31話 巻き込む
食券を購入し、晶さんの後ろに並ぶと、晶さんがそっと僕を見つめ、小さな声で話しかけてくれた。
「…今日さ、ここ人多いな。」
…そういえば…。
晶さんの言う通り、いつもはかなり静かで見覚えのある人達しか居なかったのに、今日は見覚えのない下学年の子達が沢山来てるんだ。
「…目合わせんなよ。」
「……うん、分かった。」
晶さんの言葉や、この子達の挙動を見たおかげで、みんな智明目当てで来ているんだと察した。
……智明は見せ物じゃないのに。
日替わり定食が乗ったトレーをテーブルに置くと、女の子3人組が僕達の顔を見比べながら、ゆっくりと話し始めた。
「メガネの下に眼」「包帯」「前髪分」「帯」「下に眼帯し」「帯…」「…」「前髪分けてた。」「巻」「メガネの下に眼」「前髪が」「包」「メガネ」
…仲悪いな。
晶さんに至っては「前髪分けてた。」って…それ晶さんも当てはまるし、大した見た目の特徴にならないから…。
彩さんなんてほぼ「帯」しか言えてないじゃん…。
ちょっとくらい譲り合おうよ…本当は仲良しなんだからさ…。
「ま…まぁまぁ…転校生が居て、その子がとにかく個性的だったって事でいいよな?」
睨み合い、まさにこれから喧嘩を始めそうな雰囲気を醸し出している3人を宥めるようにこう問いかける智明。
「…うん、そうだね。」
よかった、ちょっとだけ雰囲気が柔らかくなった。
「転校生の話?」
「私達も混ざっていい?」
そんな時、隣のクラスの子2人組が僕の了承も得ず、突然僕の隣に腰掛け、無理矢理話に割り込んできた。
あぁ…どうしよう…。
目線で僕と一番離れた場所にいる晶さんに助けを求めると、
「……いいけど、何?」
と、女の子2人組を少しだけ脅すように、いつもより少しだけ低めの声で話しかけた。
晶さんごめん…ありがとう…!
「どーも、それより聞いてよ!」
のっ…ノリ軽いな…。
呆れたように息を吐く晶さんに、目線で「ごめんね」と伝えてから、女の子2人組の話を聞くことにした。
「あの転校生っていたじゃん!何だっけ?し…なんとかってやつ!」
覚えてあげてよ…。
「あいつヤバくない?」
「だよね!なんか「私は力を持ってる」とか言ってんの!」
「なんか変な格好してさ?オシャレだとでも思ってんのかな?」
んー…何とも言えない気分の悪さ…。
もしここに転校生の子が来たらこの子達どうなるんだろ…僕達のせいにして逃げるのかな…?それとも
「私はいいと思ったんだけどね!」とか言って誤魔化したり…?
……ん?待って?力を持ってる?
力って…もしかして…!?
目の前にいる智明をじっと見つめると、智明が目を見開き、ゆっくりと頷いた。
転校生の子が…能力者かもってこと…?
「手首と首に包帯巻いてんの、マジで馬鹿じゃない?」
「僕も部屋では巻いてる。」
「へ…へぇ?」
「たまに力が覚醒するんだ。」
明人君すごいなぁ、1人で女の子2人の相手してる…。
なんて呑気な事を考えていると、朱里さんが僕をじっと見つめている事に気付いた。
…明人君に任せっきりじゃダメって事だよね…。
よし!ぼ…僕も何とかしよう…。
「そ…その子…ちきゃら持ってるって言っちゃっ…言ってたの?」
しまった、声が震えた。
それに噛んだ。
二回も。
ちきゃらって何だちきゃらって。
「話さなきゃよかった」と後悔していると、明人君が顔を真っ赤にし、瞳をキラキラと輝かせていた。
…まぁ、君が喜んでくれたのなら良かったよ…。
すると、僕の隣に座っている女の子が僕の方へ顔を向け、嬉しそうに話し始めた。
「そうそう!なんか「私には全部分かる」とか言ってんの!」
…私には全部分かる…?一体何を…?
