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『O-276. 浦上-イオニアの反乱劇(アリスタゴラスの煩悶)』  作者: 誘凪追々(いざなぎおいおい)
▶第三幕(05/12)「演説」
15/27

・第三幕「演説」その2(後)



<O-277(紀元前499/8)年><冬><アッティカ(長州)地方><アテナイ(山口)の近郊にて>



 ――二丸之丘アレオパゴスで元老院が開かれるまでの数日を、私と姉巫女はアテナイ(山口)の町なかで過ごしたのだけれど、退屈することは全くなかった。見るべき名所はあちこちにあったし、夜は吉川カリアス家のヒッポニコスが主催する宴に参加し、アテナイ(山口)市の有力者たちと顔を合わせ、イオニア(浦上)の情勢について繰り返し語り合いかつあれこれ論じていたものだから、むしろ忙しいほどだった。

 しかもこの時はちょうどアッティカ(長州)地方の冬祭の時期に当っており、『田舎のディオニュシア』などと呼ばれるお酒の神様の祭が各地で祝われていたので、私たちもそれに誘われちょくちょく出掛けることになった。この祭はポリスの主催ではなく各・デーモスの主催なので小規模なものなのだけれど、そのかわり地元の人たちと気軽に触れ合え、より親密な雰囲気を味わえた。いわゆる酔狂の酒神-ディオニュソスさまを讃える祭なので、葡萄酒の収穫を祝ってみんなで酔っ払いつつ、大きな男根の張り形を山車にして練り歩いたり、山羊男の合唱踊りを起源にするという悲劇の競演なんかも楽しむことが出来た。

 ちなみにこの「悲劇」という見せ物は今アッティカ(長州)で大流行りのようで、あちこちで見かける事が出来る。つい最近には、本丸之丘アクロポリスの東南側の麓にその斜面を利用した専用の劇場が造られたほどで、そこには一万人以上の観客が座れるらしい。さすがにその他の場所でやる場合には、広場や丘や神殿の一部などを利用して、仮設の座席などを申し訳程度に用意しただけでやっているのだけれど、にも関わらず本当に大勢の観客が押し寄せる。

 私と姉巫女が招かれた臨時の演劇場も、舞台に近い席などはすでに大勢の人で埋まってしまっていたのだけれど、すると、そんな私たちに気づいた地元の少年たちが、大声で手を振ってきた。――



    少年a-レオボテス

「お~い! ミレトス(柔①)のおっちゃん! あんたも劇を見に来たのかい? だったらこっちに座りなよ! せっかく遠くから来たんだから、良い席で見なくちゃな! おいマグネス、そこをちょいと空けてやんな」

    少年c-マグネス

「えー、やだよ、自分の席を譲ってやればいいだろ」

    少年a-レオボテス

「はあ? なんだよケチくせぇな。だったらヘルモリュコス、おめぇの席を空けてやれ」

    少年b-ヘルモリュコス

「ふざけるな、せっかく朝早くから並んだんだぞ」

    少年a-レオボテス

「やれやれ、ほんとおめぇらは使えねぇガキだな。いいか、こういう金持ちそうな外人とは仲良くなっておきゃあ、後々きいてくるんだよ。この程度のことで恩が売れるんならお安いもんだろうが」


    改革者の姪-アガリステ

「ちょっと、レオボテス! あんたさっきから黙って聞いてれば、ずいぶんのぼせ上がった口きいてるじゃないのよ。なにが『後々きいてくる』だ、そういうの本人の前でベラベラしゃべってる時点で意味ねぇことに気づかないのかよ、ったく」

    少年a-レオボテス

「るっせえな、これは照れ隠しだよ。普通に『席をどうぞ』じゃ、ただの良い奴になってしまうだろ、俺のキャラじゃねぇんだよ」

    改革者の姪-アガリステ

「誰もその程度で、あんたのこと良い奴だなんて思やしないわよ。これまでどんだけ悪いことしてきたと思ってんだ。今更あんたの評価が変わることなんてこれっぽっちもねぇから、安心して席を譲ってあげな」

