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『O-276. 浦上-イオニアの反乱劇(アリスタゴラスの煩悶)』  作者: 誘凪追々(いざなぎおいおい)
▶第一幕(02/12)「発端」
4/27

・第一幕「発端」その4



<O-276(紀元前500/499)年><冬><ミレトス(柔①)市><アリスタゴラスの自宅にて>



    姉巫女

「ねぇ、そうではありませぬか、アリスタゴラスさま!」

    主役-アリスタゴラス

「……少し落ち着こうか姉巫女、君らしくもない。ペルシャ帝国に反乱する話なら、ついこないだも話したところでしょう? けれどどれもこれも荒唐無稽な話で、現実に行える具体的な案は何一つ出なかった。それはそうだ、それは不可能だから、そう結論づけたではないですか」

    姉巫女

「この身は現実をよく知りません。何が可能で何が不可能かの判別は致しかねます。おかしいというのなら、どうか詳しくお教え下さい」

    主役-アリスタゴラス

「――詳しくと言っても、何をどう話せば良いものか……」

    姉巫女

「さらばこないだの密談の続きを、ペルシャ帝国の倒し方、こなた様ならもっと優れた案を隠しておられるはずです」

    主役-アリスタゴラス

「うーん、そうは言っても私もネタ切れだよ。非現実的な案も、数を出すとなると意外とすぐ尽きるもので」

    姉巫女

「されば最も現実的な案をお話しいただけませんか? もしも本当にイオニア(浦上)の人々がペルシャ帝国に対し自由と独立を求めて立ち上がったならば、果たしてどのような結果に行き着くのか? この身はとても興味があります。こなた様ほどの方であれば、その正確な予測をすでにしておられるはず」

    主役-アリスタゴラス

「――まあ、確かにその手の予測は何度かしてみたことはある、のだけれど我々の反乱が成功する確率はおそろしく低いのですよ。なんだったら、ゼロと言い切っても間違いではないくらいにね。結局のところ、考えるだけ無駄だったという結論に行き着くのが落ちなのです」

    姉巫女

「さるは反乱が成功しないとしても、反乱を起こすことだけでしたら可能ですか? 例えば、ヒスティアイオスさまをこちらへ戻せるくらいの大きな騒動を引き起こすことは可能ですか?」

    主役-アリスタゴラス

「――う~ん、もちろん結果の成否を問わないというのであれば、出来ないことも無いでしょう。けれど、やれば確実に失敗することが判っているのに、騒動だけを引き起こすというのは意味のない行動ですよ。大勢の人や町がそれに巻き込まれて、多大な損害をこうむることになるのですから。いくら叔父貴を故郷に帰してあげたいとはいえ、それに見合うものでは決してないでしょう」

    姉巫女

「それはその通りですが、この身はただ正確な予測を知っておきたいのです。どの程度のことまで出来るのか。どこまでペルシャ帝国を困らせることが出来るのか。なぜ成功しないのか、なぜ失敗するのか。アリスタゴラスさまであれば、それを正確にお教えいただけますよね? ですから、どうかお願いします!」

    主役-アリスタゴラス

「……君がなぜそこまでそれを知りたいのか私にはわからないのだけれど、君がそこまで言うのならこの私に拒否権は無いようですね。分かりました、それではお望み通り、面白くも無い現実の話をしましょうか。

 ――さて、ここイオニア(浦上)地方で大規模な反乱を起すには、まずこのミレトス(柔①)市が率先して反旗を翻さねばならないでしょう。それが反乱の第一歩になるはずですが、この最初の第一歩がまず最も難しい。なにしろ、ミレトス(柔①)市だけで立ち上がってもペルシャ帝国に敵うはずもなく、一年と保たずに簡単に滅ぼされてしまうだろうからね。この小さなポリス一つだけでそのような大それた事が出来るはずもなく、にわとりの卵のごとくあっさり潰されて終わるだけだろうから、まともな市民であればそれをやろうとは決して思わない。

