26話「能力を持っただけの普通の女の子」
「なあなあ、これでほんまに大丈夫かな。」
晶さんが、本の入ったレジ袋を見ながら、朱里さんと僕にこう尋ねてきた。
「良いと思うけど…何か足りないものとかあったかな?」
と問い返すと、晶さんがレジ袋の中身を覗き、そっと首を横に振った。
…どうしたんだろう。
「晶何か気になることでもあるの?」
何かを察したのか、朱里さんが困った顔をする晶さんにこう尋ねた。
すると、晶さんが朱里さんの声を聞いた途端その場に突然立ち止まり、目を見開き、声を発した。
「あ”…」
…?ど…どうしたんだろ…。
誰が見ても、何か異変があったと分かる顔をしている晶さんに
「大丈夫……?」
と尋ねると、思い切り首を横に振りこう答えた。
「無理…」
「む、無理!!??」
「朱里!!来て!こっち来て!!」
「え!!??」
「良いから!!早くせえやノロマ!!!」
「えぇ!!??」
晶さんが突然大きな声を出し、無理矢理朱里さんを近くに寄せ、耳にそっと何かを囁いた。
すると、朱里さんが数回頷いてから、晶さんの肩に手を回し何処かへ誘導した。
「…歩ける?」
「ゆっくりなら……」
……?晶さんどうしたんだろ…。
「どうしたの…?」
2人の行動が理解出来なくて、2人にこう質問すると、晶さんが少し考えてから、
「……アレや、女に来るアレ」
と答えた。
「女に来るアレ?それって……あぁ」
なるほど…僕に出来る事は何もないね…。
色々納得し、2人の真似をして数回頷くと、申し訳なさそうに眉を下げ、
「龍馬君ごめんな…ちょっと待っててくれへん…?」
と言いながら、近くにあった休憩用のソファーを指さした。
「分かった…女の子って色々大変だね…」
晶さんが持っているレジ袋を持ち、ソファーに座ると、悔しそうに下唇を軽く噛み、朱里さんとトイレに向かった。
「うん…ごめんな、ありがとう…」
トイレに入り、
「晶、ナプキン貸……ッ」
と言いながら鞄を開くと、晶が私の口を塞ぎ、無理矢理女子トイレの個室に入った。
「……ッ…ちょっと…何……」
頭が混乱し、晶を問い詰めようとした時、晶が私の唇を人差し指で押さえ、私にしか聞こえないくらいの小さな声で話し始めた。
「…龍馬の事で話がある」
…成る程。
晶いつも龍馬君に付きまとってるもん。
…これ以外理由ないよね。
私の唇を押さえている晶の手を離してから
「…龍馬君も能力者なの?」
と尋ねると、ゆっくりと頷いた。
「うん、うちらと同じ能力者。」
…あー、だから最近龍馬君の事ばっかり気にしてたんだ。
……成る程ね。
なんか…ちょっと妬いちゃうな、私の時はそんなに気にしてくれなかったのにさ?…まぁ、あの子のことがあったから仕方ないか。
…そうだ、あとであの事伝えなきゃ。
「で…龍馬君の能力がどうしたの?」
今にも怒り出しそうな顔をしている晶にこう尋ねると、私から目を逸らし
「…あの子、能力が自立してる。」
と、呟いた。
「……え、それ結構やばくない?能力が自立って…能力が龍馬君の意思とは関係なく発動してるってこと…?」
「…うん…相当やばい。」
私の考えがぴったり当たっていたのが意外だったのか、少しバツが悪そうに下唇を噛み、言葉を続けた。
「…実は腕に画鋲刺されてん、三箇所。」
…え?
