番犬の住む街
まっすぐ続く道を歩き続けると周りの雰囲気は森から白を基調とされたレンガの街並みに変わっていく。人気のない街並みはどこか不気味で気持ち悪い。
なんで俺がこんなところを歩き続けなきゃいけないんだ…。今更思い返すと苛立ちと怒りがふつふつ湧き上がる。
せめて人が一人でもいたのなら、こんな苛立ちも湧かなかったか?いや、そんなことないな。絶対怒ってる。
静かな街に大きい足音が聞こえてきた。そっちに顔を向ければゆったりした白い服を着て食べ物や本がはみ出てる籠を抱えた男の子がいた。
話しかけようと手を伸ばしてふと考える。こんな誰もいない町に一人でなんで走ってるんだ。店だって見当たらない、人の声だってしないのに。
そんなことに気づけば背中に嫌な汗が伝う。こいつはやばいかもしれない。
手を下げて通り過ぎるのを待っていると男の子が立ち止まり俺の方を振り返った。そりゃあ気づくよな……。
「アリスなのだ!アリス、会いに来てくれたのだ?」
特徴的な語尾のそいつは俺に人懐こい笑顔を浮かべて近づいてきた。大きい籠を手にしたまま「女王が待っているのだ!さぁ、早く来るのだ!」と俺の背中を押す。
「女王様、今帰ったのだ!」
どこか見覚えのある白い外装の壁に大きく開放的な縁が金色の窓、屋根も同じ金色。二階の中央にはベランダがあり白い柵は玄関の周辺にもあしらわれている。金色、銀、クリーム、白色の壁を背景として目立つ装飾品。白いバラと金色の門に囲まれている。
開いた扉の向こう側はきらきら輝く世界。本がたくさん積まれている。たくさんの鏡や本は宙に浮いていて男の子の腕の中にあった荷物も同じように宙に浮いて自分のあるべき場所へと戻っていく。
「おかえり、外の様子はどうだった」
扉が開かれて出てきたのは俺の隣にいる男の子とどこか似ている男性。
ひらひらの白い布のような服を着ていて、その背中には白い羽が浮いている。実際背中にはくっついてないから浮いてるが正しい表現だと思う。…多分。
俺に気づいたその人はふわりと浮いて俺の前まで来るとじっと顔を見つめてくる。水色の髪に隠された片目。見えている方の碧眼には俺の姿がしっかりと映っている。
「あ、あの…なにか?」
何も言わずに見つめられることには慣れていない。そもそも慣れてる人なんているのか?その人は目を軽く細めて俺から顔を離す。
「ようこそ、アリス。君がどうしてここに来たのかは知ってるよ。どうせ僕のことも忘れてるだろうから先に自己紹介しておくね。僕は白の女王。この城の主だよ。その子は僕の番犬」
白の女王は俺から離れて城の奥に消えていく男の子を指して言う。『番犬』その言葉をどこかで聞いた気がするけど思い出すことができない。まるで、靄がかかったように。
白の女王は俺を椅子に座らせて紅茶を差し出す。一口飲んで、その甘さに顔を顰めてしまう。白の女王はそんなこと我関せずという顔で紅茶を飲んで、手を隣に差し出すと浮いていた鏡の一つがやってきた。
「さて、どこから話そうか」
鏡の表面が水面のように波紋を浮かべる。
「僕は、君にすべてを話すために待っていたんだ。チェシャ猫に、そう頼まれたんだ」
青い瞳が少しだけ揺らいだように感じた。