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本当の主人公  作者: 正さん
五章
39/87

39話「無題」


誰にも言えなかった。


中学の時を思い出した。


姉さんと家に帰って、教科書や筆箱を鞄に詰め込んでいると、僕が好きな人に依存するようになった原因が出来た日を思い出した。


目が大きいせいか、唇が薄いせいか、色素が薄いせいか、まつ毛が長いせいか、何が悪いのか何も分からなかった幼い僕を押さえつけ、めちゃくちゃに犯した先生を思い出した。


背筋が凍りついた。

冷たい手で身体中を弄られているような感覚。

トラウマを、嫌な思い出を自分から思い出す時…毎回現れる手に、好き勝手に体を触られる。


「…っ……。」

「明人、もう準備出来………!!明人!?」


気付いたらその場に倒れていた。

姉さんが走る音が聞こえた。

冷たい手を追い払うかのように、姉さんの手が僕の体を撫でてくれた。

小さくて柔らかい、可愛くて温かい手。


「ねえさん…。」

「どうしたの…?また思い出した…?」

「……僕行けない。」

「分かった、他の場所にして貰おうか。」

「……ごめん姉さん。」

「いいよ、いいんだよ明人…今日は側に居ようか?」

「うん…いてほしい……。」

「分かった、連絡するね…お父さん呼ぼうか?」

「いらない…。」

「分かった、ちょっと待っててね、朱里ちゃんに電話するから。」


思い出した。


汚い手で体を触られて、気持ち悪いって思ったけど…。

気持ち悪かったけど。

親から関心が欲しかった僕は…これが…父親が…お父さんが、僕を気にしてくれる何かになると思って…。

…少しだけ、嬉しかった。



信頼してた先生に犯されて放心していた時を思い出した。

もう暗くなってて、生臭い香りがして、血の匂いもして、口の中血まみれで。


美術室の床の上で、先生が僕を放置して帰っていく後ろ姿をぼーっと見ていた。

そんなとき、教室を通る影が見えたんだ。


もうとっくに下校時間になっているのに、もうとっくに部活が終わってるはずなのに美術室に電気がついているのに気付いた、美術部の副顧問の先生が、寝ている僕を見つけた。

見つけてくれた。



「明人君!!」

そう叫ぶ声が聞こえた。

服を乱暴に脱がされて、ボロボロになっている僕に、汚れるなんて事気にせずに上着をかけてくれて…しばらく僕の側にいてから…職員室へ走っていったっけ。



それからしばらく経って、先生が僕を車で家まで送ってくれた。

両親が離婚して、親権は僕のお父さんに渡った。

だけど男手一つで育てるのは無理…と、勝手に判断した父さんの姉家族と一緒に住んでる家に、送ってくれた。



心配した姉さんの親にビンタされた。

父さんは仕事の打ち合わせでいなかった。


怒ってる姉さんの親の表情を見た瞬間、僕を犯した先生の顔が過ぎって…その場に崩れ落ちて、吐きながら気絶した。


視界の隅で、自分の母親に思い切り怒鳴っている姉さんが見えた。


走ってる父さんも見えた。

鼻を真っ赤にして、涙をボロボロ流して、先生の胸ぐらを掴んでいる父さんが見えた。



父さん。

会いたい。



床が冷たい

あの日を思い出すくらい冷たい

学校に行けなくて

家でずっとこうしてた

ニュースになった

先生が訴えてくれた

でもニュースで報道された

僕のフルネームが

報道された

僕のフルネームが


…先生


怒ってた

僕の為に怒ってくれた先生が好きだった

大好きだった

何よりも大好きだった


…先生…。












「………松田先生……。」




中学を卒業した後、姉さんと同じ高校に通った。


父さんに無理を言って、姉さんと二人で暮らす事にした。

姉さんのお母さんは反対した。

いくら血が繋がっていようが仲が良かろうが、年頃の男と住ませるわけにはいかないって。


ごもっともだと思った。

だからと言って「僕は姉さんに興味ないから」って言ったとしても「男なら女に欲情して当然」とか言われそうだからやめておいた。


姉さんのお父さんは怒鳴る自分の奥さんを見ても何も言わなかった。

何も思ってなかったんだろうな。

そんな人達が大嫌いだった。

無関心だった。

だから姉さんの家庭が崩壊した原因になったんだ。


父さんの仕事の事情を知っておきながら、ヘラヘラ笑って「部屋に篭りきりで心配」だとか「陰気」だとか言う姉さんの親が嫌いだった。

両方嫌いだった。

大嫌いだった。


姉さんも、嫌いだったらしい。


家出するかのように出て行って、高校に入学し、クラス表を見た。


見覚えのない名前、見覚えのある名前を見た。

見覚えがあるのに、見覚えのない名前を見つけた。


[松田龍馬]


先生の息子さん?

と思ったけど先生は一度も息子の話をしなかった。

出来ない雰囲気があったんだ。

聞いても濁されたし、聞かない方がいいって判断して、僕は何も言わなかった。



……息子っぽい人になら…聞いても大丈夫かな。


どうしても気になり、床を這ってカバンの中にしまった携帯を取り出し、龍馬さんにメッセージを送る事にした。



『…龍馬さん、質問があるんですけど。』


『どうしたの?』


『答えられないなら平気なんですけど…龍馬さんのお父さんって、何のお仕事をされてる方なんですか?』


『サラリーマンだよ』

『普通に答えられるけど…何かあったの?』


『いえ、少し気になって…。』

『じゃあ、親戚の中で教師の方はいらっしゃいますか?』


『親戚?』

『おじさんなら昔中学校の先生やってたと思うけど…。』

『でもある事情で辞めたらしい…。』


『ありがとうございます。』


『いえいえ!役に立てたなら良かった!』

『明人君体調大丈夫?無理しちゃいけないよ?』


『ありがとうございます、少し休んだら平気になりました。』


『体調良くなったらお勉強教えてね!あんまり無理しちゃいけないよ!』


『ありがとうございます、龍馬さんの為に予習しておきますね。』





おじさん…?おじさんだったか…。


辞めた理由はきっと僕だ。

クビになったんだ。

校長先生と、松田先生と…僕のお父さんと、姉さんと僕と、何故か姉さんのお母さんが話した時。

…僕に対して、いわゆる…その…差別的な発言をした姉さんのお母さんを怒鳴りつけたから…それがきっと原因になったんだ。


そういうところが好きだった。

龍馬さんの、そういうところが好き。


アリスみたいにいつもはひょうひょうとして、何を考えてるか分からないのに実は熱血漢なところが好き。

優しすぎるところが好き。

好きだ。


でもさ、龍馬さんのおじさんにしては……ちょっと、似すぎてないか?



温厚な雰囲気に…垂れ目だけどクールな瞳…すらりと高い鼻にふっくらした唇…。

背は物凄く高い方ではないけど…骨がしっかりしてて…だけどほっぺが柔らかそうな感じ…。


おじさんにしては、少し、似すぎてるような。




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