    少年a-レオボテス

「ったく、なんだよそれ。当然の顔して俺らを仕切るんじゃねぇよ」

    改革者の姪-アガリステ

「はあ? 文句があんなら、この目を見ていいな!」

    少年a-レオボテス

「近い近い顔近いよ! 息がかかってるって」

    改革者の姪-アガリステ

「息がなんだって言うのよ? この程度で顔赤くして、女もロクに知らねぇガキが粋がってんじゃないわよ」

    少年a-レオボテス

「へいへい、どうせ俺らはガキですよ~。

 ああ、ミレトス(柔①)のおっちゃん、待たせて済まなかったね、じゃあこっちにおいでよ、マグネスはちっこいからその膝の上にでも乗せてやりゃあ、あんたもこの最前列に座れるって寸法さ。そいで、こっちの奇麗なお姉さんの膝には、俺が乗るってことで」

    少年c-マグネス

「ふざけんなよ、レオボテス! オイラだってそっちのほうが良いだろうがよ。ていうか、こっちのほうが体小せぇんだから、女の人にはオイラのが良いだろ」

    少年a-レオボテス

「なぁに眠たいこと抜かしてやがる。せっかく良い香りさせてる御婦人の膝に、おめぇのような小汚ねぇガキが座ったら貧乏臭ぇ匂いがうつっちまうだろうが。だったらここは俺のような、この小綺麗なお坊ちゃんが座りゃあ全ては丸く収まるんだよ。この冬の寒空の下、人肌で暖め合いながら見る劇は格別だって話だ、なあヘルモリュコス?」

    少年b-ヘルモリュコス

「ちょっと待て、ならばこういうのはどうだ? 自分の体は十分大きいから、自分の膝の上にこちらの御婦人を乗せるというのは」

    少年a-レオボテス

「はあ? おめぇなあ、あとから出て来て何抜かしてやがんだ。そんな羨ましいこと、たとえ天が許してもこの俺が許しゃしねぇんだよ、なあマグネス?」

    少年c-マグネス

「あたぼうよ、まじめな顔してつまらねぇ冗談言ってんじゃねーよ。冗談はその筋肉だらけの身体だけにしろってんだ」

    少年b-ヘルモリュコス

「おい、筋肉で笑えるなんて聞いたことないぞ? これで泣かしたことなら数知れんがな、フン」

    少年c-マグネス

「おいおい止めろよ、暴力反対だ!」

    少年a-レオボテス

「そうだぜ、悪いこた言わねぇから二人とも、ここは俺に譲っとけって。そうすりゃ片あつく」

    少年c-マグネス

「なんでそうなるんだよ、オイラが膝に座るのが一番合理的だろうがよ」

    少年a-レオボテス

「合理的なんぞクソくれぇだ。人間ってぇのはなぁ、そんな都合良く生まれついちゃいねぇんだよ」

    少年c-マグネス

「都合だけで生きてるような奴が、なにたいそうなこと抜かしてやがる」

    少年a-レオボテス

「るせぇよマグネス、だいたいおめぇは」


    改革者の姪-アガリステ

「あー、うるさいっ! いいかげん黙れ! あんたら三人は大事な劇が始まるのを遅らせた罰として、一番うしろの席に移ることを命ず! そして空いた席にはミレトス(柔①)のお二方がゆったり座る! これで丸く収まるでしょ」

    少年a-レオボテス

「はあ? そんなんありえねぇよ、いくらなんでも横暴だ! こんなの丸かねぇよ、カクカクだ」

    少年c-マグネス

「そうだそうだ、ちょっと最近婚約したからって、いい気になってんじゃねーぞ」

    改革者の姪-アガリステ

「クックックックッ、そうなんですよ、実はわたくし今度婚約することになりまして、兄の友達なんですがね、コラルゴス区のクサンティッポスというひとなのですが、ディデュマ(浦神)のお姉さんもこちらの方とご婚約をなされたんですよね。いやあ、結婚っていいですよね~、愛する男と女が一つ屋根の下で暮らす、これはとっても幸せな形ですよね~」

    少年a-レオボテス

「るっせえよ、気持ち悪いなぁ~、柄にも無くのぼせてんじゃねぇぞ、ブーブー」

    改革者の姪-アガリステ

「そうそう、彼はまだ二十五歳だから結婚するのはもう少し先になりそうなんですけどね~、あたしはもう十五才になるから準備万端で、いつでも構やしないんですけどね~」

    少年a-レオボテス

「聞きたかねぇよ! 結婚前のいい娘さんが、そんなやらしいこと言いふらしてんじゃねぇぞ、ったく気持ち悪ぃ」

    改革者の姪-アガリステ

「はあ? ったく、さっきからうるせえガキどもだなぁ。あぁそう、不服だってんなら、劇が終わった後にきっちり再審を開いてやるわよ。それまでは劇の邪魔だから、柵の外にでも出ときな。んで声が聞こえねぇところで、せいぜいおとなしくしてやがれ」