当然のようにそう呟き、さっきまで下ろしていたパーカーの袖をゆっくりと捲った。
すると、晶の言った通り、晶の腕には少し錆びた画鋲がしっかりと三箇所に刺さっていた。
「うっわ…」
血は出てないけど、そのせいでさらにリアルで痛々しくて…。
……申し訳ないけど、ちょっと気持ち悪い…。
「龍馬の心読んでたから分かるんやけど…あいつ刺そうと思って刺してないんや。無意識でポスターを留めてる画鋲を取って無意識でうちの腕に刺してんねん。」
本当にすごいな…龍馬君の能力…。
「龍馬君の取ったポスターの画鋲はどうしたの?」
「山ノ江に頼んでなんとかした。」
…へえ、あの脳筋に頼んだんだ…晶らしくないかも。
なんて事を考えてると、晶が私の心を読み、勝手に返事をした。
「あー、でも今回の作戦はうちらしくなかったかも」
「作戦?」
晶の呟いた一言が気になって問い返すと、わざとらしくゆっくり頷いた。
…なるほど、龍馬君の能力を確かめる時間稼ぎのために部下を使ったんだ。
自分のポケットマネーを使ってでも知りたかったんだよね?晶。
…部下全員に好きなだけ本買わせるなんてどうしちゃったのさ。
すると、私の心を読み終わったのか、眉間にしわを寄せながら画鋲を抜き、治療をし始めた。
「ちょっ……」
自分の目を覆い、晶の傷口や画鋲を見ないようにすると、晶が私の行動でやっと思い出したのか、慌てながら
「あ、忘れてた、あっち向いといて!ごめん!!!」
と言いながらけらけらと笑い出した。
「晶のばか!!私がそういうの苦手だって知ってんでしょ!!??」
「ごめんごめん、ははは」
あーもう…別に良いけどさ…。
…晶の笑顔見たら何も文句言えなくなっちゃうよ。
お願いだから、これから先もずーーーっと笑っててね、晶。
…あれ、なんかさっき言おうとしてたことがあるんだけどな…何だっけ?
…あ、そうだ、思い出した。
「晶」
「もうちょっとで終わるからなー…どした?」
「事務所の倉庫に隠してた拳銃が無くなったらしいよ?誰かが持ち出したんじゃないかって宮神が。」
「あー!それなら大丈夫。」
「なんで?」
「拳銃ならうちが持ってるから。」
「おまたせー!今日龍馬君の事待たせてばっかだね…」
トイレから戻ってきた朱里さんが僕のもとに駆け寄り、焦りながら謝ってきた。
「んーん、全然大丈夫だよ、気にしないで!」
「龍馬君優しすぎる…アニメキャラだったら絶対推してるよ…」
「あはは、ありがとう…。」
…謝ってくれてる朱里さんには申し訳ないけど…正直女の子と一緒に居るのってって緊張しちゃうから助かってるんだよね…。
こんなこと思っちゃいけないんだけどね…。
すると、晶さんが僕の心を読んだのか、くすくすと笑いながら独り言を呟いた。
「わぁー…ウブウブ龍馬きゅんや…これは受けやなぁ…。」
……一発殴っていいかな。
「だよねー!晶なら分かってくれると思ってた!!」
あーそうだった、朱里さんも同類だったな
勉強になったなぁ、殺意ってこういう感じで沸くんだ…。
本人の目の前で、BL妄想を堂々と話し始める二人を交互に睨み付けていると、僕の後ろから女の子の泣き声がした。
振り返ってみると、5歳くらいの女の子が一人でその場に立ち尽くし、わんわんと泣きじゃくっていた。
…お母さんとはぐれちゃったのかな?
すると、晶さんが女の子の前で屈み、目線を合わせてから優しく話しかけた。
「どしたん?おかあさんは?」
あ…晶さんそんな高い声出るんだ…。
「ぅ…あのね…おかあさんが…いなくなっちゃった…。」
「そっか…」
鼻を啜りながら、自分の目をゴシゴシと擦る女の子の手をそっと取り、目を見つめながらやさしく頷く晶さん。
晶さん小さい子の扱い上手いなぁ…すごい…。
すると、話し終わったのか、晶さんが女の子と手を繋ぎ、車の展示の奥にあるインフォメーションセンターを指さした。
「あそこ行こ。」
「分かった、もうちょっとでおかあさんと会えるからね!」
晶さんの手をきゅっと握る女の子に精いっぱい優しく話しかけてみると、僕の顔をそっと見上げ、ぼそりとこう呟いた。
「…ふうせん……」
「…風船?」
そう問い返すと、手を握っていないほうの手で上の方を指さす女の子。
女の子が指をさしているところを見上げてみると、黄色の風船が天井に引っかかっていた。
…手離しちゃったのかな…?
