30話 カタルシス
5月24日、木曜日。
あの日から4日経った。
智明と話し、能力の事を打ち明けた日から4日。
日曜日に会って話したお陰か、智明は前と違ってちゃんとメッセージにも返信してくれる様になったし、ほんの少しだけ明るくなった様な気がする。
…まあ。
『これ以上明るくなってどうするの?太陽にでもなるつもり?』
っていう僕史上最大のギャグに「おやすみ」とだけ返した智明の事は何があっても絶対に許さないけど。
なんて事を考えながら、解けた靴紐を結ぶ為にそっとしゃがみこむと、ふとあの日の晶さんの言葉が脳裏を過ぎった。
『…うちさ、もう…心読まへん事にしたんよ、能力に頼らずに生きていけたらなって思ったから…。』
と、自信が無さそうで、でも…どこか元気を貰えるような声で、僕にだけ教えてくれたんだ。
どうして僕にだけ教えてくれたのかは分からないけど…でも、どんな事でも”僕だけ”っていうのは…嬉しいな。
まぁ…あの後僕以外に話してるかもしれないけど…ね。
なんて事を、靴紐を思い切り固く縛りながら考える。
…晶さん…頑張ってね。
心の中でそう呟いてから立ち上がり、いつも通り明人君が音楽を聴きながら待っている校門へ到着する。
「明人君おはよう!先に入ってても良いんだよ?」
さっきまでしていたイヤホンを外し、目をキラキラと輝かせる明人君にそう言うと、首を軽く横に振ってから、慣れていないのか少し引きつった笑顔で笑った。
「あはは…気にしないでください…。」
わぁ…ぎこちないなぁ…明人君はそのままでいいのに…。
「わ…分かった…じゃあ教室行こっか…?」
と言いながら学校の敷地内へ足を踏み入れると、明人君が「あ」と小さい声を上げ、僕の肩を軽く叩いてからこう尋ねてきた。
「すみません…あの…少しだけ待っていてくれませんか?どうしてもしなきゃいけない用事があって…。」
…?用事…?
「いいけど…どうしたの?」
と尋ねると、明人君が少し背伸びをして周りを見渡し、遠くの方にいる朱里さんを指差した。
「あー…あの、あいつに用事があるんです。」
「あいつって…朱里さんの事?」
僕達に気付いた朱里さんがこちらに手を振っているのか、面倒そうに手を振り返している明人君にこう尋ねてみると、不思議そうな顔をしてから何回も頷いた。
「え?朱里?…あぁー、そうです、朱里朱里。」
「そっか、じゃあここで待ってるから行っておいで?」
…って…ちょっと言い方おかしかったな…。
いくら明人君が僕の事を想ってくれてるからってあんな態度…。
なんか犬に命令するみたいな言い方じゃなかった…?
なんて後悔していると、明人君がどこか嬉しそうに「はい」と返事し、朱里さんの元へ小走りで向かった。
そういえば明人君…朱里さんの名前聞いた時不思議そうな顔してたけど…もしかして…朱里さんの名前覚えてない…とか…?
流石にそれはない……よね……?
…ないよね…?
なんて事が頭をよぎり、少し不安になっていると、ふと隣のクラスの女の子3人組の会話が耳に入った。
「あいつだよ…あの髪の毛長いやつ。」
「あいつ?あいつが智明の暴力事件の元凶?」
「うっわ、何楽しそうに手振ってんの?性格悪すぎない?」
悲しいけど…事情を一ミリも知らなかったらこういう考えになっちゃう…ってのが当然なのかな。
…正直言うと朱里さんの愚痴を聞くのは今回が初めてじゃないんだけどね。
智明が休むようになってから毎日のように聞いてるし…。
正直気分が悪いけど、僕が誰かの愚痴を止めるには能力を使うしか無いし…。
また能力を使って晶さんや朱里さんに迷惑かけたくないから…。
…これがジレンマなのかな…。
なんて考えていると、明人君が女の子達の愚痴に気付いたのか、態とらしく女の子達にぶつかってから、朱里さんの元へ向かった。
「どけ、邪魔。」
どけ、邪魔。って…酷いな…。
…ちょっとスッキリしたのは内緒。
「明くんおはよ!」
嬉しそうににっこりと笑う朱里さんに少したじろぎ、恐らく肝心な何かを伝えようと唸る明人君。
「あ…んと…何だっけ…。」
明人君ってちょっとドジで可愛いなぁ…。
なんて呑気な事を考えていると、明人君の口から思いもよらない言葉が飛び出した。
「ゆっくりでいいよ、何?」
「そうだ…あの…今日智明来るらしいぞ…電話で聞いた…。」
…?智明…今日来るの…?
