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由衣の冒険3  作者: 和瀬井藤
始動
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「――できた」

 由衣は目の前のディスプレイに表示されている、椅子の図面を見て安堵の表情を浮かべた。もう一度チェックして、不備がないか確認する。

 それが終わると早速、プリントアウトした。実際の生産に必要なのはソフトのデータだが、説明等に紙の図面を提出しなくてはならないのだ。全体の組立図に、各部品図、それらを複数用意するとファイルに閉じて一階に降りた。一階の事務所に入ると、藤井が机でパソコンに顔を突き合わせている。何か書類を作成しているのだろう。

「――図面完成です」

 由衣がそう言うと、藤井が振り向き、

「できたか! よし」

 笑顔で近づいてきた。

「どれどれ……」

 手にしたファイルを開いて、各図面を順番に見ていく。真剣な目つきだ

「よし、いい感じだ。早速クラテックに連絡する」

 藤井はそう言うと、すぐさま机の電話を手にとって、電話をかけた。少しして藤井は、

「午後から図面を取りに来るから、その時早川さんも一緒にいてくれ。細かい説明をしてもらう」

「わかりました」


 翌週、由衣は藤井と共にクラテックに向かった。最新版の試作部品ができているので、それを受け取りに向かっているのだ。車に揺られる事一時間程度、倉敷市南部の水島にやってきた。クラテックはこの水島にある。水島には大規模な工業地帯があり、それはいわゆる水島コンビナートという。

 クラテックに到着すると、来客用の駐車場に車を止めて事務所に向かった。さすがに藤井工業と比べると大きな工場である。来るのは初めてではないので、もう何度か見ているが建物も敷地も綺麗に整っている。由衣は、ちょっと羨ましいな、と思いつつ藤井の後をついていった。


「これです。どうでしょうか?」

 クラテックの担当者はそう言って、塗装のされていない、部品数点をテーブルの上に広げた。

「ふむ、いいね」

 藤井はそう言うと、由衣と一緒に部品の寸法をそれぞれチェックして、ダンボール箱に詰めていく。箱には部品以外にも、以前の試作部品なども一緒に入れている。

「すべて大丈夫ですね」

「うん、じゃあこれを持っていこう」

 藤井は部品の入ったダンボールを担ぐと、そばに用意された台車に乗せて、

「じゃあこれで、持って帰ります。近日中には決まると思うので、その時はよろしくお願いします」

「ええ、こちらこそ。是非ともお願いします」

 藤井は台車を押して、工場を出ようとしたので由衣が、

「あ、わたしが持って行きます」

 と言って、藤井から台車を引き継いで車まで押していった。

「藤井さん、彼女は……早川さんは、いつ見ても不思議なものですよねえ。うちの子もあのくらいだから、やっぱり複雑な気分です」

 担当者は、台車を押していく由衣を見送りながら言った。

「でしょう。でも凄腕ですよ」

「まあ、そうですね。<若返り>ってすごいもんですねえ」

「ははは。でも、聞くところによると大分辛かったそうですよ」

「ああ、そうでしょうね。うちの親戚に<若返り>がいましてねえ。辛かったって聞いてます」

「そうなんですか、最近増えていますねえ。みんな早川ほど有能なら、是非うちで雇いたいんですが……では、失礼します」

「ええ、よろしくお願いします」

 藤井と担当者は互いに頭を下げると、藤井は車の方に向かって行った。

 車では由衣がダンボールを持ち上げられずに、どうしたものかと考えていた。

「早川さん、僕が積み込むから台車を返してきて」

「あ、はい。お願いします」

 由衣は荷物の無くなった台車を再び工場の方に押していった。


 次は小関工業に向かった。小関工業は倉敷市南西部の児島にある。中心部の市街地より西の山の麓にあり、なんと会社からは瀬戸大橋が見える。

 小関工業はクラテックに比べると、敷地も狭そうで、建物も年季が入った感じがしている。正面にある工場の上部にある『(株)小関工業』の看板も煤けて、古さを際立たせている様に思えた。

 ここでも同様に事務所に向かう。クラテックから受け取った部品は後で持ち込む事にして、とりあえず担当者に会う事になった。


 部品は小関の社員によって工場内に運ばれて、すぐに組立作業に入った。今回は試作品なので、そのまま工場の職人が図面を見て組み上げていった。

 組み立てはそう時間はかからなかった。三十分もかからず製品状態に組み立てた。ちなみにまだ塗装はしていない。


 この折りたたみ椅子は、背もたれと後ろ脚の部分が一体になっており、座面と前脚部分が跳ね上がって背もたれの間に収まる。畳まれるとかなり平たい形状になり、凹凸が殆どなくなる為、コンパクトに収納するのに都合がいい。見栄えのいいカラーリングと、スマートな形状にたためる事がセールスポイントになる。

 材質は良く見かけるパイプ椅子と同じく、鉄の薄いパイプをフレームに使っている。

 色は十二色用意する。由衣は、ちょっと多すぎる様に思ったが、藤井が言い出すと聞く耳を持たないので、結局十二色でいく事になってしまった。


「いいじゃないか! これはいい!」

 小関工業にて試作された、折りたたみ椅子を見て藤井は興奮した様子だった。

「扱いやすそうでいいですね」

 小関工業の担当者も満足そうだった。藤井は手にとって、たたんでみたり、展開してみたりして、具合を見ている。その時由衣は、ふと気がついた。同時に藤井の手も止まった。

「これは……どうなんだ?」

 藤井は由衣の方を見て言った。

「……固さですか?」

「そうだ。ちょっと座面の動きが固い。もうちょとスムーズに軽く動かないのか?」

「締め付けが強すぎたのでは? なあ……」

 担当者は職人に、可動部のボルトの締め付けを少し緩くする様に言った。職人はすぐに緩める。再び藤井は動かしてみる。

「うーん、これはゆるすぎるだろう。見ろ」

 藤井はたたんだ状態の椅子を傾けた。すると、それだけで座面が展開する。

「……ちょっと緩すぎですね」

 由衣は、少し困った。――やはり可動部が難しいか……でもデザイン重視だとどうしてもできる事が……。

 それから、何度か調整したが、いい具合にするには少し時間がかかりすぎた。

「これじゃあダメだ。もっと簡単に、そして完璧になるようにできないのか?」

「デザインの制約上の問題が……」

 由衣としては言いたくはないが、言わざるを得ない。しかし藤井の表情は険しくなっていく。

「デザインの制約? それを解決するのが、君の仕事だろう! こんなのダメに決まっている! これを解決しろ!」

 由衣の予想通りの事言いだす藤井。怒鳴られて気が滅入ってきた。

「も、持って帰って……どうにかします!」

 由衣は椅子を折りたたむと、それを持って台車に乗せた。

「いつ頃できそうですか?」

 小関工業の担当者が藤井に尋ねた。

「なるべく早く。三日以内には。では、すいませんが今日はこれで」

 そう答えて、台車を押して持って行った。

 ――三日か……勝手な事言うなあ……。もうわかりきっている事ではあるけども、ガックリくる由衣だった。

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