・第二幕「援軍」その4(後)
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<O-277(紀元前499/8)年><冬><スパルタ(鹿児島)市><王の邸にて>
王の甥-パウサニアス
「伯父さん、ご機嫌麗しく! わが父・クレオンブロトスより、この者どもを王にしかと取り次ぐよう仰せつかりました。わが父の顔に免じ、面会拒絶だけは決してなさりませぬようお願いします!」
スパルタ王a-クレオメネス
「おお、パウサニアスか! 相変わらず利発で可愛らしか顔ばしておるったい。こげんか甥っ子の頼みちあらば、無下に断ることもできんばい。会うだけは会うてやろう、そのイオニア(浦上)人に目通りば許す」
王の甥-パウサニアス
「わあ、ありがとう伯父さん!」
――私たちイオニア(浦上)人の目からすると、スパルタ(鹿児島)人の住まいは全般的にかなり質素であり、それは王の邸も似たようなものだったのだけれど、そんなことはどうでも良い。とにかく今は脇目もふらず王を説得するのみだ。――
主役-アリスタゴラス
「お忙しい中、お目通りいただき誠にありがとうございます、クレオメネス王。おいとまする前に、どうしても言い残すことがございましたので、かような嘆願者として参上いたしました。なにしろ、はるばるこちらへ訪ねて参りましたに、王の前では二言三言しゃべるのみでしたから。これでは、王に対して大変礼を欠いておりますので、クレオンブロトス殿に無理を言いまして――」
王の一人娘-ゴルゴ
「やれやれ、相変わらず話が間延びしておるのう、イオニア(浦上)人は」
主役-アリスタゴラス
「ん? ゴルゴ姫?」
王の一人娘-ゴルゴ
「父上、イオニア(浦上)人と話ばすすコツは、こぎゃん風に冒頭に釘ば刺しておくことです。さすれば、そん口の開きも程よくなりましょう」
スパルタ王a-クレオメネス
「ワッハッハ、さすがは我が娘、ほんに賢か助言ばい! ――聞いたかイオニア(浦上)人よ、話ん長さはその十分の一で良か」
主役-アリスタゴラス
「お、恐れながら王よ、なるべく無駄話せぬことはしかと心得ましたが、私はこれより、同胞たちの生命と財産と未来を救うための真剣なるお話をさせていただくつもりでおります。イオニア(浦上)人の自由と独立がこれにかかっているのです。差し出がましい申し出かもしれませぬが、どうか大人の事情が解らぬお方は、この場よりご遠慮していただきたいのですが」
王の一人娘-ゴルゴ
「カツカツカツ、そうきたか、ミレトス(柔①)の嘆願者よ、こん我を子供扱いするとは良か度胸ばい。されどここは我の家ぞ、わが意志に反して無理に出て行けち言うのであれば、我は自由と独立ば掲げてそなたに徹底的に歯向こうてやろう」
主役-アリスタゴラス
「ですから、これは冗談ではないと申し上げているのです! イオニア(浦上)地方に数多ある市の破滅が、もうすぐ目の前にまで迫っているのです! 事の重大さが理解できないのであれば、せめて席を外すぐらいの気遣いは見せて然るべきでしょう、子供扱いするなというのであれば」
王の一人娘-ゴルゴ
「ほう、『気遣い』と申すか? ならば、久しぶりに親子水入らずで団らんばしておるわが家に押し掛け、親から子をば引きはがそうとするそなたのそれは、一体なんと呼ぶのであろうな?」
主役-アリスタゴラス
「?――そっそれは申し訳ありませんでした、知らぬこととはいえ、親子の団らんを乱してしまったのはよろしくないことでした。しかしながら、こちらの抜き差しならぬ事情も多少は慮りいただければ幸いです。故郷では本当に、いつペルシャ人が襲ってくるやもしれぬ非常事態なのです。一刻も早く故郷に吉報を持ち帰ってやらねばならないのです。姫さま、どうかクレオメネス王と、気が散らぬ対話をさせていただきたいのです」
王の一人娘-ゴルゴ
「やれやれ、相変わらず身勝手な男じゃ。おのれは女連れの分際でありながら、この我にだけ立ち去れち言うとや?」
主役-アリスタゴラス