    少年a-レオボテス

「はあ? 外へ出てけだあ? そりゃねぇよ、俺たちだって楽しみにしてこの席とったんだからよお」

    改革者の姪-アガリステ

「うっさいっ! だったらおとなしく後ろの席に着きやがれ! んでこれ以上騒いだら本当に外に出してやるからな、よく覚えとけ」

    少年a-レオボテス

「そんな不法な横暴、従えるかよ! この独裁者め!」

    改革者の姪-アガリステ

「はぁ~。ここにお集りの皆さーん! 劇を妨害するこの三人組にふさわしい罰はなんでしょうか!? あたしが思うに、この三人組が最前列に陣取って居ては、騒いで気が散って、せっかくの劇も台無しになること請け合いだと思うのです! そうはさせないためには、彼らを最後列の席に移すことが最善の策であると考えるのですが、皆さんはいかがお考えでしょうか!」

    皆さん

「「「おおー! あんたの言う通りだ、そのうるさいガキどもを最後列に移すことに賛成だぞー!」」」


    改革者の姪-アガリステ

「というわけで、満場一致とは言わないまでも、明らかな賛成多数で可決されたわね」

    少年a-レオボテス

「くう、ぐぬぬ……」



    劇作家-プリュニコス

「それでは皆さん、お待たせしました! いよいよ皆さんお待ちかねの演劇を披露させていただきます! こちらのデーモス主催のお祭に、花を添えるべく用意いたしました劇の競演、その第一作目はこのプリュニコスめの作品をご覧いただきましょう。題名は『デメテルとコレー』、目ざとい方であればお気づきかもしれませんが、これは以前、春の大祭りにて優勝させていただいた作品でございます。ただし合唱団コロスはこちらの青年会の方々にお願いしておりますので、自ずと違った風情になりましょうが」

    観客たち

「「「おお、いいぞー、お前ら頑張れよー! とちるんじゃねぇぞー!」」」

    劇作家-プリュニコス

「時は今は昔の神話の時代、舞台はアッティカ(長州)一の聖地と名高きエレウシス(上関)、その由来の一つにもなります物語で御座います。かの豊穣の母神-デメテルは、行方不明となった最愛の娘神-コレーを探して地上をさまよった末、老婆の姿に身をやつしてここエレウシス(上関)にたどり着き、とある井戸のたもとで隠れるように休んでおりました。この劇は、この場面から始まりまする……」

    観客たち

「「「おい、始まるぞー! 静粛にー! シー! シー!」」」



 ――この劇の元ネタはヘラス(大和)民族であれば大抵は知っているほど有名なので、ここでわざわざ説明するまでも無いかもしれないのだけれど、一応流れだけを簡単におさらいしておくと、娘神-コレーが母と離れ他の娘たちと共にとある草原で花を摘んでいた。すると急に地が裂けて黄金の馬車が飛び出し、それを操る冥界の王-ハーデスにさらわれ、地下深くへと連れ去られてしまった。これを知った母神-デメテルは深く哀しみ、天界を離れて地上をさすらい、ついには老婆の姿に身をやつしてエレウシス(上関)に来たり、――ちなみに、エレウシス(上関)というのはアテナイ(山口)の町から西へ山一つ越えたほどのすぐ隣りの町なのだけれど、――今の神殿がある場所に隠れてしまわれたのだという。

 おかげで、豊穣の女神としての職務を一切果たされなくなったことから、地上の草木や作物は全く実らなくなり、人間たちはみな飢えて滅びそうな有様であった。これを憂慮した天界の大神-ゼウスは、使者の神-ヘルメスを地下に使わし、冥界の王-ハーデスに娘神-コレーを母のもとに帰すよう命じたのであった。

