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本当の主人公  作者: 正さん
七章
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54話「友達」



「!おはよ!久しぶり~!」

学校が始まった。

「おはよう!」

真っ先に声をかけてくれたのは、僕の中学の頃からの友達の杉本君だった。



手招きされ、杉本君に近付くと申し訳なさそうに

「松田…昨日連絡くれたのに返信できなくてごめんな…。」

と謝ってきた。

「気にしないで、そういえばさ?この前メッセージで言ってたあのゲームダウンロードしたよ!」

しょんぼりしている杉本君へそう言うと、顔を上げ、目をキラキラと輝かせてくれた。

「マジ!?あのゲーム面白いよな…フレンドなろ!」

「いいよいいよ!」


鞄から携帯を取り出す彼を見ながら、夏休み前に彼と過ごした日々を思い出す。

授業中に妙な単語を並べたメモを回してきて笑わせようとしてきたこともあったな。

ストラップについて話しかけてくれたり…一緒にご飯も食べたし、カラオケとかもよく行ったよね。

杉本君は確か隣のクラスの佐藤さんが好きなんだっけ…二人っきりになるように仕向けたりしてたお陰かこの前付き合えたって言ってたっけ?さすが僕!


「うわ、松田俺よりレベル高いじゃん。」

「そのせいで昨日あんまり寝てないんだよ…。」

「松田ゲーム好きだよな…。」

「杉本君には負けるよ…。」

「あはは!それもそうか!」


彼と過ごす時間が好きだな。

にこにこしながら画面を何度もタップしている彼を見ながらそう思った。


……


「あ、そうだ、僕ちょっとトイレ行ってくるね。」

「おう、いってらっしゃい。」


杉本君へ背を向け、トイレへ向かうと…見覚えのある、人が。



「……龍馬君?」

…彩さん。


「智明君は…?一緒じゃないの?」

……さやかさん


「……龍馬君?どうしたの?」

さやかさん

さやかさん さやかさんだ……

さやかさん……


「あの、あの…あのね」

「……?うん」

「この前、おうちに…帰ったら」

「うん」

「おうち、なかったんだ」

「……え?」




 いつもの彼からは想像もつかないくらい弱々しくそう呟く姿は、まるで、おもちゃを取り上げられた子供のような、友達と喧嘩した幼子のような姿に見え困惑した。

「お、おうちがなかったって…どういう意味…?」


 今にも涙が溢れそうなくらい、唇も、肩も、指先もカタカタと震わせる龍馬君。

「かえったらいえがなくて、おとうさんもおかあさんも、いなくて」


 弱々しい彼を前にするといてもたってもいられなくなり、気付いたら彼を強く抱き締めていた。

思ったよりもがっちりとしていて、彼が傷付いているのに不謹慎だというのは分かっているけれど「この可愛い彼も男性なんだ」と思ってしまった。


「さやかさん、ぼく、もう、がっこうきたくない」

「来なくていい。来なくていいよ。」


 気付けば回りには沢山の人が集まっていた。

大泣きしている彼が珍しいのか、私が誰かを抱き締めているのが珍しいのか、それとも男女が抱き合っているのが珍しくてからかいたくなるのかは分からない。

 だけど彼らの奥にいる女の子二人はどうなる。

「付き合っている」と決死の覚悟で打ち明けても、適当にあしらわれ受け止めて貰えない。

愛情表現をしても「仲良しだね」と友達扱いされる。

そんな彼女達を無視しておいて男女がくっついているのがそんなに珍しいか。


「見てんじゃねえよ!帰れよ馬鹿共!!」


 気付いたらそう叫んでいた。胸の中で驚く龍馬君。


「さやかさ」

「今は黙って泣いていて、しばらくこうさせて、お願い」


 ねえお母さん。私はいけない娘でしょうか。

