それからの二人
行きがかり上とはいえ、過激なスキンシップをかまして来たぐらいだから、もう少しフレンドリーなのかと思っていたが、実際は全く違って、それからほぼ会話もなく、小一時間が過ぎた。
こちらからも、しつこいと思われない程度を探りながら、何回か話しかけたが、音声での返答は無かった(顔をしかめられたり、そっぽを向かれたりはしたけど)。
最初から「ニートってあんたなの?」だしなぁ…事情が事前に伝わっていたのはむしろ朗報だけれど、随分な説明を受けているみたいだな、まぁオレがニートは事実なんだけど。
自分の部屋には引っ込まずにいてくれてはいるんだから完全な拒絶では無いにしろ、むき出しの不信感と軽蔑の涼やかなまなざしをこちらへ向けて下さるので、涙が出そうですよ…
言わせて貰えば、お前だって、初対面の人間に『ともだちんこ』("魔法の箱"で見た「おぼっちゃまくん」で覚えた知識)してくるくらいだから大概な人間だろう!と、抗議したくもなるが。向こうの立場になって考えれば不信感を持たれるのも無理も無い。あの時のこちらが挙動不審ったのも、信頼できない感を増したのかも知れない。本当に動揺してたんだよ…
正直傷ついてはいるが、ここでひるんでいる訳にはいかない。男の娘の面倒を見るのは、今の自分の仕事なのだから。とりあえず、お腹も減ってきたので、料理でも作る事にする。食事の準備というのは、良き家庭の基本だからな。
それより何より、女子との距離を詰める為の極意「ハートを掴むにはまず胃袋を掴め」というでは無いか?男の娘は女子でも無いし、そんな事、実践での効果を確認した事は無いけれど、とりあえず、どこかの恋愛の達人が言ったのであろう金言を信じてみる事にした。勿論、これは恋愛では無いんだが(しつこいよ!>自分)
取り急ぎ、調理器具を確認し(あらかた備え付けてあった)、冷蔵庫の中身も確認。買い物に出た。(一応、誘ったけど、軽くスルーされましたよ、えぇ。)
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買い物を終えて戻った自分は、そそくさと料理にかかった。いつものヤツだから、手馴れたものだ。オリーブオイルを敷き、むしろ頼りないくらいの火でニンニクにはしっかり火を通し、カリッカリにする。でも、絶対焦がさない。そこに缶詰のホールトマトと入れて良く火を通し、十分に火が通ったら、乾燥バジル(自分は、そこにパプリカパウダーを加えるのが好きだ)と塩で味を調える。ポイントは外しようが無い。茹で上がったパスタをざっと上げ、トマトソースと合わせるだけだ。そんなこんなで、どんどん料理が出来上がってきた。
「なんかいい匂いする…」
先ほどまで距離を取っていた男の娘は警戒しながらも、近づいて来た。
当たり前だ!オレ史上一番自信のある料理がこの基本のトマトパスタなのだから。これで外したら、正直、他に何作っていいか判らん。『彼女へ作る 簡単 おいしい おすすめ料理』とかでググる羽目になるところだった。何度も言うが男の娘は女子ではないんだけれど。
せっかく向こうからアクションを起こしてきたのだから、これをチャンスと話しかけてみる。
「オレは、子供の頃からそれなりに料理はやっていたし、割と得意なんだよ…と、自炊が結局健康には一番だし、うまくやれば安上がりだからな。何より健康を損ねるのが一番の不経済なんだから。健康大事だよ。体調悪いと引きこもりも出来やしないし…」
明らかに一方的に喋りすぎだが、空白の時間を言葉で埋めたい欲求に勝てなかった。
「それ言っている事が立派なのか立派じゃないのか?判らないし!それにしても、親御さんの教育はちゃんとしているのに、どうして息子はこんなニートになっちゃうの?」
その男の娘ちゃんは、確実に相手の急所を狙って攻撃を加えてくる一撃必殺キャラらしい。ちょっとクラッと来たが、そこは料理も出来上がったという事で、さっさと盛り付けて食べ始めるとする。
無駄話をしたり、傷ついたりしているうちに、パスタは出来上がった。有無を言わせず盛り付けて、テーブルに置いた。
「でも、このトマトパスタおいしい!」
「口は生意気でも胃袋は正直なのだよ…」
「しゃべり方がキモい。」
「悪かったな、キモくて!」
「でも、とりあえずご飯係のおじさんとして認識する事にしたから。あと、変な事してきたらただじゃおかないからね!」
ご飯係はひどいなぁ…あと、おじさんって言っても、まだ20代なんだよ。ただ、変な事するって…いや、だからそんな人聞きの悪い事しないし!