 そのためミレトス(柔①)市を立ち上がらせるには、少なくともイオニア(浦上)地方の他の諸市も巻き込まねばならない。仲間が増えれば勇気づけられて、みんなで危険な反乱にも踏み出そうという気が起きるかもしれないから。しかし、これがまた難しい。イオニア(浦上)の他の諸市とて愚かではないのだから、ペルシャ帝国に反旗を翻せば十中八九は自分の町が滅亡するという結末に至ることがありありと想像できるわけだから、彼らが反乱の誘いにおいそれと乗る可能性のほうがはるかに少ないと見積もらざるを得ない。いや、ほぼ無いと言い換えても間違いではないでしょう。

 だとすれば、反乱仲間を得られないミレトス(柔①)市の市民たちが、自分たち単独で反旗を翻すことに賛成する可能性もまた限りなくゼロに近いと言わざるを得ないという訳で、つまりは反乱を始める第一歩がそもそもまず踏み出せないという結論だね。解りましたか、姉巫女さん?」

    姉巫女

「では、それを論破しても構いませんか?」

    主役-アリスタゴラス

「論破?」

    姉巫女

「この身はディデュマ(浦神)で神託の巫女をやらせていただいている関係上、特にイオニア(浦上)地方の諸市から来られた方々の願いや悩みというものはつぶさに存じております。その一つ一つの事例について詳しく明かすことは守秘義務の関係上あなたにもお教えすることは出来ませんが、彼らの心の上に大小の不満が廃屋のほこりの如く深く深く蓄積されているのは間違いありません。イオニア(浦上)地方の諸市は今からおよそ五十年前、全ての町がペルシャ帝国に支配されるようになってからはペルシャ側が指名したある一人の男を各市の独裁者として据えられ、彼を通じて各市に命令を発し、そして年貢等を徴収させております。

 ミレトス(柔①)市の場合はヒスティアイオスさまがそれに当りますが、あの方はスーサの都へご不在であるため代理人としてアリスタゴラスさまが臨時の独裁者として市民たちにペルシャ帝国からの命令を伝え、年貢等を徴収してサルディス城の総督に収めておいでです。ミレトス(柔①)市は、ヒスティアイオスさまやこなた様の統治が優れているためか比較的市民の不満も少ないようですが、他のイオニア(浦上)地方の諸市の中には、ペルシャ帝国の権威を傘に着てご無体な統治をする独裁者も少なく無いと聞きます。例えば、レスボス(並里)島のミュティレネ(並里①)市はコエスという者が独裁しておりますが、彼に対する不満の声は本当によく耳にいたします。しかし彼は、スキュタイ遠征の時の功績によりペルシャの大王・ダレイオスの覚えが大変目出たいため、ミュティレネ(並里①)市の市民はそれを恐れてコエスに常識的な異見をすることすら憚られる空気だそうで、市場などでの会話では必ずといっていいほど、コエスやペルシャ人に対する不満の数々が口の端にのぼる由。

 これほどでないにせよ、イオニア(浦上)地方のあちこちに反ペルシャの機運が高まっているのは疑いなく、何かのきっかけがあればいつ暴発してもおかしくないほどであるように感じます。ならば、そのきっかけを衝きさえすれば、ペルシャ帝国への反乱に彼らを巻き込むこともさほど難しくは無いと存じます。ヘラス(大和)民族は、いにしえより自由と独立を何より尊んで参りました。ならば、ペルシャ帝国に支配されて自由と独立を失っている今のイオニア(浦上)地方の彼らに対しては、『自由と独立のために共に反旗を翻そう』との誘い水こそ、最も良ききっかけとなりましょう。ヘラス(大和)民族にこの麗しい言葉を否定できる者はおりますまい。

 もちろん、諸市の統治を委ねられている独裁者たちは、自分の権力の後ろ盾であるペルシャ帝国に反旗を翻そうとする者はほとんど居ないでしょうが、だとすれば彼ら独裁者の打倒を反乱の第一目標に掲げれば良いのです。そうすれば各市の市民たちはこの反乱に合流することはすなわちポリスの運営を独裁者の手から取り戻すことにもなりますので、彼らならこちらの誘いに喜んで参加を表明する可能性が高いでしょう。

