23話「いちごスムージーとロイヤルミルクティー」
5月20日。
日曜日。
あれから、智明は学校に来なくなった。
来れなくなったんじゃなくて、来なくなった。
それに、智明に電話をしても出なくなったし、メッセージを送っても既読すら付かなくなった。
少し恥ずかしいけど、僕が智明に連絡をしなくなったり、僕が学校に行けなくなった事は今までに何回もあった。
なのに、僕がどんなに智明に対して冷たくしてしまっても、どんな時でも智明は僕の事を支えてくれた。
…だから、今度は僕が智明にお返ししなきゃいけないんだ。
その為に、事件の当事者である朱里さんに相談したくて、6人で出かけた時待ち合わせていた駅前に朱里さんを呼び出す。
朱里さんは、僕がついさっき唐突に思いついた事なのに「良いよ!バス停で待ってて!」と快く了承してくれた。
こういう人がモテるんだろうなぁ、と思いながら、あの日明人君が座っていたベンチに座って朱里さんを待つ。
しばらくすると、ラフな格好の朱里さんがバス停から僕に向かって手を振ってきた。
ベンチから立ち上がって朱里さんの方へ歩み寄り、まずは突然呼んだ事を謝る。
「突然呼んじゃってごめんね、朱里さん。」
「いいんだよ、智明の事は私も心配だったしさ。」
「ありがとう…。」
…智明は本当に色んな人から愛されてるな。
……あれ?
「…朱里さん、その指どうしたの?」
自分の髪の毛を撫でて整える朱里さんを見ていると、手に絆創膏が貼ってあることに気付いた。
「え?」と不思議そうな声を上げながら首を傾げる朱里さんに
「ほら、右手の…中指のところ。」
と、絆創膏の位置を教えると、そこを左手でそっと撫でてからくすりと笑ってこう言った。
「あー…これはね、不良殴った時にアザができちゃってさ!」
「へ…へぇ〜…」
……朱里さんだけは怒らせちゃダメだ。
「あー、じゃあ、とりあえず…ここは人がいっぱいいるからどっか行こっか」
と、僕が怖がったことに気付いたのか、朱里さんが周りを見渡しながら、こう尋ねて来た。
…確かに、ここで学校で起きた暴力の事を話すのは良くないかもしれない。
「そうだね…じゃあ…ショッピングモールにあるカフェでも行く?」
と尋ねると、嬉しそうな顔でこう言った。
「うん!ちょうどそこのクーポン持ってるし!」
ショッピングモールの一階にある、本屋さんと隣接したカフェに行き、客席を見てみると、休みの日だからか、客席には仲の良さそうなグループや、カップルが沢山いた。
……大丈夫かな、この中にいたら朱里さんと僕がカップルって思われないかな…。
そんなの朱里さんに申し訳ないよ…朱里さんには智明がいるのに…。
カフェの入り口で、メニューが書いてある看板を見ながら悩む朱里さんに
「…朱里さん何にするか決めた?」
と尋ねると、メニューを指差し真剣な顔でこう聞いてきた。
「…いちごスムージーってカロリー高いかな。」
「…多分、そこそこあると思うな…。」
「そっか…じゃあダイエット中だしやめとこ…。」
ダイエットか…女の子だな…。
今のままでも十分細いと思うけど…。
「私決めた、ホットのロイヤルミルクティー!ロイヤルだしホットだしゼロカロリーでしょ。」
…ちょっと意味分からないけど、朱里さんがいいならいいか。
「龍馬君は何にするか決めた?」
下を見ていたせいで落ちてきた髪の毛を耳にかけながら、僕にこう尋ねる朱里さん。
「うん、アイスコーヒーにしよっかなって。」
と答えると、鞄の中に手を入れながらこう言った。
「分かった、注文しとくから先に座ってて!」
…女の子に払わせるなんて、ダメだよね。
「いや、そんなの悪いよ…朱里さんが座ってて。」
「後で返してくれたら良いから、ね?」
強引に朱里さんに背中を押され、「ごめんね」とお詫びを言ってから、喫煙席の向かい側にあるソファー席に座る。
「おまたせ!」
と、番号札を持って僕の向かいの席に座る朱里さんに智明についてのことを尋ねる。
休みの日だからカフェにも人が沢山いたけど、騒がしいし、僕ら2人の会話なんて気にしないはずだ。
「……智明、やっぱり…停学とかになっちゃうのかな…?」
と、小さな声で尋ねると、朱里さんが首を振りこう言った。
「……あの時の目撃者は生徒だけでしょ?その中に晶ちゃんの事を心から好きな子がいっぱいいるから大丈夫だよ。」
…確かに、晶さんの事を好きって人はよく見かけるけど…。
「大丈夫って…何が?」
と尋ねると、朱里さんが少しだけ周りを気にしてから小さな声でこう言って来た。
「晶ちゃんが上手く手を回してくれるから大丈夫って事。」
手を回す…?
