・第三幕「演説」その4
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<O-277(紀元前499/8)年><冬><アテナイ(山口)の町><集広場にて>
――元老院でのあの審査から数日後、いよいよ最後の審判となる市民総会に出席するため、私と姉巫女はアテナイ(山口)市の心臓たる集広場に来ていた。
ここは、二丸之丘の北の麓にぽっかり空いた大きな広場で、アテナイ(山口)人は事ある毎にここに集まって来る。昔は墓地だったらしいのだけれど、元独裁者の一族がそれらを町の外に撤去し、代わりに泉場や排水溝を整備することによって居心地の良い場所に大改造したのだという。そして広場の西南側に彼らの宮殿のような大邸宅を建て彼らはそこに暮らしつつ皆に命令を発していたらしいのだけれど、彼ら独裁者一族を国外に追放した後にはそのすぐ北隣りに正方形の市役所を建て、現在はそこで市の主要な運営がなされているそうだ。
ちなみに、市役所の手前のこの広場で最も目立つ場所には元独裁者・ヒッピアスの弟を殺したとしてアテナイ(山口)人から英雄視されているハルモディオスとアリストゲイトンとを象った立派な青銅像――名匠・アンテノルの作らしい――が立てられおり、民主制守護の象徴として人々から大切にされている。
この集広場は普段は屋台が立ち並ぶ市場となったり、人々が水を汲んだり世間話をする憩いの場となったり、祭の日には競技場や演劇場が設えられる晴れの場となったりもするのだけれど、年に四十日ほどは市民総会が開かれる会議場として使われる。アテナイ(山口)市民は総勢三万人以上もいるらしいので、それほどの大人数が一度に集れる場所は、町なかにはここぐらいしか無い。もっとも、市民総会と言えど本当に全員が集まることはほとんど無いらしく、普通は一万人も集まれば多いほうなのだとか。
けれど、今日の市民総会は元老院から重要な議題が提出されることが数日前から周知徹底されていたために、本当に市民全員が集ったのではないかと思えるほどの大人数が、朝早くから押し合いへし合いして集広場に集結していた。
広場の四隅には境界石があって、市民総会の時にはそこから内側にはアテナイ(山口)市民しか入ってはならないとされ、奴隷や在留外人が許可なく入ると厳罰に処されるらしいのだけれど、今日は市民ですらその境界石の外にまで溢れ出るほどであった。彼らは会議の始まりに牛を犠牲にする厳かな開会式を行なうと、「市のためになることをお互い真剣に話し合うべし」と誓った上で、本日の議題が読み上げられて行った。
今日の最重要な議題は言うまでもない、「イオニア(浦上)へ援軍を出すか否か」である。――
総理大臣
「栄えあるアテナイ(山口)人諸君よ! アッティカ(長州)地方の全区よりお集りの市民諸君よ! 各々大切な用事や大事な仕事が他にあったであろうにも関わらず、市のことを第一に考え、これほどの人数が一つの場に集まれたことを、まずは皆で寿ぐべきであろう!」
三万人の市民たち
『『『オオー、オオー!』』』
アテナイ市の将軍-メランティオス
「さて諸君、既に知らせは行き届いているとは思うが、アジアのイオニア(浦上)から援軍要請の使者が参られた! かの『イオニアの華』と讃えられしミレトス(柔①)市の代表者・アリスタゴラス氏である! 自由と独立を断固取り戻すため、あのペルシャ帝国の桎梏を断固取り除くため、手前どもに手伝って欲しいと嘆願に来られている!
