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由衣の冒険3  作者: 和瀬井藤
スターティングオーバー
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 由衣は一人暮らしを始めてそろそろ一ヶ月くらいなる。そろそろ新しい生活にも慣れてきたところだ。そんな日曜日に両親が様子を見にやって来た。引っ越してからすでに二回来ているが、以前同様に今回も同じ事を言われた。

「由衣ちゃん、まだ片付けていないじゃない」

 由衣の母親、宣子は呆れていた。荷物の入った段ボールはまだそのままになっていた。

「仕事が忙しいから……」

「前も同じ事言ってなかった?」

「……そうだっけ?」

 由衣はとぼけて目をそらした。

「これ、どこにしまうの?」

「いや、いいよ。自分でするから」

「そう言って、いつまで経ってもしないんだから。前だって……」

 由衣は反論できなかった。同じ事を言われるのも、すでに三回目である。

「これはどこに入れるの?」

「それは……」


 由衣の両親である宣子と光男は、午前中にやってきた。やってくるなり、あれこれ好き放題に喋ると、部屋の中を片付け始めた。由衣は自分ですると言ったが、信じてもらえない。終わると昼食を食べに近くのレストランで昼食を食べた。午後は両親と一緒に買い物に行った。夕方には久しぶりに宣子が作ってくれた、由衣の好きなカレーライスである。随分久しぶりに食べたが、やっぱり母の作るカレーは美味しいと思った。

 その後、結局午後七時頃までいて、ようやく帰った。

「やっと帰ったか」

 由衣は両親を外まで見送って再び部屋に戻ると、テレビの前のソファに倒れこむ様に座ると、つけっぱなしのテレビ画面が目に飛び込んできた。

 バラエティー番組をやっていたが、興味がないので別のチャンネルに変えた。しかしどこも面白そうな番組がないので、リモコンをテーブルに置くとソファの上にうずくまった。

 目を瞑ると真っ暗な中で、テレビの音だけがなっている。それも次第に聞こえなくなった。どうやら由衣は眠ってしまった様だ。


 ふと目が覚めて、壁掛けの時計を見ると、午後九時を過ぎていた。付けっぱなしのテレビは報道番組をやっていた。しばらく見ていると、<老化>及び<若返り>のニュースの様だ。

 政府が<老化>と<若返り>の肉体の年齢の名称「容姿の変化状態年齢」を、「身体の変化状態年齢」と変更すると発表した。これは今まで通称「容姿年齢」と言っていたのを「身体年齢」と変えるという事だ。世界的には各国とも「身体の年齢」という意味の母国語で呼ばれており、日本もそれに合わせる形にしたという。

 日本では見た目が変わるだけで、身体的にはそこまで変化はないと考えられてきた事もあり、『容姿』の年齢だと捉えられてきた。が、現在では見た目だけではなく、肉体的にも容姿に準じた状態になると判明している。その為に『身体』の年齢とされた様だ。由衣などはまさにその典型だ。あれだけ力強く健康だった身体はもうないのだ。


 由衣はソファの上で膝を抱えて、テレビをずっと見ている。ただ見ているだけで、もう何も聞こえていない。由衣の意識はもうテレビから離れて、思考の海に浮かんでいた。

 ——わたしの『本当の年齢』。病気によって否応なく変えられた『身体の年齢』。一般的には中年という大人の年齢だった早川由衣は、身体だけが未成年の、子供の身体になってしまった。

 ——年齢って何だろう? 由衣の頭の中では年齢というものが、次第にわからなくなってきた。由衣の実年齢は現在四十三歳だ。しかし、身体は十五歳とされた。心と体が一致していない。

 由衣は後ろに倒れて、ソファにもたれかかり、大きくのけ反った。目線の先にぼんやり写るルームランプの明かりが、ほんの少しだけ暗くなった様な気がした。


 原因不明の奇病と言われていた、<老化>。そして<若返り>。この病気も色々と分かってきて、次第に輪郭がハッキリしてきたのではないか、と思った。身体の変化が大きいほど症状が重い。歳をとらない、寿命は永遠。子供は作れないし、でも頭は良くなっている。……考えてみると、結構いろいろと解明されている。

 しかし、おそらく誰しも一番知りたい事が未だにわからない。それは何か?

 そう、それは……原因だ。

 <老化>や<若返り>は、何が原因で発症するのか、どういう理由があるのか。これが未だにわからない。

 世界各国で、素晴らしい頭脳を持った研究者達が、必死になって解明しようと頑張っているのだろうけど、まだわからないのだ。

 すでに発症している由衣にとっては、もうどうでもいい事かもしれないが、でもやっぱり気にはなるのだった。

 由衣は、身体を起こして、テレビのリモコンを手に取ると、正面のテレビに向かって電源をオフにした。

 テレビ画面は真っ暗となり、急に部屋の中が静かに成る。とても静かだ。まるで、由衣の耳がどこかに消えてしまったかの様に感じた。その時、頭の中に言い様のない恐怖の感情が込み上げてきて、由衣は自分の耳を触った。

 不意に外で車の走る音が聞こえた。その音に安心感を覚えた。

 なんであんな不安な感情が込み上げてきたきたのだろうか? 多分両親が来たからだ、とりあえずそう思う事にして、ひとまずシャワーを浴びる事にした。


 月曜日はまた仕事だ。由衣はいつもの時間に起きて、いつもの時間に出勤する。

「おはようございます」

 事務所に入った由衣はすでに出勤している、藤井夫妻と小宮山に挨拶をした。それに対して返ってくる挨拶。由衣はすぐに奥の階段を上って二階の自分の仕事場にやってくる。

 すぐにパソコンの電源を入れて、コーヒーの準備をする。そうしているうちにパソコンが立ち上がり、ファイルを開いて作業の続きをする準備をする。八時になったら一階に降りて朝のミーティングだ。

 由衣の今日の仕事が始まるのだった。

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