…晶さんは頭良いんだなぁ…。
でも…失礼だけどちょっと心配かも。
「晶ちゃんは交渉が上手いし説明も脅しも上手いからねー!私も何回かパシられたことあるよ!自慢にならないけどね…ふふ。」
と言いながら足を組み、くすくすと笑いながら水を飲む朱里さん。
…あれ、
……なんで朱里さんって晶さんについてこんな詳しいんだ…?
それに、僕が知らないだけかもしれないけど…晶さんと朱里さんが話してる所ってあんまり見たことないような…。
「ねえ、何で晶さんについてそんなに詳しいの?」
不思議に思って、朱里さんにそう尋ねると、少し暗い顔をしてから、鞄からメモ帳を取り出し、乱暴に一枚破り取った。
そして、そのメモ帳にサラサラと文字を書き始め、書き終わった文章を僕にこっそりと見せてきた。
【誰にも言わないって約束出来る?】
そんなに深刻な問題なのかな…。
でも、このままじゃ話が進まないから仕方ないか…。
そっと頷くと、朱里さんも僕と同じように頷き、メモ帳の裏にまた文字を書き始めた。
ペンをぎゅっと握りしめ、深く息を吐いてから最後の一行を書き、メモ帳を僕に見せた。
メモ帳には、こう書かれていた。
大きな声じゃ言えないんだけど、
晶とは昔からの仲なんだ
だまっててごめんね
私もまだ死にたくないんだ
と。
「…どういうこと…?」
頭が真っ白なまま、勝手に身体が声を発した。
すると、朱里さんが下唇を軽く噛み、目をぎゅっと閉じてこうつぶやいた。
「…ごめん、まだ言えない。」
朱里…さん…。
「…いつか言ってくれるの?」
目を開き、潤んだ目で僕を見つめる朱里さんにこう尋ねると、一瞬驚いた顔をしてからそっと頷いた。
「……じゃあ、その時を待ってるからね?」
と言いながら、ほんの少しだけ朱里さんに顔を近づける。
「…ありがとう、龍馬君って、本当に優しいんだね。」
「お待たせしましたー、アイスコーヒーとロイヤルミルクティーでございます。」
女子トイレの個室の中で、誰にも聞こえないくらい小さな声で溜息を吐き、
右手の中指の付け根に出来た赤黒いタコを撫でる。
…晶、ごめん。
私、ダメだ。
ずっと晶の背中を見てたけど…私じゃ晶にはなれない。
晶がいなきゃ何も出来ない。
……晶、どうすればいい?
「助けて」って言ったら助けてくれる?
…いや、ダメだ。
晶にばっかり頼っちゃ。
私にも出来る事があるんだ、それをしよう。
まずは目撃者の情報を集めなきゃ。
全員から少しずつ証言を集めて…いや、まずは智明のケアが必要か。
トイレから出たら龍馬君に頼んで智明の家に行こう。
行ってみんなで雑談をするんだ、いつも食堂でしてたみたいに。
……大丈夫かな、智明。
もう一度大きく息を吐き、中指の絆創膏を貼り直してから、個室から出る。
…あー、メイク直さなきゃ。
化粧直し用の鏡の前に座り、メイクを治すために鞄の中のポーチを取り出す。
「………?」
ポーチの中を覗き込むと、リップやアイラインに混ざって何か黒い小さな機械が入っていた。
……何だろう、これ。
…まさか…ね。
女子トイレから出て周りを見渡すと、見覚えのある男が携帯を触るフリをしながら私を監視していた。
……大丈夫だよ、私は逃げないから。
「おまたせ!次どこ行こっか?」
女子トイレ前のソファーで携帯を触って待っていた龍馬君にそう話しかけると、顔を上げ、携帯をポケットにしまいながら
「うん…!次…智明のところ行く?お菓子でも買っていったらあいつ喜ぶよ!」
と言った。
…龍馬君、やっぱり智明のこと分かってるな。
さすが幼馴染だ。
「そうだね! じゃあ下のスーパーに行ってお菓子買おっか!」
「うん!」
チラチラとこっちを見てくる男達を一人ずつしっかり睨みつけてから
小さい蜘蛛のシールが貼ってある盗聴器を、そっとゴミ箱に捨てた。