諸君! ペルシャ人は強敵ではあるが、我らはなんと幸せか! 神々が、我らの市をさらに偉大にするための絶好の機会を訪れさせたのである!」
三万人の市民たち
『『『オオー、オオー!』』』
――このように、民会を主導する大臣や将軍たちが大衆を煽りながら場を暖め良いお膳立てをしてくれた後、ミレトス(柔①)からやって来た私が嘆願者として皆の前に呼び出された。私は将軍のメランティオスらの助言もあり、ディデュマ(浦神)の姉巫女を伴って前に出た。「大衆の興味と同情を得るには、彼女のような存在は是非とも使うべきである」との助言で、実際姉巫女が皆の前に出ると地鳴りのような大歓声が湧いた。たしかに掴みは上々のようだ。
私は続いて世界地図を刻んだ大きな青銅板を自分の背に立てさせ、それを大衆に見せながら演説を始めた。――
主役-アリスタゴラス
「わがミレトス(柔①)市の母たるアテナイ(山口)市よ! のみならずイオニア(柔)諸市の母体でもあるアッティカ(長州)の方々よ! 今を遡ること五百年よりまだ昔、荒れ狂うヘラス(大和)本土を逃れここアッティカ(長州)地方に難を避けていた人々が、さらにエーゲ海を渡ってアジアの地で必死に植民したのが私たちの先祖だと聞いている! 彼らは現地で言葉の通わぬ異民族と争いつつも、やがて数多くの市を建てて本土に劣らぬほどの繁栄を享受するに至った!
それは数百年に渡って続いたのだけれど、今から五十年ほど前、アジア大陸の奥地よりあの傲岸不遜なるペルシャ民族が現われ、私たちイオニア(浦上)の諸市はことごとく彼らの軍門にくだることと相成ってしまった。抵抗する町は堀を埋められ壁を崩され、神社もろとも安々と焼き払われてしまった。田畑は荒れ、人々は離散し、残された者は恐怖のあまり彼らに跪くしかなかった。
けれど、私たちはもうそれに耐えられないのだ! 自由と独立を当然のように享受するヘラス(大和)本土の人々よ! 先祖を同じくする諸君の同胞たちにも、その幸せを分け与えてやってはくれないだろうか!!」
三万人の市民たち
「「「オオー、オオー!」」」
――自分で言うのもなんなのではあるのだけれど、私の渾身の演説に対する反応は大盛況であったと思う。私は力の限りにこの口を動かし、言葉に感情を乗せるようにして熱々と、そして切々と彼らに訴えかけた。
まず自由や独立を失っているイオニア(浦上)人の惨めな現状を正直に告げ、それらを取り戻すため敢えてあのペルシャ帝国に反乱を企てたのであると述べた。しかしその成功のためには強力な援軍がどうしても要るのだと語尾を強め、それが出来るのはあなた方アテナイ(山口)市の他になく、またイオニア(柔)族の母たるアッティカ(長州)人にはその責務があるのだとも訴えた。加えて、青銅板の地図を指し示しながら、ペルシャ帝国が支配する広大なアジアの地には途方も無い富が無尽蔵にあると事細かに教え、ペルシャ人に勝てばそれらがそっくりそのまま手に入るのだとも述べた。
アテナイ(山口)人たちは時に同情し、時に義憤し、時に増長し、時に欲情し、私の弁舌のままに昂奮の坩堝へと化して行った。スパルタ(鹿児島)市ではクレオメネス王一人を説得するのもままならかった私が、ここでは三万人もの人々をこれほどまでに自在に動かせてしまったのだから、これは驚きであると同時にとても誇らしかった。
この勢いそのままに、市民総会での決議は危なげも無く賛成多数による可決となり、「アテナイ(山口)市がイオニア(浦上)へ援軍を派遣すること」は決定事項となったのであった。
私と姉巫女はお世話になった人々に別れの挨拶をすると、「一足先にイオニア(浦上)へ戻るので、向こうでまた会いましょう」と言い残し、帰りの船に乗ったのであった。――
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<O-277(紀元前499/8)年><冬><エーゲ海><船の上にて>
笛吹き
