始まりの時
契約書を何度も何度も読み返したが、素人判断とはいえ特に問題がありそうな箇所は無かった。結果、契約書にサインをして、アドレスと鍵を受け取る。
ターミナル駅を経由して、乗った事も無い電車に乗り、降りた事も無い駅で降りた。あとはスマホが指し示す場所に行きさえすればよい。ほぼ迷う事も無く、その場所に到着した。
途中にスーパーもあるし、寂しすぎず賑やか過ぎもしない感じがいい住宅地じゃないか。
家もどうせボロ家だろうと高をくくっていたが、オレの想像はいい方向に裏切られた。今住んでいる安アパートに比べれば天と地の差だ。そこには真新しい一軒家が建っていた。外から眺めているのも怪しい雰囲気を漂わせてしまうので、さっさと中に入ってみる事にした。
あらかじめ渡されていた鍵でドアを開けてみたが、きちんと開くではないか。当たり前の事だがビックリしてしまった。
中も外と違わず、清潔そのものだった。洋風の室内。家としてはファミリー4、5人なら余裕を持ってくらせるサイズ。二人で住むには十分過ぎる広さだ。大きなテレビもインターネットが繋がったPCまである。こんな家、借家だったら家賃6桁は下らないだろう…もはや嬉しいというより、反対に心配しか浮かばない。この家に住む事の代償として発生する義務、見ず知らずの中学生男子の面倒を見るという件。もしかしたら、こんなに待遇が良いのは、その中学生が恐ろしく凶暴だったりして、前任者の誰も長続きしなかったんじゃないか?だったら最悪だなぁ…そうじゃ無くったって、思春期野郎の世話なんて、面倒くさそうで本音で言えばあまり気が進まないのに。
などとグズグズ考えていたら、物音がして、奥から誰かが出てきた…
女子のヘアスタイルの種類はよくわからないが、パーマはかかっておらず、何となく安心する髪型だ。毛先まで乱れの無いツヤのある髪が手入れの良さを感じさせる。毛の長さは割と長い。着ているのはどこかの学校の制服か?下はスカートを履いているって事は間違いなく女子だな。中学生だろうけど、すっきりとした印象の美人と呼んでも異論は少ないだろう。あれ、待っているのは男子中学生じゃ無かったっけ?もしかして、その中坊の彼女?ないわー、彼女に留守番させるなんて、まじないわー。最近の男子中学生はずいぶんと乱れてるなぁ…オレの時代と違って…いや、昔もオレ以外は結構乱れてたのか?あぁ、なんか話が逸れているけど、色んな事が頭をぐるぐるしてしまう。とりあえず、挨拶でもしてみることにする。
「やぁ!」曖昧に力なく手をあげながら、呼びかけてみた。
彼女はしばしの沈黙。そして履き捨てるように言った。
「最悪…」
こちらは友好的に振舞っているつもりだったが、こちらの意図はまるで伝わらなかったらしい。
「きみはここの住人の男の子とはどういう関係なのかな?お友達かな?」
要領を得ないがそれ以外に聞きようがない。
またしばらく沈黙したあと、再び彼女は言葉を発した
「うちに来ることになったニートってあんたなの?」
中学生男子の彼女…じゃないの!!??
「変な事を聞くけど、君は…女の子だよね?」
いままでも十分嫌そうだったけど、さらに5割増しの嫌そうな顔をして押し黙り、しばらく何かを考えているようだった。が、意を決して、つかつかとこちらに寄ってきたかと思うと、こちらの腕を掴み、自らのスカートの上から足のつけねあたりに手が触れるように誘導された。
「や、やめて...」あまりの出来事にどっちが女の子だか判らない情けない声が漏れてしまった。それでもとっさの事で間に合わず、手が彼女の股間にある『何か』に触れた。あれ?なんだこれ?触れた覚えのあるようなこの感触は...
「わかった?」
!?!?
こいつ、男だ!聞いてない、聞いてないぞ!中学生男子の面倒を見るのは契約に違いない。だけれど、そいつが男の娘だなんて、一切聞いてない。聞いてないんだって...
綺麗めな女子、しかも同居人の彼女となれば…と張り詰めていたさっきまでとは全く違う緊張が全身を走る。嫌な汗もかいてきた。
これは予想外に面倒な事になったぞ...
こうして、オレの刺激的な思春期娘育て(?)の日々は始まったのだ…






