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Sweet Voice  作者: 葉未
2/16

1st story:いらんキャスティング権と気の合う後輩

「……はあ」


翌日の学校。

窓際の自分の席に座って、机に俯せる。

予想外すぎの展開に、夕べはよく眠れなかった。

優良株の会社のリーダーが俺のファンで、ぺーぺーの俺を主人公に起用してくれて、事務所代表する声優になってみないかい?と後押し…。

これが普通の奴だったら、超絶タナボタなんだろうけど…。


「俺、そんな実力無いのに…。……というか!」


一人、ぐ…っと机の上で拳を握る。

そう。それ以上に何が面倒って……!!





『ジャンルはもう耳に入っているかもしれないけど、またBLです。宜しくお願いします』

『はい』

『君が朗読やちょっと若者向けのファンタジーとかラノベ系とか、子供向けが好きなことは知ってるのですが…。すみませんね。何分現役の、若々しい声は需要がありまして』

『いや、いいです。俺そのへん偏見ありませんし、仕事は仕事で、ちゃんとしたいんで』

『ありがとうございます。…それで、18禁なので。そういうシーンがあります』

『……』


ついに来た…。と、この時点で俺は少しばかりぎくりとした。

…いいや、いつかは通る道だとも思っていたから、これはいいんだ。これは。新しい分野だけど頑張ろうと思った。

でも――。


『そう固くならないで。濡れ場はシリーズ後半に出すゲーム中の予定なので、当面は気にしなくて大丈夫です。今までみたいに軽いキスシーンはCDに入るかもしれませんが』

『そ、そうですか…。…いや、でもそれくらいなら』

『ええ。なるべく、左近田さんが緊張しないようにしたいと思っているので、多分に融通を利かせるつもりです。高校設定なので、イメージしやすいと思います。内々ですが、粗方できあがっているので、後日左近田さんへは先に台本を渡します。読んでおいてください』

『はい。分かりました』

『それで、この空白になっている一番絡みの多い相手メインの声優さんですが――。君が選んで結構です』

『……。はい?』

『左近田さんはBLもまだ場数自体は少ないみたいですし、更に今回は長期的に見て年齢制限付きなので、シーン収録は難しいと思います。やりやすい相手を、左近田さんが指定してくれて構いません』

『……え、ちょっと待ってください。メインキャストを俺が決めるんですか?』

『はい。プロジェクトはまだ始まったばかりなので、収録までにはもう少しこちら側でお時間いただきます。その間に、相手だけ決めておいてください。先発のドラマCD収録は……あ、これ告知用なので本当にちょろっとしたものなんですがね? これ三ヶ月くらい先になるので、誰にするかは急ぎという程でもないんですが、とはいえなるべく早く決めていただけると助かります。…そうですね、理想は今週末くらいに。相手さんのスケジュール確認して交渉しなきゃいけませんからね』

『いやいやいや、それ直近じゃ――え、いや……え? メインキャスト俺が決めるんですか!?』

『ええ。誰でもいいですから。交渉は任せてください。これでも場数は踏んでますからね。絶対掴まえて見せますよ!…では、どうぞ宜しくお願いします。頑張りましょうね、左近田さん!君はきっと次世代のスターになれますから!』

――。





何度思い出しても鬱になる…。

相手の声優を俺が決めるなんてこと、していいのか。キャスティングなんて何一つ分からないのに。だってそこが本当に重要なんじゃないのか。

大体、俺の声優の知り合いなんて本気で少ない。そもそも声優に詳しくない。話にならない。

好き勝手選んでやりづらい人選んじゃったらどうしよう。世間のイメージと実際の人の良さとかって全然違うことあるもんな。とはいえ筧さんに頼むと、あの意気込みからいって超一流の人呼ばれても困りまくる…。

