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由衣の冒険3  作者: 和瀬井藤
曇り空の下で
22/32

 午前中、開発課の会議室で、由衣と岡崎は打ち合わせをしていた。

「――課長はどう考えているんですか?」

 ひと通り話し合った後、不意に岡崎が質問をした。

「何を?」

「今後の方針です。社長は、今年の方針として、積極的に多方面に打って出ると言っていました。課長は随分反対していたと聞きました」

 岡崎は由衣の顔をじっと見つめた。

「まあ、企業の戦略としては間違っちゃいないと思うけど……ちょっと早急すぎないかなとは思うな」

「そうですか? 私は社長の方針に賛成です。企業を成長させていくには、よくないものは早めに切り捨てて、新しいものを取り込んでいかなくてはならない。私はそう信じています」

「――岡崎さん」

 由衣は岡崎を見た。

「簡単に切り捨てていいとは限らないでしょう。商売というのは信用で成り立っているのだし。信用を失えば、もう誰からも相手にされない。従業員だけじゃない、お客さんからも」

 由衣は岡崎の持論に反論した。岡崎の考え方は藤井に似ている。由衣とは合わなかった。

「そうやって、ずるずると古いものにひきづられていく事が、本当に企業の……いや、私達社員の為になりますか? 私はならないと思います」

 岡崎の表情は真剣だ。声も一段大きくなる。

「岡崎さんの言う事もわからない訳じゃない。でも、ものには順序があるし、事を切り替えるにも時間が必要でしょう」

「私にはその考えが理解できません。それが為に機会を逃して、落ちていくのではないですか?」

「わたしは拙速すぎるのが駄目だと言ってる。機会を逃したら、それは駄目に決まってる」

「しかし、課長の考えだと悠長すぎます。今やらないでどうするんですか!」

 岡崎は机を叩いて叫んだ。

「わたしにはそうは思えない。先走りすぎて、つんのめって転倒する様を見るわけにはいかない!」

 由衣も珍しく熱くなってきたのか、声が大きくなった。

 どちらもお互いを睨む様に見据えている。

「——巧遅は拙速に如かず。孫子の言葉です。まさにこう言う事だと思うのです」

 岡崎は静かに言った。由衣は何も言い返さなかった。

 しばらく沈黙が続いた。

「アウトドア関連の事業に参入するというのも私は賛成です。確実に我が社は成功すると考えています」

「どうなる事かな。わたしにはどうも信じがたいな……まあ、とりあえず戻ろうか」

「はい」

 ふたりは会議室を出た。


 岡崎は向上心が強く、こういった議論を時々持ちかけていた。また、元々言いたい事ははっきり言う性格の様で、これが元で同僚との関係が悪化する事もあったらしい。

 由衣は、何事にも一生懸命な岡崎に悪い印象はない。ただ議論が苦手なので、少々困りものだった。


 開発課のオフィスに戻ると、難波がやってきた。

「早川さん、アウトドア事業の人員どうします?」

 来週から、アウトドア事業を立ち上げ、実際の製品の製造に動きだす事になっている。開発課でも既存の事業から、アウトドア専門の人員を用意する事になっていた。

「晩までに配分を決めるから、ちょっと待って」

 由衣はそう言って自分の席に戻った。そこに岡崎がやってくる。

「課長。私がアウトドア事業の担当をやりたいです。任せてください」

「……岡崎さんか。どうしたものかな」

 由衣は岡崎の顔を見た。自信に満ちた顔だ。

 ――そんなにアウトドア事業に賛成なら、やらせてみるのもいいか。でも、オフィス家具事業の方が……。

「岡崎さん、今はオフィス家具の担当でしょ。大丈夫なの?」

 側でやり取りを見ていた難波が言った。

「大丈夫です。オフィス家具も問題ありません」

「……わかった。アウトドアは岡崎さんに任せる。ただし、オフィス家具は別の人に担当してもらうよ」

「大丈夫です。やれます」

 岡崎はそれでも食い下がった。

「駄目。アウトドアに集中するように」

 由衣はきっぱりと言った。

「は、はい……」

 由衣に断言されると、やむなく引き下がった。