 例えば、もしもこの身がアリスタゴラスさまであったとしたならば、反乱の先触れとして次のようなことをまず仕出かしましょう。すなわち、このミレトス(柔①)市が他に先駆けてペルシャ帝国から押し付けられた独裁者を返上すると宣言し、つまりアリスタゴラスさまが握っているポリスの政権を自発的に大衆に譲り、独裁制ではなく民主制で運営することを宣言しすぐに実行するのです。その上で、それを他の諸市にも真似するよう呼びかけ、もしも協力が必要であればミレトス(柔①)市が速やかに後援すると宣伝したならば、他所の市民たちももう我慢できずに自分たちの独裁者を排除することに立ち上がることでしょう。それはつまり、イオニア(浦上)の諸市がペルシャ帝国に反旗を翻すことに他なりません。こうしてミレトス(柔①)市は孤立無援ではなく、近隣に数多くの反乱仲間を手に入れられることになる訳です」

    主役-アリスタゴラス

「……な、なるほど、君はなかなか凄いことを言いますね。たしかに、そのようなことを率先して行なえば、もしかするとそのような結果に至るかもしれませんね。

 けれど残念ながら、それだけではやはりミレトス(柔①)市に反乱を決行させるにはかなり無理があると言わざるを得ない。イオニア(浦上)地方には数十ものポリスがあるため、それらが全て一致団結すれば重装兵十万人に軍船数百隻を動員することも夢ではないでしょう。しかしそれでも、それらが微々たるものに思えるほどペルシャ帝国は途方も無く巨大な国なのです。ペルシャ帝国には全部で十五の属州があるらしいのだけれど、イオニア(浦上)地方はその属州一つのせいぜい半分ぐらいの規模に過ぎない。つまり残念ながらイオニア(浦上)地方だけが蜂起しても、それはペルシャ帝国にとっては全体の三十分の一ほどが騒いでる程度に過ぎないのだからね。

 ならば、どうするか? 海外の同胞に援軍をお願いするか? 例えば、ヘラス(大和)本土の同胞たちは、ペルシャ帝国が支配するアジア大陸からはエーゲ海によって切り離されているため、地続きの我々とは違って異民族に隷属させられることもなく、いにしえよりの自由と独立を今も存分に謳歌している。もしも各地に分散しているヘラス(大和)民族が一致団結して異民族の支配を拒否し、同胞の自由と独立を取り戻すべく戦ってくれるというのであれば、この反乱の先行きも大いに明るいものとなるだろう。ヘラス(大和)民族の総人口はエーゲ海の沿岸部に限ったとしても、一千万人近くはあるはずで、そこから兵士を徴発すれば三十万人規模の軍勢を組織することだって決して夢ではない。

 けれど残念ながらヘラス(大和)民族が一つにまとまることは決して無い。我々は自主独立の欲求が強過ぎるため、おのおのが暮らす町を一つの国とすることで満足し、それをポリスと称し、これを隣のポリスと融合したり、どこか他所の強大なポリスの支配下に入るなど、せっかくの自由を台無しにする最低の行為に他ならないからだ。そのため千を超すといわれるヘラス(大和)民族の諸市が一つの強力な国となり、ペルシャ帝国と戦うことなどあり得ないのです。たとえ一時的に、複数のポリスが同盟を結んだり、一致団結したりしたとしても、それが数年もてばたいしたもの、数十年もつことはまずあり得ない。そのような弱々しい勢力が、持続的で常に一人の大王のもとに結束しているペルシャ帝国を相手に、長く苦しい独立戦争を戦い抜けるわけがないのです。姉巫女だってそれぐらいのことは元より承知のはずでしょうが?」

