・第二幕「援軍」その4(前)
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<O-277(紀元前499/8)年><冬><スパルタ(鹿児島)市><本丸之丘の上にて>
――いよいよ三日後の約束の日、運命の日、迎えに来た監督官に連れられ、私は再び本丸之丘に登ってクレオメネス王をはじめとするスパルタ(鹿児島)市の重鎮の方々の前に立った。重鎮の方々というのは、二人の王を含む長老三十名に監督官五名を加えた例の面々で、スパルタ(鹿児島)市の運営は彼らによって決まる。彼らをここで説得できればそれはスパルタ(鹿児島)市を口説き落としたのと同じことになる。
前回はこちらがほぼ一方的に話しかけただけだったのだけれど、今回は様々な突っ込んだ質問をされるに違いないので、私は姉巫女とともにあらゆる質問を想定し、その効果的な返答案を練って来た。彼らをペルシャ人との戦いに巻き込めるか否かは、全てこの時にかかっているのだから。
私は前回以上に緊張の面持ちで、彼らが言葉を発するのを待っていた。――
スパルタ王a-クレオメネス
「――ミレトス(柔①)の客人よ、イオニア(浦上)の海岸を発ち、ペルシャ人の都ば見るとは何日目か?――」
主役-アリスタゴラス
「はい、その件に関しましては、前回申しました通り、我がイオニア(浦上)地方からスーサの都に至るまでにはリュディア人、プリュギア人、カッパドキア人、キリキア人、カリュドコイ人の暮らす国々を通り抜けていくことになりますので、一日あたり百五十スタディオンづつを進むと計算すれば、おおよそ九十日を要します。けれどご安心を、この道のりはペルシャ人によってきれいに整えられているのに加え、道沿いには数多くの立派な宿泊所もございますゆえ、全く迷うことなく快適に突き進んで行くことができます。
これをより詳しく説明いたしますならば――」
スパルタ王a-クレオメネス
「もう良か。ミレトス(柔①)の客人よ、陽の沈む前にスパルタ(鹿児島)から去ることを命ず。汝は我らを、海から三月もかかるところへ引っ張ってゆこうという考えのようだが、そげんか話は、スパルタ(鹿児島)人にとってとても受け入れらるることでは無か。
皆の者、解散ばせよ、我も家に帰る」
主役-アリスタゴラス
「っ!? ちょっ、しっしばしお待ちを! 王よ、まだ質問に一つしか答えておりません! これほど重要な事案の結論を出すにはあまりに早過ぎませんか!? せめてもう二つ三つはご質問なされてから決定されてしかるべきかと!」
監督官の筆頭
「ミレトス(柔①)市のアリスタゴラス氏よ、これは王の独断にあらず、スパルタ(鹿児島)市の総意である。三日の猶予ば認めるが、それを過ぎてなお我が国内に留まっているとならば、強制的に国外追放ばすることになるけん、お気をつけられたい」
主役-アリスタゴラス
「くっ!……」
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――巨大な鈍器で殴られたかのように頭の中が真っ白になった私は、呆然とした顔のままようやく本丸之丘をおりると、水の中をフラフラ漂うように姉巫女の待つ邸に戻ったのであった。――
<O-277(紀元前499/8)年><冬><スパルタ(鹿児島)市><王の弟の邸にて>
姉巫女
「こなた様、どうなされました? お顔が真っ青です!」
主役-アリスタゴラス
「すまない、本当にすまないのだけれど、私は失敗したようです。イオニア(浦上)からペルシャの都までの日数を三ヶ月と馬鹿正直に答えてしまった、なぜそんなことを真っ正直に答えてしまったのだろう? ひと月ぐらいとでも答えてとにかく彼らを引っ張り出すのを優先すべきだったのではないか? それとももっと短くか? 十日ぐらいが良かったのか? ああ、せっかくここまで慎重に言葉を積み重ねてきたというのに、なぜ肝心なところで雑にしてしまったのか!?」
姉巫女
「ずいぶんお帰りが早いと思いましたら、彼らが日数を知っていきなり拒絶されたというわけでしょうか?」
主役-アリスタゴラス
「そうです! クレオメネス王の最初の質問がそれで、そうして私は練りに練った回答を繰り出そうと徐々に口の回転を早めつつあったところで突然、王は話を遮ったのです! しかも『これで会議は終わりだ』と、『我は家に帰る』とだけ言い残して、取りつく島も無くすぐに立ち去られたのです!」
姉巫女
「それはつまり、王のご機嫌を損ねたために破談になったということなのでしょうか?」
主役-アリスタゴラス
「それはわからない、けれど監督官は『これは王の独断ではなく、スパルタ(鹿児島)市の総意である』と言っていた。だとすれば、今日の会談を前に既に断るという決断をくだしていたのかもしれない。クレオンブロトス殿は上手くいきそうだと述べておられたのに、あれもこちらを油断させるための偽りだったのだろうか?