ていうか、それより、電話?
電話したの?智明と?明人君が?
明人君の言った言葉が理解出来なくて1人で勝手に焦っていると、2人がこちらへ歩みを進めながら、朱里さんが嬉しそうにケラケラと笑い始めた。
「ふふ…そうなの?本当に?電話したの?」
「した…っていうか…毎日かけてた」
「毎日?」
「うん、多分相当迷惑だったと思う。」
毎日かけてたの…?
バカ明…僕の電話には出ないくせに明人君の電話には出るんだ…。
なんか浮気された気分…。
「ふふ…本当に毎日かけてたの?」
「1日平均50回はかけてた。」
そりゃあ出るわ、責めてごめん智明。
一生親友だからね。
なんて頭の中で勝手に智明に向けて謝っていると、明人君が軽く咳をしてから、ゆっくりと優しいトーンで朱里さんに話し始めた。
「あいつ、僕達に何回も会いたいって言ってたし、何回も謝ってた。」
すると、その言葉を聞いた朱里さんが、少しだけ目を大きく開いてから、ゆっくりと確かめるように頷き、少しだけ寂しそうにこう呟いた。
「…うん、分かってるよ、全部分かってる。」
だよね、この前3人で会いに行ったもんね。
2人の会話を聞きながら日曜日の事をふんわりと思い出していると、朱里さんが何かに気付いたように「あっ…」と声をあげ、明人君にこう質問した。
「ねえ、なんで私に智明が来るって教えてくれたの?智明の幼馴染の龍馬君もいるのに…。」
言い終わると、僕の事をじっと見つめ、軽く手を振ってくれた。
…確かに…それはちょっと僕も気になったな。
明人君はなんで僕じゃなくて真っ先に朱里さんに教えたんだろう…。
と、朱里さんに手を振り返しながら考えていると、不思議そうに首を傾げ、僕と朱里さんを交互に見ながら
「…?智明の事好きじゃなかったっけ…?」と小さな声で呟いた。
…なるほど、明人君は2人の恋のキューピッドなんだね。
じゃあ明人君は朱里さんの為にいっぱい電話してたんだ。
なんだ、かわいいなぁ…。
「ふふ…そっか…ありがとね、明くん。」
「…うん。」
「あと一つだけ聞いてもいい?」
「いいぞ」
「…私の名前…分かる?」
「……あやか」
「お…惜しい……」
_ _ _
「あ!!龍馬さん、ちょっと待って…ください…。」
「…??」
教室に入ろうと扉に手をかけた瞬間、明人君が突然大声を上げ、僕の動きを止めた。
「どうしたの…?」
何かしてはいけない事をしてしまったのかな…と思った僕は、何故かそわそわとあたりを警戒している明人君の顔を覗き込み、こう質問してみることにした。
「こっちの扉って開けちゃダメなんだっけ…?」
と尋ねると、明人君が目を大きく見開き、ぶんぶんと首を横に振った。
「違います!あー…なんて説明すればいいのか…。」
…?どうしたんだろ…。
僕が扉に触ると困るの…?
もしかして扉を開けた途端黒板消しが降ってきたり顔面にパイをぶつけてきたりするつもり…!?
それとも今日は誰かの誕生日で…みんながサプライズの準備をしてるとか…。
こっちの可能性の方が高いかな…。
「龍馬さん…ちょっと下がってください。」
「え?わ…分かった…。」
色んなパターンを想像してみてもどれもピンとこなくて、1人でうんうん唸っていると、明人君が何故か照れながら僕に指示を出し、そっと扉に手をかけた。
そして、ゆっくりと扉を開き、僕へ入るように促した。
「…どうぞ」
あぁ〜、レディーファーストってやつか!
明人君は僕をエスコートしたかったんだ…!
「あぁ…明人君ありがとね…!」
……待って?僕がレディー?
僕を見て微笑んでいる明人君に微笑み返しながら教室に足を踏み入れると、クラスメイトが僕に駆け寄り、
「…松田…」
と、恐る恐る僕の名前を呼んでからクラスの中央をそっと親指で指差した。
……ん?