    姉巫女

「では、それを論破しても構いませんか?」

    主役-アリスタゴラス

「? か、構わないけれど、君の口から論破とは穏やかじゃないね、フフフ。でもまあ、ならば聞かせてくれますか、後学のためにもぜひ知っておきたい」

    姉巫女

「ヘラス(大和)本土に数多あるポリスの中で、エーゲ海を渡ってこちらに援軍を差し向けられるほどの国力を持つものはそう多くはないかもしれません。けれど、イオニア(浦上)地方におけるミレトス(柔①)市のごとく、そのポリスが率先すれば周囲の諸市もついて行くという類いの存在がいくつか御座います。中でも本土の最南端・ペロポネソス(九州)半島の諸市を束ねるラコニア(薩摩)のスパルタ(鹿児島)市は最大最強のポリスとの呼び声高く、その影響力は本土の全体に及ぶと言う者もおります。このポリスは今時珍しく王制を残す国ですが、現在のクレオメネス王は軍事をことのほか好み、頻繁に国外に遠征する人物として有名です。であるならば話は早い、こなた様が直接かの地へ赴き、クレオメネス王をご自慢の弁舌で口説き落としたならば、精強なるラケダイモン(薩摩隼人)の兵士と、おまけにペロポネソス(九州)諸市の数多の軍勢をこちらに呼び寄せることも実現出来るという訳です。

 それでも不十分であるのなら、アッティカ(長州)のアテナイ(山口)市を頼るのもよろしいでしょう。かのポリスは本土においてスパルタ(鹿児島)市に次ぐ規模を誇り、三万人を超える市民による団結を誇っております。このポリスは十年ほど前に独自の民主制改革を成し遂げ、大勢の下流市民までもポリスの運営に組込んでいるにも関わらず、内紛や分裂にさして悩まされることなく、逆に内政介入してきたスパルタ(鹿児島)王率いるペロポネソス(九州)の軍勢を、ほとんど独力で追い返したというほどの精強さを示しております。勃興期に特有のキラキラとした精気に満ち、軍事だけでなく経済や文化においても本土で抜きん出た存在感を発揮しております。ゆえに、彼らを口説き落としたなら、彼らのみならず本土の少なく無いポリスも彼らを真似て援軍を送ろうという気運が高まること請け合いです。三万人もの市民を一気に説得するのは、一人の王を口説き落とすより難しいことかもしれませぬが、しかしそもそもアテナイ(山口)市はミレトス(柔①)市の創設時に大勢の植民者を送り出した母市でもあるのですから、むしろ同族のよしみとして同情心により訴えやすいと考えられましょう。

 このように、ヘラス(大和)本土からの援軍が見込めるのであれば、アジア大陸の側でも少なくともエーゲ海に近い場所ではペルシャ軍に十分対抗できるのであり、根気比べならば、帝国の数多ある属州を一つ失うだけのペルシャ人より、自由と独立に燃える我々のほうが粘り強く最後まで戦い抜くに違いありません」

    主役-アリスタゴラス

「……な、なるほど、百歩譲って、そのようなことがある程度可能であったと仮定したならば、たしかにそのような結果に至るかもしれないね。しかし、そもそもの問題として、まずこの反乱の着火点となるべき我がミレトス(柔①)市の人々を本当に挙兵へと導くには、越えねばならない障害が残念ながらおそろしく高い。

 ミレトス(柔①)市は周知のとおり、叔父貴が独裁者であり私がその代理人をさせてもらっているのだけれど、だからといってこの私がポリスの運営を好き放題に動かせるという訳ではない。ポリスの政権は、我々の一味が重職をほぼ独占して主導しているとはいえ、我々も決して一枚岩という訳ではない。私と私に近しい派閥だけでなく、叔父貴が残して行った重鎮連中も健在だし、その他の派閥もなかなか無視できない。彼らに対していきなり『ペルシャ帝国に対して反旗を翻そう』と提案したところで、私に忠実な弟などごく一部の者はすぐ賛成するかもしれないが、それを除くほんとんどの者は『成功する見込みが全く無いので反対する』との意見を頑に述べ立てるだろう。特にあの歴史家の先生なんかは、これまでの過去の事例を延々と持出して、いかに失敗する可能性が高いかを滔々と説明してくれるに違いない。いくら私が『イオニア(浦上)諸市の合流が見込めるのに加え、ヘラス(大和)本土からの援軍も得られるから大丈夫だ』と必死に説明したところで、それは『そのような可能性もある』という程度の意味でしか言えないため、下手をすれば私の頭がおかしくなったとして、我が一味の連中からも叔父貴の代理人の座を罷免するべく弾劾される恐れすらある。

