ホラー短編 山の絵
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本日午後2時頃、都内の自然公園で写生会中の女子高生約100人が失踪するという怪事件が発生し、警察が行方を捜査している。
警察発表によると、本日、午後3時頃、都内の神山高校の生徒が行方不明になったという通報を受け出動。自然公園のあちこちに画板や生徒個人の手荷物が散乱した状態で発見された。
引率教師の証言では、昼休みには生徒は弁当を食べたりくつろいでいる姿が目撃されており、写真にもその様子が記録されていた。
100人前後が同時に失踪するという不可解な事件ということからあらゆる可能性を含めて捜査する方針とのこと。
あるまとめサイト
33: 名無しさん2019/08/03(土) 16:51:27.07 ID:××××××
北朝鮮に拉致されたか
37:名無しさん2019/08/03(土) 16:51:27.07 ID:××××××
おそロシア
45:名無しさん2019/08/03(土) 16:51:27.07 ID:××××××
教師が糖質
48:名無しさん2019/08/03(土) 16:51:27.07 ID:××××××
神隠しでしょ(鼻ホジ)
49:名無しさん2019/08/03(土) 16:51:27.07 ID:××××××
未解決事件スレが伸びそうですねクォレハ…
52:名無しさん2019/08/03(土) 16:51:27.07 ID:××××××
一人二人だったらいくらでも説明できそうだが100人って…教師が幻覚見てたとしか思えん
68:名無しさん2019/08/03(土) 16:51:27.07 ID:××××××
↓例のコピペ
71:名無しさん2019/08/03(土) 16:51:27.07 ID:××××××
A
まさかとは思いますが、この「生徒」とは、
あなたの想像上の存在にすぎないのではないでしょうか。
もしそうだとすれば、あなた自身が統合失調症であることに
ほぼ間違いないと思います。
引率教師の証言
「本当にわけがわからないんです…午前中は怪しい兆候もありませんでしたし…自然公園だって毎年同じ場所でやってて…これまでこんなこと一度だって…(鼻をすする音)
昼休みも皆お弁当食べたり、くつろいでて…遊んでる子もいました。『花いちもんめ』の声が聞こえて…2時頃に様子を見に行ったら画板と荷物が置いてあるんです。最初はトイレでも行ったのかな、と思って、でも次々と画板と荷物が放置されてて、あれ、おかしいなと、食中毒でもと思いましたけど弁当を支給したわけじゃないし…って思ってたら生徒がどこ見ても見当たらなくて…サボって抜け出したにしても全員はおかしいし、携帯電話が置きっぱなしなのも変で…(嗚咽)
写生会なんて無かったんじゃないか、って思っても、卒業アルバム用の写真が残ってるんです。データにもその日付が入ってて…
なんで、なんでこんなことに…」
ある保護者の証言
「現実感が無いんです…学校から連絡が来て、娘がいなくなったって、駆けつけたら他の生徒さんの保護者もいて…先生に訊いてもわからないと言われるばかりで…先生の胸ぐら掴んで問い詰めてる親御さんもいました…
私もその時は先生を責めましたけど…少し時間が経つとそれより先にわけがわからないって思うんです…私の娘だけが行方不明なら辛くても理解できる事件なんです。生徒全員が同時に行方不明なんておかしいでしょう?でも娘の携帯を見たら写生会の途中で撮った写真が出てきて…友達と楽しそうで…ううっ…」
美術部顧問
電話の鳴り止まない職員室を後にして、美術室隣の物置部屋に入って内側から鍵をかける。
何年も使われない古びたイーゼルの木の匂いと、こびりついた油絵の具の匂いが入り混じって何とも言えない臭気を漂わせるが、少なくともここには自分しかいない。
悲痛な叫びも、やりきれない怒りも、下衆な問いかけも全てがここには届かない。
埃だらけの床にも構わず腰を下ろした。
職員室の清潔な床の清潔な椅子に座って電話を取るだけの時間よりずっとマシだった。
生徒が一斉に行方不明になった写生会から、ずっとこうだった。
職員に詰め寄る生徒の親族
半ば押し入るように入り込もうとするマスコミ
鳴り続ける電話機
怒号と悲嘆の入り混じった感情の喧騒。
それが朝から晩まで続くのだ。
警察の事情聴取が救いにすら感じる。
少なくとも怒鳴り込まれたり電話機の着信音を聞かなくて済むのだから。
引率教師が証言する横で私は夢を見ているかのような態度で座っていた。
嗚咽する教師の横で方針状態で自分にされた質問の内容はほとんど覚えていない。
引率教師の行動は適切だったのかと、無遠慮に分析する週刊誌、ワイドショーに疲れ果て、先日から休職しているそうだ。
私もそうしようか。
そう考えた瞬間、ガタッと視界の隅で物が跳ねた。
一人きりだと思い込んでいたせいか、必要以上に身体を震わせる。
足元まで音の正体が滑り落ちてくる。
積み上げておいた画板が崩れただけだった。
疲弊が億劫さを伴ってしばらく私を床に留め置くが、染み付いた嗜好への指向が律儀に私を起き上がらせる。
散らばった画板を手に取ると、指先に薄い感触が当たる。
画板を反転させると、一枚の画用紙が挟んである。
隅には生徒の名前が小さく書き込まれている。
