決断
「君が新しい勇者か。もう気づいているだろうけど、君に頼みがある。魔王の役目を引き受けてくれないか?」
「俺にはできないよ。俺は……弱いから」
「そうか……それが君の答えなんだね。君がやりたくないのなら仕方がない。でも、今君は、この世界の人々と自分を天秤にかけて自分をとった。その意味がわかるよね?」
「そうだな、俺はクズだ……お前は本当に強いな」
俺は魔王に称賛の言葉を与える。機嫌を取ろうとしているわけでもない。ただ単純に、俺はあいつを尊敬した。
「僕はそんなに強くないよ。今でも自分で思うよ。僕は優しすぎたんだって。だから君の判断は正しい。君は……何も背負わなくて良い。あとは僕がこの世界を滅ぼすだけだから」
「そうだな、頼むよ。俺はその瞬間までただ時を待つよ」
俺はそう告げると、その場を立ち去ろうとした。
「君は正しい。正しいけれども……セーラはそれで喜ぶのかい?」
「そ、それは……」
俺はもう一度魔王の目を見る。
「すまない、今のは意地が悪すぎたよ。忘れてくれ」
セーラとは俺の恋人だ。セーラは俺に多くのものをくれた。だが、俺はセーラに一つでも恩返しができたか?いや、一つもできていない。なら、これが最後のチャンスなんじゃないか?セーラが大好きだったこの世界を救うために、俺が魔王になる。悪くないかもしれない。きっと心を殺せば俺にも可能だ。ここで決断しなければ手遅れになる。そのまえに──
「分かった。俺にやらせてくれ」
「本当にいいのかい?」
「ああ、もう決めたよ」
「分かった。君がそういうのなら僕は止めない。僕もこの役目はもうごめんだからね」
俺は再度、魔王の目を見る。
「お疲れ様、お前は本当に頑張ったよ」
「ありがとう」
魔王はそう言うと、一つの水晶を持ち出す。
「ここに触れば君は魔王になれる」
「分かった」
「君にも、勇者の救いの手がありますように」
俺はその言葉を聞くと、そっとその水晶に触れた。触れた瞬間、これまでの出来事が走馬灯のようによぎった。セーラとの思い出の数々、それを思い出すだけで俺の頰には涙が伝った。本当にこれでよかったんだろうか。
いや、これでいいんだ。何もかも俺が背負えば──
その刹那、これまで俺が絶対に思い出さないようにしていた言葉が頭をよぎる。
「あなただけは──魔王になっちゃだめ」
それは、セーラの最後の言葉だった。
俺は今はもういない、俺の大切な人──セーラに心から謝る。
「ごめんな、お前の最後の願いさえ聞けてやれなくて」
そう言うと、俺は決心した。これからは心を捨てる。そうすれば、ただあと1000年、ただ魔王としてはたらくだけだ。
そう決心した頃には、俺の瞳に光は宿っていなかっただろう。そして、俺は気づかなかった。俺の決断と矛盾するように、俺が笑顔だったことに──
最後に告げる。
ありがとう、セーラ──