プロローグ1
ユメノオト
「ほーたーるの、ひーかーりー――」
卒業式。 それは、三年間なんやかんや言いながら通った学び舎と友との別れを意味する。 この三年間、辛いこと、悲しいこと、楽しいことがあった。 だが、それは今となってはすべて素晴らしき思い出となって俺の脳みそに刻み込まれている。
「田中~! 悲しくなるなおい~! おい~!」
卒業式が終わり、在校生に見守れながら校門までの花道を歩く。 そんな俺の背後に同級生の吉永が鼻水を垂らしながら話しかけて来た。
「吉永……もうお前とも会えなくなるんだな。 北海道に行くんだっけ?」
「あぁ、僕は地元の北海道に帰る。 いや、俺は悲しくなんてない。 同じ空の下、俺たちはまた会える。 そうだろ? 親友」
「もちろんだ。 親友。 すべての道は、俺たちの心に通じている。 また会えるさ」
「田中……田中~!」
「吉永、田中!」
「せ、先生!」
校門の先にいたのは三年間、俺たちを見守ってくれた生活指導の中田先生。
「ったく、お前らには散々迷惑をかけられたもんだぜ」
不良。 そう、俺たちが三年間歩いて来た道はそれはそれは荒れていた。 時には他行の連中と殴り合い、時には万引き。 そう、そんな俺たちをここまで指導してくれたのがこの中田先生だ。
「先生のおかげで、僕たちこの日を迎えることができました……!」
「先生、サンキューな」
「うむ。 もう俺の仕事を終わったな。 これからは社会の荒波がお前たちを強くさせてくれる。 もう俺の元から羽ばたけ!」
「先生―!」
俺たちは中田先生の胸に飛び込んだ。 大きく、そして人を想う温もりを感じさせてくれた。
「あぁ、あぁ。 お前たちならどこへ行ってもやれる。 だが、辛くなったらいつもで戻って来い。 その時は遠慮するなよ」
「は、はい……はい……」
「二人ともー!」
今度は女の子の声。
「行ってこい」
俺たちは先生から一度離れ、声のする方へと足を進めた。
「ミヤコちゃん!」
そこにいたのは葛城ミヤコ。 俺たち男子生徒のアイドル的存在だ。
そして現在、俺の彼女だ。 文化祭の演劇で主役とヒロインを演じたことがきっかけで俺たちは本当のカップルとなったのだった。
「ミヤコ。 待っててくれたのか」
「あったりまじゃない! 私があなたを置いて帰るわけがないじゃないの!」
「ミヤコ……」
「はいはい! 僕はお邪魔虫のようだね~。 ま、僕は帰ろうかな」
「おいおい吉永、これから一緒に卒業祝いするんだろ?」
「そうよ! 吉永君も一緒に――」
「遠慮しとくよ。 好きだった女の子が、一番の親友と結ばれて、僕は嬉しいよ」
「お前……そうだったのか」
どうして今まで言ってくれなかった。
「そういうことだ。 じゃあな」
「吉永!」
俺の問いかけに吉永は振り返らず、だけど足だけは止めた。
「ありがとう。 最高だったぜ」
「……あぁ、僕もだよ」
そう言って吉永は肩越しに手を振り、去って行った。
「いい奴だったよ」
「えぇ。 そうね」
「それじゃあ行こうかミヤコ」
「……はい」
僕たちの門出を桜吹雪が祝福してくれた。 とても綺麗に散るその花は、儚くも美しく、できるのであればその姿を永遠に見ていたいと思った。
中田も言っていたけど、これから僕たちは社会という名の大波に挑むこととなる。 辛いことだってあるだろう。
だけどそんな時は、この学園での思い出を胸に乗り越えようと思う。
素晴らしき青春を――ありがとう。 さらば。
「……はいカット!」
と、そこで監督からの声が飛んだ。
「ふぅ」
「いやー良かったよ宮坂君!」
そう言って監督が俺の肩をポンと叩いた。 そこで俺の本当の名前が宮坂一輝だったことを思い出す。 もうこれ以上、田中健二を演じることがないのかと思うと少し寂しい。
「あー疲れた」
隣にいたミヤコこと、菊池涼子が伸びをした。
「いやー涼子ちゃんもいい演技だったよ! 作者様も大満足さ!」
「あ、そ。 そんなことよりも飲み物ちょうだい。 冷たいの」
「おいこらそこの新人! 早く飲み物を持って来い! ったく、気が利かない奴ですいやせん」
清純派のミヤコを演じていた時と違い、涼子の態度はスタッフや演者からは大不評だ。 このように、とにかく偉そうなのだ。
「それじゃあクランクアップということで、皆さん、今日まで撮影お疲れ様でしたー!」
監督の一言で解散となる。 先ほどまで一緒にいた涼子や吉永こと松井田直樹。 中田こと山田剛と離れ、俺は一人で歩き出した。