛えるのが大好きで、今たしか八歳か九歳かだったと思いますが、同年代の少年と比べてもそれに勝るとも劣らない身体ばされておりまして、女衆ん中では徒競走や槍投げなんかで優勝ばしてしまわれるとです」

    主役-アリスタゴラス

「なるほどなるほど、クレオメネス王の姫も参加されておられるのか。ふむ、であれば、ご挨拶のためにも、我々が素通りする訳にはいかないというわけか。そうか、であれば致し方ない、ほんの少しだけでも寄らせていただくこととしようか」

    案内役の周辺民ペリオイコイ

「おっ、わかりました、ではしばし馬の足ば止めましょう」

    姉巫女あねみこ

「あらあら、こなた様、道草を食むいとまは無かったのでは?」

    主役-アリスタゴラス

「いや~もちろんそれはそうなのだけれど、姫さまへのご挨拶に加えて、案内者である彼からこれほど強くすすめられて、しかもどうしてもというのであれば付き合わないわけにはいかないでしょう。そして安全な旅を続けるためにも、彼らと馬に程よい休息と目の保養をとっていただくのはとても大事なことです」

    姉巫女あねみこ

「クスクスクス、つい本音が漏れ出てしまわれたようで。それがこなた様の男気なのですか?」

    主役-アリスタゴラス

「そうか、これが私の男気か! 世話になった男の頼みを決して断らない、これこそ男の中の男、いや男の鏡! さあ案内者よ、私たちをどこへなりと連れて行くがいい!」



    ヘカタイオス著『ラコニア(薩摩)人』より


『……スパルタ(鹿児島)市の教育法で最も独特なものはおそらく女子の教育であろう。ここでは未婚の女たちに徒競走・格闘・円盤投げ・槍投げといった諸運動を大いに奨励し、男同然にそれらを訓練させるが、その目的は将来のスパルタ(鹿児島)市民を生み出す母となる彼女たちの身体を頑健に鍛えることによって、胎児の順調なる生育と、妊娠による身重に耐える体力と、産まれる時の激しい陣痛に立派に耐える精神力を培い、市民にふさわしい美しく健やかな子供を無事に誕生させることにあるという。

 また彼女たちは男の若衆と同様に裸になることを恥ずかしがらないように育てられるが、それもおそらくはこの一環なのであろう。彼女たちは裸のまま、若者たちが出席し見ているところで堂々と行列したり、その他の祭りで踊ったり歌ったりもするが、特に恥じ入ることはなく、逆に男の若衆を見返して彼らをからかうようなこともする。

 これらの教育法を全て創始したというリュクルゴスが言うには、「簡素への慣れと健康への渇望は、彼女たちの心に高貴なる自尊心を呼び覚まし、それが真に独立心ある逞しき男を産み育てるのである」と。それが正しい見解であるかどうか、この私に判断できることではないが、結果として彼女たちの産んだ男たちは、ヘラス(大和)世界で最強のポリスを築き上げたのである。

 さて、このような慣習があるため、この地の未婚の男たちは同年代の女たちを見慣れることとなり、結婚相手としては幼くて未成熟な女ではなく、年頃の成熟した身体を持つ女を見定めた上で、いわゆる「掠奪婚」によって我が妻にする。嘘のような話であるが、初夜の花嫁は自分の頭を丸く刈り上げると男物の上衣とサンダルのみを着て、灯りの無い藁床の上に一人横たわり花婿を待つのだという。夜となり花婿がそこに忍び入ると、脱がせた彼女を抱き上げ寝台に移したのち、人に気づかれないよう暗いうちにまた出て行く。男はこの夜這いをその後も繰り返し、やがて二人の間に子供が産まれるが、父親には完全な権利が認められない。産まれた子供はその男の私物というより、ポリスの共有物という扱いになるためだ。

