二
結局、まる二日かけて解決させた。由衣は、向井に頼み込んで試作を手伝ってもらった。
デザイン面においても、構造的な面においてもベストな状態にできたと思っている。
翌日、朝から小関工業に持っていく。由衣も「同行せよ」と言われた。
「これでもう決まりでいいですか?」
「ええ、これで。お願いします」
自信ありげに答える藤井は、ようやく目の前に見えてきた事に、どこか満足した表情をしていた。
「それにしてもオシャレですよね。これが十二色のカラー全て並べたら壮観でしょう」
小関工業の担当者は藤井の方を見て笑顔になった。
「ははは、実際それで広告用の写真用意しますよ。こいつの売りのひとつですから」
藤井も得意げな表情で答える。
「部品はいつ入りますか? クラテックさんとこは早いでしょうが……」
「今週には大丈夫です。来週には色、見れますよね」
「二日あれば十二色のカラーサンプル用意できますよ。任せといてください」
「ええ、頼りにしています」
来週には色の付いた試作品が揃う。という事で、今日の会議は別の重要な事柄について議論する。
「――とても重要な事がある」
藤井は由衣達の前で真剣な表情で言った。
「名前を考えないといけない。そう名前だ」
「商品名かね?」
小宮山が尋ねる。
「そう。僕は『〇〇チェア』とかいう名前が良いな。みんなどう思う?」
「良くある名前だ。別に良いが……何チェアにするのか。こう言った名前はよく聞くぞ」
「それなんだよねえ。例えば『Fチェア』とか」
「それはどこかで聞いた事がある様な……調べてみるが、止めた方がいい気がする」
小宮山には何か聞き覚えがありそうだった。
「早川さんはどんなのかよいか、アイデアあるかい?」
藤井は由衣に振った。
「うーん、いきなりは……『フォールディングチェア』とか……」
「それじゃあ、そのまんまだねえ。折りたたみ椅子だからといって、折りたたみにこだわる必要はないんじゃないかと思うんだ」
「全く関係ない名前はダメだろう」
「もう少し、なんていうか……こう、フィーリングが重要なんだ。ユーザーの関心をグッと掴む様な」
「難しいですね……」
少し考えてみるが、この場ではろくに思いつかない。
「来週の会議までに考えてくれ。いい名前を期待してるよ。――じゃあ、次だが……」
――面倒な宿題が出たな……と少し困った由衣だった。
週が明けて月曜日。午前十時から会議をする。新商品の折りたたみ椅子の名称を決める会議である。
「ではふたりとも、名前を考えたかな? とりあえずそれぞれ挙げてもらおうか」
そう言って、藤井はホワイトボードを前に持ってきた。そして藤井は自分で考えた名前を書いていく。
スクエアチェア
スカイチェア
チェンジチェア
「どうだい? ……正直、僕はあまりネーミングセンスは無いと思ったよ」
珍しく弱気だった。由衣にとっては意外な一面だった。それにしても、由衣も確かにいまいちだと思った。
続いて、小宮山も書いていった。
レインボーチェア
Lチェア
「小宮山さんは安直すぎると思うなあ……」
「そうは言うが……私は名前などを考えるのは、そもそも得意ではない」
「まあ、そうかもしれないけどねえ。早川さんはどんなのかあるかな?」
由衣も少しためらいつつも書く。
プリエ
パステル
「プリエというのは?」
藤井は由衣に聞いた。
「フランス語で『折る』とか『曲げる』という意味の言葉です」
「ふぅん、なるほどねえ。『パステル』というのはカラーリングの由来だね?」
「はい」
藤井は書かれた候補をしばらく眺めて、
「うーん、どうもイマイチだな。何かしっくりこない」
「とは言っても、この中から選ぶ以外ないだろう」
「それはそうだが……ふむ」
藤井はまだ納得がいっていない様子だった。
「よし、三日後に投票しよう。この中から選ぶ。どうせだから社員全員参加にしよう」
その後、この名前の事が、工場に張り出された。
「こんなん言われてもなあ」
末森は困った顔をした。
「適当でいいんじゃね? オレもわからんし」
一緒に見ていた吉木も言った。実際この二人に商品の名前でどれがいいかなんてわからないだろう。ただ、一般消費者の目線でどれがいいか判断するには、決して悪いとは言えない。
「なんだそれ? 名前?」
向井が缶コーヒーを手で転がしながらやってきた。
「ああ、あれっすよ。ウチが来年発売しようとしてる椅子。あれの名前で投票やるらしいっす」
末森が向井に説明した。
「へえ、でもどれが良いとか言われてもなあ……」
「向井さんもっすか。みんな言ってるよ。はは!」
三日後、藤井は朝のミーティングで社員達に投票するよう言った。
「午後から結果を見るから、午前中にどれかの名前を書いてこの箱に入れてくれ」
そう言って、足元に置いていたダンボール箱を持ち上げた。投票箱と書かれ、上面に細いスリット状の穴を開けてある。
「――では、みんなの投票を楽しみにしている」
そう言ってミーティングが終了した。各自持ち場に戻っていく。
昼休みが終わった後、由衣は早速招集された。工場に集まり、みんなの前で開票していく。
「えー、プリエ。それからスカイチェア。プリエ……」
小宮山が次々と開いて読み上げていく。
「……という事で、折りたたみ椅子の商品名は、『プリエ』に決まりました」
小宮山はみんなに向かって言った。
「うーん、なんかなあ……」
藤井はいまいち納得がいっていない様子である。
「社長。もう決めた事だろう。それとも何かいい名前が他にあるだろうか?」
「いや、まあそうだ。決めた事だ。よし! この椅子は『プリエ』と名付ける事にする!」
藤井は宣言した。
「プリエっていうのは早川さんだろ? 考えたの。どう言う意味なん?」
由衣の隣にいた向井が言った。
「プリエというのは、折れるとか曲がるとかいう意味です。座面と脚が折れ曲がって平たくなりますから」
「へえ、さすが早川さんだ。よくそんなの知ってたね」
「まあ、いろいろ調べて……」
由衣は少し照れて笑った。
「オレはスカイチェアが良かったけどなあ」
「どうしてだよ?」
「だってかっこいいじゃん。スカイだよ、スカイ」
「でもあの椅子ってかっこいいていうか、可愛い系だと思うぜ。色とか」
「そうかなあ。かっこいい方がいいと思うけどなあ」
吉木と末森は投票結果について、あれこれ話をしていた。
――さて商品名も決まって、いよいよ商品化が現実的になってきた。そう思いながら、藤井の隣に置かれた試作品の『プリエ』をじっと眺めていた。