 繰り返すが、彼らだってペルシャ帝国に逆らえばどうなるか良く知っている。仮に私が反乱を起こそうと口を酸っぱくして説得したとしても、弟や少数の者を賛成者に出来たとしても、他の大多数の者は決して反対意見を取り下げないだろう。独立を求めて挙兵したら、独立どころか町の痕跡すら残らぬほど徹底的に滅亡させられる近未来がありありと想像できてしまうのだから、まさに自分から火の中に飛び込むような自殺的な行為としか思えないだろうからね。この私だって彼らの立場であったなら、強く反対するかもしれないのだから」

    姉巫女

「では、それを論破しても構いませんか?」

    主役-アリスタゴラス

「……できるのかい?」

    姉巫女

「前回お会いした時、ペルシャ軍によるナクソス(上対馬)島攻めの作戦計画について裏事情まで含めて詳しくお話いただきましたが、あれをわざと失敗させるよう誘導するというのはいかがでしょうか」

    主役-アリスタゴラス

「!?」

    姉巫女

「ペルシャ軍の側ではどこを攻めるかの情報をひた隠し、ナクソス(上対馬)市の意表をついて一気に攻め落とす目論見のようですが、では例えばその情報を予め島の人々に洩らし、彼らが万全の態勢でペルシャ軍を迎え撃てるようにさせておくという手はどうでしょう。あるいは、この作戦を主導するこなた様がペルシャ軍の指揮官とわざと諍いを起こすようなことを仕出かし、島攻めの足並みを乱すなどして早々に島から撤退するよう仕向けるという手も悪くないでしょう。こうして、この遠征が失敗という結果に終りましたならば、この作戦を立案し、わざわざスーサの都の大王に会って説明し許可をいただき、軍船二百隻もの大軍を用意させたにも関わらず島一つすら落とせず、ペルシャ軍と大王の名を著しく傷つけるような不名誉な敗北をさせた張本人として、こなた様とミレトス(柔①)市の責任が確実に追求されるであろう状況を敢えて作るのです。

 このような状況に陥れば、この作戦案に賛同し遠征軍にも関わっていたミレトス(柔①)市の重鎮の方々も決して他人事ではいられなくなります。そして間もなくペルシャ人から厳しい罰が与えられるだろうとなれば、座してそれを待つくらいならば何か先手を打たねばならないとの空気が生まれ、そこでこなた様がすかさず『ペルシャ人に反旗を翻す案』を持ち出し、先ほど述べましたような具体的な方策を様々に論じたてましたならば、嫌々ながらも反乱に賛成するという意見が増えましょう。

 もちろんこの場合には、失敗の責任をこなた様だけに負わせ、こなた様を失脚させることによって自分は助かろうと動く方も出て来るかもしれませぬが、残念ながらこの案はスーサの都に居られるヒスティアイオスさまご自身が何より望まれていることですからね。こなた様はそのご命令に従っただけであると明言すれば、ヒスティアイオスさまに心酔しておられる重鎮の方々は渋々でも納得される他ありませんでしょう。そして彼らの反論を完全に黙らせるためにも、スーサの都に予め人を遣わし、当のヒスティアイオスさまにはっきりした反乱命令を出していただくよう手配りしておくというのも肝要なことです。

 さて、以上のことを滞りなくやり遂げましたなら、ミレトス(柔①)市を反乱に立たせることが現実のものとなります。すなわち、論破できたように存じますが、いかに?」

    主役-アリスタゴラス

「……、一つ、確認しておきたいのだけれど、姉巫女よ、これは悪い冗談なのであろうか? それとも、君は本当に反乱に踏み切ったほうが良いと言っているのだろうか? そんなことをしても破滅への道しか通じていないのに、滅亡するのがほとんど確定的なのに、……にも関わらず、私にそのような危ない橋を渡れというのかい? 一歩でも踏み誤ればすぐにでも、我が身と我がポリスの命運が簡単に尽きるのだぞ? たしかに、君が今述べた案は、それを実行すれば本当に我がミレトス(柔①)市とイオニア(浦上)地方に大きな反乱を引き起こさせる可能性があるとは思うよ。そしてヒスティアイオスの叔父貴をこちらへ戻せる可能性もなくはないと思う、なかなかお見事な計画案だ。

