35話「二人って付き合ってるの?」
「…あー…。」
ふと、晶の知り合いの子に告白された日の事を思い出した。
作戦に智明を利用した事についてはあまり良い気持ちはしないけど、晶にも考えがあってした事だから文句は言えない。
それに龍馬君を助けられたのも事実だ。
ちゃんと功績がある以上頭ごなしに批判するのは違うもんね。
なんて事を考えながら教室から出ると、智明が私を呼ぶ声がした。
「朱里!良かった、もう帰ったかと思った。」
「智明、何?どうしたの?」
いつもより少しだけ凛々しい表情をしてる智明にそう問いかけると、私から少しだけ視線を逸らし、こう呟いた。
「…一緒に帰ろ、いつも…あの馬鹿4人と帰ってたけど…たまには…2人で…さ……。」
凛々しい顔からは想像もできないくらい怯えた様子でそう呟く智明を更に落ち込ませることが出来なくて、用事がない事を頭の中で確認してから何回も頷くと、智明の顔がパッと明るくなり、嬉しそうに私の隣に駆け寄ってきた。
…わんちゃんみたいでかわいいな、本当。
「…どっか寄ってから帰る?」
「そうしようか…あ!そういえばさ、お前の好きな雑貨屋あんじゃん。」
「あー、電車乗らなきゃいけないとこにしかないやつ?」
「それ…この辺にも出来たらしい。」
「…え、マジで?」
「マジマジ、行こ。」
「うん!行く!」
「よっしゃ!」
わー…優しいな…私の好きなもの覚えててくれてるんだ、本当に優しいな、なんて思いながら智明に着いて行くと、手を差し伸べられている事に気付いた。
「……へ…?」
心臓がぎゅっと締め付けられたような感覚になる。
智明に初めて会った時と同じような感じで、胸がぎゅっと痛くなる。
手を…繋ごって言われてる。
…もしここで手を繋いで…この…学校の中…歩いてたら…100%付き合ってるって思われるじゃん…。
智明の事をよく知ってる子だったら尚更さ…。
智明ってボディタッチは多いけど…ハグとか手を繋いだりはしないから…もしそういうことを…してる相手がいるとしたら…大親友か…恋人な…わけで…。
…智明は、それでもいいって思ってるのかな。
私と、恋人同士だって思われてもいいのかな。
「…嫌なのか?」
手を繋ぎたいけどどうしようか躊躇していると、智明がまるで子犬のような瞳で見つめながらこう言ってきた。
「へ…?あ…い…ゃじゃ…。」
首を横に振りながら震える声で否定すると、智明がふんわりと微笑んでから私の手を優しく引いた。
「そっか、じゃあおいで。」
「…ヒェ…。」
「ヒェって何だよ。」
「…鳴き声。」
「鳴き声?」
「ピンチの時に出る。」
「ははは!今ピンチなのか!」
ケラケラと笑う智明の声が愛おしい。
じんわりと汗ばんでいる智明の手が愛おしい。
微かに震えてるのが愛しい。
私と目を合わせられない智明が可愛い。
経験豊富なはずなのにウブで可愛い。
やっぱり好きだな、なんて思ってしまう。
心読まれてないかな、私の気持ちバレてないかな、バレてて欲しいな、なんて馬鹿な事を考えながら私よりも大きな智明の手を軽く握りしめてみると、私より強い力できゅっと握り返してくれた。
「ここのアロマめっちゃ良い匂いするんだよね。」
「マジ?…わ、本当だ…めっちゃ良い匂い。」
「ハーブ系の匂い好きなの?」
「好きなのかも…え…これ買おうかな…。」
「いいじゃん!部屋に置いちゃお!」
「置くわ。」
「チョロいな…ちなみに私の部屋にあるのはこれ。」
「…おぉ、めっちゃ良い匂いする…。」
「匂いフェチだからめっちゃ気にしちゃうんだ、私。」
「へぇ…確かにお前良い匂いだもんな、ごめん。」
「何で謝んの?」
「セクハラになったかと思って…。」
「なってないよ、私にとってのセクハラは「智明のお尻いい形だねー!」って言う事だよ。」
「わ、モノとして見られた気分だ、俺の尻はタダじゃない。」
「なにそれ…ふふ。」
雑貨屋に到着し、部屋に置くフレグランスや化粧水を見ていると、隣で何度も「めちゃくちゃあるな、オススメは?」「ここの化粧水って良いのか?」と質問していた智明が突然こんな事を聞いて来た。
「あ、そうだ、雑貨屋で思い出したんだけど…この前彩ちゃんから俺ら2人の事聞かれたじゃん。」
彩ちゃんから?
そう言われてハッと気付いてしまった。
そうだ、あの時彩ちゃんに「2人って付き合ってるの?」って聞かれてからちょっと気まずかったんだった…。
「…あったね…あの時はちょっと対応に困っちゃったな…。」
そう答えながら化粧水を手に持ち、違うものを見に行こうとお店の中を歩くと、智明が私の後ろについて来ながら話を続けた。
「な…でさ…あん時からずっと一人で考えてるんだけど…やっぱお前の意見も必要だよなって…思って…わ、これ良いな…買おうかな…。」
意味も無く食器の棚を見ていると、智明が話しながら小さくてかわいいグラスのコップを指差した。
「わーなにそれかわい……お前の意見…って?」
と問いかけると、コップから目を逸らし、私の顔を見つめた。
「うん、やっぱそういう事ってちゃんとハッキリさせとかないとダメだし、もしもの時の為に備えておかなきゃって思ってさ。」
「…もしもの時って?」
智明が気になっていた小さなコップを手に持ち、ゆっくり首を傾げてみると、私から目を逸らし、同じようにコップを手に取った。
「まぁ、長い事グダグダ言ってても悩んでてもダメかなって思ってさ。」
「あ、彩ちゃんにどう言い訳しようかーって?俺ら2人はこういう関係だよ、って説明する為に…。」
「うん…だからさ。」
「うん。」
「俺ら付き合おうか。」
「……。」
「……。」
「……ヒェ…。」
「あ、ピンチだ。」




