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お月お星

 

 僕はその日、宮城県に足を運んでいた。蔵王町の隣にある、狐村、というところに少し用があったからだ。元々、宮城県は僕の故郷であり、仙台市の外れにある小さな町の生まれである僕だったが、蔵王町にはあまり足を運んだことがない。というのも、同じ県内で観光するよりは少しでも遠くの県外に行って、そこで様々な民話や美術品を見たいと思っていたからだ。


 なのになぜ、まもなく大学四年生になる今、こうして、山形県に近い蔵王近くまで足を伸ばすことになったかと言えば、中学の頃の学友の一人である、高橋がどうしても来てほしいと言ったからである。


 深夜バスに揺られ、あまり寝付くことも出来ぬまま、寒々しい仙台駅前に降りると、こちらにむかってぶんぶんと腕を振るう男がいた。丸坊主にメガネをかけて、鼠色のダウンジャケットを着た男――高橋がこちらに駆け寄ってくる。


 朝の八時だというのにずいぶんと元気だ。


「久しぶりだなあ」


 そう言って、高橋は握手をしてきた。


「元気してたが?」

「ああ、元気だよ。高橋も元気そうだな」

「俺は元気だよ。やっこどど言えばお経読むぐれえだがらな」


 にやりと高橋は笑って両手を合わせてみせた。


「坊さんだっけ?」


 んだ、と高橋は言うと、僕を車に案内した。白の軽自動車に乗り込み、二人で狐村に向かう。


「どうして今日は僕を呼んだの?」


 んだなあ、と高橋は少しくぐもった声をだした。


「言いづらいなら別に言わなくてもいいけど」


 窓の外を見ると、寒々しい田んぼが広がっていたが、雪は積もっていなかった。一月も半ばだというのに、宮城も積雪がなくなってきたようで、幼いころの雪景色がなくなっていくのは寂しかった。


「ここらへん、雪降らなくなったんだね」


 気を利かせたわけでもないけれど、思ったことを言うと、楽でいい、と高橋は笑った。


「こっちのほうまで来っと楽でいい。蔵王のほうは寒ぃど? びっくりすっと? こっちのほうは確かに雪降らなくなったけど、あっちはやっぱ山だがらな。積もってんだ。乗ったとき、見たがわがんねげっと、一応この車もタイヤスタットレスだしチェーンも回してんだぜ?」


 そうなんだ、と耳を澄ますと、確かにチェーンがアスファルトをがりがりと削る音が聞こえた。アスファルトがチェーンを削る音なのかもしれないが。

 どれくらい走っただろうか。仙台を抜けて、栗原市に入った。


「ちょっと、おめえに頼みだいごどがあったんだ」


 重たい口を開けるように高橋はぽつりと話し始めた。


「俺は蔵王町で今坊さんやってんだげっとさ、ちょっとわげのわがんねごどが起ぎでな」

「わけのわからないこと?」

「怪事件だ」

「そりゃ確かに僕好みの話だね」

「だべ?」

「で、どんな怪事件なの?」

「話せば長ぐなんだげど……」


 蔵王町の隣、狐村に狐の山と呼ばれる場所がある。そこで何人かの子供たちが失踪する事件が起きているらしい。どこを探してもその子たちの姿はない。監禁等の事件として警察も探しているが、中々解決の糸口がつかめないとのことだった。