クラスメイトが指差す方を見てみると、そこには、髪を切ったのか、あの日よりも少しだけ痩せたのか、妙にすっきりしている智明が、堂々と背筋を伸ばして座っていた。
「…智明…。」
そっと智明の名前を呼ぶと、智明が僕と明人君をじっと見つめ、そっと微笑んでくれた。
「…。」
_ _ _
「いやぁー!!久しぶりだな明人―!!元気だったか!!??」
「うざい、離れろ。」
「絶対離れねえよN極!」
「やめろ僕はS極だ。」
「反発してねえぞぉ〜!?N極のくせにぃ〜!」
「うざい、僕は磁石じゃない。」
「じゃあ俺だけが磁石だ!お前は金属だな!」
「そろそろ通報するぞ。」
「冗談よせって…ちょっと待てマジで電話かけようとしてねえか?」
よかった、いつも通りだ…。
智明はいつも通りウザい。
最早安心するレベルのウザさだ。
学食に集まり、面倒臭そうに智明の対応をしている明人君を見ていると、ふと朝一番に起きた出来事を思い出した。
「そういえばさ、智明髪の毛切ったんだね。」
「そうだぞ、心機一転頭を丸めてみたんだ!男前だろ!?」
「いや丸まってはいないよ、ただ短く切っただけじゃん。」
そう、僕は全然気付かなかったんだけど、智明が髪を切っていたんだ。
全体的に短くなってるだけじゃなくて、よく見たら若干刈り上げてて…前よりもかなりいかつくなってる。
だからか、教室に入った女の子たちがみんな智明の事を見てヒソヒソと話していたんだ。
まぁ、聞くつもりは無かったんだけど、クラスの子達が口を揃えて
「前よりも今の方がいい」「世界一かっこいい」って褒めてたんだよね。
「お前ウザい、僕の時は全然気付かれなかったのに。」
「お前サイコパスなのか?みんな騒いでたぞ?『池崎明人がラブコメの登場人物みたいだ』って。」
「僕の耳には届いてない、思い切って切ったのに、正直悔しかった。」
…うん、分かるよ。
僕も休みの時ちょっとだけ切ったのに明人君以外誰も気付いてくれなかったもん。
智明すら。
まぁ智明が切ったのに気付かなかった僕もアレだけど…。
…今更遅いかもしれないけど…お礼に明人君の髪の毛に反応してあげようかな。
椅子から立ち上がり、肺いっぱいに息を吸い込んでから、不思議そうに僕を見つめている明人君に向かってこう叫んでみる。
「えぇ〜〜!?明人君髪切ってるぅぅうう!!??」
「…いや、今は明人じゃなくて俺の髪の毛に触れて欲しいんだけど…。」
「りゅ…龍馬さ……りゅっ…!りゅ……!!」
「分かったから落ち着け、大丈夫だから。」
「もう一回言ってください!!録音しますから!!!」
「おい無茶言うな、龍馬が困っちまうだろ。」
「えぇ〜〜!?明人君髪切ってるぅぅうう!!??」
「言うのかよ、優しいなお前。」
何回も文句を言われ、良い加減我慢出来なくなった明人君が智明の足を思い切り踏んづける所を見ていると、朱里さんが、晶さんと彩さんを呼んでくれたのか、女の子3人が学食に入って来るのが見えた。
「智明君久しぶり…朝から元気だね…。」
「おう!彩ちゃん久しぶり!今は昼だけどな!」
うわぁ…足踏まれながらサラッと挨拶してサラッとツッコミ入れた…流石モテ男は違うな…。
なんて事を考えていると、朱里さんが何故か真剣に僕の事を見つめているのに気付いた。
「…?朱里さんどうしたの?」
と尋ねてみても、何故か疑い深そうに僕をじっと見つめ、何故か3回頷いてから
「何でもないよ」と答えた。
いや…そんな反応絶対何かある人しかしないよ…。
何かまずい事でもしちゃってたのかな…。
と思い、今日の僕の行動を振り返ってみても何もピンと来ず、頭を悩ませていると、朱里さんが何事も無かったかのように話を切り出した。
「そういえば聞いて!今日新しく転校生が来てさ!」
…転校生?
「…この時期に珍しいな。」
珍しく明人君がそう呟き、疑い深そうに朱里さんの顔を見つめた。
「…その転校生ってどんな子なの?男の子?女の子?」
僕たちが座っている場所の隣にある4人掛けの席に座った3人にそう尋ねてみると、顔を見合わせてから、彩さんが小さな声でこう答えてくれた。
「…めっちゃくちゃ厨二病。」
「?厨二病………?」




