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Sweet Voice  作者: 葉未
13/16

12th story:やり直しとこれから

挿絵(By みてみん)

「もう…!もう何なんだよ!どうなってんだよ!!みんなどうしてそうやって冗談みたいな流れで生きていけるんだよ!?」

「叶、うるさい。ちょっとボリューム下げた方がよくね?」


家まで間近な住宅街。

すっかり日が暮れてから帰宅の時間になっても、俺はまだ一時間ちょい前の事の成り行きが信じられなくて腹を立てていた。

緒倫の言葉に声はひそめるものの、大股でずかずか彼の前を一方的に歩く。

まだ顔は赤いし、もう一度泣きたくなるくらい恥ずかしい。

そしてどうやら、筧さんは本気らしい。

止めようと思って会社に戻った頃合いを見計らって電話したら、緊急会議中ですのでお取り次ぎできませんとのこと。

怖ろしいことに、プロデューサーも音無さんも“いいんじゃない?”とあっさり了承したらしい。

元々、依頼があって動くというスタンスらしいので、先方都合で変更になりましたってだけの話だよ、とのこと。

事前に言っていた「俺たちのことは後で決める」というのは筧さんがあの状態な以上、完全な冗談で、俺と緒倫を辞めさせるつもりはなくて、これから超絶忙しくなるから頑張ってね、と肩ポンされるくらいだ。

世の中には、高校生とかでリアルBLも、まあマジであったりするだろう……っていうか俺のダチにいるし…。

…などと気易く考えていたが、まさか自分たちがそうなるとは思ってもいなかった。

そりゃ、ゲームだとか漫画だとかCDだとか、商品化されてしまえば声優モノなんてよくある話っぽい。モデルがいたとかいないとか、バレやしないだろうが、そういう問題じゃない!

恥ずかしさで死ねる!!


「何でお前、そーやって平気なんだよ!」

「だって別に、俺平気だから。バレても」

「俺は嫌だよ!」

「…何でだよ」


少しむっとする緒倫。

違う!お前と付き合ってるのが恥ずかしいとかそーゆーんじゃない!!