「なるほどね」

「そんで俺も捜索隊、まあ消防団だよな。それで駆り出されだんだげど、まあみつからねえ。最悪、死んじまってんじゃねえが、って話にもなってでやあ」

「でもそれだけじゃ僕を呼ばないよね」

「え、あ、なあ……」


 つるつるの頭を高橋はかいた。


「おめえはホント、気付がなくていいどこに気付ぐんだもんなあ。まあ、その中にさ、俺の好ぎな人の子供もいだんだ」

「人妻が好きなのか」

「ちげええよ! 未亡人だよ! いや、そういうごどでもねえんだげど。とにかく、早ぐ見つけてあげでんだよ。あの人、すげえ寂しそうだったからさ」


 遠くを見つめる高橋の目は父親のような、好きな人を思う子供のような、不思議な目をしていた。

 狐村につくと、さっきまでも寂しい景色が嘘のように雪が積もっていた。さすがは山だ。よく降って、よく積もる。


「さて、んでどうしたらいい? 誰が、連れできたほうがいいが?」

「そうだね、その失踪したっていう子たちの親御さんたちに会いたい」

「わがった、んでとりあえず家回ってみっか」


 高橋の軽自動車でその親御さんたちの家を回ることになった。

 一軒目の家に着く。田舎は一軒家が多い。家の前で庭仕事をしているおばあさんにつつがなく挨拶をして、家の中に入ると、どんよりとした空気が漂っていた。


 失踪した子の父親と、母親が頭を下げた。父親の方はずいぶんと頬がこけており、母親の方は目が赤いが、たくましそうだった。女は強し、母は強しだろうか。


「娘さんが失踪したとき、お二人は何をなさっていましたか?」

「こないだ刑事さんにも話しましたけど、俺は仕事してましたし、家内も仕事してました」父親の方がそう言って小さくなった。

「仕事というのは?」

「俺は農業です。家内は介護施設で働いでます」


 後ろのほうで、赤ん坊の泣き声が聞こえた。すみません、と奥さんのほうが席を外した。


「弟さんですか、妹さんですか?」

「妹です。まだ一歳にもならなくて。でも働がねえどいげねえすからね。家内もすぐに働ぐようになったんです」

「手がかかって大変でしょうね」

「大変ですけど、大切な子ですから。あの子も、大切な子です」


 男がテレビ台の脇にある失踪した少女の写真を見た。屈託ない笑顔でいる写真の主は見るからに快活そうであった。

 挨拶をして次の家に行く。あいにく不在でどうしようもなかったのでさらに次の家に向かう。次の家が高橋の思い人の家だった。

 一軒家であるが、ここに母と子で住んでいるとなると、寂しいものがあるだろう。

 チャイムを鳴らすと、子供が一人出てきた。髪の毛を二つに結んだ女の子だった。


「こんにちは! あっ! おじちゃん!」

「おう、元気か? お母さんいっか?」

「いるよ!」

「んで呼んできてもらっていいが?」

「いいよ!」


 おかあさーん、とその子が家の奥に入って行く。とたとたとスリッパの音を立てて二人が戻ってきた。美人だった。薄幸そうなその雪女のような姿に高橋が惹かれるのもうなずけた。


 どうも、と高橋が頭を下げる。続いて僕も頭を下げた。


「今日は、失踪事件のこどで来たんです。こいづは俺の知り合いで、探偵みだいなこどしてまして。少しお話聞かせてもらえないすかね?」

「いいですけど……ここじゃなんですから、どうぞ、上がってください。お茶くらいしかありませんけど」

「んで、失礼して」


 ほら、いくぞ、と高橋が腕を引っ張った。お前が上がりこみたいだけだろう、と目で言うが、まったく通じなかった。

 リビングに向かうと、テレビにかじりついてさっきの幼女がトムとジェリーを見ていた。椅子に腰かけて、部屋を見渡す。ここにも、失踪した少女の写真があった。壁にかけられたコルクボードに飾られていた。


