38話「テスト」
20XX年 6月9日土曜日。
珍しく彩さんに呼び出され、高校の近くにあるファミレスに行く事になった。
ドリンクバーとポテトやピザをなんとなくで注文してから、神妙な顔つきをしている彩さんに
「彩さん…今日は何で僕達をここに?」
と尋ねてみると、ゆっくりと頷いてから
「この前の中間テストの結果が最悪だったって話したっけ…。」
鞄の中からぐちゃぐちゃになった紙を取り出した。
「…わ、ほぼ赤点じゃん。」
と、その紙を破らないよう慎重に広げてから点数を指摘する智明。
「待って、姉さん字汚いじゃん、だからこれがdなのにaだって思われてるだけ、教師が馬鹿なんだよ。」
と言いながら机に広げたテスト用紙を指差し、点数をつけた先生を罵倒する明人君。
「彩ちゃん、これは流石にまずいんじゃないかな…一桁だよ…一桁…。」
と、点数を指摘し注意する朱里さん。
それ以外の2人は…。
僕と…晶さんは…。
智明の隣に座っている晶さんを横目でチラッと見てみると、明人君が見てるテスト用紙を横目で見てからこう呟いた。
「んー、うちよりかは高いな。」
「…え?晶ちゃん何点…?」
「うち名前の書き忘れが多くて0点やねん。」
と言いながら、カバンの中から同じようにぐちゃぐちゃになったテストを取り出した。
何で二人ともテスト用紙をぐちゃぐちゃにしてるの…?
イライラして握りつぶしちゃったの…?
ていうかなんで持ち歩いてるの…?
「名前の書き忘れ!?そんなの低い点数っていうアレに入らないよ!!」
「ねえ明人君…彩ちゃんってもっと語彙力高くなかったっけ…?」
「多分自分のバカさに気付いて一時的に知能が下がってるんだと思う…。」
明人君はいつでも冷静だな…。
「…なあ晶、これ大体間違ってるぞ、点数つけるなら25くらい。」
「わー…その教科私でも30は取れてるよ…?私より低いね…。」
「………0よりは高いやん…。」
…やっぱ言えない…言えないよ…。
バレないよう必死でコーヒーを飲んでいると、そんな僕に気付いた向かいに座ってる智明が僕の手を掴み、マグカップから無理矢理口を離させた。
「あ、そういえば龍、お前この前のテスト何点だった?」
「ん″え″」
「「ん″え″」じゃなくて、言ってみろ。」
「…僕文系だから。」
「「僕文系だから」じゃなくて、言ってみろ。」
「えーっと…。」
と呟きながら顔を上げると、みんなが僕の方を向き、不安そうな顔をしていた。
どうしよ…絶対呆れられるって…バカにされちゃうよ…。
「えっと…呆れられるかもしれませんけど…。」
「何で敬語…?」
「呆れませんよ、言ってみてください。」
「…理系は無理…全部赤点…。」
「文系は?」
「文系もギリ許容範囲…。」
「許容範囲って…?」
「……43点?」
「あーー…。」
「ほら呆れた!」
「大丈夫龍馬君!私10点だから!」
「彩ちゃんそれ励ましになってないよ。」
「馬鹿が馬鹿と競ってるだけやで。」
「0点が口を開くな。」
「うっさいわ黙れ陰湿ストーカー!」
「黙れ社会のゴミ!」
「こらこら喧嘩しないの。」
今日は朱里さんがツッコミ役か…大変そうだな…。
すると、突然朱里さんが鞄の中からスケジュール帳を取り出し、とある日付けを指差した。
「晶、この日何の日か分かる?」
「?何の日やっけ?」
「期末テストの日。」
「あ。」
「あっ…。」
「……忘れてたんだね…。」
やばい…忘れてた…。
期末テストか…どうしよう…。
「馬鹿2人が顔見合わせてるぞ。」
「私は覚えてたよ!だから頼ろうと思って呼び出したんだ!」
「自慢になんねえよ。」
わー…今日彩さんと明人君が元気で嬉しいな…。
何て考えていると、朱里さんが
「……本当、本格的にアレをするしかないみたいだね。」
「朱里ちゃん…お願いしてもいいかな…。」
「アレって?」
「勉強会、この子達3人に教える事で私達も復習になるだろうし良い考えじゃない?」
あー!そっか、その手があった!
みんな説明上手だし良いかも…それに僕が助けになれるんだったらそれに越した事ないよね!