「新しいの持ってきてあげよっか…。」
「私探してくるよ。」
…風船がないんだよね。
無くて困ってるんだよね。
僕に出来る事は…女の子を元気付ける事。
その為なら。
「僕が持ってくるよ、まっててね。」
能力くらい、飼い慣らしてみせる。
三人から少しだけ離れ、大きく息を吸い込む。
頭の中で自分の動きをシミュレーションしながら、履いていた靴を脱ぎ、
展示中の車に向かって走り、上に飛び乗る。
二人が僕を止める声がしたけど、それを気にしてる場合じゃないんだ。
車から垂れ幕に飛び移って、天井に引っかかっている風船へぐっと手を伸ばし、しっかりと掴んでから、思い切り飛び降り
「…っ、よいしょ…はい、風船!もう手放しちゃダメだよ?」
と言いながら女の子に風船を渡し、頭をそっと撫でてみると、周りにいた人達が僕のした事に驚いたのか、呆然と僕のことを見つめていた。
「あ…えっと…」
……やっちゃった…。
なんか、すっごい…周りの視線が…痛い…。
まぁ…車の上に乗って風船取ったりしたら当たり前か…。
呆然と立ち尽くす朱里さんの隣に居る晶さんへ視線を移動させると、僕と目を合わせ、一回大きく頷き、僕の真隣へ移動した。
…?
何をするつもりなんだろう…まさか同じような事をしてパフォーマンスで貫き通すつもりじゃ…。
なんて考えていると、晶さんが大きく息を吸い込み、見たことないくらい明るい表情で周りの人達へ話しかけ始めた。
「ご通行中の皆様大変失礼致しました!実は私達はMMSと申しまして、来週この辺りでパフォーマンスをさせていただくんです!」
…わ、すごい…。
晶さんってこういう場面に慣れてるのかな…。
「ですがここだけの話…事務所が相当なブラックでして…あと10人は確実に集めなきゃクビだと脅されてしまってですね、ご迷惑だという事は重々承知していますが出張でパフォーマンスさせていただきました…!」
ちょっと大袈裟だけど…でも…ちょっとでも能力の事を誤魔化せるなら…。
そんな時、聞くつもりはなかったんだけど、僕の後ろの方にいた女の子たちの会話が耳に入った。
「パフォーマーか…だからあの男の人あんなにかっこいいんだ…」
「ね、すっごい清純そうで良い…」
「どうする?ドSだったら…」
「超萌えるんだけど…SNSやってないのかな…」
……え…?あの人って僕のこと…?
清純そうって…?萌えるって……え?…いや、でも…え…えぇ……??
その時、晶さんが僕の心を読んで察したのか、僕と朱里さんの手を引き、その場から逃げ出した。
「あ、ちょっと…晶さ…ッ!!!」
「仕方ないやろうが!お菓子は諦めんぞM・R!!」
「なっ…なんでイニシャル…!?」
ショッピングモールから出て、薄暗い路地裏のような場所に隠れていると、晶さんが呼吸を荒げたまま、誰かに電話をかけた。
「ゴホッ…おう冴木、ええからはよ来い、場所は……」
…冴木さん?
晶さんの部下の人なのかな?
すると、電話を掛けてから3分足らずで僕らの近くに黒い車が停まり、運転席に座った黒髪の男の人が窓を開け、大声で晶さんの名前を呼んだ。
「おーーい!!晶さーーーん!!!!来ましたよーーーーー!!!!!」
「おいゴラ冴木!!でっかい声でうちの名前呼ぶなや!!!!!」
「晶さんも声でかいじゃないっすか!!!」
「うっさいわ!!!!!!」
…おぉ、面白いくらいそっくりだ…。
冴木さんの運転する車に乗り込むと、晶さんが助手席ではなく僕の隣に座り、
「冴木…うちちょっと疲れたから寝るわ。」
と言いながら、パーカーのフードを深く被った。
「水いりませんか?」
「いらん」
「了解っす、曲かけていいっすか?」
「バラードやったらいいよ」
「じゃあ晶さんの好きな曲かけますね」
「サンキュ、おやすみ」
二人の会話が終わると、助手席に座っていた朱里さんが自分の携帯を操作し、車のスピーカーへ接続した。
すると、スピーカーからアコースティックギターの音と、じんわりと涙が滲みそうになるくらい胸を締め付けられる綺麗な歌声が流れ、車内の雰囲気が一気に暖かくなった。
…素敵な曲だな。
晶さんこんな曲が好きなんだ…。
もっとハードな曲ばっかり聴いてそうなイメージだったから…少し意外かも。
あー、でも歌詞の登場人物の考え方が少しだけ晶さんに似てる気がするな。
本当は凄く素直なんだけど、誰かからこれが素だって思われるのを嫌ってそうな感じが晶さんっぽい気がする…。
…本当に素敵な曲だな…後で朱里さんから曲の名前教えてもらおうかな?