 すみません、と奥さんが煎茶を差し出してくれた。お茶菓子もどうぞ、とせんべいを出されると、脇の方から小さな手が伸びてきた。


「由紀! それはお客様の分。あなたのはこっちにあるの」

「やだ、せんべえがいい」


 ぶうと由紀ちゃんが膨れた。それを見て高橋がせんべいを差し出した。


「んで俺のけっから。ほれ」

「ありがとー!」


 由紀ちゃんが高橋に抱き着く。でれでれとしやがる。外堀から埋めていこうというのか、こいつは。


「すみません」と奥さんが頭を下げた。いえいえ、と高橋がぶんぶんと手を振った。


「それで、お話っていうのは?」

「ああ、お子さんが失踪したころ、何をなさっていました?」

「その時は仕事をしてました」

「仕事というのは?」

「福祉施設で働いています」

「そうですか。あ、そうだ。もう一ついいですか?」

「なんでしょう?」

「失踪したお子さんとは血はつながっていますか?」

「いえ、私は継母だったので、繋がっていませんが……」

「わかりました。ありがとうございました」


 そう言って僕は席を立った。高橋はお茶を一気に飲み干して名残惜しそうに席を立つ。また来るから、と由紀ちゃんの頭を撫でて、家を後にした。


 車に戻り、一息つくと、高橋が、もうわかったのか、と尋ねてきた。


「わかってた、かな。今の話でなんとなく、つかめた気がする。高橋」

「なんだ?」

「消防団でさ、いや、警察でも村役場でもなんでもいいんだけど、失踪した子たちの家の家族構成を調べてもらえない?」

「なんで? 別に知ってっと?」

「じゃあ話は早いや。とりあえず、狐の山に行こう」


 僕と高橋は狐の山に向かった。車内で高橋に話を聞くと、やっぱり失踪した子供たちの家庭は、再婚したことによって継母がやってきていた。


「それとなんの関係があんだよ?」

「宮城県の民話に『お月お星』って話があるの知ってる?」

「なんだそれ」

「昔々あるところに、お月とお星という二人の娘がいたそうだ。お月は亡くなった先妻の娘で、お星は継母の娘。二人はとても仲がよかったが、お月が継母に懐かなくて、継母はお月のことをいつか殺してやろうと思うくらいに憎んでいたそうだ。それで、あるとき、父親が急用で上方のほうに出かけることになった。これ幸いと継母はお月を殺す思案をしたんだ。妹のお星はその企みを知って、姉のお月に一緒に寝るように提案し、お月の布団には西瓜を仕込んでおいた。それを知らない継母はみんな寝静まったころ、そのお月の布団に出刃包丁を突き刺した。これで死んだろうと、翌朝を迎えると、お月が元気に挨拶をしてきたではないか。悔しくなった継母は今度は石の唐櫃にお月をいれて山奥に運んで行って穴の中に埋めることにした」

「ちょっと待て、急に民話を話し出したと思ったらずいぶん物騒じゃねえが」

「最後まで聞けよ。また継母の企みを知った妹のお星はその唐櫃を作る石屋に頼んでそこに小さい穴を開けてもらった。そして姉に、芥子の種を渡した。この種をこぼしていけば、春になれば花が咲くからそれを辿って必ず助けに行くからと。お月はお星にもらった芥子の種を唐櫃の穴からポトリポトリと落としていった。で、山奥に連れていかれて、そのまま穴に埋められてしまった。そしてやがて冬は終わり、春が来た。お月がこぼした芥子の種から花が咲いた。お星は継母に頼んで弁当を作ってもらい、山へ遊びに行った。お月を探すためにね。芥子の花を辿って、姉の名前を呼ぶと、遠くから返事が聞こえた。急いでお星が穴を掘って石の唐櫃を開けると骨と皮になってしまったお月がいた。お月はお星がくれた芥子の種を食べてどうにか生き延びていたらしい。二人は再会を泣いて喜んだが、このまま戻っても、また継母に殺されるかもしれないと、どこか遠くに逃げることにした」


 車は狐の山についた。


「それからしばらくして、父親が帰ってきた。姿の見えない二人のことを継母に聞くと山に遊びに行っているんじゃないかと知らんぷりをされる。数日も帰ってこないものだから父親はあてもなく、探し回ることにした。『お月お星がいるならば、何しにこの鉦っこ叩くべや。カーン、カーン』と鉦を叩きながらね。これが鉦叩き鳥のはじまりだともいわれている」