 こうして、母と娘は久々に再会し、おかげで地上の草木や作物は元のように豊かに実るようになったのだけれど、娘神-コレーはすでに冥界の食べ物を少し食べてしまっていたため、一年の三分の一ほどはまた地下の冥界に戻らねばならなかった。そのため、母神-デメテルは一年の三分の一ほどはまた深く哀しんで暮らすこととなったため、地上では春から夏にかけては草木や作物がよく育つのに、残る三分の一の季節=冬の間は草木や作物が実らず枯れてしまうのはこのせいなのだ、というお話しで、この縁起により、エレウシス(上関)はこの母娘二柱を祀る最大の聖地となっており、また神殿のすぐ傍にある洞窟は地下の冥界に通じているのだ、という由緒譚にもなっている。


 ……という訳なのだけれど、この「誰かにさらわれる」という筋書きは、ペルシャ人の高官に最愛の姉巫女あねみこをさらわれかねなかった私にとってはかなり身につまされる話で、劇の最中に思わず涙ぐんでしまったのは不覚であったのだけれど、これはプリュニコスの劇がよほど優れていたからに違いない、ということにしておこう。――



    役者(ヘルメスを演ず)

『滅びたる 者ども治めし 黒髪の ハーデース! 多くなる 客ども招きし 富める君 ハーデース! 地下深き かくも隔たる 隠れ家に 我ヘルメスが 訪ねたるは 父神ゼウスの 使いゆえ! その傍らの 踵も細き 娘神 コレーを帰せと 仰せらる! その姿をば 髪美しき 季節導く 母神の デーメーテールの目に 触れさせよ! 母神は さらわれしコレーを 探し求めて 怒り狂いて その果てに 地上のエレウシースに お隠れだ!』


    合唱隊コロス(デメテルを演ず)

『『『我こそは 誉れ高き デーメーテール! 不死身なる 神々にさえ すぐに死ぬ 人々にさえ 喜びと 助けを与える 豊穣の神! この手より 娘コレーを 奪うなら 大地より 全ての種を 奪ってやろう! 忌まわしく 辛きひととせ くれてやろう!』』』


    役者(ヘルメスを演ず)

『滅びたる 者ども治めし 黒髪の ハーデース! 多くなる 客ども招きし 富める君 ハーデース! かくて地上は 種が芽吹かず 家畜が育たず やがて人は 飢えて死に絶え 神々へ 祀るものをも 失うだろう! かくて天界は 不滅なる オリュンポスの 神々は 黒雲集め 稲妻光る 父神ゼウスは 母神に 豊穣の神 デーメーテールに 踵も細き 心賢い 娘神 コレーを帰すと 決められた!』


    合唱隊コロス(デメテルを演ず)

『『『我こそは 誉れ高き デーメーテール! 不死身なる 神々にさえ すぐに死ぬ 人々にさえ 喜びと 助けを与える 豊穣の神! この手より 娘コレーを 奪うなら 大地より 全ての種を 奪ってやろう! 忌まわしく 辛きひととせ くれてやろう!』』』





<その夜>



 ――昼間の劇の競演では前評判通り、『デメテルとコレー』を披露したプリュニコスが優勝者となり、日が暮れたあとの宴ではその祝勝会も兼ねて大いに盛り上がった。ちなみに、彼の演劇の後援者はヒッポニコスであったため、吉川カリアス家も当然出席して祝福を受けていた。なにしろ、演劇には高価な舞台衣装や様々な仮面が必要だし、合唱隊や役者の世話や練習場所の提供など、とかく費用がかかるため、それらを大判振舞する後援者の支えはなくてはならないものであるため、優勝の誉れは劇作家と並んで後援者にも等しく与えられる慣習なのである。

 そしてその客分である私たちも、この祝勝会の宴に招かれたという訳なのだけれど、そこには噂通り内外の有名人たちも大勢出席していた。――



    劇作家-プリュニコス

「やあやあ、これはこれはミレトス(柔①)のアリスタゴラスさん、お噂はかねがね伺っておりますよ。あの暴力的なまでに強大なペルシャ帝国に反乱をしかけるとは、あなたはなんと剛胆で男らしい方であろうか。その姿はまさに、神話の世界に出てくる神々や英雄のよう。劇作家の私といたしましては、ぜひともあなたを参考にした人物を劇に登場させてみたいものです。ご許可をいただけますか?