『ピーヒャー、ピーヒャー、ピッピ、ピーヒャー、ピーヒャー、ピッピ……』
漕ぎ手たち
「「「エッサー、ホイサー、エッサー、ホイサー、エッサー、ホイサー……」」」
主役-アリスタゴラス
「いや~、それにしてもアッティカ(長州)はなかなか居心地が良かったですね~。援軍要請の件も、こちらが積極的に動かずとも向こうのほうからどんどん話を進めてくれるのだから、まるで『願ったり叶ったり』の見本のようだった」
姉巫女
「本当ですね。これで父も納得せざるを得なくなりましょう」
主役-アリスタゴラス
「ええ、それは当然ご納得いただけるでしょう。お父上の条件は、『ペルシャ軍を退けるほどの強力な援軍を連れて来られたら結婚を許す』ですからね。アテナイ(山口)人は『ヘラス(大和)本土の諸市に呼びかけて、少なくとも百隻を超える艦隊でイオニア(浦上)に駆けつける』と約束してくれたのだから、これで私と君との結婚を阻むものは全て取り除かれたのです」
姉巫女
「ああ、ようやくなのですね、こなた様」
主役-アリスタゴラス
「フフフ、本当にようやくです。これほどの障害を乗り越えて結ばれる私たちは、きっと本当の愛を手に入れたのです。誰もが羨むような本物の愛を」
姉巫女
「ああ、こなた様、もう二度とこの身を離さぬようお願いいたします」
主役-アリスタゴラス
「もちろんだとも、二人はもう二人ではない、無理に引き剥がそうとするならば、それは私たちを二つに引き裂いて命を奪うに等しい蛮行なのだから! もう誰にも手を出させない」
姉巫女
「ああ、こなた様……(しばし、口づけ)」
飼い猫
『ニャ~、ニャ~、ニャ~、ニャ~』
主役-アリスタゴラス
「……フフフ、それにしてもスパルタ(鹿児島)での扱いは酷かったですね。もてなしてくれた人には申し訳ないのだけれど、あの黒汁は無いよね」
姉巫女
「クスクスクス、その次がアテナイ(山口)でしたものね」
主役-アリスタゴラス
「そう、差が凄かったものだから余計にそう思うのかもしれないのだけれど、アッティカ(長州)では演劇やら観光やらも本当に楽しかったですからね、様々な人との出会いもありましたし。あのプリュニコス、だったかな、彼の悲劇なんてほんとうに素晴らしくて、私も思わず涙ぐんでしまいましたよ」
姉巫女
「はい、この身も人目をはばからず、袖を濡らしてしまいました」
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合唱隊(デメテルを演ず)
『『『我こそは 誉れ高き デーメーテール! 不死身なる 神々にさえ すぐに死ぬ 人々にさえ 喜びと 助けを与える 豊穣の神! この手より 娘コレーを 奪うなら 大地より 全ての種を 奪ってやろう! 忌まわしく 辛きひととせ くれてやろう!』』』
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――実は、私たちは感動のあまり、あの劇の舞台になっていたエレウシス(上関)もちょっとだけなのだけれど、お忍びで観光させてもらって来た。なにしろ、とても仲が良かった母神と娘神とが冥界の王-ハーデスによって突然強引に引き離され、お互い激しく悲嘆に暮れるというあの神話は、私と姉巫女との境遇に似ていることもあって――いや、正確に言えば私たちも危うくそうなりかけた運命ということなのだけれど、それをプリュニコスの悲劇で強烈に思い起こさせられてしまったがために、どうしてもエレウシス(上関)の神殿にはお参りをしておきたくなったのだ。
とはいえ、市民総会に出席するまではさすがにそれどころではなく行くのを半ば諦めていたのだけれど、援軍要請の件も無事成功したということもあり、解放感に満たされた私と姉巫女は船を出すのを一日だけ遅らせて、ヘラス(大和)本土でも有数の聖地へ足を運ぶことにしたのだった。――
●<以下、しばし回想>
富裕市民の子-カリアス
