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『O-276. 浦上-イオニアの反乱劇(アリスタゴラスの煩悶)』  作者: 誘凪追々(いざなぎおいおい)
▶第一幕(02/12)「発端」
1/27

・第一幕「発端」その1



<O-276(紀元前500/499)年><冬><イオニア(浦上)地方><ミレトス(柔①)市にて>



 空が青いのはとても良い事だと思う。こんな日は町を出て野山に行くも佳し、港に降りて海に漕ぎ出すも佳し、埃っぽいアジア大陸を半年以上も旅した身の上に海の輝きは格別で、たとえそれが冬の海だったとしても。そう、ここミレトス(柔①)は、私が暮らすお気に入りの町、海に突き出す岬の上に立つ町、天気が良ければ気の向くまま、お気に召すまま、どこへなりと背中に翼生やし飛び立てるのだ!


 けれど、今日の行き先はとっくに決まっていて、町から南へおよそ半日、かの光輝く神-アポローンをお祀りするディデュマ(浦神)の神殿へ。そう、我が愛しの、我が麗しの、薄紫の衣に身を包みたる、いとも美しき占部家ブランキダイのお姫さまに会いに行く!




<O-276(紀元前500/499)年><冬><ディデュマ(浦神)><境内の入口にて>



    妹巫女いもみこ

「わあ、アリスタゴラスのお兄様あにぃさま、ようこそいらっしゃいました! お忙しいとはいえ、なかなかお見えになられぬので、この身はとても寂しかったですよ、そのようにご無沙汰をされては、神様もおへそを曲げてしまわれますよ、ところで本日は、神殿を訪ねられるお客さまがなかなかに多いのです、されどご安心を、ミレトス(柔①)市を取り仕切るあなた様なら常に最優先、今すぐにでも光輝く神-アポローン様のお告げを戴けるよう、この身が全力でお取り計らいいたしますゆえ、父上もすぐに参りましょう、え? この身ではなく姉上に会いたいと? そんな、なんとつれないことをおっしゃられるのです、この身はお兄様あにぃさまに聞いていただきたいことが山ほどあったのです、どうかこの身に積もる悩みをお聞き届け下さいませ、この身は姉上ほど神様のお告げを上手にお預かりすることは叶いません、さりながら、この身は人の心の声ならば明瞭に聞こえてしまうのです、神殿には大勢のお客さまがやって参ります、男の方が多いです、彼らは聖なる神様のお告げを尋ねに来られているはずが、この身のこの体ばかりを見ているようなのです、とてもいやらしい目で、この身はこの浅葱色に染め上げし優雅な毛織物ウール聖衣ペプロスに身を包み、なるべく胸元を隠すようにしているのですが、人並みより豊かなこの胸は形も露わに、嫌でも男の方の目についてしまうようなのです、加えて、肩から指先まですらりと伸びるこのむき出しの腕も、人並みより白く滑らかで、程よく肉が乗って柔らかそうだと、かように男の方に思わせてしまうようなのです、また、衣の裾から覗く足先も、細く締まった足首に、健康的に赤らんだ指やくるぶしがたまらないと、かように男の方を滾らせてしまうようなのです、それらのいやらしい心の声は、まるで大きな鐘のように鳴り響き、声に出さずともこの身にはしかと聞こえてしまうのです、とどのつまり男の方はみな女と見れば襲いたがるけだものなのです、穴があれば突きたがり、隙間があれば捩じ込みたがるけだものなのです、ねぇお兄様あにぃさま、この身は男の方が怖いのです、どうかご助言を下さい、え? いえ大丈夫です! お兄様あにぃさまは別なのです、格別なのです、お兄様あにぃさまにはむしろそうして欲しいくらいなのです、どうぞ心に思うがまま行動して下さい、そっそんな怖がらないで下さい、ご安心を! お兄様あにぃさまの心の声はなぜだかこの身に聞こえてこないのです、お兄様あにぃさまはきっと、世の凡俗の男の方とは別なのです、別格なのです、とてもすばらしいお方なのです、ねぇ、お兄様あにぃさま、この身は今年二十歳を超えました、巫女ゆえ、父上から結婚を禁じられておりますが、いつか引退する許可が得られましたら、お兄様あにぃさまにこの身の処女はじめてをもらっていただきたいのです、その頃にはだいぶ年を重ねているかもしれませんが、お兄様あにぃさまもちょうど良い年齢になられましょう、ですから二人はちょうど、お似合いの夫婦になれると思うのです!」