 昼休み、事務所二階の休憩コーナーで難波に声をかけられた。

「早川さん。岡崎さん、最近どうしたんですか」

「どういう事?」

 由衣はコーヒーをひと口飲んで難波を見た。

「よく仕事するし、なんでも積極的なのはいいと思うんですが、少し先走りすぎな気もするんですが」

 難波は少し心配そうな表情だ。

「難波さんもそう思う?」

「ええ」

「岡崎さんは向上心の高い人だし、新規事業の開発を任されている分、張り切り過ぎている感じはするね」

「でしょう。ちょっと危ない感じもするんですが……」

「言いたい事はわかる。でも優秀な人だし、今はとりあえず様子見にしとこうと思う」

「ですかねえ……」

 難波はそう呟くと、忙しなく働く岡崎をしばらく見ていた。


 それから数日後、藤井は岡崎を呼んだ。

「失礼します」

「来たか。まあ楽にしてくれ」

 藤井は岡崎を見た。少し不安の色を滲ませている。

「あの、用件は……」

「そうなんだ。単刀直入に言う。君にアウトドア事業の製品開発のアイデアをまとめてもらいたいんだすべて君の指揮でね」

「アイデアですか?」

「そうだ。今後どういった製品を投入したいか、後で説明する。それの具体的なアイデアが欲しい。斬新なのがいい」

「はい、いつまでに用意すれば?」

「今月いっぱいまで考えてくれ。来月報告してもらう。それから、この件は課長の判子はいらない」

「え? で、でもそれでは……」

「この件は僕の方から、君に直接指示したものだ。早川さんは関係がない」

「……は、はい」

「よし、じゃあこれを見てくれ……」


「岡崎さん、それは?」

 由衣は、岡崎が自分の聞いていない製品と思われるものの、検討か何かの作業をやっているのに気がついた。

「課長。あの……これは、社長から直接指示を受けたもので」

 岡崎は少し後ろめたそうな表情だった。別に後ろめたい事は何もないのだが。

「ああ、そうなんだ」

「はい」

 由衣は特に何かある風でもなく、ひと言だけ言って行ってしまった。岡崎は再び作業に戻った。


「大原くん、この間のやつどうなった?」

「はい、あれは……」

「金子さん、来週までに……」

「大丈夫です。明日にもできそうですから……」

 ――由衣は、岡崎達アウトドア斑のスタッフの仕事を側で見ていた。

 開発課の室内は、最近別の独立したチームができている様な有様である。机の配置を変えて、アウトドア斑の四人のみ、他のスタッフと机を並べていない。

 難波はどうも、いい感じがしなかった。同じ課で働いているというのに、アウトドア斑だけが内輪で固まっている様に見えていたからだ。

「早川さん、あれどう思いますか?」

「まあ、しょうがないよ。社長の肝いりだし」

「……なんか悪い方向に向かっている気がしてならないんですが」

 難波は少し不安げな表情である。

「言いたい事はわかる。わかるけど、どうもならないよ」

 由衣は、少しづつ社内の空気が変わりつつあるのを肌で感じながら、何もできずに時間だけが過ぎていくのが悲しかった。

 そんな中、再び残念な出来事が起こった。


「高橋さん……」

「早川さん、今までどうもお世話になりました」

 高橋が退職する事になった。理由は家業を継ぎたいとの事だった。なんの家業なのかはわからないが、それは本当の理由ではないだろう。本当の理由……それは一目瞭然だった。

 高橋は本部の販売課に所属する。ネットに強く、まだ小さい町工場だった頃から、オンライン関連の業務をほぼ全てひとりで管理してきた。しかし次第に同僚が増え、さらに上司が自分の上に置かれ、次第にやりにくくなってきていたと、いつだったかに愚痴をこぼしていた。

 思う様に仕事ができず、苦々しい思いを溜め込んでいた。また、由衣が以前に耳に挟んだ噂によると、だいぶ上司の谷田と仲が悪かったともいう。

 昔馴染みの社員がだんだんと減っていく。由衣はやるせない気持ちに顔を歪めた。


 春の空は雨模様。今日も空は曇っていた。そして、由衣の心も曇り空だった。

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