 まず、産まれて間もない赤児は所属する部族に差出さねばならず、部族の最長老の者によってよくよく検査された上で、もしも劣悪で不格好であると判定されたなら、タユゲトス(霧島)山の傍にある深い穴に捨てねばならないという。もしも強壮でしっかりしていると判定されれば、その赤児に市民としての「等分地」が一つ与えられ、親元に返して健康に育てるよう命じられるが、これも七歳に育てば再び取り上げられ、未成年向けの少年隊・少年組に配属させられる。少年たちはそこで丸坊主の丸裸となり、軍隊のような厳しい共同生活を送りつつ、心身ともに究竟なる戦士として育て上げられていくこととなる。……』



<O-277(紀元前499/8)年><冬><ラコニア(薩摩)地方><エウロタス(川内)川のとある河原にて>



    主役-アリスタゴラス

「おっ、なにやら楽しげな声が聴こえてきますな~」

    姉巫女あねみこ

「あらあら、こなた様が好きそうな祭りですよ、衣を片肌かたはだにして腰の辺りしか隠れておりませぬ」

    主役-アリスタゴラス

「片肌というか、あれでは片乳かたちちですな、けしからん。いや、しかも向こうの子たちは諸乳もろちち? というか素っ裸ではないか? おいおい、彼女たちは仮にもスパルタ(鹿児島)市民の娘なのだろう? 本当に我々が見物してしまっても構わないのかね?」

    案内役の周辺民ペリオイコイ

「ええ、もちろんです。健康な体ば晒すゆうんは、神様への最高の捧げもんですけん、恥ずかしがるほうが返っておかしかとです。女衆だってどんどん自慢の体ば見せてやれば良かとです。逆に言えば、貧相な体やけん隠したくなるとなら、恥ずかしくならんよう精々鍛えんしゃいって話です」

    主役-アリスタゴラス

「なるほどね~、それはとても素晴らしい考え方、いやそれも一つの考え方かもしれないのだけれど、しかしこの真冬の寒空に皆さんお元気なことで。若さとは本に眩しいものですな~」

    姉巫女あねみこ

「あら、それはもしかしてこの身への当てつけでございますか? 『君はもう、神様の前ではもちろん、人前で裸になるのも目に毒だね、ゲッヘッヘ』というわけですか」

    主役-アリスタゴラス

「いやいや、なにを言っているのかね君は、君の体が脱いだら意外と凄いのはよく知っていますよ!」

    姉巫女あねみこ

「小さい胸だと笑っていたくせに」

    主役-アリスタゴラス

「いえいえ、あの時笑ったのはバカにしてではないですよ、とても可愛らしくてとても愛らしいので嬉しくなっただけですよ!」

    姉巫女あねみこ

「はいはい、どうせこの身のこの胸はおこちゃま並みのおもちゃ程度の粗品ですよ」

    主役-アリスタゴラス

「アハハハ、どうやら君も本音が漏れ出たようだね、『粗品そしな』というのは普通、謙遜して『つまらぬものですが』と言って差し出すのだけれど、その実はそれなりに良い品を用意してきたと思っているはず。つまり君だって、実は自分の胸をそれなりに良い品だと思っていると、そういう事になるね」

    姉巫女あねみこ

「べっ別に、良い品だなんて思っておりませぬよ。それは自分の胸ですから、憎からず思うところはありますし、意外と上向きで形が整っているなどと思うところはありますが……」