ああ、そうだ
あの日の騒ぎで手荷物は引き渡したが画板はまとめてとりあえずここにしまっておいたのだ。写生どころではなくなったから。
画用紙を外して、崩れかけの画板の塔に目をやる。
それからしばらく時間を使って、全ての画板から絵を外して、画板を整えた。
画用紙の隅の氏名を眺めていると、ふと、美術部部員の名前を見つけた。
あの子もいなくなったのか
どんな絵を描いていたのか
隅から中心へと視線を移すと、雄大な、と言っても良いくらいに、青々と、堂々とした山麓が目に飛び込んでくる。
写真のようにすら見える絵に状況も忘れて感心してしまう。
こんなに上手かったのか
まじまじと眺めながら、山肌の質感の巧みさ、空との色使いの違いの不気味なほどの美しさに息を呑んだ。
しかし
あの自然公園にこんな風景があっただろうか。
写生会は何年も前からあの自然公園で行うことになっている。
環境が変わらないことへの退屈さはあるが、年度ごとの評価のしやすさという点では利点にもなっている。
実際に私は飽きるほどあの自然公園の風景を見てきた。
だがこんな景色は初めて見た。
私が知らない場所でもあったのだろうか。
別の生徒の絵を見ると、それもやはり同じ構図の絵だった。
クオリティは先ほどの美術部員の生徒の絵が圧倒的だったが、同じものを描いていることは十分に伝わる。
画用紙の隅の名前は知らない生徒だった。
あの美術部員の友人だろうか。
その絵を後ろに重ねると、別の絵が出てくる。
これまた同じ山の絵だった。
女子校というだけあり、仲良しグループなど星の数ほど存在する。
きっと三人で場所を選んで描いたのだろう。
更にめくるとまた山の絵が出てくる。
次も
その次も
そのまた次も
全てが同じ山の絵だった。
画用紙の束を掴む手が、じわじわと湿り始める。
半ば確信を持ちつつも、そうであってほしくないと思いながら、画用紙の束をペラペラとめくっていく。
山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、山、
そして最後の一枚も
思わず手を離すと、ばさばさと画用紙が滑り落ちる。
埃っぽい床に着地すると、滑って散らばって、奇妙なアートギャラリーみたいに展示されていく。
床の美術館は、異様なまでに均質的な山で埋め尽くされた。
今度こそ、私はへたり込んだ。
一斉に生徒が同じ絵を描くなんてありえない
それぞれが好きな場所で写生しているはずなのに、ここまで同じ構図になるなんておかしい
そもそもこんな山があの自然公園にあるはずがないのに
何かのメッセージにしても異様すぎる
異常さが実感を肉体としてせり上がっくるのに耐えられず、私は物置部屋を出た。
職員室に戻ると相変わらずのやかましさが耳をつんざく。
物置部屋の静寂に慣れた耳には刺激が強すぎる。
私一人が抜け出していたことを咎める余裕もなく、ひっきりなしに鳴り響く電話を少しでも黙らせようと躍起になっている。
一つだけ空白の席があった。
先日から休職している例の教師の机だった。
乱雑に置かれた物の上の、デジカメと写真屋の袋に目が止まる。
不在の人の物を漁っている私を嗜める隙もない。
その二つを手に取ると、また職員室を後にした。
トイレの個室に入り、鍵をかける。
デジカメのスイッチを入れると電子音が昼下がりのトイレにやたらと反響したように聞こえた。
撮影記録
あの日の日付
ボタンを押すたびに、生徒がピースをしていたり、真剣な表情で画板に向かっている様子が流れていく。
写真屋の袋を開封して、中身を取り出すと、そこにも同じものが写っている。
私は写真一枚一枚を、生徒ではなく背景を見た。
見慣れた自然公園の風景。間違いなく生徒はそれぞれバラバラの場所で、2、3人で固まって写生している。
人気のある拓けた広場が背景の写真は多かったが、それでも100人近くの生徒が同じ場所に固まっていたことなど、始まりの点呼の時以外はありえない。
失踪とあの絵は関係あるのではないか。
非科学的な考えがよぎるが、それを否定するほど現実をもはや信頼できなかった。
物置部屋に戻ると、さっき出て行った時のまま、床には異様に均質的な展示が為されていた。
勇気を振り絞りながら拾い上げ、まとめてブリーフケースに入れる。
次に私は学校を後にした。
マスコミを避けるため、業者と応対するための裏口から。
自然公園に着いた時には夕暮れだった。
オレンジ色の光が緑を染め上げて、半ば夜が到来しようとしている。
生徒の写真を見ながら、その場所へと歩いては、周囲を見回す。
勝手知ったる自然公園だが、違和感がぴったりとくっついてくる。
後を追ってくる私の影法師も恐ろしげに細長く感じる。
どの地点で見回しても、絵のような山はどの方向にも見えない。
沈みかけた夕日が作る精一杯の黄昏が、夜の足音を響かせる。
人工的な鬱蒼さが、不気味に何かを覆い隠しているように見えてくる。
ここで一体何が起きたのか
生徒たちは何処へ行ったのか
あの山は何なのか
ぐるぐると思考が奈落へと落とし込まれる。
それに比例するように、夜の闇が自然公園を飲み込み、得体の知れないものを連れてくるような気がしてくる。
不意に黄昏が、青空へと、変面師の演舞のごとく変わる。
正面には、雄大な、と言っても良いくらいに、青々と、堂々とした山麓がある。
「あっ」