 彼女は私と話す時、早口になるし、必ず顔を赤らめるし、その内容もフワフワとご覧の通りなので、鈍い私にもさすがにその気持ちは伝わるのだけれど、あいにくと私には心に決めた人がいる。そもそも私と彼女とでは倍、つまり二十才も離れているのだから、決して彼女に似合いの相手ではない。若い娘の一時の気の迷いでこのようなおっさんを夫にすれば、後々深く悔やむのは目に見えている。なにしろ、彼女が巫女になったのは未だ十才にも満たない年頃で、神殿の中のことについてならばむしろ大人より詳しいほどだが、一般的なことについては少女のままの世間知らずに育っていると言って過言ではないのだから。

 という訳で、私は彼女と話す機会があるたび、自分のことをなるべく幻滅するように仕向け、代りに弟を推薦しているのだが、



「え? 弟さんですか? すみません、たしかにカロピノスさんは良い方だとは思うのですが、年齢もそれなりに釣り合っているとは思うのですが、けれどやっぱり、この身にも好みというものが、少女の頃から優しくしていただいたお兄様あにぃさまのことが……、

 え? もう行ってしまわれるのですか? この身は全然話し足りていないのですが、けれど、でも、――そう言えば、父上もなかなか来られませんね、どうしたのでしょう、いつもならお兄様あにぃさまが見えられたならすぐにでも顔を見せますのに……」




<O-276(紀元前500/499)年><冬><ディデュマ(浦神)><アポロン神殿にて>



 妹巫女と別れて御祓みそぎを済ませ、いよいよ聖なる境内に入って行くと、前を歩く参拝者たちの向こうに、美を凝らしたアポロン神殿がすぐ目の前に迫る。我らヘラス(大和)民族がここぞという聖地に建てる神殿は、昔ながらの古風で質素なものから今流行りの新奇で豪華なものまでそれこそピンキリではあるのだけれど、ここディデュマ(浦神)の神殿はそのちょうど中間ぐらいだろうか。たとえば近隣のポリスが競うようにして建てた豪奢な総大理石の巨大な神殿とは比ぶべくもないが、かといって境内を生け垣で囲っただけの昔ながらの素朴な聖地という訳でもない。

 なにしろここはただの神社ではなく、いとも賢き神-アポローンのお告げをいただける聖なる託宣所なのであり、かのデルポイ(奈良)やドドナ(熊野)と並ぶ『三大託宣所』として世に鳴り響く著名な聖地なのであるから。それを証拠に、ここを訪れる参拝者が途絶えることはかつてなく、境内には人々が神様に奉納した品々で溢れ、宝物庫に全然入り切らないほどで、その噂は異民族の耳にまで届き、かのリュディア王クロイソスやエジプト王アマシスも神託のお礼として過分な財宝を奉納しており、ほら、あの目立つところに飾られている巨大な黄金の盾もその一つ。



    参拝者a

「おおー、なんだこれ、嘘みたいにでっかいな、しかも全部金だぜ!?」

    参拝者b

「あの神殿ん中には、さらに凄いのもあるんだろ? 早く行こうぜ」



 境内の中心に聳えるアポロン神殿は、階段状の基壇の上に百本以上もの巨大な丸柱が規則正しく並び立ち、アポロン像を安置する神室を守るようにその周りを二重で囲っている。このため神室の中へ向う者をまるで林の中に入って行くかのような気分にさせる、と同時に、中に入ると他所の神殿では決して感じない違和感に気づかされることだろう。なぜなら大変珍しいことに、この神殿には神室を覆う屋根がない、おかげで普通は高い壁と天井に囲まれて奥に入るほど薄暗くなるはずの神室の中には明るい日の光と爽やかな風が行き届き、天井を仰げばそこに空が見えるのだ。そしてこの半ば外のような神室の突き当たりには光り輝く神-アポローンの聖なる木々・月桂樹がおい繁っており、それに囲まれるようにして小振りの神さびた奥殿がひっそりと鎮座している。

 そこは『神託の巫女』が控える場所であり、いにしえからの聖なる井戸があり、それを跨ぐようにして置かれたかなえの上に巫女が腰掛けて神懸かりの儀式を行ない、しかして神様の有り難いお告げをいただくのだ。それはいつ来ても神秘的な体験であり、我々と同じく生身の人間でありながら偉大なる遠大なる神様と心と言葉をつないでくれる『神託の巫女』を尊く思い、また頼もしくも思い、憧れや恋心のような特別な感情を抱いてしまう者が後を絶たないのも、また無理からぬことだと私も思う。