「おお、エレウシス(上関)ですか、地下の世界に通じる聖地、豊穣を司る母神-デメテルとその娘神-コレーが祀られ、コレーが嫁いだ冥界への入口があるともされる場所、夏の終りにそこで行われる秘儀は、死後の幸福をもたらすものとして大勢の信者が毎年その恩恵をいただかんとして参られますが、残念ながら今はその季節ではありませんので、秘儀に参加することは叶いませんが、冥界への入口があるとされる洞窟や神殿は存分にご見学いただけましょう、なにしろわが吉川家はエレウシス(上関)で祭祀職を務めているあの岩国家の一族でもあのですから」
主役-アリスタゴラス
「そうですか、それはありがたい、ならば良い旅の土産になりそうだ。実のところ、ラコニア(薩摩)地方でも余裕があればタイナロン(坊ノ)岬の洞窟などを見学したかったのだけれど、あちらではそのような余裕は全く無かったものでね。例の黒汁だけは、たっぷりいただいてきたのだけれど」
富裕市民の子-カリアス
「フフフフ、骨や肉を血だけで煮込んだかの名物料理ですね、わかりました、では洞窟の見学も含めてエレウシス(上関)の神殿参拝をうちの者に案内させますので、どうぞ明日はお楽しみになさって下さい」
――聖地・エレウシス(上関)はアテナイ(山口)の町から西へ半日ほど歩いた所にあるのだけれど、山を一つ越えただけのすぐ隣りの平野にあるので、思っていたよりもすぐにたどり着く。距離感としては、わがミレトス(柔①)の町からディデュマ(浦神)の聖地へ歩いて通うのに似ているかもしれない。
ここは穀物の種を人間に初めて与えてくれたとされる農業の女神-デメテルとその若い娘神-コレーことペルセポネとの母娘二柱を祀る聖地としていにしえより名高く、南の海に少し突き出た岬にある丘の麓にその神殿がある。この神殿の東正面には十本の円柱が並び、なかなか堂々としたものではあるのだけれど、より目を引くのは神域全体を囲むように堅固な塔付きの高い城壁が築かれていることだろうか。例の地下の冥界に通じる洞窟もこの城壁の内側の丘の麓にひっそりと守られるようにしてあった。
この立派な城壁や神殿を建設したのは例の美的感覚に優れていたかつての独裁者・ペイシストラトスらしいのだけれど、独裁者一族がいなくなった後も壊されずにむしろありがたがられているのは他の場所と同じだろう。――
熊毛郡家の神官
「これはこれは遠路遥々、よう参られた。わがエレウシス(上関)は、人にしあらば誰もに差別なく死が訪れるがごとく、出自や身分、美醜や年齢を一切問わずあらゆる人々に開かれた聖地でありますが、イオニア(浦上)の卜部家の方とあらば格別なもてなしをせねばなりませぬ。特別な日以外は立ち入り厳禁の神室にも、あなたであらばお通しもいたしましょう」
――ちなみに、この神殿のすぐ後ろに聳える丘は、エレウシス(上関)に王が居た頃にはその本城だったというのだけれど、つまり本丸之丘に相当するのだろうけれど、今ではその時の面影はあまり無い。とはいえ、ここに王が居たことからも判るとおり、エレウシス(上関)もかつては独立した国だったのであり、それがいつの頃か隣りのアテナイ(山口)市に併合されてしまい、その区の一つになって今に至っているという訳なのだ。
そもそもエレウシス(上関)は交通の要衝でもあり、ここから西へ向えばコリントス(博多)の地峡を通ってペロポネソス(九州)半島の各地に至るし、ここから北へ向えばボイオティア(山陽道)地方の平原を通って聖地・デルポイ(奈良)などに至る。アテナイ(山口)市がここを併合して、その後も手放したく無い気持ちは解るし、実際、今から数年前にスパルタ(鹿児島)王-クレオメネスが大軍で攻めて来た時にはここの平野でアテナイ(山口)軍が迎え撃ったということからもわかるとおり、間違いなく彼らの防衛上の要地でもあるのだから。
ただし今は平和が保たれ、エレトリア(上関)区の人々もアテナイ(山口)市民であることを誇りとし、祭りなども問題なく催されているようだ。――
岩国家の神官