「いっ、いえいえ、彼女はただの女ではありません、由緒正しき卜部家の娘であり、つい先頃まではディデュマ(浦神)で神託の巫女を勤めていた者です。そのため、まつり事には大変精通しており、王に有益なる助言を必ずやお渡しできると確信しておりますゆえ、かように同道させていただいたまでのこと。ただの愛人を連れて来たというのであれば、それは勘違いをされていると言わざるを得ません」
王の一人娘-ゴルゴ
「ミレトス(柔①)人よ、先ほどから論理が破綻しておるぞ。ただの女でなければ構わんと言うとであれば、このゴルゴこそただ者にあらず。違いますか、父上?」
スパルタ王a-クレオメネス
「違わぬ。そなたはわが娘であると同時に、わが最良の助言者である。――子供が邪魔をする、大人の事情が解らぬ、気遣いが出来ぬ、不真面目、ことごとく的外れな濡れ衣ばい。それを証拠に、つい先ほども優れた助言ば我にくれた。『イオニア(柔)人の話は無駄に長かけん頭に釘ばさせ』と。ゆえに、我はそなたに『話ば十分の一にせよ』と命じた。しかしそなたは相変わらずゆえ、無駄話のためすでに貴重な時間ばいかほど費やしたか。そなたと我の会見の残り時間はあといかほどになったであろうか?」
主役-アリスタゴラス
「あ、……。」
スパルタ王a-クレオメネス
「ミレトス(柔①)人よ、わが優秀なる助言者のことは気にせず話ば進めよ。なんが言いたいかは予想つくばってんが」
主役-アリスタゴラス
「――か、かしこまりました。それでは、お子さんの前では憚られる類いの話もございますが、これよりイオニア(浦上)人を代表して、クレオメネス王に嘆願を述べさせていただきます。
さて、我がミレトス(柔①)市を筆頭とするイオニア(浦上)地方の諸市は、今をさかのぼること五百年ほど前に、かの地へと渡り各々の町を創建し、その後長らく自由と独立を謳歌いたしておりました。……」
――ゴルゴ姫の排除には失敗したのだけれど、とにもかくにも王から話す許可を得た私は、ここぞとばかり力の限り口を動かし舌を回し、イオニア(浦上)人への理解と同情を王の脳裏に植え付け、かの地へ援軍を送ることに同意してもらえるよう死ぬ気で説得を試みた。イオニア(浦上)人がいかに自由と独立を欲しているか、ペルシャ人はそれをどのようにして押さえつけようとしているか、それに対抗していかに戦おうと考えているか、等を一から事細かにただしなるべく簡潔に説明し、もしもこれにクレオメネス王率いるスパルタ(鹿児島)軍、及びペロポネソス(九州)同盟軍が加わったならどのような展開になるであろうかということを、王の名誉心を大いにくすぐるような形に編集して物語ったのである。そしてそれは、大の戦争好きとされるクレオメネス王の好奇心を大いに掻き立てるはずのものでもあった。
その上で、もしもペルシャ軍を追い崩して、彼らの支配している領土をわが手に入れたならどれほど莫大な金品が皆の懐に入るのか、その具体的な数字なども駆使して、まるで夢のような破格の利益をありありと想像できるように仕向けた――のだけれど、王の反応は私が想定していたようなものではまるで無く、というより相変わらずごく薄い反応のままであった。
これをラコニア(薩摩)人特有の裏腹な態度ととるべきか、それとも本当に興味が無いと判断すべきは難しいところであったのだけれど、私自身は自分の演説にかなり手応えを感じていたため、前者であることを期待して、最後の一押しを試みることにした。最後の手、奥の手、意外に質素な暮らしをしているクレオメネス王を個人的に喜ばせる現金……つまり『賄賂』である。――
「……以上のことをよくよくご理解いただいた上で、スパルタ(鹿児島)市の首脳陣に強く働きかけ、イオニア(浦上)地方への出陣案を長老議会に通していただけるのでしたら、我々は深い感謝の意を表するためにも、クレオメネス王に具体的な誠意をお渡しいたしますことをお約束させていただきます。すなわち、こちらのギュティオン(加世田)の港に停泊しておりますわが船にはミレトス(柔①)から持参いたしましたなけなしの現金がございますが、それより謝礼金として十タラントンを差し出させていただきます。こちらの価値でいかほどになるかはわかりませぬが、少なくともわがイオニア(浦上)のほうでは最新型の軍船を軽く十艘は買えるほどの金額でございます」