彼の弱みにつけこみ、人前で抱き締める私はいけない娘でしょうか。

いけない娘でしょうね。

だって、私の大切な明人を差別するくらいなんですから。

大切な大切な明人に変な事言って。


 体を冷やして帰ってきた明人を見て私が怒るとは思わなかったのか、驚いて「お父さんそっくり」と仰有いましたね。

クソ喰らえ。


「…さやかさん…」


 背に回される彼の手が暖かくて、熱くて、じんわりと昔を思い出した。病院に通っていた昔を。

今、私の胸の中で涙を流している少年の名前を知るきっかけになった昔を思い出した。確かあれは6歳の時、毎晩明晰夢を見るせいで今が夢なのか現実なのか分からない、と両親に相談したのが始まりだった。

お母さんは面倒そうに眉間に皺を寄せ、勘違いだとあしらった。

しかしお父さんは心療内科に予約をいれてくれた。けどお父さんは来ず、待ち時間の間、お母さんはずっと不機嫌そうで嫌だった。


 そんな時、隣に座っていた同い年の男の子が小さな声で話しかけてくれた。

「君はどうしてここにいるの」と。

私は物凄く驚いたが、彼の隣に座っている不機嫌そうな親御さんを見るに、彼も私と同じような境遇なのかと思い、私も彼と同じく小さな声で返事をした。

「怖い夢を見るの」と。

彼は目を見開き「そうなんだ」と心配し、私の頭を撫でてくれた。


 初恋、だった。


 一人で寂しい夜、お薬を飲むのが怖くて飲んだと嘘をついた夜。夢を見るのが怖くて寝れない夜。お父さんとお母さんの喧嘩の声が嫌だった夜、彼を思い出して自分自身の頭を撫でていた夜に力を手に入れた。悪夢を操る力を。

 二度と会えない彼に会いたくて、夢で良いから会いたくて…彼を苦しめてしまうかも、なんて事思いもせず、自分勝手に彼を呼び出した。

私の悪夢の中へ、彼を連れ込んだ。


「わ!すご!おっきい!!」


怪物と化した私を見て、彼は喜んでいた。

どんな夢を見せても彼は喜んでウキウキしてくれていた。

大好きだった。本当に、大好きだった。


 しかしそれは健全な思いじゃなかった。

諦めなければと思い、今日を最後にして…もう夢を見せるのをやめよう、彼と私がずっと一緒に居られるという叶わない願望を抱くのをやめようと決意した。

その理由は、私のいとこにあった。

大好きで、大事な弟であり妹であり、兄であり姉である明人。

大好きでたまらない、大事でたまらない明人。その明人が、彼へ想いを寄せていると知ったから。

その理由も私なんかよりとっても重要でとっても大事。

だから、私は彼を諦めようと、高校2年に上がったあの日に見せた夢を最後にしようと決めた。


「何、してんの?」


悪夢を見た彼は目を光らせていた。

私の怪物と、私の…ワンピースと同じ色。黄色に光らせていた。

晶ちゃんのおかげで力について詳しくなった私には、彼が私のせいで力に目覚めたのだと理解できてしまった。


 気付いたら、私は彼の手を握っていた。

「…いつも…ありがとう…。」

彼は、目を見開き「こちらこそ」とお礼を言ってくれた。


 エゴだ。

これは私のエゴだった。

一学期から今まで、否、彼と会った夜から今の今まで全ての行動は私のエゴだった。

彼と、結ばれるかもしれないという、エゴで、妄想だった。


 彼の体温が心地良い。

あの夜を思い出す。彼が私を抱き締めてくれた夜を。

怪物に殺されて彼の意識から消えようとしていた私を、抱き締めてくれた彼の温度を、思い出した。


「…さやかさん…」

「……なあに?」


 彼の頭を撫でる。あの日の彼みたいに。

あの日の彼へ、お礼を伝えるかのように。


 叶わなくても構わない。

ただ、今だけはこのまま。こうさせて。


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