20話「おい晶」
「おい晶…龍馬さんを連れて来るなら報告くらいしてくれよ…今日すっぴんなんだぞ…。」
「お前いっつもすっぴんやろ、分かりにくいボケすんなやアホ、ちょっと話したいことがあったから連れてきたんや。」
晶さんに無理矢理手を引かれ、連れて来られた先は保健室だった。
…徹君もう行っちゃった後なのかな…?
もし居たら色々聞きたい事あったのに…まぁ、同じ学校だし、また今度でいいか。
ソファーに腰掛け、仲良くきゃいきゃいと言い合っている二人を見ていると、明人君の周りに薬や包帯が置いてあることに気付いた。
…晶さん…明人君に看病してもらってたのかな?
明人君の周りに置いてある物を見ていると、明人君が
「…龍馬さんに面白い人だって思って貰いたくて…。」
と言いながら、こっそりと前髪や身だしなみを整え始めた。
…明人君…本当に僕のこと好きなんだ…。
「いや面白かったよ!いつもすっぴんじゃないかー!ってツッコみたかったもん!」
と言ってみると、目を見開き手をカタカタ震わせ、僕の前に跪いてこう言った。
「…結婚式いつにします?」
「えっ?」
僕の手を取り、目をキラキラと輝かせ見たことないくらい微笑む明人君。
「あ……えっ……と…?け…っこんは気が早いんじゃ……。」
「愛に時間なんて関係ありません、そうですよね?」
「んん……?」
なんて答えようか悩んでいると、晶さんが
「ええから本題に入らせろ馬鹿明人?」
と言いながら明人君の頭を軽く叩き、僕の隣に座った。
「痛い、暴行罪。」
「黙ってろストーカー……まず何から話そう…流石にこれは踏み込みすぎやし…やからといってこれは面白すぎてあかんな……。」
独り言をぶつぶつと言い、悩んだ後、晶さんが顔を上げてこう言った。
「龍馬君は、自分の能力についてどこまで知ってる?」
……どこまで…?
「……夢に出てきたものを…自分の体で再現できるって事…かな。」
と説明すると、何回か頷きながら僕の目をじーっと見つめ、こう言った。
「やってみて」
「……え…?」
「やから、夢に出てきたものを再現出来るんやろ?やってみて」
そんな……いきなり…言われても…。
智明の事と関係あるのかな…。
どの夢が分かりやすいかな…と悩んでいると
「おい晶、何の話してんのか分かんねえけどさ…龍馬さん困らせんなよ」
明人君が、晶さんを止めてくれた。
「…分かった、すまんな。」
そう言って立ち上がり、救急箱の中から、ハサミを取り出す晶さん。
「…何してるの…?」
と尋ねても何も言わず、ハサミをチョキチョキと鳴らす晶さん。
次の瞬間、ハサミをよくアニメや映画で見る、ナイフ投げのような感じで持ち、僕めがけて投げるようなフリをした。
「…おい、何してんだ晶。」
晶さんを睨みながら低い声で、脅すように声をかける明人君。
「…ただ試すだけや…救急車なら呼んだるから…な…」
と言った後、ハサミの刃をそっと撫で、
僕に向かってハサミを投げた。
まるでダーツをしているかのように、平然と。
「龍馬さ…ッ!!!!!」
明人君がそう叫び、立ち上がろうとしたのが見えた。
晶さんが僕を睨む顔も、ハサミの刃が蛍光灯を反射して光っているのも、しっかり見えた。
まず僕は向かってくるハサミを少し避け、持ち手の部分に人差し指と中指を入れた。
そしてもう片方の手でハサミの刃の部分を持ち、指を抜き、ハサミの中間の部分を握る。
ソファーから立ち上がった僕は、目を見開き、嬉しそうな顔をする晶さんを殴り、よろけた晶さんを足で突き飛ばして腰のあたりに座ったんだ。
そして晶さんの長い前髪を掴んで、喉元にハサミを突きつけ…
……あれ…僕……何してんの…?
「…うわあ…えげつないな…ウケる。」
と、自分の喉元にハサミが突きつけられているのにも関わらず、まるで他人事のように呟く晶さん。
「…あ……?…え?……え……?」
僕の後ろには、何が起きているのか理解出来ずに、慌てている明人君が。
「……龍馬くん…お前ほんまにすごいな今まで見て来た中で一番の逸材や…
なあ
アリス。」
「……え…?」
…なんで…これがアリスの力だって事…知ってるの…?
すると、晶さんが、体制を少し変え、ハサミを握っている僕の手を人差し指でツンツンと突いた。
「あ…ご…めん……。」
と謝ってから、ハサミと、前髪をつかんでいた手を離し、晶さんの腰から立ち上がる。
晶さんは「よいしょ…」と言いながら立ち上がり、前髪を左手でほぐすように直した。
そして
「どうして知ってるの?」と声に出したわけでもないのに、晶さんは僕の疑問に答え始めた。
「カルマルートの過去編で…カルマ様がハサミを投げた瞬間のアリスの対応を綺麗に再現してるな…龍馬。」
言われてみれば…一片のアニメでこんなシーンあったっけ…。
…晶さんも…一片の報い好きなんだ…。
「小説版のカルマルートではこのシーンでカルマ様は大怪我を負って左目を隠すことになるんやけど……龍馬はアニメ版を再現したみたいやな?」
わあ…すごい詳しい…。
晶さんの言葉に頷いていると、凄いことに気づいてしまった。
僕…夢の中ではアリスになって少し仕事をしてただけなのに、アリスの動きを全部再現出来るんだ…。
…凄いな、この能力…。
すると、晶さんが溜息を吐き、僕の肩をぽん、と叩いてからこう言った。
「やっぱりあかん…龍馬、使わせたうちが言えることじゃないけど…あんま能力使うな。」
…え?