    姉巫女あねみこ

「恐れ入りますが、神託はしばしの休憩に入っております。もう間もなく、替わりの巫女がやって参りますので、それまではどうぞ神殿の外でお控えを。警固の者が入口で塞いでいたはず」

    主役-アリスタゴラス

「おお、それはなんとつれなきお言葉! せっかく帰国したので何はさて置いてもイの一番で君に会いに来たというのに!」

    姉巫女

「まあ、アリスタゴラスさま! お帰りなさい、ご無事で?」

    主役-アリスタゴラス

「ただいま、この通り五体満足だよ、そちらはどうだったかい?」

    姉巫女

「はい、この身も息災で。とはいえ、半年も戻られぬゆえ、この心持ちは気が気でなく」

    主役-アリスタゴラス

「それは済まないことを、なにしろ本当に片道三ヵ月の道のりだったからね、呆れるほど遠いんだよ、ペルシャ人の都は」

    姉巫女

「この世の果てとも聞く遥か彼方のアジア大陸のその奥地ですものね。返す返すもご無事でなによりでした」

    主役-アリスタゴラス

「フフフ、と、春先の柔らかな靄でもかかったかのように美しく、かつけだるげな明け方の薄紫色した聖衣ペプロスにその身を包む気高き巫女が、夜闇を押しのけて世界を明るく照らし始める朝日のごとくその輝かしい笑顔で私を迎えてくれた。ありがとう、おかげさまで半年以上もの長旅を無事終えて帰ってくることが出来ました。そして愛おしい君にまた会えることが出来た、これ以上に嬉しいことはいくら考えても他に思いつかないよ」

    姉巫女

「あらあらお上手で。どうせ向こうの御婦人方にも、そのような事ばかりおっしゃっておられたのでしょう?」

    主役-アリスタゴラス

「とんでもない、アジアの女とは言葉が通じないし、それにペルシャ女は大柄過ぎて正直好みではなかったしね。なにしろ軒並み私より背が高くて腕もムキっと逞しいんだ、あれには本当参ったよ」

    姉巫女

「その口ぶりですと、言葉が通じて小柄な御婦人方には声をかけたようですね? おいやらしいこと」

    主役-アリスタゴラス

「いやいや、それは世間話ぐらいはしたよ、紹介されれば『初めまして、良いお天気ですね』ぐらいはするでしょう、一般常識としてね」

    姉巫女

「なるほど、『あっ、突然の雨、これは参りましたな、あちらのあばら屋で雨宿りでもいたしましょう、いえいえお構いなく、私は男ですから多少濡れても構いません、ん? おかしなところが濡れておりますな? けれどご安心を、私が手を当てましょう、いやいやご心配なく、私は舌は柔らかいが口は固い、たとえあなたが雨漏りしていても、あなたのご主人に漏れることは決してありません、それに私はあなたのような小柄なご婦人が大好物なのですよ、ゲッヘッヘ』というわけですね」

    主役-アリスタゴラス

「いい加減その恥ずかしい妄想を止めなさい! 聖なる巫女がそんなので良いのかね?」

    姉巫女

「あらあら、無知をさらすほうが恥ずかしいのでは? 『聖なる巫女』の語源は『性なる巫女』だというのに」

    主役-アリスタゴラス

「初耳だよそれ! ――いや、神殿によっては大勢の娼婦がいたり、巫女が自ら売春するところもあるというから、意外に的を射ているのか?」

    姉巫女

「的を射る? 『おやっ、こんなところに神殿がある、お祀りするのは弓矢の神様だって? だったら記念に巫女の的でも射ていくか、けどすぐに当っちゃつまらない、当てるのに程よく手こずらされる小柄の巫女でも頼むか、ゲッヘッヘ』、とばかりに、旅先でもそのようなことばかりされていたのですね、いやらしい」

    主役-アリスタゴラス

「だからしてませんから! 今回は遊びじゃないんで、ひたすら行って帰ってだけです!」

    姉巫女

「あらあら、別に咎めているわけではないのですよ? ただ、このようなことばかり考えさせられるほどこの身はこなた様を長く待ち侘びたと、少しでも早くお会いしたかったと、それをお伝えしているだけです。むしろ嬉しがるなり、感謝するなりしてしかるべきかと」