スパルタ王a-クレオメネス
「――十タラントンか。――ばってん、こん国では金銭の流通ば禁止しおる。あまり使い道も無か」
主役-アリスタゴラス
「なるほど、それでしたら妙案がございます。たとえばこの金額をディデュマ(浦神)の神殿にそのまま預けておき、王がイオニア(浦上)へ行かれる際にはこれを引き出して自由にお使いになるという形になさればよろしいのです。かの神殿はわがミレトス(柔①)市の領内にございますので、我々が責任を持ってきっちり管理させていただきますし、他のスパルタ(鹿児島)人に知られてマズいというのであれば秘密裏に保管させていただくことももちろん可能です」
スパルタ王a-クレオメネス
「――ディデュマ(浦神)の神殿か。――デルポイ(奈良)と同じく、アポロンのお告げばいただける場であったな?」
主役-アリスタゴラス
「はい、他でもないこの者は、先ほど申しましたとおりその『神託の巫女』としてつい先頃までお告げをいただいておりました。もしも王が、なにごとか政治的に重要な案件で神託を得たいというような事がありましたら、この女を通じて優先的に王の御心にかなう文言が得られますよう神様にお願いすることもできましょう」
スパルタ王a-クレオメネス
「――それは、神託の内容ば操れるち言うておるとや?」
主役-アリスタゴラス
「王よ、恐れながらそのように直接的な表現はさすがにお控えを。私が申しておりますのは、お告げというものはまず巫女を通していただくものであり、巫女の仲立ちのいかんによっては神様のご機嫌も変わってこようというものなのです。優れた巫女であれば、すでに大いに神様に気に入られているために、質問者が何を聞きたいか、何を望んでいるかを聞き届けていただきやすくなり、しかるゆえに自ずとその文言も親身な優しいものとなります。仮に王がディデュマ(浦神)に多額の金銭を預けられた上で、さらに卜部家の神官や優れた巫女とご親密であられたならば、神様のお告げも自然とご機嫌麗しいものとなりましょうという訳です」
スパルタ王a-クレオメネス
「――なるほど、それは思わぬ裏事情ば知ってしまった」
主役-アリスタゴラス
「どうやら、ご興味がおありのようですね。それでしたら、まず試しに『今回のイオニア(浦上)の反乱にスパルタ(鹿児島)市が援軍を出したならば、どのような結果に至るか』という質問をディデュマ(浦神)にされてみてはいかがでしょう。きっと望まれるような答えがいただけることでしょう、クレオメネス王がペロポネソス(九州)の軍勢を率いてイオニア(浦上)地方に出陣されることをスパルタ(鹿児島)市の長老たちも同意せざるを得ないような文言が。
もちろん、神様のお告げがどのようなものになるか、その正確なところまで、ただ人であるこの私にわかるはずもございませんが、今後ディデュマ(浦神)の神殿を大切にされる旨を王が表明されましたならば、これ以降もきっと色良い返事がいただけましょう。
なんでしたら、我々ミレトス(柔①)人が肩代わりして王の名前でディデュマ(浦神)の神域に新たな宝物庫を建てて差し上げても構いません。そしてそこに先ほどの現金やペルシャ軍から奪う莫大な戦利品等を預けておきますれば、王は国外では、特にイオニア(浦上)方面に行く際には金銭で不自由することは全く無くなりましょう」
スパルタ王a-クレオメネス
「――ふ~む、……」
――これはいけるか? もう一押しか?――
主役-アリスタゴラス
「……もしもクレオメネス王が、スパルタ(鹿児島)軍を率いてイオニア(浦上)に出陣していたでけたのでしたら、戦いの結果に関わらず、わがミレトス(柔①)市の国庫からさらに四十タラントン、いえ五十タラントンを王に、個人的に差し上げることをもお約束いたします! もちろん他のスパルタ(鹿児島)人には決してバレぬよう完全に隠蔽しますし、神殿の金庫でしたらそれが発覚する恐れも全くありません!