「俺は、そもそも誰と付き合っているとか、内緒にしときたいんだ!」

「……」


似ているようで微妙に違うこのニュアンスを、緒倫は察してくれたらしい。

むっとした顔を引っ込めて、今度は呆れるように溜息を吐いた。


「あっそ。…でも、俺は公言したい派だから。盗られたくねーもん。俺のだって、先に周りに知っておいてもらった方がいいじゃん」

「俺を狙う奴なんか誰もいねーよ!」

「学校内じゃそうかもしんねーけど、叶の行動範囲ってそれだけじゃねーじゃん」

「学校以外で、それこそ誰が俺を狙うってんだ!」

「……」


何故かますます呆れ顔をする緒倫。

じと目で人のことを見ていたかと思ったら、ふい…と呆れた様子で視線を反らした。


「…ま、いいや。それならそれで。そういう感じでいてくれれば、スルーだろうし」

「はあ? 何言ってんだ、お前」

「内緒。…ねえ」

「…!」


するり…と、滑るような自然な動作で、緒倫が俺の片手をそっと握った。

人と手を握るのなんて、滅多にない。

人の掌って、思っていた以上にずっと熱い。

一気にテンパって、どきまぎする。

思わず、一歩横に逃げる。


「あ、え…。な、何だ…よ?」

「寄り道しよーぜ」

「寄り道…?」

「高台、行こう」






…そうして、俺たちはまた二人揃ってこの場所に立っている。

いつかの時のように、前を足早に登って“いっちばーん!”などとやっている無邪気さは今は無かった。

あの時の脳天気な俺に、「お前この後スゲー大変だからな!?」と教えてやりたい。

ここに来るまでの階段は、握った手で緒倫に連れられるようにして登ってきた。

揃って、神社手前の公園の手摺りに両肘を置き、高台から街を見下ろす。

今日もこの場所には、誰もいなかった。

離れた場所にある自販機と、寂しい街灯の明かりが目立つ。

二人で眺める夜景…か。

…恥ずかしさで死ねそうだ。

何だこのありがちな恋愛イベント。ゲームだったらスチルが入るぞ。

ロマンチストだな緒倫。俺は恥ずかしすぎて逃げ出したい。

好きな奴と来たとは思えない遠い目で、よく知っているはずの町の、それでもあまりこうして見ることのない夜景を眺める。


「……」

「つーか、何でそんな死んだ目してんの?」

「いや…。いや、何か、死んでないと恥ずかしすぎて…」

「…叶ってさ」

「…何だよ」

「普通そんなことねーのに、ここぞって時、すげー照れ屋だよな。仕事でも思ったし、今も実感してっけど」

「う、うるさいなあっ!分かってんだよ、そんなことは!!」


やけくそになって噛み付くと、緒倫は横で吹き出した。

くすくすと、少し珍しい柔らかい笑い方で笑う。

…可愛いな、と、素直にそう思ってしまった。

クソ。たまにしか笑わない奴って、本当に得だよな。


「あの時、叶逃げたから。…もう一回言わせて」

「あー…。やっぱそーくる?」

「そりゃーな。答えは、もう用意されてるみたいだし。…つか、逃げすぎ」

「あ、あのな…!あの時は、お前が本当に不意打ちで告ってきたから――!」

「左近田叶」

「…!」


それまでの冗談めいた流れを、俺の名前を呼ぶだけで緒倫がぶった切る。

ただ名前を呼ばれただけなのに、俺の肩は震えて硬直した。

…次に何を言われるか分かっている。

分かっているから、胸のどきどきが止まらない。

手摺りの上に置いていた片手に、緒倫が手を重ねた。

…だから熱いんだって、お前の手は。

それだけでたじたじになる。


「俺……お前とずっと、ずっと一緒にいられたらなって、いつも思ってた。…逃げたり照れたりしてるけど、誰にも媚びないで、誰も恨まないで、自分の存在を主張できるものを自力で探して、それ一所懸命やるとか、すげーと思う。叶がいて、声かけてくれてたから、俺って生きてたんだと思う。ガキの頃から、今までずっと」

「……」

「俺のこと、ずっと引っ張ってくれたのは、叶だ。叶がいなかったら、中学も高校も、きっとどうでもよかった。考えたら俺、叶がいたから…叶と同じ学校入ろうとか、同じ委員会入ろうとか、バイトやろうとか、声の演技上手くやろうとか……そういうの、全部、お前がいてこそだった気がする」


重ねていた手をやんわり取られて、指を絡め取った。


「叶、分かると思うけど…。ひとりの時、誰かが自分に気付いてくれて見てくれるって、何か、すげー嬉しいって。…叶の声はガキの頃から俺に届いてたし、俺は、叶に聞いて欲しくて、お前の真似を始めた。俺たち、お互い似てんだと思う」

「……ああ、まあ」

「兄貴だったらいいなって、ずっと思ってた。…けど、もう兄弟なんかじゃ足りない。仲のいい友達とか、無理。…いや、ダチでも一番でいたいけど、ダチとか恋人とか、そういうのひっくるめて全部の中で、俺の存在が、一番でかけりゃいいなって思う。他の奴が俺の上を行くのが許せない」

「緒倫……」

「だから、俺のこと、一番にして欲しい。…俺、お前のこと、誰にもやるつもりない」


言い切った言葉は強かった。

切ないくらい真っ直ぐな瞳が、俺を射抜く。


「俺と付き合って。まだ俺のことが本気で好きかどうか、はっきり分からなくてもいい。叶が寂しくても、そうじゃなくても……叶のことは、俺がずっと近くで見てる」

「…」

「その辺の、ありがちな告った振ったのレベルじゃねえから。絶対、後悔させない!」


ぐっと指を絡めた手が強く握られる。

真っ直ぐな瞳に目を奪われながらも、その指が震えているのが伝わってきた。

手が熱いのは、コイツもコイツで緊張してるから、ってことか…。

……。

…馬鹿だな。

もう、答えなんて分かってるだろうに、どうしてこんなに緊張してるんだか。

緒倫も…そして、俺も。


「…緒倫」


痛いくらい握られている手から指を解き、改めて、そっとその手を、普通に握る。


「その…。何だ、えっと…。サンキュ……」


自分の考えや気持ちを言葉に出すのは苦手だ。それが本心であればあるほど。

…けど、緒倫がここまで真っ直ぐ伝えてくれたんだ。

俺も、伝えなきゃならない…。


「えっと…。俺、ガキの頃から、お前に見守られてたんだな…。お前が、ずっと変わらず俺の傍にくっついてきてくれたから、家族とか、そういうのウチいい加減だけど……何つーか、ちゃんと両足で立ててたんだと思う。完全に一人だったら、途中で終わってたっつーか…。声優の仕事だって、始めはお前にもっと上手に読んでやろうと思ったからで…。お前が、俺の未来を開いてくれていた……みたいな…」