「お月とお星はどうなったんだ?」

「名前の通りさ。お月さまとお星さまになった、と言われている」

「で、それが今回の失踪事件となんの関係があんだよ」


 僕らは狐の山を登った。高橋が散々探し回ったと言ったその山の中に小さな小屋があった。


「失踪した子たちの両親は再婚している。どの家庭にも血のつながらない姉妹がいた。おそらく、家庭の不和で逃げ出したんだろう」

「逃げ出したってこどは、犯人はいねえのが?」

「犯人はいるよ。お前の好きなあの人の長女だ」

「美優ちゃんが?」

「そうとも。中学生か高校生だろう? そりゃぶつかることもあるだろう。父親はもういないみたいだし、他の失踪した少女たちもだいたいそれくらいの歳ならうなずける」

「で、どごにいんだよ」

「この小屋の中さ」

「なんでこんなどころにこんなのがあったんだ……」

「必要だから、あったんだろ」

「で、この中にいんのが?」

「おそらくね」


 よく見れば、その小屋の基盤というか、下地になる部分は少し地面より高く、そこに小窓のようなものがあった。

 中に入ってみると殺風景でなにもない。


「ほんとにここにいんのが? どう見てもなんもねえべや」

「多分、この下だ」


 適当に踏み鳴らす。すると、一部空洞になっているようで足音が響く場所があった。


「ほらな」


 開けてみると、階段があった。

 階段を下りてみると、そこに数人の少女たちが集まってこちらを見ていた。一人は知らない顔だったが、もう二人は写真で見たことがある。


「高橋さん」

「美優ちゃん、なんでこんなこどしたんだ」

「あの人が、私を殺そうとしたから」


 ことの顛末はこうだ。五年前、高橋の好きな山城美由紀は美優ちゃんの父親である山城浩二と再婚した。最初はそれなりに優しくしていたそうだが、妹の由紀ちゃんが出来た頃から、なんだかそりが合わなくなってきたらしい。そして父親が病気で亡くなると、美優が金食い虫だと邪険にするようになったらしい。それが積もり積もって、つい先週、一度包丁を向けられた。美由紀からしてみれば、思わず取った行動であり、殺す気などなかったのだろうが、それでも殺意を一瞬でも見てしまった美優は逃げ出すことにしたらしい。


 他の二人もそうだった。継母との関係が上手くいかず、父親に話しても中々解決につながらない。それで三人は意を決して家を出ることにした。ここは、小さいころに見つけた秘密基地であり、今もどうにか使っていたのだそうだ。


 三人は救助され、僕は宮城を後にした。

 高橋からの電話で、最初の家族は離婚協議中。不在だった家族は再構築。そして、山城家は、今、美優ちゃんが東京の方に進学しようと猛勉強中とのことだった。


「まあんだがらよ、もしかすっと、おめえんどごに美優ちゃん行ぐがもしんねえがらや、そんどきよろしくな」

「やだよ、なにそれ。僕は別にお前の美由紀さんへのプレゼントじゃねえんだから」

「それぐらいいいべや。別に部屋だっておめえ広いどこ住んでんだべ?」

「それは偏見。東京に出てきた人間が皆金持ちで広いところに住んでると思うなよ」

「まあ、いいや。でももう、そっち行ぐらしいからその時頼むわ。たまには帰ってこい。んでな」


 高橋が颯爽と電話を切った。余計なことが起こりそうな気がして、ため息をつく。


 それともう一つ。なぜ、あの小屋があの場所にあり続けていたのか。少し疑問に思い、調べてみることにした。あの辺りは区画小路の影響でもう数年もすると道路が通るようになる予定であった。それで山をある程度削っているのに、あそこに小屋があるというのは少し疑問で、さらに言えば、捜索した高橋があの大きさの小屋を見逃すことも疑問だった。調べてみれば、あの小屋の持ち主はもう居らず、さらに言えば、壊していたらしい。なのにあそこにあり続けていたということはつまり、僕の目が妖を見ていたのか、みんな化かされていたのか、わからずじまいではあるが、なんにせよ、あの山の名前は狐の山。何が起きてもおかしくはなかった。

 とりあえず、今回の事件のことについての記述は以上。

 これにて、伝聞拾遺使、岡崎話人おかざきわとの狐村・お月お星はお終い。

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