王よ、これが現時点における我々の精一杯の誠意です。事の重大さに比べれば端金かもしれませぬが、どうか、哀れなる我々をお救いください! どうか、この通りでございます!」
スパルタ王a-クレオメネス
「――ふ~む、……」
――どうだっ!? 奥の手を切ったが、脈ありかっ!? と、クレオメネス王の表情を私はおそるおそる伺ったのだけれど、それを遮るようにして、まだ幼さの残る声が聞えて来た。――
王の一人娘-ゴルゴ
「父上、そろそろ席ば立たれたほうがよろしいかと。そうでないと、父上が外人に買い取られてしまいます」
主役-アリスタゴラス
「なっ何を!!」
王の一人娘-ゴルゴ
「——父王は、このスパルタ(鹿児島)を、ラコニア(薩摩)を、メッセニア(大隅)を、ペロポネソス(九州)を、そして全ヘラス(大和)を統べられるほどのお方。そのような額で買い取られるほど安くはありませぬ。そもそも国の行く末を、そのようなもので左右されてはなりませぬ」
スパルタ王a-クレオメネス
「ワッハッハ、安心せよ、我は金銭で動かせるほど軽か心ばしておらん。——とはいえ、五十タラントンもあれば、そなたの欲しかもんばなんでん与えてやることも出来るばってんが」
王の一人娘-ゴルゴ
「父上、わらわの欲しかもんは優れた体とです。もっと力強くて、もっと早う走れて、丈夫な子供ば犬のように産める体とです。軟弱な男からいくら大量の子種ばもろうても無意味なごとく、軟弱な男からいくら大量の金銭ばもろうても何も産まれませぬ。戦いち言うもんは、究竟な男と肩ば並べてこそ、どんな敵にでんぶつかってゆけるもの。軟弱な男ばそこに加えてはかえって穴となり、負け戦さば産むのみ。ゆえに、同盟相手はよくよく吟味せねばなりませぬ」
スパルタ王a-クレオメネス
「なるほど、軟弱なイオニア(浦上)人と同盟ば結ぶとは、危険であると」
主役-アリスタゴラス
「!! そっそれは聞き捨てなりませんな! 何を根拠に私のことを、いや我々のことを軟弱だと決めつけるのでしょうか? 我らイオニア(浦上)人は、あのその名を聞いただけで相手を震え上がらせるほどのペルシャ人相手に、断固として反旗を翻し、破滅する危険をもかえりみず、自由と独立のために立ち上がったのです! これを勇気と呼ばずして他の何を勇気と呼ぶのか? スパルタ(鹿児島)人は、我々のことよりも自らの評判のほうを気にかけられたほうがよい。あなた方の同胞が藁をもすがるような切実さで援軍を要請しているのに、それに嘲笑をくれるのみで、これっぽっちも手を差し伸べようとしない。なにがヘラス(大和)民族の盟主か、何が最大最強の市か、その名が聞いて呆れるぞ! ――と思う者が出て来ないとも限りませんぞ? 私はもちろんそうは思いません。あなた方スパルタ(鹿児島)人は、勇気にあふれ、同胞の苦境を決して見捨てない。誰よりも男気を重んじ、味方を見捨てるような不名誉を何よりも嫌うと。味方を見捨てるのは、自分の持ち場を放棄して戦線を崩壊させる最悪の臆病者と全く同じであると!」
王の一人娘-ゴルゴ
「――やれやれ、そこなミレトス(柔①)人よ、そなたは市場の物売りんごとく御託ば並べるとが大好きであるな。ならば、せっかく遠方よりお越しなのだから、二つ三つ喧嘩ば買うてやろう。
まず第一に、そなたらは援軍ば要請しておるが、そもそもの心構えとして、ハナからペルシャ人に勝つ気が無かげに見ゆる。成り行きであるのか、他の事情があるのかまでは知らぬが、とにかく反乱ば起こすとが目的で、そん先の勝利は大して考えておらぬように我には見ゆるぞ」
主役-アリスタゴラス
「なっなにを根拠に、そのようなことを!」