まだまだ駆け出しだけど、それでも確かに、家や学校の外に、俺の居場所がある。

年齢制限ありで、いつか追い出される学校。

それ以外に居場所があることは、誇らしい。

学校の他に、普通にあるはずの“家”という居場所が乏しい代わりに、俺には、この歳でも、一緒に働ける仲間と呼べる先輩達や、俺の声を聞いてくれるたくさんの人が、今はいる。

振り返れば、俺の生活の隣には緒倫がいた。

ずっと前から、小さい頃から…。

お互い、こんなに寄り添って生きてきたっていうのに……今は、何故その事実に今まで気付けなかったのかという、お互いの鈍さに笑いたいくらいだった。

緒倫は、俺が必要だという。

俺にだって、緒倫が必要だ。

こんなにも大切な人だった。

幼馴染み、友達なんていう殻を破って、両腕でこいつの全部を包み込んでやりたい。

…って真摯な気持ちはありまくるのに、口から出る言葉はしどろもどろ。


「お、俺は、その……残念ながら男だ、けど……。ぉ、お前さえよ、よけ、よけれ――うおわっ!?」


急に片腕を引っ張られる。

飛び込んだ先は、緒倫の腕の中だった。


「……」

「お、おい…っ。急に……!」

「………やった」


高い身長の背中を少し丸めるようにして俺を抱いたまま、緒倫が小声でぽつりと呟く。

ふわっ…と、意識したことなかった緒倫の匂いが鼻にかかり、真っ赤になって俯いた。


「……」

「お、おい…。…緒倫?」


照れ隠しに、ぺちぺち背中を叩いてみる。

けど、離れる様子はない。猫のように、俺に益々擦り付くだけだった。

…いや。

長くね?

まさか泣いてねーだろうな…。


「お、おま…いきなり抱きつくとか…。それにそんな、すりすりすんなよ…。猫か…」

「…だって、マジで好きだし。こんな変なの、初めてだ」

「変なのって何だよ、変なのって…」

「よく分かんねえ…。叶が、ちょっと素っ気ないだけで胸が痛くて、死ぬんじゃないかって、毎日思ってた。…叶が話しかけてくれるだけで浮けそうなくらい嬉しかったし、なのに誰かと話してるの見るとキレそうになる」

「い、いやいや…。お前それ、心狭すぎじゃ……」

「もし友達にも戻れなかったら、俺、叶のこと殺そうかとも思ってた。一緒に死ぬ方がマシ」

「おいおいこらこらっ!」


物騒だなオイ…!

危険な発言に一瞬青筋が立つが、また抱き締める腕に力が入り、と…と一歩前に足が出た。


「叶…。好き」

「……」

「マジで好き。……てか、これが“好き”ってやつなんだな。すげえ」


ぎゅう、ともう一度強く抱き締められる。

…とことん真っ直ぐだ。こんなにストレートに攻められるなんて思ってもみなかった。

全然、緒倫っぽくない。

こういう所もあるんだなと、ビックリする。

俺の方がどうしていいか分からない。


「あーっと…。あの…」


何か返したくて、もっと喜ばせてやりたくて、俺も伝える。

…苦手だけど。


「お、俺も…、その…………好、き…――かな…」

「……」

「いや、まあ……うん。そういう着地点ってことで。…うん」


聞こえるか聞こえないかくらいの微かな声だが、さすがに恥ずかしくなって、腕の中で身動ぎながらも何とか言葉にする。

すると、緒倫が俺を締め付ける腕を緩めた。

ようやく満足したか…。

あああ…。マジで恥ずい…。

腕が緩んだのでそっと離れようとすると、斜め上から、緒倫がぼんやり尋ねる。


「…キスしていい?」

「…は?」

「キスしたい。…今、やばかった。ぐわって来た」

「……!!」

「今キスしたら、絶対気持ちいい」

「ヤダ!!」


艶の入った緒倫の目が俺を覗き込み、慌ててその胸を押し返し、腕から逃げた。

全然乱れていない制服の胸元を、何となくぎゅっと片手で握って、後退する。

い、今なんか…何かちょっと、俺喰われそうじゃなかったか!?