    主役-アリスタゴラス

「そ、それはどうもありがとう、とても嬉しいです」

    姉巫女

「クツクツ、どういたしまして」

    主役-アリスタゴラス

「フフフ、君はさすがだね、そうやってそこはかとなく嫉妬しているような口ぶりで、実は私を嬉しがらせてくれる」

    姉巫女

「あらあら、なにを勘違いしておられるのです? この身は百戦錬磨の巫女、これまで数千人、数万人、いいえ数十万もの人々に出会い、その切なる願いに耳を傾けてきた巫女ですから。各々の心が何を求めているか、何を言ってほしいか、各々の顔を見ればなんとはなしに解ってしまうものなのです。

 せやから、男心を手玉に取るんもこなれたもんですえ? 旦はんもせいぜい気ぃつけておくれやす」

    主役-アリスタゴラス

「おっ、デルポイ(奈良)の言葉だね? あかんあかん、なんでやね~ん、男心を手玉に取るとか言うたらあきまへんや~ん、みたいな感じ?」

    姉巫女

「どぎゃんもこぎゃんも無か、男子は黙って事ばなす、そいこそ武者が良かったい」

    主役-アリスタゴラス

「アハハハ、次はドーリス(剛)族? 君の口からそれが出てくると、まるで別の女みたいだ」

    姉巫女

「いにしえより、『方言萌え』なる言葉ありたるが如く、男子おのこ女子おなごの訛りににこやなるものぞかし。これぞ、硬き心の壁をば取り除く賢き罠と心得て候」

    主役-アリスタゴラス

「お~、さすがは『七色の顔を持つ巫女』、老若男女を問わず、出身地を問わず、身分を問わず、ありとあらゆる参拝者に的確に対応できるとの評判も伊達ではない、君たちは本当に姉妹揃って恐ろしいほどの有能な巫女だね。さっき妹巫女いもみこちゃんも、男の心の声がたくさん聴こえて困ると言っていたよ、まるで大きな鐘のように明瞭に鳴り響くんだとさ」

    姉巫女

「……アリスタゴラスさま、少しお声が大きいかと。すみませんが神殿の外に出ましょう、人気ひとけの無いところへ」

    主役-アリスタゴラス

「え? 何か問題でもあったかな?」

    姉巫女

「ことの真偽はともかく、『あの巫女は人の心が透けて見えるらしい』などと世間に広く知られては、ずいぶん気味悪く思われる方々もおられましょう、逆に評判になり過ぎて、無駄な騒ぎを引き起こすことにもなりかねません。この身はともかく、妹はその手のことを上手く受け止められるほど強くはないのです。それゆえ、この件についてはなるべく口外せぬようお願いしたいのです」

    主役-アリスタゴラス

「そうかな? 彼女はあくまで冗談めかして、『男のスケベな下心しか聞えて来ないんですう~!』とかなんとか言ってただけのように私は思うのだけれど?」

    姉巫女

「『お兄様あにぃさま~』とか言われていつも鼻の下を伸ばしている割には、よく解っておらぬのですね。我が妹は、神託の素質に限って言えばこの身を上回るほどかもしれぬとして、客あしらいについては昔からあまり巧くないのです。そのような意味では、あの子は『巫女』として有能とは言えぬのかもしれません。殿方の心が真に透けて見えるなら無理からぬことでしょうが、まだ物も知らぬおぼこい娘として平常心では決しておられぬでしょうし、このまま男嫌いや人間不信に深く陥れば、やがて心を壊すところまで行き着くやもしれませぬ。まして世間にそれが知れ渡っては、穏やかには済みますまい」

    主役-アリスタゴラス

「なるほど、他人の心の声が聞こえてしまうのも善し悪しというわけか。解りました、この件については今後外に洩らさないと約束します」

    姉巫女

「『くれぐれもお願いしますね、お兄様あにぃさま~』」

    主役-アリスタゴラス

「それはもう勘弁してほしい、別に鼻の下を伸ばしてなどいないのだから」

    姉巫女

「あら、この身は、顔を見るだけで何を考えているかおおむね解ると言いましたが?」

    主役-アリスタゴラス

「だったらなおさらだよ、私は妹巫女のことを別にそう言う感じで見ていないし、それにさっきも大柄な女は好みじゃないと言ったでしょう? いや彼女は別に大柄というほど大柄ではないけれど」

    姉巫女

「まぁいやらしい、『姉巫女あねみこと違って、妹巫女いもみこちゃんは特に胸の辺りがペルシャ人並に大柄だぜ、ゲッヘッヘ』というわけですか」

    主役-アリスタゴラス

「だから勝手な妄想で私の物真似するのは止めたまえ! 少しだけ似てるのが悔しいのだけれど、ていうかそれも外れですから、そんなことこれっぽっちも考えていませんから!」