そう考えれば、確かに俺に決定権があるのは助かるかもしれないが、しかし手頃な相手なんていないぞ。しかも、後々濡れ場があるわけだし…。


「……はあ」

「おおーい、左近田―!」


ぼけーっと溜息を吐いていると、ドアの所からクラスメイトの一人が俺に手を振った。

自分の机で頬杖つきながら応える。


「あー? 何だよー」

「お前、今日放送委員の係らしいじゃん。後輩が困ってたぜー」

「げっ…!?」


椅子をけっ飛ばして立ち上がる。

各教室にくっついているスピーカーからは、昼休み開始を告げる音楽が既に流れていた。


「やばい……!」


慌てて、俺は教室を飛びだした。





「悪い!緒倫、ごめん……!」


放送室に飛び込みながら謝ると、奥のスタジオの椅子に座ってパンを齧っていた緒倫はくるりと反転して俺を振り返った。

正方形の部屋は校内番組を撮ったりする場所なのだが、放送委員が使う机とイスが一角にあって、当番の奴はここで昼食を取るんだ。


「…おっせーよ、叶。忘れてたな」


無駄に長い足を組んだまま、半眼でため息を吐かれる。

俺はその隣の椅子に腰を下ろしながら、もう一度謝った。


「ごめん。マジでごめんな。すっかり忘れててさ…」

「まあ、まだアナウンス入れる時間じゃないからいいけど…。叶が当番忘れるなんて初めてじゃね? 珍し」

「うーん。ちょっとなー…」


はあ…と溜息吐いてそのままテーブル代わりの机に伏せた。

放送委員は、一週間当番制で朝昼晩の放送と休みがローテーションで回ってくる。

一、二、三年が縦列に三人一組でトリオ分けされていて、普通は三人なんだけど、俺たちとペアの三年生は何やらあったらしく不登校真っ最中だ。

だから俺らの組は、二年の俺。そして、一年のこいつ、天海緒倫(あまみおりん)だけだ。制服のタイのライン色が違うのはそのせい。

背が高くて目立つ。スポーツやってそうに見えるが、運動は嫌い。マイペースな奴だ。

一つ下なのに生意気なタメ口には訳がある。家が近くて、昔からの顔なじみというやつだ。

馴染みという程親しくはないと思うが、それでもちょいちょい近所の公園で遊んでたし、コンビニとかで会うし、今だって時々は遊んだりする。

小学校からちょいちょい続けている図書館のお話し会によく聞きに来てくれているし、読み聞かせに興味を持ってくれていて、高校もたまたま同じだから、ダメ元で声をかけたらこうして後追い的に放送部にも入ったというわけだ。

それに何より、俺の声優のアルバイトを家族外で唯一知っている。

後輩というよりは、感覚としてはクラスの違う同級生に近い。


「つーか、叶。昼飯は?」

「うあ…。教室忘れた…」


伏せていた頭を尚のこと伏せて脱力する。

…ああ、駄目だな俺、今日。

あらゆる事に集中してない。霧散しまくってんな、意識…。

脱力していると、緒倫がメロンパンの袋を一つ俺の頭の上に乗せてくれた。


「仕方ないな。やるよ」

「サンキュ。すっげー助かる」

「飲みものも無いんだろ? 一緒で良ければ、飲めば」


そう言って、お茶のペットボトルも差し出してくれる。

めちゃくちゃ助かる。両手を合わせてなむなむと拝んだ。


「マジで悪いな。…なんか、俺今日、全然駄目だわ。駄目っぱなし」


早速ペットボトルの蓋を開けながら溜息を吐くと、緒倫が首を傾げた。


「何で。何かあったの?」

「うーん。バイト関係でちょっと悩み事…」

「へえ…。ちょっと気になる。いい悩み? 悪い悩み?」

「たぶん、どっちかって言えばいい悩み事なんだろうな…」

「仕事もらいすぎた?」

「…当たり」

「へー」


一発で当てるあたり凄いが、緒倫が言うと軽く聞こえる。

実際、反応も軽い。だからなのだろうか、俺の方から色々と告げてしまう。


「取引会社の人で、俺を気に入ってくれてる人がいるんだよ。…で、俺の起用をめっちゃ支持してくれるわけ」

「良かったじゃん」

「あんまり良くない…。そこまで目立ちたい訳じゃない」


極めていきたいけど、表立つ存在感としては、CMのナレーションとか、今まで通り幼児向けの人形劇の声とか警察の注意喚起のナレーションとか、そういうレベルでいいんだ、俺は。

少なくとも雑誌に載るような声優になりたいわけじゃないし、まずなれないからな?