 けれど、そうは言ってもそうならない可能性だって決して低く無いほどのかなり危ない賭けだ。というより、それによって反乱は引き起こせるかもしれないけれど、成功が見込めるのはそこまでで、その先には失敗しか落ちていないでしょう。ミレトス(柔①)市やイオニア(浦上)の諸市は、大量のペルシャ軍に蹂躙されて惨めに滅ぶ未来しか見えないよ。そんなことになるのが君の望みだって言うのかい?」

    姉巫女

「何ごとも、やってみなければわからないではありませんか! ペルシャ帝国はたしかに巨大ですが、巨大さゆえの弱点というものも持ち合わせているはず。我々の反乱に手こずっているうちに、他の地方でも、例えばエジプトとかインドとかバクトリアなどでも反乱の火の手があがるかもしれないではないですか。そうなれば、帝国にとっては遥か西の涯に位置するこのイオニア(浦上)地方のことなど、面倒臭くなって『以後捨て置く』という判断に至る可能性だってなくはないのです!」

    主役-アリスタゴラス

「それはそうかもしれないが、しかし我々にとって都合の良い可能性ばかりを考えて、それを基にして危ない計画を立てるのは、決して賢いやり口では無いよ、そうだろう?」

    姉巫女

「アリスタゴラスさま、今一度確認させていただきたいのですが、この身と結婚したいという話はこなた様の本当のお考えでしょうか?」

    主役-アリスタゴラス

「ああ、もちろんだ、神に誓って嘘偽りはない」

    姉巫女

「どのような障害があっても、この身を妻にしたいと?」

    主役-アリスタゴラス

「ああ、どんな障害があろうとも、必ず君を娶る」

    姉巫女

「たとえ、世界を敵に回そうとも?」

    主役-アリスタゴラス

「くどいよ、姉巫女。私はこの世界よりも君を愛している」

    姉巫女

「アリスタゴラスさま、この身を許して下さい。この身はこなた様を破滅に導くかもしれません」

    主役-アリスタゴラス

「何かあったのかい? 私は君のせいで破滅するなら、むしろ喜びとするよ」

    姉巫女

「……先日、サルディス城から、さるペルシャ人の高官が見えられました」

    主役-アリスタゴラス

「? へぇ、それは珍しいね、ペルシャ人の高官が自らかい?」

    姉巫女

「はい、そして神殿に入るなり、この身を見初めたため、この身と婚約したいと言い出されたのです」

    主役-アリスタゴラス

「なっ!――なるほど、まあ、巫女に一目惚れする者は少なくないからね、まして君ほどの器量良しであればなおさらだ。けれど、君は神に仕える巫女なのであるから、いくらペルシャ人の高官とはいえ、『残念ながら神託の巫女に結婚は許されていない』という良い断り文句がある」

    姉巫女

「はい、この身もそのようにお断りしました。けれど、その方はなぜだかこの身の秘密を知っていたのです。『そなたが結婚を禁じられておるのは二十九歳の終りの日までなのであろう? あと一年余りではないか。ならばそれまでは待つから、そなたとの結婚を予約させてもらうことにしようではないか』と」

    主役-アリスタゴラス

「はぁ!?」



    ペルシャ人の高官-メガバテス

「おおっ、汝が姉巫女あねみこか、噂は聞いておったが、実際に汝を拝見したらそれ以上であった。神のお告げを預かるその異能といい、その類い稀なる美貌といい、我はどうにも心を奪われてしまった。どうしても汝が欲しい。とはいえ、我も野蛮な略奪者のようなことはしたくない。聞くところによると、汝は三十歳になるまでは巫女を続け清らかな乙女のままで居ることを神に誓っているらしいな。ならば、我もそれまでは待とう。そして、汝が三十歳になるその日に結婚しようではないか」