    主役-アリスタゴラス

「ほら、やっぱり思ってた」

    姉巫女あねみこ

「う……」

    主役-アリスタゴラス

「フフフ、けれど私としてはね、それを知っているのは出来ればこの私だけでありたいのですよ。だから君が人前で裸になるのは、そういう意味でとても悪いことなのです」

    姉巫女あねみこ

「もう、仕方の無い方ですね……(しばし口づけ)……」


    案内役の周辺民ペリオイコイ

「ちょっとお二人さん、お楽しみんところ申し訳なかばってんが、ほら旦那、あの先頭ば走っておらるるとが、クレオメネス王の一人娘・ゴルゴ姫です」

    主役-アリスタゴラス

「おお、あれが噂のゴルゴ姫か。それにしても、王族の方でも本当にあのような格好を披露されるのか」

    案内役の周辺民ペリオイコイ

「あのゴルゴ姫に限って、恥じるところは一つも無かでしょう。あん程よく盛り上がった腕の筋肉と腿の筋肉、並の男なら顔負けばい」

    主役-アリスタゴラス

「なるほど、そう言われてみればたしかに凄い体だ。オリンピア(高千穂)の優勝者なみに、これは一見の価値ありだな」

    姉巫女あねみこ

「こなた様、ここまで来てしまいましたからには、姫さまにきちんとご挨拶せねばなりますまい。この出会いが、クレオメネス王とお会いするにあたっての良き先触れになるとよろしいのですが」

    主役-アリスタゴラス

「なるほど、それはたしかにそうですね。ここで下手に粗相を冒せば、王の心証を悪くする恐れもある。

 よし、通りすがりで突然の申し出になるのだけれど、ゴルゴ姫にお目通りは叶うであろうか?」

    案内役の周辺民ペリオイコイ

「はい、ゴルゴ姫は好奇心の強かお方です。きっと喜んで、――という間もなく、こちらに気づかれたようで」

     


    王の一人娘-ゴルゴ

「そこな旅人よ、イオニア(浦上)から訪ねて来たとは、そなたらのことね?」

    主役-アリスタゴラス

「はっ、おっしゃる通りでございます。我々はこれからクレオメネス王にお会いいただくことになっております。しかしながらその道すがら、賑やかなる祭りの調べが聞えてまいりましたゆえ、急ぎの旅路とはいえしばし足を留め、観覧させていただいておりました次第でございます」

    王の一人娘-ゴルゴ

「おお、それは良か。これも何かの縁じゃ、急がるるに及ばぬ。今しばらく我らの祭りの様子ば見物していかるるが良か」

    主役-アリスタゴラス

「はっ、ありがたき幸せにございます。しからば、姫さまのお優しいお言葉に甘え、こちらの祭りをしばし拝観させていただきまする。とはいえ、若い御婦人方の肌色が多過ぎて、直視するには少々勇気がいりまする」

    王の一人娘-ゴルゴ

「カツカツカツ、この程度で勇気ば計る者がおろうか。青空んもと何はばかるでなく神様に披露しておるのだ、腕なり脚なり乳なり、堂々とがん味せよ」

    主役-アリスタゴラス

「がん味?でございますか、それはまことにありがとうございます。とはいえ、うら若き乙女の、しかも王族の方の、腕はともかく脚はともかく、乳をがん味するとなると、いささか赤面を禁じ得ません」

    王の一人娘-ゴルゴ

「カツカツカツ、まだ十歳にも満たぬ胸乳むなぢを見て何を赤面することがある? しかも鍛えておるからただの固か筋肉ばい。ほれ、触れたとて気持ちん良くもなかぞ」

    主役-アリスタゴラス

「いえいえ、そんなめっそうもない! お戯れはご勘弁を」

    王の一人娘-ゴルゴ

「カツカツカツ、まあ傍らに女ば連れておるとあらば、他の女に手は出せぬか。しかし惜しかこつばしたな。我はこん先、方乳ば切り落とすかもしれんけん、次会う時は触れるほどのもんは無くなっておるやもしれぬぞ。知りおるか? 戦女族アマゾネスは弓ば射るに邪魔だとて左の胸乳を切り落とすそうじゃ。我もそれを倣うて、垂るるほど大きゅうなれば取り去るつもりじゃ、小さきままならそうせずとも済むのだがな」

    主役-アリスタゴラス

「またまた、そんなご冗談を! それに、私の連れをご覧いただければお解りいただける通り、私は小柄な胸が好みなものですから、たとえ削り取られたように真っ平らな胸であっても、喜びこそすれがっかりすることはございませんよ」