    姉巫女

「『心と口が裏腹なるは人の常』、なかんずく殿方は。しからば、『それも当りですから、そういうこと常に考えてますから!』というわけですね」

    主役-アリスタゴラス

「もうそれでいいよ、その替わりしばらく私の顔を見るのは禁止です、上衣で隠しますから」

    姉巫女

「クツクツ、本当に図星でしたか、当てずっぽうでしたのに。

 まぁ冗談はさておき、勘違いは正しておかねばなりませんね。妹は子供の頃からお姉ちゃんのものは何でも欲しがる子で、それは今頃になっても変わらず、『お兄様にぃさま~』などと言ってこなた様に馴れ馴れしく擦り寄っているのも、お姉ちゃんが憎からず思う相手ひとを奪い取りたいだけで、それ以上でも以下でもないのです。手に入ればすぐに飽きて興味をなくしましょう。くれぐれも、大柄な胸に惑わされて、小柄な胸を見失うことなきように」

    主役-アリスタゴラス

「アハハハ、さすが卜部家ブランキダイの女はひと味違う、焼き餅を焼くにも詠うように焼くのだね」

    姉巫女

「焼き餅ではありませぬ、ただの警告です」

    主役-アリスタゴラス

「アハハハ、解りました、了解了解、勘違いしないよう重々注意いたします。しかしそれ、『大柄な胸に惑わされて、小柄な胸を見失うことなかれ』か、まるで賢者の格言のようだね、アハハハ」

    姉巫女

「笑い過ぎです。小柄な胸を笑う者は、いずれ小柄な胸で泣きますよ」

    主役-アリスタゴラス

「それも良いねぇ! 『小胸ちっぱいを嗤う者は、小胸ちっぱいに啼く』、アハハハ」

    神殿の木々に棲む鳥たち

『ガサガサ、ピーピー! バサバサ、ピーピー!』

    主役-アリスタゴラス

「って、おっといけないいけない、神様に仕える巫女が、よりによってこんな神殿の奥室で男とこの手の猥談を交わすのはよろしく無いのだよね?」

    姉巫女

「クツクツ、けれど今は冬ですよ。光り輝く神-アポロンさまは遠く北の國へ行かれてご不在です。代わってお留守番されているのは、お酒と狂乱の神-ディオニュソスさまです。多少の色話程度ならば御許容いただけるものかと」

    主役-アリスタゴラス

「なるほどなるほど、それならむしろ喜ばれるかもしれないのだね――それにしても、君もそれほど人の心が読めるのだとしたら、妹巫女いもみこだけでなく君も男に嫌悪感を抱いていたりするのかな?」

    姉巫女

「――いいえ、まことに残念ながら、この身は妹とは違い、心の声が聴こえるのではなく、あくまで表情などをもとに勘で見抜いているだけです。それゆえ、異性から向けられるいやらしい下心などに直に侵される心配はないかと――あるいは、この身は妹よりも八つばかり歳上ですので、その差なのかもしれませぬが」

    主役-アリスタゴラス

「なるほど、人生経験の差というやつですか。姉巫女は落ち着いているものね」

    姉巫女

「あらあら失礼な、おばさんゆえの年の功とでもおっしゃりたいのですか?」

    主役-アリスタゴラス

「えっ、いやいや別にそういう意味じゃ」

    姉巫女

「アリさんや~、わしのような行き遅れの年増女なんぞ鈍くてかなわんとでも言いやるんかいの~、まったく残念なことですじゃ~」

    主役-アリスタゴラス

「うっ、今度は田舎のお婆ちゃん? いやいや、誰も年齢の話などしていないではないですか、それに私としては女の二十八はとても良い年齢に思えるし、あと二年後が本当に楽しみなんですよ。いや正確に言えば、もう間もなく二十九になるんだったね? であればあと一年とちょっとで君はいよいよ三十路になるわけで、そうなればついに君と結婚を

    姉巫女

「アリスタゴラスさま! その先は外でいたしましょう、離れにご案内いたします」

    主役-アリスタゴラス

「?」


※ 文中に出て来る古代ギリシャの地名に日本の地名等を併記させていますが、これは古代ギリシャの地名に馴染みがない方向けに日本の似ていると思われる地名等を添付してみただけのもの(例:「アテナイ(山口)市」「スパルタ(鹿児島)市」など)ですので、それが必要ない方は無視していただいて問題ありません。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  第2作目の開始、おめでとうございます。マラトンの戦いへの引き金にもなったというイオニアの反乱をどのように描くのか楽しみです。
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