「お父さんと呼んでくれてもいいんだよ。」
「やっぱりご飯係も降格した方がいいかな…」
「謹んでお食事作らせて頂きます。」
「うん、よろしい!」
なんか、全然保護者って感じじゃないんですけど…むしろ飯使い?ご主人さまとその従者って感じだよなぁ…良く無い良く無いぞ、格好のせいで彼というのも抵抗あるが、とにかくあの男の娘を立派な大人へと導くのも俺の仕事のうちな筈。まぁ、そういうのは徐々にということで、今回はこの位で勘弁してもらおう。
それでも、ちょっとは心を開いてくれたみたいで良かった。
「あれ、ところで名前って聞いてなかったけど、なんだっけ?」
「…やまもとかえで」
なんだよ、名前まで可愛いじゃないか!!まさか芸名じゃないよな…いや、それは無いだろう。芸能人でもyoutuberでも無いなら芸名とか無いし。今のところ仕入れた情報によるとそういう活動はしていないみたいだし。
「…ところで、オレの名前に興味はない?」
「全然っ!」
「そっかぁ、そうだよねぇ…」
「じゃ、よろしくね。おじさん!」
「かしこまりました。お嬢様」
「いいねぇ、その感じ…」
「だから、俺は従者じゃなくて、保護者なんだけどなぁ…」
「そこまで認めてないから!」
きっぱり言うねぇ…まぁ、そういうはっきりした所も彼の良いところなんだろう。
それでも、まずは一歩前進といったところで。
「ところで、学校って何時からなの?ご飯食べるよね?簡単だけど用意するよ」
「部活は入って無いから家を7時半くらいに出れば大丈夫だから。」
「了解!7時前には食べられるようにしておくよ。」
「よろしくね、おじさん」
「じゃ、買い物行ってくる!お留守番よろしく」
「うぃっしゅ!」
DAIGOかよ!と心の中でツッコみながら、買い出しにでる。
自分一人の時は、ちょっと離れたスーパーの閉店間際のお惣菜コーナーにはよく行っていたなぁ…割引シールが張られるタイミングが命なんだよ。群れの中から飛び出て、確実に半額シールを張られた欲しいブツをゲットするのは、ポジション取りや駆け引きなど、色々あるんだよ。
ただし、事前に欲しいブツを売り場から持ち去って、割引シールを貼る店員さんが出てきたタイミングでブツを再陳列する技、そいつはちっと頂けないなぁ…シマ荒らしてもらっちゃ困るんだよ。完全なギルティ。大人しく立ち去りな!今回だけは見逃してやる…長生きしたきゃ忘れるなよ!みたいな事を頭で妄想しつつ、苦々しい視線だけを送っていたもんさ。直接は何にも言わないよ、そんな頭のおかしなおじさんおばさんと揉めるのイヤだし。
なんて事考えていたらもう着いたよ。スーパー近いよ嬉しいよ
慌てて買う必要が無いので、丸1日分くらいの食材を買った。使うまで疑心暗鬼だった生活費等の支出用キャッシュカード機能付きクレジットカードも無事に使えた。最初に買い物に来たときは心配で自分の財布から出したしなぁ。
ここまでは順調。