    姉巫女あねみこ

「こなた様! 『小柄な胸を笑うものは、小柄な胸に泣く』とあれほど」

    王の一人娘-ゴルゴ

「カツカツカツ、たしかにこちらのお連れは、少女の我よりずいぶん控えめな胸の持ち主んごたるようじゃな」

    姉巫女あねみこ

「なっ、憚り乍ら姫さま、これは着痩せしているだけでございますから。本物の胸は故郷くにに置いてきましたゆえ、たまたまお留守になっているだけでございますから」

    王の一人娘-ゴルゴ

「カツカツカツ、そう無駄に興奮ばするでない。我は大きか胸になんの価値も感じておらん。そも胸乳などいうは、子供に乳ばやる時以外は無用なものぞ。走るも投げるも戦うも、邪魔で仕方んなか。それは男のぶら下がっておるナニと同じであろう。大きゅうなるは然るべき時だけで十分で、あれん時に多少でかくなればそれで用を足せる。ナニが大きすぎれば走るも投げるも戦うも万事煩わしかけん、男も小さかほうが何かと邪魔にならず良かろうて。まあ、我もまだ経験が無いゆえ、あれん時の男んナニがいかほどの大きさであるとが具合が良かかは知らぬゆえ、無思慮に断定するわけにはいかぬがな。

 いずれんせよ、女は子を産めば胸が小そうても乳ばやる時には膨らむというし、常から無駄に大きかこともなかろうて。つまるところ、胸乳は小さきほうが優れており、ゆえにそなたのその胸も優れものというわけじゃ、せいぜい大切にせよ」

    姉巫女あねみこ

「――あ、ありがとうございます。ただ、この身のこの胸を小さいと決めつけられるのは、少々……、こう見えまして、形は麗しく、『脱げば凄い』とおっしゃられる殿方も中にはおられますので……」

    王の一人娘-ゴルゴ

「カツカツカツ、ならば、そなたも裸んなってその自慢のもんば衆目に晒してみせよ」

    姉巫女あねみこ

「そ、それはご勘弁を、こう見えましてももう三十才になりまする。さすがにうら若き乙女たちに混じるのは抵抗がありまする」

    王の一人娘-ゴルゴ

「まあ見ればわかるぞ、そなたが三十才ぐらいであろうことは。ばってんとても巧みに若作りばしておられる」

    姉巫女あねみこ

「わっ若づ!?」

    王の一人娘-ゴルゴ

「とはいえ、体つきや姿勢などからして、踊りには巧みであると見た。ゆえに我らの踊りに混じるくらいは問題なかろうて」

    姉巫女あねみこ

「そっそれは……」

    主役-アリスタゴラス

「恐れながらゴルゴ姫、私と彼女はまだ式を挙げていないとはいえ実質的には既に結婚しております。かような未婚の処女たちの祭に参加させるのは、さすがにご勘弁のほどを」

    王の一人娘-ゴルゴ

「おお、そなたら結婚しておったか、それは残念じゃの。――しかし、そなたからは寡婦やもめの匂いがしておったが、珍しく我の勘が外れたか……」

    姉巫女あねみこ

「寡婦の匂い?……」

    王の一人娘-ゴルゴ

「とはいえイオニア(浦上)の男よ、そなたはなかなか良か趣味ばしておるな。かほどに小さき胸の女ば好んで連れ歩きおるというは、きっと良か男に違いない。気に入ったぞ」

    主役-アリスタゴラス

「お誉めにあずかりまして?、光栄です。まさかラコニア(薩摩)の地で、同好の士を得られますとは、思いの外であります」

    王の一人娘-ゴルゴ

「ふむ、例えばこんお付きの女の胸ば見よ。かように柔らかきだけが取り柄のだらしなか固まりを胸に二つもつけておるゆえ、走るも投げるも戦うも全てに遅れをとる。まだ子供の我にも勝てぬのであるから、けしからぬものじゃ」

    お付きの女

「ああ、姫さま、お許しを」

    王の一人娘-ゴルゴ

「生まれつきのことゆえ、そなたに罪は無いとするが、かような無用の長物ば重宝したがる男ん気が我には知れぬぞ。なあ?」

    主役-アリスタゴラス

「はっはい、まことに仰る通りで。彼女の胸が無用であるかどうかはさて置きまして、たしかに大きい胸ばかりを崇める男には、もっと視野を拡げて、自分の頭も柔らかくしてもらって、もっと色んなものに興味を持っていただきたいものですな。