「わがエレウシス(上関)はその昔、アテナイ(山口)との戦いの末、併合さるることと相成りましたが、その時の条件として、『聖地と秘儀に関することだけは決して手を出させぬ』との誓約を彼らと交わしたがゆえ、かつてのエレウシス(上関)王の血を引く我らが代々、その一切を取り仕切っております。
なお、あなた方をお世話した吉川家もわが岩国家の一族であり、その紹介とあらばより一層丁重にもてなさねばなりませぬ。お望みとあらば、我らが司る『松明の秘儀』などもお見せいたしましょう」
――そう、この聖地の神官たちはかつての王族の末裔とされる名門貴族が代々世襲しており、母神-デメテルから特別に授けられたというかの有名なエレウシス(上関)の秘儀などは、彼ら伝統的な家の者のみが執行に携われる決まりになっていのだ。
そしてその最高位の神官職は熊毛郡家の男のみが、第二位の神官職は岩国家の男のみが、そして第三位は神花山家の女のみが代々継承できる習わしになっているらしい。――
神花山家の女神官
「はじめまして、あなたがお噂の卜部家のお嬢さんですね。『七つの顔を持つ姉巫女』との二つ名は、こちらにもよう聞えておりました。残念ながら、もう神託の巫女は引退されるとのことですが、やがてはあなたがディデュマ(浦神)の女神官を継がれるのでしょう。女の身とて色々辛きこともありましょうが、この私でよろしければ、同じ役職の先達として助言をさせていただくこともできましょうし、これを良き縁として今後ともお付き合いを深められたら幸いです」
姉巫女
「ありがとうございます、こちらのほうこそ、ヘラス(大和)世界に隠れなきかの名高きエレウシス(上関)の方々と親しくさせていただけるのは、この上なき仕合せに存知ます。とりわけ女の身でこちらを取り仕切っておられます神花山家の女神官さまには、是非とも格別なる交わりをいただき、幼き頃に片親を失いしこの身の母とも慕わせていただけますれば、これに過ぐるものは他に何程も御座いませぬ」
――「女神官」というものは基本的に巫女のように純潔な処女である必要はないので年増の既婚者も珍しくは無いのだけれど、この神花山家の女神官も姉巫女にとっては母親ぐらいの年齢なので、彼女も安心して甘えられるようだ。
なお、ディデュマ(浦神)にも女神官がいて、そちらは卜部家の女が代々継承する習わしになっている。姉巫女の母親は早世したため今の女神官はその妹――つまり姉巫女の叔母――が勤めているのだけれど、彼女が亡くなればその次は姉巫女か妹巫女が継承する順番になっているそうだ。まあまだかなり先の話だろうし、その叔母が長生きすれば姉巫女や妹巫女が先に亡くなる可能性だってあるのだけれど。――
神花山家の女神官
「そうですか、親を失くすことはとても哀しきこと。親に限らず大切な人に先立たるるはとても哀しきこと。そしてわが命を失うことはとてもとても恐ろしきこと。されど、ここは地の底・冥界へつながるエレウシス(上関)、命の芽生えと、その終りと、そしてその蘇りの秘密を宿す場所。生きることに不安であるのなら、死ぬることに不安であるのなら、震えるがままにわがエレウシス(上関)に参られよ。その心の底よりの震えを止め、地の底・冥界への通いをむしろ楽しみに変えん」
――いずれにせよ、彼ら神官系の名門はお互い古くから横の繋がりがあり、私たち世俗の者が他所の有力者と盟友関係を結ぶようなことを彼ら同士でもやっているため、このようにフラッと訪れても、ディデュマ(浦神)の卜部家の関係者であれば手厚くもてなしてくれるのだ。まして女同士であれば、さらに親密に歓迎してくれるという訳だ。
そしてアテナイ(山口)市には他に、本丸之丘にある護国の女神-アテナ神殿にも有名な女神官がいたりするので、姉巫女は今回の滞在中にそれらの人々をこまめに訪ねて親交を深めていたりもしたのだけれど、そうした彼女の人脈は、アテナイ(山口)人の世論を私たちに好意的にするのに役立っていたかもしれない。特に市民の妻や母などといった女たちの同情を女神官らを通じて買えていたのならば、その夫や息子の判断に少なからず影響を与えただろうから、だとすれば彼女をこの旅に同行させたのはやはり正解だったということになるだろう。