 いやー、それにしてもあなたはとても良い時に来られました。なにしろ、ちょうど劇の競演がやられてる時に居合わせたのですから。このアテナイ(山口)に来て、アッティカ(長州)名物の演劇を見ないで帰るなんていうのは、神社に参って頼み事せずに帰ってくるようなもんですからね。

 もちろん、世の中にはこの芸術をけなしやがる連中も居る。あの立法者-ソロンだって、悲劇の偉大なる先駆者-テスピスのことを『嘘をついて恥ずかしく無いのかね』と問い詰めたってんだから呆れるね。あんな頭が良いくせして、なんも解っちゃいねぇんだから。だってそうでしょ? 劇ってのは作り事を通してこの世の真実ってやつをむしろ鮮明に炙り出してんだ。人って奴は、たとえ住む場所が違っても、生まれが違っても、また時代が変わっても、悲しかったり嬉しかったりといった感情は似通ってるもんなんだ。だからこそ遥か昔の神話を舞台にしても、遥か遠くの異国を舞台にしても、人々は深く共感し、まるで自分の身に降り掛かった事のように悲しんだり喜んだり出来るんだ。これほど人々を熱狂的な共感に導き感動させられる劇のことを、『価値が無い』などとはいってぇどういう了見だ、って話ですよ!」

    弟子-アイスキュロス

「ちょっと先生、飲み過ぎです、その辺にしとかないとまた怒られますよ」

    劇作家-プリュニコス

「冷めること言うんじゃねぇよ、これは酒神の祭りだぞ? しこたま酔わねぇでどうする、破目を外さねぇでどうする、そんなんだからお前はつまらねぇ筋しか書けねぇんだぞ。もっと酔え、もっと破目外せ!

 ねぇミレトス(柔①)の旦那、アッティカ(長州)の劇って最高だったでしょ? 実はこいつもね、こんなつまらねぇこと言ってますが一応劇作家の端くれでね、アイスキュロスってんですけど、この春の大祭りで三人しか選ばれねぇ出品作家の一人に選ばれてましてね、ちょいと調子に乗ってやがんですよ。

 でもな、たかが一回選ばれたくれぇで勘違いすんじゃねぇぞ? 一回だけならマグレで誰にでも出場くれぇはできらぁな。けどそっから何回も選ばれて、そいで優勝も重ねて、ってなるとそれはもう本物にしか出来ねぇ領域だ。たゆまぬ努力と日頃からの観察、そいつを四六時中、何年何十年と続けてようやく一人前の出来上がりだ、この俺みたいにな。

 ですよねミレトス(柔①)の旦那? もしよかったら、こいつの劇を見に、春にまた来てくださいよ。春の大祭りはそれはもうポリスを挙げた盛大な祝祭ですからね、本丸之丘アクロポリスの麓に出来たあの新しい劇場に大勢集めてみんなで楽しむんです。今日とはまた比べ物にならねぇほどの大盛り上がりになること請け合いです。姉巫女さんも御一緒に、大勢で楽しみましょうや」



 ――やれやれ、残念ながら私たちはこれからペルシャ人と戦わねばならないので、春にまたここに来るというのはまぁ無理な話なのだけれど、でもたしかに、この「演劇」こそはアテナイ(山口)市の勃興を最も強く印象づけるもののように思う。

 彼らはこのようなことが大の得意だ、既にあるものを上手くまとめあげて派手な祝祭に仕立て上げる。演劇の起源は他所にあったはずなのに、今やアッティカ(長州)こそがその本場でありその発祥地であるかのような観を呈している。演劇だけではない、今やヘラス(大和)世界の流行の最先端の発信地としての地位は、わがミレトス(柔①)やイオニア(浦上)になり替わって、このアッティカ(長州)地方こそがそれを担いつつあるのは否めないところなのだから。

 たとえば、陶器の壷絵なんかに関してはすでに圧倒的な首位になっているし、青年像を中心とした彫刻なんかもそうなりつつある。なにしろ彼らの領土はとても恵まれていて、町のすぐ東に聳えるペンテリコン(十種ヶ峰)山からは美しい大理石を大量に産出するし、スニオン(下関)岬の近くではかなり純度の高い銀も掘り出せるというのだから。吉川カリアス家もその鉱脈の一つを任されていると言っていたが、もしももっと銀を増産できてそれを大量の貨幣にすることが可能であれば、アテナイ(山口)市がヘラス(大和)世界の経済的な中心地になることも夢ではないだろう。