 それにしても、ゴルゴ姫のお体はとても子供のものには思えませんね。しっかりとした肩幅とがっしりとした足腰、それに引き締まった肉付きは、女衆の中だけでなく、同年輩の少年たちにも決して劣らぬでしょう」

    王の一人娘-ゴルゴ

「まあ、他所の少年どもには勝つるかもしれぬが、スパルタ(鹿児島)の少年どもはものが違うゆえな、彼ら相手では勝ったり負けたりになってしまうかの」

    主役-アリスタゴラス

「ハハハ、そうですか、それでも良い勝負をなさるのですね」

    王の一人娘-ゴルゴ

「まあ、種目によるな、徒競走や円盤投げであれば勝つることもあるが、拳闘や相撲はなかなか難しい」

    主役-アリスタゴラス

「えっ、そのような競技でも男に混じってなされるのですか? 先ほども申しましたが、こちらの女性は腰布だけであったり、あちらのほうでは何も着けておられぬようですが、嫁入り前の乙女がかような恰好を人前に晒すのは恥ずかしくはないのでしょうか? また危なくはないのですか? 男の淫らな心を無駄に掻き立ててしまうようにも思えますが」

    王の一人娘-ゴルゴ

「問題は無か。淫らというは、隠されてジメジメとした不健康なるもののことをば言う。あげん鍛えられ日に焼け健康的な体であれば、なんの問題も無か。まあ今は冬ゆえ、日焼けはあまりしておらんがな。そもそもこん祭りは、神様とともに若き男どもに見せつけて結婚相手を品定めさせる機会でもある。健やかな体ば持つ女は、逞しか子供を産むゆえな」

    主役-アリスタゴラス

「品定め、ですか。なるほど、あなたほど鍛えられた身体をされているのであれば、男の目も全く怖くはないのでしょうね。けれど、なかには自信がなくて恥ずかしくてたまらない娘さんも居られるのでは?」

    王の一人娘-ゴルゴ

「なんを恥ずかしがることがある? 男衆が裸で問題なかなら、それは女衆とて同じぞ。大きく良か声ばした者がおのが歌を聞いてもらいたいが如く、鍛え上げ美しう整えた身体は、大勢に見てもらいたいのが人情ぞ。そん喜びを男だけが享受するんは間違っておる。自信が無かなら鍛え上げたら良か、筋肉は努力ば裏切らんけん。であろう? そなたはそれで自信あるとか?」

    主役-アリスタゴラス

「なっなるほど、そう言われてみればたしかにそのように思えて来ました。私ももっと運動場に通わねばならないようですね。

 ……それにしても、たとえばこの祭りをペルシャ人に見せたなら、『女が全裸ではしゃぎ回っているのは野蛮な獣と見分けがつかん』などと揶揄されそうですな。彼らは男ですら『肌を見せるのは未開人の証し』とでも考えているようですから」

    王の一人娘-ゴルゴ

「せからしか、ペルシャ人ごときがなん言うとや! あん全身ば隈無く布で隠しよる軟弱者が、なんを言うとや。白うてブヨブヨ弛んだ体を、派手で高価な衣で包んだとて、なんの価値もなか」

    主役-アリスタゴラス

「……けれど、そうはおっしゃいますが、彼らはあの格好で、あの広大なアジアのほとんどを攻め従えているわけでございまして」

    王の一人娘-ゴルゴ

「広大なアジアには、男が一人もおらんちことやろ」

    主役-アリスタゴラス

「……なるほど、そのお言葉は、アジアに在住している我々イオニア(浦上)人にとっては非常に耳が痛いのですけれど、しかし同時にとても心強いお言葉をいただけました。ヘラス(大和)本土で最大最強を誇るスパルタ(鹿児島)市の姫が、『自分たちが戦えばペルシャ軍など簡単に蹴散らしてくれる』と、『アジアのイオニア(浦上)に出陣すればペルシャ軍を散々に追い払って、異民族に屈服させられている哀れな同胞たちを解放してくれる』と、そのように言外におっしゃっていただけたように聞えました。これは私の耳の聞き間違いでしたでしょうか?」