男の欲情的なの見ちまった気がするぞ…!


「ば、馬鹿…!いきなり何言ってんだよ!告って速攻かよ!?」

「何で。普通じゃん。恋人になったってことだろ? 記念」

「普通じゃねーよ!ペース早すぎるわ!」

「普通だって。キスだけじゃん」

「ぜっってーキス止まりする空気じゃなかっただろ今の!」

「……。…ち」

「何だその舌打ち!マジかよコラ!!第一、キスだって何だって、誰が外でするか!」

「…じゃ、帰ってから」

「え? うおあ…!?」


足下に置いていた俺のカバンを緒倫が拾い上げ、もう片方の手で俺の手を握り、引っ張る。

手は、またしっかりと繋いでいた。

急ぎ足で、階段を足早に降りていく緒倫に引きずられるように、俺も階段を下る。

油断するとつんのめりそうだ……つか、マジで危ない。


「ば、馬鹿馬鹿馬鹿!危ない危ない危ないって!!う、うわわぁああああっ…!?」






――バンッ!!


駆け込むように勢いよく、緒倫は俺の部屋に飛び込んだ。

いつの間にか手を繋ぐっつーより小脇に抱えられてる状態で、俺はそれに連行されていた。

あの場所からなら俺んちの方が近いからだけど、玄関のロックだって、勝手に俺の手首掴んで指紋スキャンさせるし、靴もスゲー乱暴に脱がされるしで…。

連行されてはいても、結局のところ自分の足で歩いたわけだ。

あまりの競歩具合に大した体力もない俺は、息も絶え絶え。

部屋に入った頃には、ぜーはーぜーはーと肩で息をしていた。

体が自由になり、前屈みになって顎の下を右手の甲で拭う。


「ば、馬鹿かお前…。つーかマジで馬鹿…。歩くの、早すぎ……げほっ!」

「…もういい?」

「はぁ…? 何――」


体を起こしながら緒倫を振り返ると、当然という顔で両手で私服のアウターを脱いでいて、ぎょっと肩が震えた。

…え。


「キス。誰もいねーし」

「い…!?」


脱いだアウターを片腕でバサリと足下に落として、緒倫が踏み込んで来るとぐいっと俺の片腕を掴む。

一歩後退した背中がドアにぶつかった。


「や、止めろ止めろ止めろ!ストップストップ!!タンマタンマ!!」

「一回だけ」

「ちょっ、ちが…今唾液たま……ぎゃあああああッ痛――んむっ!?」


顎を持ち上げられ、無理矢理唇が重なる。

カチ…と前歯が少しぶつかった後で、咄嗟に口を開いてしまった。

直後、隙間無くわあわあ叫いていた口を塞がれ、テンパってしまう。

そこに情け容赦なく舌が入ってくる。


「……!?」


あっつ…!

舌の高温と滑りに驚いて、いつの間にか腰の後ろに緒倫が手を添えていてそれも温かくて気持ちよくて、どれもこれも初めてで、びっくりするくらい身体中から一気に力が抜けた。

変な気になってくる。

けど、それが怖い。

エロ動画見て勃つとかその気になるとかとは、また全然違う。

気持ちから発熱する何かっつーか……なんかそんな何か!

知らない気持ちと感覚に脳みそが揺れる。

あと、気持ちよさにごまかされてる感があるけど、現実的に息が詰まって苦しい。


「ン、っふ……ぁ……!」

「……」

「や…。ちょ――」


少し唇が離れたと思ったら、またすぐ塞がれる。

こ、この野郎…!

気付けば、じわりと涙が滲んでいた。

俺これが初キスだぞ!超雑じゃねーか!!

別に女のつもりは更々無いしああだこうだ言うつもりはないが、さすがにかっときて、右手で拳を作り、その拳を振り上げた。


――ガン…!!