 実際彼らが発行する貨幣は、表に女神アテナの横顔、裏に梟が刻印されているのだけれど、純度が非常に高いこともあってヘラス(大和)本土ではかなり重宝されつつあるようだ。ちなみにわがミレトス(柔①)市もリュディア地方の金属を取り寄せて貨幣を発行したこともあるのだけれど、自分たちの領内に産出しないものを大量に輸入して造るのではおのずと限界があった。


 このような観点からしても、彼らアテナイ(山口)市の国力はまだまだ伸びていくだろうし、すでにその片鱗をかなり見せてはいるのだけれど、その実力を真に発揮するのはやはりこれからのように思える。嘘だと思うなら一度ここに来て味わってみれば良い、右肩上がりの強い風がここには確かに唸りをあげて吹いているのだから。ある意味『斜陽の町』から来た者としては妬ましい限りなのだけれど、もちろん、イオニア(浦上)の反乱に成功すればわがミレトス(柔①)市もさらなる発展を見込めるだろうとは思うのだけれど、この若々しい力がみなぎるポリスの協力が得られれば、あのペルシャ帝国にさえ勝つことが出来るのではないかという希望を大いに抱かせてくれる、ここはそんなところだ。――



    詩人-シモニデス

「やあやあ、お久しぶりです、『イオニア(浦上)の華』とまで謳われしミレトス(柔①)の僭主・ヒスティアイオス殿の代理人ことアリスタゴラス殿。いやさ、今やイオニア(浦上)反乱同盟の首謀者となられしアリスタゴラス殿。まずは一杯、『 飲めや飲め~ この幸せに  飲めや飲め~ 不幸せでさえ  大いに飲め かつ大いに喰らえ  クジラのごとく 喰らい尽くそうではないか~! 』

 アッハッハ、貴殿はなかなか良い運勢の持ち主のようだ。イオニア(浦上)への援軍要請のため当地に来られたそうですが、これは本当に良い時に訪ねられた。というのも、このポリスはつい数年前に民主制に大改革されて以来、人々は成功に沸き立ち、誰もが日々を楽しくかつ輝かしく過ごしておるのです。そして自信に満ちあふれております。自分たちにはもっと偉大なことが、もっと凄い事が出来ると信じて疑わない。ゆえに、『イオニア(浦上)の同胞へ援軍を出すべし』との提案は、思いのほか安々と可決されることでしょうな、アリスタゴラス殿」

    詩人の甥-バキュリデス

「しかもちょうど折よく、アテナイ(山口)市は今、ペルシャ人と交戦状態に入っているのだからなおさらです。

 ちなみに何故そうなったかといえば、アテナイ(山口)市はかつてここを独裁していた多多良大内ペシストラトス家のヒッピアスを国外に追放したが、彼は自分の領地であったアジアのシゲイオン(松前)に逃れたあと、さらにサルディス城のペルシャ人のもとに駆け込み、異民族の力を頼るという禁じ手を使った。彼はサルディス城を守る総督・アルタプレネスやスーサの都に居るペルシャ人の大王・ダレイオスに、アテナイ(山口)人への悪口をあることないこと様々に吹き込み、ペルシャ軍がこのアッティカ(長州)地方に攻め込むよう誘導せんと執拗に画策しつつある、との確かな噂が、当のアテナイ(山口)市にも頻々と伝えられるようになった。

 大いに危惧したアテナイ(山口)人は使節団をサルディス城に送り、『ヒッピアスの戯れ言を真に受けぬよう』強く要請したのだが、サルディス城の総督・アルタプレネスは逆に、『ヒッピアスをアテナイ(山口)市の主の座に戻せ』と要求したという。すなわち、全くのやぶ蛇になったのであるが、このようなことをせっかく民主化したばかりのアテナイ(山口)市が飲めるはずもなく、『この要求は拒絶する』との返事をした」

    詩人-シモニデス

「アッハッハ、つまるところ、これはアテナイ(山口)市とペルシャ人とが既に交戦状態に入っていることを意味するのですな、アリスタゴラス殿。もちろん現時点では、アテナイ(山口)市とペルシャ帝国とが直に刃を交えているわけではないが、近い将来にそうなる可能性は十二分にあるわけで、ペルシャ軍がここまで攻め寄せてくる可能性も無いではないので、市民たちの間には『不遜なるペルシャ人にきつい先制攻撃でもくらわせて、奴らにおかしな気を起こさせないというのも悪い手ではない』と考える者も少なくない。