しかし明人君がこんな言葉を口にした。
「僕は龍馬さんにしか教えない。」
あっ…明人君…。
ちょっと申し訳ないしこんな事思うの恥ずかしいんだけど……明人君ならこういう事言うだろうなって思っちゃった…。
「あっきー!お願い!一緒に住んでるんだから!」
「大声で言うな、誤解を招きたくない。」
「あっきー!お願い!ソウルメイトやんか!」
「大声で言うな、誤解を招きたくない。」
「あっきー!僕のお世話お願い!」
「大…っ…ゴホッ!!ゴホッ!!ちょっと待っ…ゴホン!!」
「気管に唾液が入ったんか。」
「唾液言うな、ハッピージュースと言え。」
「お前のファン向きの表現やんけ。」
「いや…そうでもないんじゃない…?」
…もっと責められると思ったけど…優しいんだな、みんな。
「今日一旦お家に帰ってから勉強道具を持ち寄って、誰かの家に6人で集まってお勉強会しよ、分かった?」
朱里さんがそう言うと、みんなが顔を見合わせてから確かめるように2〜3回頷いた。
「分かった、そうしよっか!」
彩さんが嬉しそうにニコニコしてる…。
今日はみんな楽しそうで嬉しいな…。
「じゃあ…今日は誰のお家借りていい?」
と言いながら、朱里さんがスケジュール帳のメモ帳欄を開き、ペンで僕達6人の名前を書いた。
「あー…ごめん、沢田家は無理だわ…狭いし妹がうるさいから。」
智明のお家は無理か…そっか、そうだよね…。
この前お邪魔したばっかなのにその上6人もお家に上がり込んじゃったら迷惑だろうから…仕方ないね。
「じゃあ僕の家は?あんまり広くは無いけど、隣の人お仕事でよくお家開けてるから静かだし…あんまり迷惑にならないと思う…。」
と言ってみると、みんなが顔を見合わせてから、晶さんが明人君の頭を掴み、無理矢理僕の方へ向かせた。
「龍馬君、この変態ちゃんがお家に行くんやで?」
「殺すぞ。」
「下着が2〜3枚無くなってもいいん?」
「殺すぞ。」
変態…か…。
「みんなごめん、僕の家無理っぽい…。」
「おい晶、お前で末代にしてやるからな。」
「あっそ、うちのお家は?」
「ダメ、お友達連れて行ったら晶のお父さん泣くでしょ。」
「そっか。」
わー優しいお父さんだな…晶さんのお父さんってどんな人なんだろ…一回会ってみたいな…。
「んー…私の家も無理だし…彩ちゃんと明人君の家は?」
「いいよ、そうし…あっ…。」
池崎姉弟の家で決まりかけた時、ふと空気がピリッと冷たくなった。
「…池崎の家でいいのか?」
「……やめよう、他の場所に…。」
「せやな…他なんか勉強出来る場所あるか探すわ。」
何でみんなそんなにソワソワして……あぁ…。
そっか、僕明人君に襲われたんだ…。
だからそれを気にして二人のおうちはやめようっていう流れになってるんだ…優しいな…みんな…。
「…別の場所にしよう。」
なんて考えながらみんなの顔を見ていると、明人君がさっきまでの姿からは想像出来ないくらい弱々しい声でそう呟いた。
…ダメだ、気を遣わせちゃダメ。
それに僕は対して気にしてないし。
「明人君大丈夫だよ、彩さんと明人君のおうちにしよっか…良い?」
と言うと、みんなが顔を見合わせ、彩さんがゆっくり頷いた。
しかし、智明は納得出来なかったのか、俯いている明人君にこう尋ねた。
「…なあ明人、デリケートな話題だけど…この際だから踏み込んでもいいか。」
「…あぁ。」
「お前…何で龍を襲ったんだ?1〜2ヶ月しか一緒に居ないけど「我慢出来なかった」とか「ついカッとなって」とか事思うような奴じゃないってのは分かってるし…。」
…確かに…でも明人君はあの日「一年かかった」って言ってたから…ずっと僕をああやって部屋に呼ぶ事を計画してたって事だよね…。
何で僕なんかを…?
と悩んでいると、明人君が
「……理解しなくていい、理解して欲しくて言うわけじゃないし。」
ぼそぼそと弱々しく呟いた。
ストローの袋をいじりながら下唇をぐっと噛み、苦しそうに溜息をついている。
「…言って、知りたい。」
「龍馬君…。」
「僕に何か原因があるなら治せるし、明人君に何か問題があるんだとしたら友達として向き合っていきたい。」
そう言うと、明人君が顔を上げ慌てて
「龍馬さんは悪くありません!僕が悪いんです!何もかも!」
と言った。
明人君…なら尚更理由を知りたいよ…。
僕は悪くないって…そんな自信なさげに言われたらもっとどんな理由か気になっちゃうじゃん。
「…言って、悪いかどうかは当事者の僕が決める。」
あの時みたいに震えている明人君にそう伝えると、目をぐっと見開いてから、か細い声でこう呟いた。
「あ………諦めたかったんです。」
「…え?」
「僕が龍馬さんの事を好きになった…理由があって、それが…よ…よく考えてみたら矛盾してるし…龍馬さんに申し訳ないな…って思って。」
僕に申し訳ないって…どんな理由?
僕みたいな弱い奴なら手籠にできそうだから…とか…好き勝手に洗脳できそうとかそんな理由でもいいよ?
くじ引きで決めたとかでも許せるよ?
どんな理由なの…?
「理由って?」
「……それは…言っても…誰も理解してくれないと思います。」
「…そっか。」
…まだ言ってくれないか。
仕方ないね、言いたくないなら無理に言わせちゃダメだ。
「…とにかく、龍馬さんに幻滅されたかったんです、幻滅して、顔も見たくないって…気持ち悪いって拒否されたくて…通報…されたくて……。」
「…うん。」
「そうしたら諦められる、気持ち悪い僕がいなくなるって思ったんです…本当にごめんなさい…。」
「…そっか。」
…そんなに悩ませてたなんて…なんか、申し訳ないな…。
「…ごめん、尚更気になっちゃうよ…明人君…話してくれないかな…なんで…僕なんかの事を好きになってくれたの?」
申し訳なさそうに俯く明人君にそう訪ねると、顔を上げ、
「……龍馬さんが…僕の恩人に…そっくりで。」
と答えた。
僕が、明人君の恩人に、そっくり。
「…………へぇ。」
「…龍馬君?ど…どうしたの…?」
「………なんでもないよ、別に。」
へぇ。
似てたんだ。