「…!?」


横からガツンと緒倫のこめかみあたりを狙って振り下ろすと、ようやく緒倫がキスを止めた。

殴られた頭を押さえて、顔を離す。


「…何だよ」

「な…な、何だよ…? …おま、信じらんねぇ。何だよじゃねーだろっ!」


むっとした顔の緒倫が、俺の顔を見て意外そうに瞬く。


「…。何、叶…。キスで泣いてんの?」

「うっぜえええええっ!!」

「おっと…」


ぶんっと振りかぶった俺の拳を、緒倫が避ける。

やっと緒倫との距離が開いて、ほっとした。


「…止めろよ。何で怒ってんの?」

「お前が、急に無茶苦茶するからだろ!引っ張って、連れ込んで、キスすんな!!」

「何で。いいじゃん。誰も見てない」

「嫌だ!!」

「…俺とキスすんの、嫌なわけ?」

「う…」


急に大人しく、控えめに緒倫が俺に尋ねる。

ぐ…。

あまりに声の調子が一瞬前と違うから、ぎくりとした。

何故か可哀想になってしまうのだから、年下は特だなオイ!


「い、嫌じゃ…ねーけど!…でも、急に色々は…止めろよ……」

「……」

「俺、その…。急な変化とか、苦手なんだよ…。…知ってるだろ?」


言い訳じみて言ってみる。

でも嘘じゃない。俺は本当に、急な変化に弱い。

緒倫のことは好きだ。

好きだと自覚するまでにも時間がかかった。好きだと言ってくれた言葉を受け入れるのにも時間がかかったし、好きだと言うのにも時間がかかった。

対照的に、緒倫が意外と猪突猛進なのもかなり身に染みて分かった。

対極的だ。

きっとこれからも、じりじりさせるだろう。

応えてやりたいけど、苦痛になるくらいに迫られても困る。


「お前が、俺とくっついてたいのは分かったから…。でも、俺、ちょっと…マジで恋愛経験とか、ホンット少ねぇから!頼むから、もう少しゆっくりゆーっくり、慣れさせぎゃああああっ!?」


言ってる傍から、がば…!と緒倫が俺に抱きついてきた。

再び背中がドアにぶつかり、為す術なく腕の中に捕まる。

反射的に両肩を上げ、殆ど真下を向いて口を取られないようにした。


「ちょ、ちょ、ちょおおおーっ!!」

「……」


なんか恐えええっ。

わたわたして必死に逃れようと暴れる。

…けど、緒倫は俺に抱きついたまま、一切動かなかった。

…?

あれ…?

次第に、俺の方も落ち着いてくる。


「……。お、緒倫…? …え、何?」

「…叶、可愛い」

「か、かわ…!? は!? 何でそーゆー流れになんの!? マジ意味分かんねーからお前!」

「叶が照れ屋なのは、すげー知ってるつもり。…悪ぃ驚かせて。嬉しくて、我慢できてなかった…。…もう平気だから。このままでいさせて。キスしねーし」

「へ? あ、ああ…」


許すと、俺を抱き締める緒倫の腕が、また強まる。

…呆気に取られていた。

…。

すげーな、こいつ…。

本当にこんな、直情的な奴だったんだ…。

何にも興味が持てない淡泊な奴だと思っていたのが、嘘のようだ。

そして、その意外な直情の向かう先が、俺なんだ…。

…何か、それって、すげー。


「……」

「…叶」


暫くそのままでいると、耳元で、緒倫がそっと俺を呼ぶ。

落ち着いた、艶のある低声に、ぞくっとした。


「あ…。な、なに…?」

「俺、バイト頑張るから…。叶の傍にいられるように、努力する。…お前の相手役は、俺じゃないとなって、聞く奴全員に思わせてやる」


宣戦布告のような発言の後、耳に鼻先を押しつけてくる。

真っ赤になって、たじたじになって、俺は俯いた。

何も応えられずにいると、緒倫が体を離した。

真っ直ぐな瞳が、狼狽えるだけの俺を射抜く。


「叶が慣れるまで、我慢する。…けどその分、作品の中でたくさん告って気ぃあんのばらまいて、キスしてメチャクチャに抱くから」

「……!! ばっ…!?」

「公開プレイ」


ぼっと顔から火が出そうな俺を振り払って、緒倫は妙に得意な顔で強く宣言する。


「事務所の奴らにも、取引先にも、何か、そーゆーCD買う奴らにも……全員に、見せつけてやる!」


今まで見たことが無いような挑発的な、且つ無邪気な顔でそんな宣言をされ…。

俺は数秒、ぽかんとしてから、笑いだしてしまった。

――今、俺ってすごく……。

…こいつに、見てもらってるんだな。

そう思った途端涙が出てきて、爆笑してるって振りを続けたまま、少し泣いた。




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