王の一人娘-ゴルゴ
「イオニア(浦上)人よ、さように一々図星ばつかれたとて慌てるのをやめよ。ばってん安堵せよ、これはただの直感じゃ。ただし我の直感は九割がた当るのだがな」
主役-アリスタゴラス
「九割!?」
スパルタ王a-クレオメネス
「ワッハッハ、偽りでん無かぞ、ミレトス(柔①)からの客よ。我がゴルゴば同席させておるのも、これを期待してのことたい」
主役-アリスタゴラス
「……」
王の一人娘-ゴルゴ
「第二に、先ほど『ディデュマ(浦神)の神託をば、恣に動かせる』ち意味のことば述べておったが、説得の材料としてはむしろ逆効果ぞ。恐れ多き神託を愚かな人間が好きに操るなど信じたくも無かばってんが、仮にそれが本当だとして、おいそれとそれに乗ってしまえば、こちらも弱みば握らるることになる。そなたらに『神託を買収した』などと言いふらされては政治生命ば断たれかねぬゆえな。
加えて、わがスパルタ(鹿児島)市はデルポイ(奈良)の神託をば尊重するが、ディデュマ(浦神)の神託をば伺う慣習は無か。父王が急に『ディデュマ(浦神)に伺いば立てよう』ち言い出し、そんお告げがイオニア(浦上)人にとって都合の良かもんであったなら、それは当然イオニア(浦上)人に忖度してそのような文言にしたのであろうと疑うしか他に無く、信憑性もなんもあったもんでは無か。
こん程度のことも気づかぬとは、『貧すれば鈍する』とは良く言ったものばい」
主役-アリスタゴラス
「……」
王の一人娘-ゴルゴ
「第三は、そなたのそん軽率さじゃ。我の助言ば忘れたとや? 『賢者の道ば聞き唱えても、それを我が行いにせずば甲斐なし』、スパルタ(鹿児島)人を味方にしたくばそれを実行せよと。そなたはおのが座右の銘を『舌が口よりも先立たぬこと』などと称しておったが、それをおのが行いにはせなんだ。助言を『胸にしかと切り刻む』などとくだらん調子で嘯いておったが、やはり口だけであったと証明された。
そもそもが、そん格言はラコニア(薩摩)出身のキロンの言葉であろうが、キロンは監督官の筆頭として監督官の権限をば強化し王族の力ば削いだ者ぞ? そん言葉を出せばラコニア(薩摩)人は皆喜ぶであろうと愚かにも思うたのであろうが、王族に対しては逆効果であったな。つまりそなたは幾重にも抜かったのじゃ」
主役-アリスタゴラス
「……」
王の一人娘-ゴルゴ
「同盟相手とは、互いの命ば預ける大切なものぞ、口だけの者に預けられようか。
父上、わらわは四日ほど前、この者らと会うております、しばし言葉も交わしました。値踏みばさせていただくとなら、この者はペルシャ人を相手に出来るほどん肝っ玉は持ち合わせておらぬように見受けました。イオニア(浦上)人ば率いてペルシャ人と戦い続けらるるほどん器にはあらずと見受けました。この者は、調子ん良か時には、口も滑らかに、頼もしく見えましょうが、調子が崩れるやいなや、口ば滑らし、情けなか姿ばさらすことになりましょう。ゆえに同盟ば結べば、味方を泥沼に引き入れることとなる。
そもそもこの者は、ペルシャ人に勝つち思うておらぬように見えます。ならば、負け戦さにつき合わさるるとは迷惑なだけ」
スパルタ王a-クレオメネス
「ふむ、ふむ」
主役-アリスタゴラス
「……」
王の一人娘-ゴルゴ
「――ときに卜部家の女とやら、そなたは『神託の巫女』ばやっておられたち言うておったが、もしもそれが偽りで無かとなら、この者の先行きばすでに予言で察しておるのでは無いか? ならば、同盟を持ちかける相手にはそれば知る権利があるように思うが、いかに?」
姉巫女