がくりと項垂れながらメロンパンに食い付いていると、隣で緒倫が頬杖を着いた。


「でも、叶は声いいから、ほっとかれないんじゃない?」

「…なんかさー、みんなそう言ってくれるんだけど、そこまでいいか?と思うんだよな、俺的には」

「耳悪いんじゃねーの?」

「何だとぅ?」

「それか世間のセンスから大幅にずれ込んでるか。なんかね、“ストン”って、ちゃんと相手の中に着地するんだよな、叶の声。だから図書館でも、ガキどもも聞くんだと思うし。たぶんね。ババアどもがやっても、全然飽きちゃって寄ってこねーじゃん、あいつら」


頬杖に頭を預けながら、気怠そうに緒倫が言う。

緒倫は結構前から俺の声が聞きやすいとか、よく言ってくれるんだよな。図書館の読み聞かせの練習に聞いてもらったりもしてるし。


「何だ、たぶんとか。…まあ、嬉しいけどさ」

「叶、バイト始めて絵本読むの上手くなったし」

「え…。そ、そうか…?」

「唯一の取り柄だな。うん」

「ほっとけ!…つーか、俺からすればお前なんかの方が美声だと思うんだけどなー」

「そう? あざーっす。そしてゼッテェ嘘―」

「マジだって。落ち着きまくっててさ。安心して聞ける。話すテンポもゆっくりでいい感じ。つか、のた~ってしてるよな」


緒倫はマイペースだから、喋り方もちょっとゆっくりだ。

けど、もごもごしているわけではない。カラオケで歌う時は、ビックリするくらい滑舌良くなるし、ラップとかのパートも詰まらず歌える。

俺の褒め言葉に、緒倫はやる気無くパンをかじりながらこくこく頷いた。


「あーマジでー。…じゃ、俺も叶の事務所のオーディション受けよっかなー」

「受けてみろよ。そう簡単じゃないかもしれないけどな。受けるだけやっとけって。一緒に仕事とかできたら楽しそうじゃん。募集出たら教えてやるよ」

「…ま、本気で狙ってる人とは違うから無理だろーけど。ちょっと好きってだけじゃさ」

「そりゃそうだ。俺なんかホントたまたまだったし」

「死ぬほどラッキーだったよな、叶は。たぶん、今後一生宝くじ買っても、一生当たんないと思う」

「ははは…」


止めてくれ。毎回買ってんだぞ、俺は。

いつか二億以上当てて、うはうはな毎日を過ごすことを妄想しているというのに。

…って、そこまで大金当たると人生狂いそうで嫌だけどさ。


「おっと…。そろそろお知らせの時間だな」

「今日は叶がやれよ。遅刻したし、メロンパンやったし…」

「そのつもりだっつーの。分かってるよ」


気付けば、机の端にメモが数枚まとまっていた。

放送室のドア横についてるポストに入っているものだ。

お昼に流して欲しいちょっとしたお知らせとか、曲のリクエストとか、委員会や部活の予定変更とか、そういう細々したものが適当に入っているので、それらを整理して放送する。

いつもはジャンケンなんだけど、今日は確実に俺がすべきだな。うん。

メロンパンの味が残る口内にお茶を流し込みながら、メモをざっと見る。


「 “○月×日、△曜日。今日のお知らせをお伝えします。” ええーっと…」

「今かかってる曲、デッキ前にあるCDの五番だから」

「へーい」


椅子の上で胡座をかいたまま、簡単にリハをする。

聞いて頭に入りやすいっぽい順番とか決めて、一回口にしてみてから、メモを片手に席を立った。


「…じゃ、やってくる」

「うぃー。ヨロー」


飯食ってる横の準備室からぐるりと回って、入ってきたドアがある放送室側に回る。

椅子に座って、かかっている音楽の音量を制御するつまみを、ゆっくり下げていった。

代わりに、マイク下の音量レバーを上げていく。


『みなさん、こんにちは。お昼の放送を始めます。本日の一曲目は、モーツァルト作、“2台のピアノのためのソナタ、ニ長調、k.448、第一楽章”です。…それでは、○月×日、△曜日。今日のお知らせをお伝えします。』――。