    主役-アリスタゴラス

「そっそれは、しっ真実なのか!?」

    姉巫女

「はい、まことに口惜しいことですが、事実でございます」

    主役-アリスタゴラス

「しっしかし、きっ君は神に仕える巫女なのであるから、三十才になるまでは結婚はもちろん婚約ですら御法度のはず。君のお父上が許可するはずもないでしょう?」

    姉巫女

「はい、されど父は反対を明言されませんでした。正式な婚約は無理だとしても、ペルシャ人の高官の方であれば、『結婚の予約』という形で、実質的には婚約状態になることを許容するという理屈で受け入れられたのです」



    卜部家ブランキダイの長

「メガバテス殿、お申し出の件、まことにごもっとも。我が娘がアポロン神に誓約いたしましたのは、『三十才になるまでは清らかな身体を保ってお仕えし、神託の巫女として聖なるお告げをお預かりさせていただく』ということ。ゆえに結婚はもちろん、婚約も御法度ではありますが、『巫女引退後に結婚する権利を予約しておく』という形でしたら、神への誓約に触れないと解釈することも許されましょう。ゆえに、もしも一年後、お心変わりがないようでしたら、その時にまた改めてお申し出いただければ、そのようになりますようしかと承り置きましょう」


    主役-アリスタゴラス

「なっなんなのだ、その理屈は! わっ私は卜部家ブランキダイの決まりを尊重して、これまで婚約のことなど一度も言い出さずにきた! それがフラッと訪れた異民族バルバロイに、最愛の君を奪われるというのか? きっ君はそれを納得したのか?」

    姉巫女

「納得できるはず、ございません! この身とて、どこへ連れ去られるか解らぬ人のもとへ嫁ぎたくなどありません。しかもペルシャ人といえば妻を大勢娶ることで有名なのですよ、きっとすでに何人も妻や妾がいるのでしょう、この身は一体何番目なのでしょうね? この身などはきっと物珍しいだけの異民族の女奴隷のようなもの。言葉も通じない中で、この身はどんな扱いをされるのでしょう!?」

    主役-アリスタゴラス

「ああっ、そっそんなこと想像したくもない! 神様よ、なっなんたる不幸を我々に背負い込ませようというのか!!」

    姉巫女

「ああ、もしも世間の人々がこの話を知ったなら、どのような反応を見せるでしょう! いくらペルシャ人に敵わないとはいえ、最も大切にしている神社から、神のお告げを授かる巫女を、その意志に反して欲しいままに連れ去られるのを、黙って見過ごすでしょうか? アリスタゴラスさまはどうなされます、黙って見過ごすのでしょうか?」

    主役-アリスタゴラス

「みっ見過ごせる訳がない!! たったとえ他の連中が見過ごしたとしても、こっこの私が見過ごせる訳がない!! ああ、姉巫女よ! 我が愛しの巫女よ! なんたる難問をこの私に突きつけてくれるのだ! ペルシャ人の高官が絡んでいるということは、君と私が駆け落ちしてどこか遠くへ亡命するというだけでは話が済まないぞ! 二人を逃したとして君のお父上が厳しく追求され、ディデュマ(浦神)の神殿に様々な罰が加えられるかもしれないし、あるいは、ナクソス(上対馬)攻めを建策したこの私が遠征直前に任務を放棄して女と自分勝手に逐電したとなれば、代わりにミレトス(柔①)市がその責任を取らされるかもしれないし、スーサの都にいる叔父貴にだって飛び火しかねない! ああ、事は君との個人的な話では決して収まらない、ならばどうする? 姉巫女を守るためには、反乱するしか無いのか? しかも反乱を成功させるしかないのか? 他に選択肢はあるのか? ああ、わからない、全てがわからない! 目の前には地獄への一本道しか見えないぞ…………」



<第一幕おわり、第二幕へ>


※ 文中に出て来る古代ギリシャの地名に日本の地名等を併記させていますが、これは古代ギリシャの地名に馴染みがない方向けに日本の似ていると思われる地名等を添付してみただけのもの(例:「アテナイ(山口)市」「スパルタ(鹿児島)市」など)ですので、それが必要ない方は無視していただいて問題ありません。

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