「――残念ながら、この身には未来を見通すほどの力は御座いません。されど、巫女を引退する間際に授かりしお告げによれば、『この者は、只人にあらず、ミレトスよ、イオニアよ、汝は導かれよう、苦しみの末に、かの光へと』と出たのです。これを解釈いたしますれば、彼の導きにより我々は自由と独立を取り戻すとなりましょう」
王の一人娘-ゴルゴ
「クツクツクツ、それはずいぶん面白味ん無か神託であるのう、看板に偽りありか?」
姉巫女
「――ゴルゴ姫、そう言うあなた様には、未来が見通せるのですか?」
王の一人娘-ゴルゴ
「さて、それはどうだかの。多少勘は鋭かばってんが、本物の巫女や神官ほど当てることはかなわんしな。ただし、既に述べたかもしれぬが、我は表情を嗅げば、その者ん心の内をばある程度は知ることが出来る。そなたがそん神託をば授こうたのは本当のようであるが、ばってんその解釈については……まあ良か、ここでは触れずにおこう。
いずれにせよ、我が予想するに、そなたらの反乱は数年ば待たずして終りを迎えよう、おそらくはミレトス(柔①)の滅亡という形で。その最大の敗因は、首謀者の器量じゃな」
主役-アリスタゴラス
「——さっ先ほどから黙って聞いていれば、子供に何がわかりますか? 知った風なことを!」
王の一人娘-ゴルゴ
「やれやれ、イオニア(浦上)の男よ、人を年齢で侮るで無か。『人を見た目で侮るなかれ』と申す者がおるが、人を見た目で判断するのは悪く無かぞ。中身というは自ずと表に現れるものじゃからな。ばってん年齢はなんも関係なかぞ。我のように十歳未満でも大人顔負けの筋肉ば身につけておる者もおる。かたや男盛りの三十歳代にも関わらずすぐに脚ば吊って数歩も走れん者がおる。力比べばして年上が必ず勝つとも限らんであろう。
同じく、『羊の皮を被った狼』なる言葉があるが、しょせん世の大概は『羊の皮を被った羊』ぞ。そなたはさしずめ、『羊の皮を被った狼と騙るただの羊』ばい」
主役-アリスタゴラス
「くっ、……」
王の一人娘-ゴルゴ
「カツカツカツ、文句があるとなら、おのが信念ば貫徹してみせよ。『舌が心より先立たぬこと』ば信条としておるなら、意地でんそれば守り通してみせよ、話はそれからたい。まあ正確に言えば、そなたは今回に限っては『心が舌より先だっておった』かもしれん。あまりに援軍が欲しかけん、あまりにそうせねばち思うあまり、言葉が少々うわずっておったのが残念であったな。
いずれにせよ、ここらで結論ば言い渡す。そなたはスパルタ(鹿児島)人ば騙すことを試み、当人たちですら勝てると思うておらぬ負け戦に巻き込もうとしたが、わが父王をば騙すほどの舌は持ち合わせておらなかったということじゃ。そしてこのゴルゴを、無力な子供と侮ったがこたびの最大の敗因だと知れ」
主役-アリスタゴラス
「……」
――かくして、クレオメネス王とゴルゴ姫は別室へ去り、ぐうの音も出ない私たちはただただそれを見送るしかなく、やがて王の邸を辞してスパルタ(鹿児島)を去ったのであった。――
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<第二幕おわり、第三幕へ>
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※ 文中に出て来る古代ギリシャの地名に日本の地名等を併記させていますが、これは古代ギリシャの地名に馴染みがない方向けに日本の似ていると思われる地名等を添付してみただけのもの(例:「アテナイ(山口)市」「スパルタ(鹿児島)市」など)ですので、それが必要ない方は無視していただいて問題ありません。