    王の一人娘-ゴルゴ

「? 答えるまでも無か」

    主役-アリスタゴラス

「ありがとうございます、ゴルゴ姫。我々は同胞が待つイオニア(浦上)へ、強力な援軍を連れて帰らねばなりません。望むらくは、姫のお父上・クレオメネス王率いるスパルタ(鹿児島)軍に是非、その大役をお願いいたしたいのです。姫に太鼓判をおしていただいたように、あなた方がペルシャ軍と戦っていただければ、こちらが勝利することは疑いなしという訳ですから。ゴルゴ姫、もし機会がございましたら、お父上にさようお口添えいただけると、まことに助かる次第であります」

    王の一人娘-ゴルゴ

「うむ、機会があればそうしよう」

    主役-アリスタゴラス

「ありがとうございます」


    王の異母弟a-レオニダス

「――ゴルゴ姫、次なる競技が始まります、そろそろ――」

    王の一人娘-ゴルゴ

「おおっ、叔父御殿か、良かところに来られた。イオニア(浦上)の客人と語ろうておっての。

 そなたら、こんお方は父王の弟君・レオニダス殿ぞ。我の付き添いと身の回りの警固を父王から命ぜられておる」

    主役-アリスタゴラス

「これはこれは、レオニダス殿、お初にお目にかかります。私はミレトス(柔①)市の出身・アリスタゴラスと申します。イオニア(浦上)地方の諸市を代表いたしまして、貴市をお訪ねしております」

    王の異母弟a-レオニダス

「――すでに承知。急ぎの重大事であると、何よりも。――」

    主役-アリスタゴラス

「? おっしゃる通りでございます、火急の用事で参りました。しかしながら、車にて急ぐ道すがら、賑やかな祭りの音が聞えてきましたゆえ、しばし足を留めましたところ、姫様がおいで下されて、かような立ち話の花を咲かすことと相成りました」

    王の異母弟a-レオニダス

「――そん重大事のほどは、観光以下であるか?――」

    主役-アリスタゴラス

「? いっいえ、決してそのような訳では、ご挨拶が終りましたら、すぐにでもと」

    王の一人娘-ゴルゴ

「これこれ叔父御殿、旅人をかように追い詰められますな。立ち話ばしかけたるは我じゃ。それに、祭りは神様への大切な奉納ゆえ、急ぎとはいえ、これを知らぬ振りして通り過ぎれば、かえって縁起も悪かろうて」

    王の異母弟a-レオニダス

「――承知しました。――」

    王の一人娘-ゴルゴ

「というわけで旅人よ、今暫くはゆるりと過ごされよ」

    主役-アリスタゴラス

「ありがとうございます、ゴルゴ姫、それではお言葉に甘えましてもう少々だけ。――それにいたしましても、スパルタ(鹿児島)人の男は言葉数が少ないとはよく耳にいたしますが、レオニダス殿は特にそのようですね。このように短いと、言いたいことが全て伝わらず、誤解されることも少なく無いのではと思ってしまうのですが、スパルタ人同士では問題ないのでしょうか?」 

    王の一人娘-ゴルゴ

「カツカツカツ、言われておるぞ叔父御どの、イオニア(柔)人ごときに。いかに答えます?」

    王の異母弟a-レオニダス

「――スパルタ(鹿児島)人は他所よそより短き剣を使うが、死ぬるはいつも相手が先。――」

    王の一人娘-ゴルゴ

「カツカツカツ、さすがは叔父御どの。そん意味こころがわかるとや? 旅人よ」

    主役-アリスタゴラス

「――それはつまり、戦いの勝敗は、剣の長さではなく、腕前の差によって決まるのと同じく、会話も長さではなく、言葉の質によって決まる、と。スパルタ人は短い剣で先に相手を突き刺せるのと同じく、会話でも短い言葉で相手に十分勝る、と。つまり『長い剣をふるって安心している臆病者より、短い剣で集中して構えている者のほうが、得てして勝利をおさめるのだ』、といったような意味になるのでしょうか?」