「待てよ、そいつ何様のつもりだ?」
……明人君…追い払いたい気持ちも分かるし有難いけど、ちょっと面白すぎて集中できないからちょっとだけ静かにしてくれないかな…。
…もう一回わざと噛もうかな…。
なんて考えながら、バレないようにそっと息を吐くと、テーブルの上の携帯が震えた。
?…何だろ。
転校生の話で夢中になっている2人にバレない様にそっと画面を見てみると、僕がよく使っているメッセージアプリから
『彩さんがあなたを「会話用」に招待しました。』
という通知が来ていた。
…なるほど、トークルームを作ったんだ。
これなら楽に話せるね。
ロックを解除し、「参加」というボタンを押すと、通知を見たのかみんなが参加し、転校生の子についての会話が始まった。
『彩さん、力ってあの力の事かな?』
と送信してみると、すぐに既読が5つ付き、彩さんがこう返信してくれた。
『かもしれないね…まぁただの厨二病っていう可能性もあるけど…。』
厨二病か…。
携帯を机に伏せて置き、女の子2人の会話に適当に相槌を打ちながら定食を一口食べると、目の前の智明がバレないよう携帯をそっと指差した。
こちらを向いて「そう思わない?」と訪ねてくる女の子に「それは確かにそうかもね…。」と適当に返事してから、そっと携帯の画面を向け、「ん?」とまるで今初めて通知が来た事に気付いたようなフリをしながら会話の内容を見る。
『だとしても一回話した方が良いんじゃない?』
『一回聞いてみる?直接じゃなく遠回しに。』
『僕が聞く。』
『明人君が?』
『目には目を、歯には歯を、厨二病には厨二病を。』
『そのキャラまだ続けるんだ…。』
…うん、やっぱり聞いた方が良いかも。
その子がただの厨二病だったら仲良くなってそれで終わりだし…。
なんて呑気な事を考えていると、晶さんが
『ダメ』と一言だけ送ってきた。
…晶さん?
『ダメなの?晶。』
『あかん。』
『理由は?何となくわかるけど…一応ね。』
『もしその子がただの厨二病で「仲間を見つけた」って言いふらしたらどうする?』
……!
『噂は簡単に広がるってのは前回ので身に染みたやろ?』
『うん…。』
『変な噂を立てられて目立つのが嫌ってのもあるけど…それ以上に、うちはその子の事を巻き込みたくないねん。』
という、晶さんからのメッセージが画面に表示された時、女の子2人が大声で笑いだし、強制的に会話が終了してしまった。
……晶さん、あんな短時間で僕達と転校生の子の為にあそこまで考えて…。
…尊敬しちゃうな、本当に。
そっと顔を上げ、晶さんの顔を見ると、どこか泣きそうな瞳で頷いた。
そんな晶さんの背後に
「誰を巻き込みたくないって?」
見覚えのない女の子が立っていた。
「……!!!あっ…!!」
真後ろにいる女の子に驚いた晶さんが、見た事のないくらいのリアクションで驚き、膝を思い切りテーブルにぶつけた。
痛そうだな…あとで保健室行って保冷剤貰って来てあげよう…。
晶さんがか細い悲鳴をあげながら自分の膝を撫でているところを見ていると、明人君が突然こんな事を口走った。
「…お前誰?転校生のし、なんとか?」
明人君!!??失礼だよ!?初対面なのに!!!
「し…なんとか…?」
ほら困っちゃった!
「…覚えて貰えてないのか…。」
ほら地雷踏んだ!明人君のせいで転校生の子ちょっと居心地悪そうにしてるじゃん!
注意の為に明人君をじっと睨むと、自分が地雷を踏んだ事に気付いたのか、まるで叱られた子犬のようにしょんぼりと落ち込んでしまった。
ご…ごめん、そこまで落ち込ませるつもりは…。
…いや、厳しく生きよう、僕は明人君に…。
「し、なんとかじゃない…私は詩寂だ、お前はもう分かってるだろうけど…な?」
…くそ…割り込まれた…。
自分の膝を撫でながらひぃひぃと唸っている晶さんにこう話しかける転校生のしじゃくさん。
しかし、晶さんは背後にいる転校生に大声で怒鳴り始めた。
…ん?この子さっきなんて言った?