……。





「……はあ」


学校帰り。

家までの帰り道を歩きながら、思わず溜息が出た。

声優の相手を決めるって決定権だけでも戸惑っているのに、さっきプロデューサーからメールが入ってた。


<お疲れー。さっき筧さんに話聞いたよ。相手役指定権よかったね。結構急いでるみたいでさ、なるはやで連絡宜しく。本決まりじゃなくても、候補早めに教えてほしいーとか言ってたから。あっちはあっちで交渉と準備があるみたいでねえ。二、三人出しとけばいいんじゃない? ではまた土曜日!>


お、思い出しただけで鬱になる…。

一晩経っただけじゃ候補も何も、無いだろう。

だからー、俺の行動範囲なんて高が知れてるんだって。

元々、そこまで社交的じゃない。図書館と学校とスタジオくらいしかないんだからな。


「うーん…。どーすっかな…。ぱっと思いつくのなんて、正行くらいしかいないぞ…」


正行か…。

あいつは経験も豊富だし、比較的頼みやすい。

シリーズなら、売れたいって思ってるあいつのいい踏み石になるだろうし、俺も今まで録ってきたのとか正行が相手だったの多いから、収録もいつもみたいにほのぼのでできるだろう。

このままいけば、普通にあいつに頼むしかないんだろうけど…。


「……あ、でも、緒倫も声優に興味あるって言ってたな」


でも緒倫は素人だしなー…って、俺も似たようなもんか。

声は悪くないと思うんだよな。今、事務所の方で若手足りないとか言ってたし、これを切っ掛けに引っ張ってみるとか。

あいつ顔はいいし。ちょっとせこいかもしれないけど、切っ掛けだけつくるくらいならいいんじゃないだろーか。

駄目なら駄目でバッサリ切られるだろうし。


「候補だけでも教えろとか言われてもな…。うーん…」


駄目元で、緒倫誘ってみっかな。

あいつ興味あるみたいなこと言ってたし、駄目なら駄目で、事務所が拒否るだろう。素材は悪くねえと思うんだ。カラオケとか上手いし。


「明日の昼にでも、聞いてみるか。んで、悪い気しねーってんなら、事務所連絡して……って、おっと」


独り言をぶつぶつ言いながら歩いていると、ポケットに入れている携帯が鳴った。

……あ。緒倫だ。

――ピッ。


「うぃーっす。なにー?」

『うぃーっす。…あのさー、叶もう帰っちゃった?』

「うん。今さっき学校出たとこだけど」

『あ、マジで? じゃあ、何も予定ないなら一緒に遊ばね?』

「お前、部活は?」


緒倫は、帰宅部の俺と違って、なんと美術部に籍を置いている。

緒倫が美術部……。全然イメージが無い。

何で美術部なのかと聞いたら、一番に誘われたからだという話だ。そんであんまり行ってないという。お前もっと人生真面目に選択しろよとか、俺は思った。

まあ、期日までに作品を出せば、部活に行かなくてもいいらしい。それはそれでいいよな。自由だし。

最近何か創ってるとか言ってた気がするが……。


『別に今は品評会の時期じゃねーし。それに、俺んとこは関係ねーけど、何か来週の終わりまで部活棟入れないらしいぜ。東棟、耐震やるんだってさ』

「今更かよ……」


じわじわちくちく随時県内の建物弄ってるのは知ってるけど、ようやく順番が回ってきたのか。

まあ、一週間の休みとか、学生にとっては嬉しい限りだ。

ちょうどいい。緒倫に、昼間の話もっと細かく話して、興味あるかどうか聞いてみるか。


「んじゃあさ、俺今、駅向かう途中の道歩いてるんだけどさ、待っててやるから来いよ」

『おー。じゃ、行く。待ってて』

「ほいほーい」


通話を切って、俺は歩いていた足を止めてすぐ横の壁に寄りかかった。

暇潰しに携帯アプリを起動しながら、鼻歌なんぞ歌いたくなる。緒倫と遊ぶのは、いつも楽しい。

あいつ常にテンション低く見えるから、本当に楽しんでるのかどうか疑いたくなる時もあるが、結構ノリが良くてムキになるタイプだからな。

つまんないかなとか思って、俺が「帰るか?」というと、「何で?勝つまでやろうよ」とか返されたりする。

遊ぶにはそーゆー奴の方が楽しい。


「……遊びに夢中んなって、話忘れそうだな」


冗談交じりに苦笑して、俺はアプリのボタンを押した。




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