ああ、不実で融通のきかないラコニア(薩摩)人よ、せめてこちらの言い分をもっと聞いてから判断すれば良いものを! イオニア(浦上)地方の情報を、ペルシャ人の内情を、この私以上に把握している者は他におらぬというのに、それを少しも聞き出しもしないまま、いったい何を正確に判断できるというのか!?」
姉巫女
「――これは、なんということでしょう……」
主役-アリスタゴラス
「とにかく我々は、『スパルタ(鹿児島)を早く立ち去れ』と言われてしまったのです、『三日以内にラコニア(薩摩)から出て行け』と。それに違反すれば何をされるかわかったものではない、すぐに帰り支度をしなくては、君も早く荷物をまとめてくれ」
姉巫女
「……こなた様、諦めるのは今しばらくお待ちを! こなた様はクレオメネス王の弟君・クレオンブロトス様と盟友関係を結ばれました。せめて、かのお方を頼られて、クレオメネス王とほんの少しだけでもお話ししていただけるよう、取り次いでいただくべきです!」
主役-アリスタゴラス
「……」
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王の異母弟b-クレオンブロトス
「おお、アリスタゴラス殿、こたびは残念な結果となり心中ばお察しいたす。ついてはギュティオン(加世田)の港まで、わが家の者がしかと護衛いたすゆえ、ご安心ばめされよ」
主役-アリスタゴラス
「クレオンブロトス殿もお人が悪い! クレオメネス王とスパルタ(鹿児島)市の方針がすでに決しておられたのなら、あらかじめそのように申してくれておればこちらももう少しなんとかなったかもしれませぬのに。それを、知らぬ振りをして空しい助言などくれるなど、こっけいにも程がありましょう!」
王の異母弟b-クレオンブロトス
「しばし待たれよ! 思い通りにならぬからとて取り乱すでない、誤解を基に他人ば詰るでない。我は三十才になりようやく民会への出席が認められたばかり、長老議員三十名の一員ではなく、ただ王の弟というだけの身分ぞ、残念ながら市の決定に影響ば及ぼしうる立場には無か。また、兄王の腹の内を知りうる立場にも無か。腹違いの弟ゆえ、我は真に心許された者では無かけんな。ゆえに、兄王のお考えを少々読み違えたことについては遺憾に思うが、ばってん兄王がいくらイオニア(浦上)に出陣したかち考えておられたとしても、他の者どもが強く反対ばするとなら、無理押しできぬこともある」
主役-アリスタゴラス
「これは不可解なことをおっしゃる! 尚武のスパルタ(鹿児島)人が、イオニア(浦上)の同胞を異民族の隷従から救おうと王が提案しているにも関わらずこぞって反対するというのはとうてい信じられません。クレオメネス王が本当に主戦論者であるならば、なぜ会見で私にもっと答えさせて、他の議員たちの反対を撤回させるように試みなかったのですか? それは王自身もあまり賛成しておられぬからではないのですか? スパルタ(鹿児島)市は軍事に関しては王の権限が大きいと聞きます、外征では必ず王が軍の総指揮権を握るといいます、少なくとも王の親衛隊は議会の承認を経ずに自由に動かせるとも聞いております」
王の異母弟b-クレオンブロトス
「やれやれ、それは数年ほど前までの話たい。兄王はアッティカ(長州)の内政に強引に介入し、ペロポネソス(九州)同盟の諸市から大軍ば動員したにも関わらず、アテナイ(山口)市単独の軍をば攻めきれず、味方に深刻な不和ば招いて不名誉な撤退ば余儀なくされたと。それ以来、兄王の独断に対しては厳しい目が向けらるることとなり、五人の監督官だけならばともかく、もう一人の王であるデマラトス殿も兄王のなさることにはいちいち反対の立場ばとらるるゆえ、遺憾ながら、王の意向だけでは何事もままならぬのが現状たい」
主役-アリスタゴラス
「そっそのような事情を、今さら、知らされましたとて、……」
王の異母弟b-クレオンブロトス
「今回は折が悪かったと諦められよ、されど次回は折り合いが良くなるやもしれぬ。さすれば兄王も、ご自分の意見ば通さるるため他の長老や監督官どもば黙らせ、『イオニア(浦上)へ援軍を差し向ける』という決議をば、得らるることもあろうて」
主役-アリスタゴラス
「――しかし、それではもう、手遅れに、……」
姉巫女
「――恐れながらクレオンブロトス様、この身が小耳に挟みましたところ、クレオメネス王はデルポイ(奈良)にひんぱんに使いを送られ、光り輝く神-アポロン様のお告げをしばしばお求めになられておるとか。その内訳は、『軍事行動の正否、およびそれによって数年前の傷を癒せるか否か』との問いであると。つまるところ、クレオメネス王は数年前の失敗を取り返すため、華々しい勝利を渇望しておらるるようにお見受けいたします。さあらば、同胞の窮地を救ってあのペルシャ人に大勝利を納めるというは、これ以上ないほどの願ったり叶ったりの良き晴れ舞台になるはず。その絶好の誘い水が目の前にやって来たというに、クレオメネス王が未練も無く拒絶するとは思えませぬ。しからば、あと一押しすれば動かせる山なのではないでしょうか?」