 だとすれば、まず二丸之丘アレオパゴスの元老院で『イオニア(浦上)への援軍』案の認可が通り、次いでそれを市民総会に提議してしまえば、一般大衆の市民たちの多くがこれに賛成票を投ずることはほぼ確実なのだから、あなたがたの目的は意図せずして問題無くかなうという訳ですな、アリスタゴラス殿」



 ――このシモニデスは、アッティカ(長州)地方のすぐ東の沖合に浮かぶケオス(宇久)島の出身であり、若い頃から詩人としての才能を頼りに各地を放浪したというかなりの有名人なのだけれど、叔父貴がいた頃のわがミレトス(柔①)にも現われたことが何度かあるので、私も一応顔見知りだったりする。

 優れた詩人というのは宴の席などで重宝されるもので、金持ちは多額の謝礼を出してでも招きたがるものなのだけれど、その中でもとりわけ金払いがいいのはやはり独裁者なのだろう。この男も、全盛期の頃のサモス(浦島)島を支配したポリュクラテスの邸に入り浸っていたというし、それが没落したあとはここアテナイ(山口)市に来たり、当時ここを独裁していた多多良大内ペイシストラトス家のヒッピアスのもとで、しばらく御機嫌取りをして過ごしていたらしい。そしてそのヒッピアスも数年前に国外追放されたあとは、北のテッサリア(加賀)地方の豪族・前田スコパス家に世話になっていたという。

 つまりこの詩人は、「憎き独裁者の友達であった」としてアテナイ(山口)人の多くから嫌われ遠ざけられていたのだけれど、それが最近、さすがにもう十年も前のこととて赦されたらしく、再びここアッティカ(長州)地方に戻ってこうしてアテナイ(山口)人の宴にも出入りしているという訳なのだ。


 ちなみに、私たちが世話になっている吉川カリアス家も、先代ほどではないにせよ独裁者嫌いのため、この詩人のことをあまり良くは思っていないようなのだけれど、とにもかくにも各地に友人知人がいる彼の情報網はなかなかに侮れない。特にアジアに去った多多良大内ペイシストラトス家のヒッピアスとはかつて昵懇の間柄であったのだから、あの元独裁者がペルシャ人に対してどのような工作をしているか等は、この詩人は他の者よりよほど詳しいに違いないのだから。

 そしてシモニデスがそれらアジアの裏情報をアッティカ(長州)の人々に事あるごとに伝え、それが彼らのペルシャ人に対する敵愾心を煽るのに一役買っているというのであれば、なるほど彼はアテナイ(山口)市の世論についてはかなり正確に把握できているのだろう。だとすれば彼の言うとおり、アテナイ(山口)市からの援軍を得るのに今は本当に、絶好の機会であるのかもしれず、思わず気を緩めてしまいそうになるのだけれど、――



    詩人-シモニデス

「アリスタゴラス殿、『成功』の秘訣とはつまるところ『運』ですぞ。どれほど勇敢で、どれほど努力しようとも運が悪ければ、何事をも成し遂げられない。逆にどれほど臆病で、どれほど怠け者でも運さえ良ければ、何事をか成し遂げられることもある。良い波に乗れば無理に漕がずとも向こう岸に着くし、良い風が吹けば破れた帆でもグイグイと前へ進む。

 アッハッハ、つまるところ、何が言いたいかと言えば、『 飲めや飲め~ この幸せに  飲めや飲め~ 不幸せでさえ  大いに飲め かつ大いに喰らえ  クジラのごとく 喰らい尽くそうではないか~! 』」

    同席者たち

『『『 飲めや飲め~ この幸せに  飲めや飲め~ 不幸せでさえ  大いに飲め かつ大いに喰らえ  クジラのごとく 喰らい尽くそうではないか~! 』』』



※ 文中に出て来る古代ギリシャの地名に日本の地名等を併記させていますが、これは古代ギリシャの地名に馴染みがない方向けに日本の似ていると思われる地名等を添付してみただけのもの(例:「アテナイ(山口)市」「スパルタ(鹿児島)市」など)ですので、それが必要ない方は無視していただいて問題ありません。

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