「はぁ!?まず謝れやうちはお前のせいで怪我してんねんぞ!?」
「す…すまん…。」
「遅いっつうねん!床に頭擦り付けんかい!!」
「は…はい……。」
「晶後で校舎裏来て。」
「は…はい……。」
誰の心も読まないと決めて4日。
背後に立たれるのも質問をされるのも困ってしまう。
ただの被害妄想なんだけれど、何を言ってもバカにされる未来が見えて怖いんだ。
そんな事経験した事ないのに、バカみたいに怯えている自分すら怖い。
少し前までこれが普通だったというのが怖い。
みっともなく泣いて、未来の自分にバカにされそうで怖い。
私にとっての世界は私の為にあるという事実が、怖い。
私が死んだら、私が居なくなるという当たり前の事実が怖い。
心を読めないだけで、私すら怖い。
何もかもが怖くて怖い。
「…ッ……。」
隣にいる子にバレないよう鼻を啜り、ゆっくりと深呼吸をすると、突然扉をノックされた。
…しまった、見ず知らずの誰かに迷惑かけちゃった。
「…ちょっと待って、今出るわ。」
と言いながらスカートの乱れを直し、適当な長さで切ったトイレットペーパーで鼻を拭いてから水を流す。
…女子トイレに長居すんのはあかんな、迷惑になっちゃう。
なんて考えながら鍵を開ける為扉に手をかけると、壁の向こう側からこんな声が聞こえた。
「合言葉は?」
「……は?」
「合言葉。」
…合言葉?
開けるための合言葉?何の為に?ていうかそれってうちが言う側じゃないの…?
「あーいーこーとーばー。」
……仕方ない、付き合うか。
「あーーいーーこーーとーーばーー。」
どんどん叩くな、分かったから。
「…ひらけ、ゴマ。」
「不正解だ。」
「山?」
「川、不正解。」
「隣の客は?」
「よく柿食う客だ、不正解。」
「カナタラマバサ?」
「アカチャチャカタパ、不正解。」
「今履いてるパンツの色は?」
「黒、不正解。」
「ブラは?」
「黒、不正解。」
「うちの事どれくらい好き?」
「2つ前と1つ前の質問で誰よりも嫌いになった、不正解。」
うわ、何でも答えてくれるやん。
いい友達になれそうや、嫌われたけど。
数回咳払いをしてから「開けるな!」とうちを注意する声を無視し扉を開けると、そこには案の定、昼間うちの背後に現れ、うちに怒鳴られた転校生が。
「…何の用や?」
「私の名前は知っているな?」
「質問に質問で返すなや…シジャクやろ?」
「あぁ、でも意味は知らないだろう?」
「……。」
「聞けよ、まず詩寂の詩は…。」
「うるさい。」
「まぁ面白いから…。」
…こいつなんでうちに構うん?
もしかして気に入られてる?
やとしたら何で気に入られてんの?
……あー…めんどくさ。
蛇口をひねり、苛立ちをぶつけるように手をバシャバシャと雑に洗うと、シジャクがうちの肩を抱き
「…イライラしてんの?かわい子ちゃん。」
なんて生意気を言ってきた。
「誰のせいやと思う?」
そんなシジャクの手を濡れた手で掴むと、うめき声をあげてから飛び退いた。
「ゔ…ッ!!」
…おや、もしかして潔癖症か?
「分かってるやろうけど…うちこの手水でしか洗ってないで。」
「っ!!!」
やっぱ潔癖症か…じゃあトイレで話そうとすんなや。
…ふっ。
霧吹きで水をかけられた猫のように体を縮こませ、うちをじっと見つめているシジャクを見ていると、何故か笑えてきた。
隣の個室に居た子がもう居ない事を確認してから、
「ふふ…で、用って何やねん。」
トイレに備え付けてある紙ナプキンで手をゴシゴシと拭いているシジャクにこう問いかけると、まるで信じられないものを見るような目でうちをじっと見つめてきた。
…?