「……どうしてダメなの…?」
と尋ねると、晶さんはこう答えた。
「能力を使いすぎるとな、必ずと言っていいほどその人にとって不幸なことが起こるんや。」
「…不幸なこと…?」
「うん、1ヶ月前…心が読める能力を持った人がいた…でも、その人は…人からの好意や嫌味を全部受け止めてしまって…
…自殺した。」
…
晶さんの言葉に驚いて固まっていると、晶さんが自分の能力の説明をし始めた。
「うちの能力はまだ言ってなかったな…うちは人の特徴とか性格、声とかをコピーする事が出来るねん。」
…だからあの時目を光らせたり、明人君のモノマネが出来たんだ…。
「でも、前さ…一回だけ…不幸な事が起きてん。」
…不幸な事…?
「……何が…起きたの…?」
と尋ねると、少しだけ笑い、こう答えた。
「…自分が誰か、分からへんくなった。」
…!
「人の真似ばっかしてるとさ…ほんまの自分とか…自分の素顔とか…自分が考えてる事が分からへんくなるんよ…やから好きな人が出来ひんねん…自分の事すら信じられへんから…な。」
…晶…さん…。
…確か、彩さんも少し前に、夢と現実の区別がつかなくなった事があるって言ってたっけ…。。
すると、その時、さっきまで何も話していなかった明人君が、僕の隣に立ち、目の前の晶さんにこう言った。
「おい晶…何の話してんの?」
……あ、そっか…明人君は知らないのか…。
能力のこと、能力を持たない人に話しても大丈夫かな。
でも話したって信じて貰えるとは思えないし…どうしよう。
何て言おうか悩んでいると、晶さんが明人君に
「ゲームの話やで明人。」
と言った。
…やっぱり、話しちゃいけないのか。
しかし明人君は不機嫌そうにムッとして、こう返した。
「ゲームで龍馬さんがアリスの動きを完コピできるわけねぇだろ。」
わあ…ど正論…。
すると、晶さんも負けじと言い訳をし始めた。
「最近のゲームはすごいんやから明人、な?」
しかし、明人君は首を振り、僕の手にあるハサミを指差してこう言った。
「さっきお前がハサミで脅されてる時僕もここに居たんだぞ、適当なこと言って誤魔化すなよ。」
…明人君…。
晶さんの方を見ると、一回頷いて、こう呟いた。
「…中二病とか、馬鹿らしいとか…絶対言わへんって約束できるか?」
すると、明人君は少し考えてから、そっと頷いた。
しかし晶さんは納得出来なかったのか、明人君を少し睨み、
「朱里と智明に絶対言わへんって約束できるな?」
と、尋ねた。
すると明人君はさっきとは違い、すぐに頷いて、僕が持っているハサミをまた見てから、
「ああ、決意を表すために…小指でも落としましょうか?親分?」
と言った。
「やめて、冗談に聞こえへん。」
…本当に仲良しだなぁ……。
「…仕方ないな、明人、まずは何が知りたい?」
晶さんがそう質問すると、明人君は少し考えてから、
「んー…じゃあ、能力を手に入れる条件とかあんの?」
と質問した。
晶さんは明人君の質問を確かめるかのように一回深く頷くと、指で何かを数えながらこう答えた。
「あるよ、人それぞれやけど大体は…トラウマか恐怖症か嫉妬やな。」
…トラウマと…恐怖症と…嫉妬…。
……あれ?
「ねえ…僕の能力は?夢に関するトラウマとか恐怖なんて無いけど…」
と尋ねると、一息置いてから、優しくこうつぶやいた。
「龍馬の頭ではそうやろうけど…身体は相当ストレス感じてたんやと思うで。」
……そうだったんだ。
「…嫉妬は滅多に無いパターンやから置いといて」
と言いながら明人君の方に身体を向けて、晶さんが低い声でこう言った。
「明人、お前能力欲しいんやろ?」
すると、明人君が一瞬困った表情をしてから
ゆっくりと、頷いた。
…能力欲しいんだ。
晶さんが呆れたように溜息を吐き、イライラしたような口調でこう言った。
「言っとくけど、能力手に入れたってええ事なんかないぞ。」
すると、明人君が僕をちらりと見てからこう答えた。
「…好きな人と同じ能力者になりたいって思うのは…そんなに変なことかよ」
……明人君…。
明人君の言葉を聞いた晶さんが、嬉しそうに口角を上げ、
「愛されてるなぁ龍馬…。」
と言い、数回頷いた後、少し声のトーンを上げてこう質問した。
「分かった!なら明人に一個だけ聞きたいことがあるんやけどええか?」
「なんだよ、」
「明人のトラウマって何?話してくれたら思い出したショックで目覚めるかもしれんねん。」
……なるほど…。
でも…結構酷なことさせるなぁ…。
なんて考えていると、明人君が震えた声で
「……誰にも言わないって、約束できるよな。」
と、言った。
「言わへんよ、うちの口の硬さ知ってるやろ?」
「……僕も言わないよ。」
晶さんと二人で明人君にこう言うと、目をぎゅっと閉じてから、か細い声で自分のトラウマを話してくれた。
「…トラウマじゃないかもしんねえけど…中学の時…さ」
震えた声で、呼吸と同時に汚い何かを吐き出すかのように続きを話した。
「……男でいるのが、嫌になった事があるんだ。」