そう、別に彼女と新婚旅行がしたかったからとか、遊び気分で連れて来た訳では決して無いのだよ、私は。そこのところ、くれぐれも誤解のないように。――
●<回想、おわり><エーゲ海><船の上にて>
主役-アリスタゴラス
「君にとってもとても良かったね、エレウシス(上関)と言えばヘラス(大和)本土でも有数の聖地だから、彼らと親睦を深められるのは卜部家のためにもなるのでしょうから」
姉巫女
「はい、エレウシス(上関)の女神官さまはとてもお優しい方で、秘儀を執行する奥殿にも招いていただき、いろいろと教えていただけました。『秋に執り行われる大秘儀の本番にも是非いらして下さい』と誘われてしまいました」
主役-アリスタゴラス
「おお、それは私も是非参加したいものですね。生と死の秘密に触れられるというエレウシス(上関)の秘儀、それに参加すれば死後や来世での幸せが確約されるというのだから」
姉巫女
「はい、そして今月の末にはハロワ祭というものが催されるので、『せめてそれに参加していかれては』ともおっしゃっていただいたのですが、もう船で発たねばならないということで」
主役-アリスタゴラス
「そうか、それも残念でしたね。けれど、イオニア(浦上)での情勢が落ち着けば、いくらでもまたアッティカ(長州)に来られる余裕が出来るだろうから、その時にはまた二人でゆっくりと観光などを楽しみましょう」
姉巫女
「はい、楽しみにしております!」
主役-アリスタゴラス
「さて、だとすればペルシャ軍との戦いはさっさとケリをつけないといけないな。ヘラス(大和)本土からの援軍も加えてどのように戦うかだけれど、まあ大丈夫でしょう。あのアテナイ(山口)人が『率先して反乱軍の指揮を執る』とまで言ってあれほど乗り気なのだから、私やミレトス(柔①)市の責任もずいぶん軽くなる。矢面には彼らに立ってもらい、私たちは彼らの後についていけばいいのだから。
もちろん、本土最強のスパルタ(鹿児島)軍がいないのは残念ではあるのだけれど、そのスパルタ(鹿児島)軍を退けたほどのアテナイ(山口)軍が戦列に加わるのだから、ペルシャ軍とは必ず良い勝負になるはず、これはむしろ楽しみにすべきでしょう!」
姉巫女
「こなた様、戦いもよろしいのですが、子供も早く作りましょうね」
主役-アリスタゴラス
「アハハハ、それは一番大事なことを忘れていました。結婚式を挙げたらすぐに励まねばなりませんね。フフフ、結婚式では未婚の友人たちが花嫁にこう歌う、『処女よ処女、お前は私をおいてどこに行く?』」
姉巫女
「『あなた様の元には、ああ、もう二度と戻りませぬ』……(しばし口づけ)」
――こうして、私たちの船は無事ミレトス(柔①)に帰り着き、援軍要請に成功したことを皆に誇らしげに報告したのだけれど、あとから振り返ればこの頃が一番幸せだったかもしれない。
たしかに姉巫女との幸せな結婚式を挙げることは出来たのだけれど、イオニア(浦上)に帰った私たちには次から次へと様々な苦悩がのしかかり、それは二人の心を徐々に壊して行くほどの辛い現実だったのだから。――
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<第3幕おわり、第4幕(最終)へ>
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※ 文中に出て来る古代ギリシャの地名に日本の地名等を併記させていますが、これは古代ギリシャの地名に馴染みがない方向けに日本の似ていると思われる地名等を添付してみただけのもの(例:「アテナイ(山口)市」「スパルタ(鹿児島)市」など)ですので、それが必要ない方は無視していただいて問題ありません。