    王の一人娘-ゴルゴ

「まあ、おおむねはそん通りじゃが、つまるところ、かように長か言葉ば費やして説明するのと、先ほどの叔父御どのの短うまとめた言葉とどちらが優れているであろうかということじゃな。イオニア(柔)人はとかく多弁であることを鼻にかけ、言葉すくなき者をば侮るが、この地ではそん真逆に思われておるち心得たがよかぞ」

    主役-アリスタゴラス

「恐れながらゴルゴ姫、それは全くの誤解で御座います。我々は別に多弁であることを鼻にかけておりませぬし、言葉すくなき者を侮ったりもいたしません。もちろん、こちらの方々をそのように思うことなどこれっぽっちもあり得ません」

    王の一人娘-ゴルゴ

「そら見よ、さっそく偽りの返答じゃ。そなたらの表情においを嗅げば嫌でもわかるぞ、我を女子供と侮るでない」

    主役-アリスタゴラス

「とんでも御座いません! 私たちは藁にもすがる思いでこちらに援軍要請に参ったのです。そのあなた方に対してそのような不遜な態度をお見せするわけがないではありませんか。恐れながら誤解をなされているようです。この私めの座右の銘は『舌が口よりも先立たないこと』なのですから」

    王の一人娘-ゴルゴ

「もうよか、同じこつば二度言うは飽きる。そなたはずいぶん舌が回るようじゃが、こん先は控えるが良かぞ、こん国では美徳でなかけんな。とくにこれから父王と会うて、大事な頼み事をばするというのであれば」

    主役-アリスタゴラス

「これは貴重なご助言いたみいります。姫さまに比べればまことに頼りない胸ではありますが、この胸にしかとご助言を切り刻んで王の面前に立ちたいと思います」

    王の一人娘-ゴルゴ

「――ならば、こん話はここまでじゃ。さて、次なる競技は徒競走ぞ、旅人よ、せっかくじゃから、最後に脚比べにつきあわれんね。我は脚ん早さなら自信あるとぞ、決着つけようではなかか」

    王の異母弟a-レオニダス

「――ゴルゴ姫、こん祭りは女子おなごだけのもの。お戯れも潮時かと――」

    王の一人娘-ゴルゴ

「そうか? それはお固いことじゃのお。残念であったな旅人よ、国ん帰ってゴルゴ姫を負かしたなどという土産話ば拾い損ねたな」

    主役-アリスタゴラス

「滅相も御座いません、姫さまとこのようにお話しできたというだけで、とても結構な最上級のお土産をいただきました。この話だけで、この先数年は困らず過ごせましょう」

    王の一人娘-ゴルゴ

「――ならば別れ際に、助言ば一つくれてやる。『賢者の道ば聞き唱えても、それを我が行いにせずば甲斐なし』」

    主役-アリスタゴラス

「おおー、さすがは姫さま、このような大人びた賢いご助言をいただけるとは、さすがの私も言葉に詰まってしまいます。ありがたく頂戴いたし、このお言葉も先ほどのご助言とともに、この粗末な胸に深く刻んでおきましょう。

 それでは我々も、お祭りの進行を妨げるわけにはまいりませぬので、後ろ髪を引かれる思いではございますが、ここらでおいとまさせていただきます」

    王の一人娘-ゴルゴ

「うむ、旅人よ、息災でな」



※ 文中に出て来る古代ギリシャの地名に日本の地名等を併記させていますが、これは古代ギリシャの地名に馴染みがない方向けに日本の似ていると思われる地名等を添付してみただけのもの(例:「アテナイ(山口)市」「スパルタ(鹿児島)市」など)ですので、それが必要ない方は無視していただいて問題ありません。

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