「何?なんか文句でもあんの?」
と言いながら、まだ湿っている手をシジャクに向けると、身体を大きく震わせ、か細い声でこう呟いた。
「…の…能力……使って…心読めばいいじゃん…。」
「……あ?」
…能力?
こいつ…何でうちの能力の事を知って…。
「全部分かる、お前の真似した奴らの事も、目覚めた原因も、能力の使用履歴も全てな。」
…まさかうちがナチュラルに心読まれる側になるとは思わんかった…。
……でもこいつが嘘をついてるとは考えにくい。
…仕方ないな、試してみるか。
「…全部って例えば?」
「全部だ。」
「じゃあうちは最近誰をコピーした?」
「少し前に池崎明人だ、あのエセ厨二。」
「…の、何を真似した?全部言えるか?」
「声と、あと歌の実力。」
「あとは?」
「松田龍馬の目もコピーしたし…小説のキャラの何かをコピーした。」
「……全問正解や、凄いな。」
…うん、やっぱり本物や。
…あとあの事さえ分かれば信用できるんやけど…まぁ、仕方ないか。
なんて事を考えながらハンドソープを洗い流していると、詩寂がこんな事を口にした。
「澁澤環…お前が能力を手に入れた原因の男よな。」
…澁澤…あの、チート野郎。
腕が震えるほど強く手を握りしめ、うちが唯一と言っていいほど憎んでいる奴の顔を思い出す。
「『環を見習え』『出来損ない』『お前が女じゃなきゃ』」
…詩寂…が…いちいちうちの…トラ…ウマ…を…。
「『女で良かったな、これで許されるんだから。』」
詩寂が……いちいち、うちの…昔の……。
…ふざけんな、なんでうちがこんな事…。
「『環と結婚すりゃあお前にだってチャンスが。』」
「おい花脇楓、そんなに殺されたいか。」
「……!」
「……あ……。」
…しまった…つい…いつものクセが…。
ただの高校生に何してんのやうちは……あかん、何とかしよう…金を払ってでも解決せな…そうじゃなきゃ怖がらせたまま…。
「…4日ぶりだな。」
「……は?」
「…心を読む力……使ったの…。」
「……。」
…詩寂の言う通り、うちは大体4日間…龍馬との約束通り心を読んでなかった。
でも…さっき…つい…腹が立って…。
……くそ、こんなんじゃ強い人間になんかなれるわけ…。
「…うん…ごめんな詩寂…さっき…あんな事言って…。」
と、怯えている詩寂に頭を下げて謝ると、自分の首の包帯を撫でながらこう答えた。
「…良いんだよ、言われ慣れてる。」
「……そっか、うちもやで。」
……こいつは、信頼して良いな。
さっき心読んで全部分かった。
こいつの心ん中は真っ白や、ただ言っても良い事とあかん事の境界線が分からんだけや、大丈夫。
「…許してくれたお礼に一個教えるわ。」
「……何?」
「うちな?…もう心は読まへんって決めたんや。」
「へぇ、何で?」
「友達と約束したから。」
「そうか、もしかして松田龍馬と?」
ガタガタッ!!
……これは動揺したうちが紙ナプキンの箱をぶっ壊す音。
「……へぇ、松田龍馬にほの字か。」
ガチャンッ!!
…これは直そうとして悪化させた音。
「……違う。」
「違うのか?」
「うん、うちは誰の事も好きにならへんって決めたから。」
「そっか、深くは聞かないよ。」
「ありがとうな…で、結局トイレの合言葉は何やったん?」
「心読んだだろ?」
「そん時お前合言葉のこと考えてなかったやん。」
「そっか、合言葉はお前のフルネームだ。」
「……何や、超絶簡単やんけ。」