王の異母弟b-クレオンブロトス
「ほう、さすがは卜部家の女、事情通であるな、デルポイ(奈良)の裏ん情報にもよくよく通じておらるるようばい。たしかに兄王は、なんらかの軍事行動で花々しか成功ば納めることによって、過去の失敗をぬぐい去ることば狙うておらるるようだ。あんうるさか五人の監督官ば黙らせ、もう一人の王の発言権も大幅に失わせるほどの圧倒的な大勝利によって。
ばってんそれは、我らのすぐ傍でせからしか敵対行動ば続けておるアルゴス(佐賀)市の打倒を想定してのことぞ。それば捨て置いて、エーゲ海の向こうの良く知らぬ異民族と戦うほどん事は、さすがに不確定要素に過ぎ、想定ばされておられぬというであろう」
姉巫女
「恐れながら、それは異な事を申されます、クレオンブロトス様は先ほど、『兄王の腹の内を知りうる立場に、我はない』とお答えされておりました。さあらば、クレオメネス王の本当のお考えについては、あなた様でも断定はできぬはず。
ところでそもそも、クレオンブロトス様ご自身は、この件についてどうお考えなのでしょう? 先ほどから兄王のお考えや現状の分析ばかりを述べておられますが、あなた様に功名心はございませんのでしょうか? スパルタ(鹿児島)軍を率いてイオニア(浦上)に出陣し、あのペルシャ軍を散々に打ち破って不朽の名誉を手に入れることを、夢見ることは無いのでしょうか? また、あなた様に義侠心はございませんのでしょうか? イオニア(浦上)の同胞が異民族に屈服させられ、自由と独立を剥奪されているこの悲惨な状況を、自分が救ってやりたいとお考えになることは無いのでしょうか?」
王の異母弟b-クレオンブロトス
「アッハッハ、イオニア(浦上)の御婦人よ、なかなか面白かことば言う、そしてなかなか痛かところば突く。たしかに他人の思惑ばかりを口にして、おのれがどうしたいとは述べておらぬか。――やれやれ、情けなか話ばってんが、それが今の、偽らざる我の立場ということばい。許してくれんね」
姉巫女
「――ならばクレオンブロトス様、せめてわたくしどもにお力を貸していただけませぬか? わたくしどもはこれより、クレオメネス王にもう一押しの嘆願に参りたいと思います。オリーヴの枝を携えまして、切実なる嘆願者として、最後のお願いに参りたいと思います。どうか、クレオメネス王のお屋敷にまでご案内いただき、僅かでもお会いいただけるようお取り次ぎいただきたいのです!」
王の異母弟b-クレオンブロトス
「…………。」
姉巫女
「――そうですか。もはや、目的のためにはなり振りを構っておられませぬようで。
ときに、わたくしどもはイオニア(浦上)から少なくないだけの現金を持参しております。もしも王のもとへご案内いただけるのでしたら、謝礼として五タラントン相当をここでお包みすることをお約束いたします。それ以上となると、王への分が無くなってしまいますゆえご容赦いただきたいのですが、されどイオニア(浦上)に帰りましたならば、さらなる追加分をご用意することも叶います。
クレオンブロトス様、わたくしどもがかほどになり振り構わずお頼み申し上げている姿を哀れとお思いになられるのでしたら、どうか僅かばかりでもご助力いただけないでしょうか」
王の異母弟b-クレオンブロトス
「……やれやれアリスタゴラス殿よ、なかなか恐ろしか女子ば連れておらるるな。いや、気に入ったばい、賄賂はともかく、そなたのそん言葉には心が確かに乗っておる。わかった、兄王にはこんクレオンブロトスが責任ば持ちて必ず取り次ぐことをお約束しよう。ただしそん先の、兄王ば説得するとは我の力では役不足ゆえ責任は持てぬ、そなたらの力だけでなんとかしてみせよ」
主役-アリスタゴラス
「ありがとうございます! 恩に着ます!」
王の異母弟b-クレオンブロトス
「――おい、パウサニアスを呼んでこい、兄王の邸まで案内ばさせる」
使用人
「御意」
主役-アリスタゴラス
「よし、こちらも準備しよう、すぐ出なければ!」
姉巫女
「はい、オリーヴの枝を急ぎ取ってまいります!」
王の異母弟b-クレオンブロトス
「……お二人よ、最後に一つだけ助言を。——これはここだけの話ばってんが、ゴルゴ姫には気をつけられよ。クレオメネス王は大の子供好きばってんが、ひとり子のゴルゴ姫は格別で、文字通り溺るるほど愛しておられる。あん他人の意見ばなかなか聞かれぬ王も、ゴルゴ姫の言葉だけはよくよく耳ば傾けられる。——もしも王の部屋にかの姫も居たならば、そん気まぐれな一言で交渉がご破算になることもあり得るけん、くれぐれもご注意めされよ」
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※ 文中に出て来る古代ギリシャの地名に日本の地名等を併記させていますが、これは古代ギリシャの地名に馴染みがない方向けに日本の似ていると思われる地名等を添付してみただけのもの(例:「アテナイ(山口)市」「スパルタ(鹿児島)市」など)ですので、それが必要ない方は無視していただいて問題ありません。