なんて考えていると、朱里さんが僕の方を向き
「…晶もう寝ちゃった?」
と聞いてきた。
晶さんの顔をそっと覗き込むと、目をしっかりと閉じ、静かに寝息を立てていた。
…?
晶さんの寝ている姿に少し違和感を感じ、視線を落としてみると、
パーカーのポケットに入れているのか、お腹辺りに銃の形がくっきりと浮かんでいた。
…おもちゃ、だよね…本当に。
「…龍馬君?」
「あ…うん、寝ちゃったみたい」
晶さんを起こさないように、小声で言うと、朱里さんが僕の目を見て微笑み、晶さんの事を指差してこう言ってきた。
「晶の寝顔可愛いでしょ?」
「あ…」
…なんて返せばいいんだろ…。
なんて返しても最悪の場合セクハラって言われちゃいそうだな…いや、この二人はそんな事を言う人じゃ…でも……。
頭を捻らせながら、横目で晶さんの寝顔を見てみると、長い睫毛を伏せ、すやすやと心地よさそうに眠っていた。
…そっか、晶さんも人間なんだ。
変な事を言ってるって自覚は勿論あるんだけど…晶さんは何でも出来て、色んな人達から人気だから…どんなに近くに居ても、僕とは違うどこか遠くの存在だって思ってた。
だけど…晶さんも僕と同じ普通の人間なんだ。
悲しい時は泣いて、ムカついたら怒って、たまに無茶なわがままを言っちゃうような普通の女の子なんだ。
ただ、能力を持っただけの…普通の女の子なんだ。
「…うん、可愛い」
「晶さん!着きましたよー!!」
冴木さんが、どこか見覚えのあるガレージに車を停めてから、眠っていた晶さんの名前を呼ぶと、晶さんが低い声で唸ってから顔を少し上げ
「ん…もう着いたんか…」
「はい、意外と近かったっすね」
「な…そんな寝れへんかった…」
と言いながら、パーカーのフードを脱ぎ、軽く伸びをした。
「…こほっ」
だけど、その後ですぐ喉を押さえ、小さく咳き込みはじめた。
喉痛いのかな…?
すると、冴木さんが僕に蓋の開いていないお水を渡した。
…何で僕に渡したんだろう…まぁいっか…。
「お水飲む…?寝起きだから喉乾いてるかも…」
と言いながら、冴木さんが渡してくれた水を渡すと、小さくお礼を言いながらペットボトルを受け取り、蓋を開けゴクゴクと飲み始めた。
…あれ
「…晶さん…何で顔赤いの?」
「………何でもない」
…?
用事が終わったら僕を家まで送ってくれる事になり、ガレージで待機している冴木さんに頭を下げてから、晶さんと朱里さんの後ろをついて行くと、どこか見覚えのある道ばかりを通っていた。
あのガレージに…このコンビニに…あのコインランドリー…。
それにあの白い家…確か大きな犬がいて…よく…僕が小さい頃…。
「着いたで」
すると、突然晶さんが家の前に立ち止まり、自分の前髪や服装を整え始めた。
「ここ何処か分かるやろ、龍馬。」
「…うん、分からないわけないよ。」
ミルク色の壁に、こげ茶の屋根。
黒い4人乗りの車に…「沢田」と書かれた表札。
…智明の家。
嫌な事があった時や、嫌な事を思い出し号泣した時や一人でした時。
虚無感に包まれている最中に自分を抱きしめると、決まって中学の時を思い出す。
教師に犯されたあの日。
女みたいな見た目だという理由で襲われたあの日を。
ゴツゴツとした手で身体を弄られて、
挙げ句の果てには消えないトラウマを植え付けられた。
でも、そんな、乱暴で愛のない行為に
感じて ヨガっていた自分が 大っ嫌いだった。
龍馬さん。
…貴方なら…わ…違う…僕を救ってくれると思ってた。
…でもダメだった。
あの目を見た?まるで汚物を見るような目だった。
本人にその気がなくても、わた……僕はそう感じた。
当然だ、あの人にとっては……僕は、汚物同然
仕方のない事だ。
いくら血が繋がっていようと、あの人はあの人じゃない。
……ダメだ、僕は、あぁ、もう…。
…ごめんなさい。
……龍馬さん…ごめんなさい。
貴方の友人でいられなくてごめんなさい。
貴方に犯されたいと思ってしまって、ごめんなさい。
姉さんのシャンプーの匂いがする。
柑橘系の、爽やかな、女の子らしい匂い。
バカだよな。
こんなんで、私が女になれるわけないのに。
「……………先生…」




