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由衣の冒険3  作者: 和瀬井藤
ステップ・バイ・ステップ
16/32

 移転からしばらくした頃、開発課に中途採用で新人がやってきた。

「岡崎沙織と言います。よろしくお願いします」

 岡崎は凛とした態度で、深々とお辞儀した。端正な顔立ちに背の高いスマートな体型はモデルの様だった。

 彼女は<若返り>の発症者である。実年齢は三十八歳だが、身体年齢は二十七歳であり美人である。元はデザイン事務所でグラフィックデザインを長くやっていた。工業デザインもやった事があるという。

 藤井は岡崎のデザインに対する優れた発想やセンスを高く評価したらしく、さんざんに口説いてヘッドハンティングした。岡崎の方も、いろいろと噂を聞いていて関心があった様だった。


「彼女が開発課の課長である、早川由衣さんだよ。君は早川さんの下で働いてもらう」

 藤井は岡崎に由衣を紹介した。

「……よろしくお願いします」

 由衣は眼前のクールな美人に少し気圧されつつも挨拶した。

「よろしくお願いします。早川課長。噂は聞いています」

「噂?」

「はい、課長はこれまで表には出てませんが、フジイには<若返り>の優れたデザイナーがいると噂で聞いた事があります。ここまで若い姿の方だとは思いませんでしたが」

 岡崎は笑顔で話した。どうも由衣の事をある程度知っているらしかった。

「そ、そうなんだ……」

「今も好調なプリエシリーズを、殆どひとりで仕上げたとも聞きますし、大変な実績を残されていますね。私も一度お会いしたいと思っていました」

「え? いや、まあそんな事はないけど……」

 由衣は照れ笑いして謙遜する。

「勉強させてください。早川課長」

「はは……まあ、よろしくお願いします」

 由衣は意味不明な返答してしまうのだった。


 岡崎は非常に優秀だった。ありとあらゆる作業が迅速で且つ正確だった。また自分のアイデアもよく提案し、由衣も唸らせる様な事も多々あった。

 この優秀な新人に慌てたのが大原達だ。岡崎はかなりのベテランだとはいえ、うちの中堅スタッフ達よりも明らかに速く作業をこなしていく。また、非常に正確で確実だった。

「岡崎さん、これどうやったら……」

 金子などは、いつの間にか岡崎にアドバイスを求めている始末だ。大原も岡崎に触発されたのか、かなり真面目に仕事をこなす様になってきた。

 そんな有様を側で見ていると、難波にやってきた。

「すごいですね。綺麗な人だし、仕事もできる。完璧な人っているものですね」

 そう言って微笑んでいた。


 由衣は藤井の元に呼ばれていた。

「早川さん、新しいオフィスはどうだい?」

「すごく快適ですね」

「それは何よりだ」

 藤井は笑顔になった。しかしすぐに真顔になる。

「それでね、早川さんにやってほしい事がある」

「――なんでしょうか?」

 由衣は少し緊張感を漂わせて聞き返した。

「うちの工場の従業員。会社の作業服を着てるよねえ」

「ええ、そうですね」

「あれは市販の作業服に社名の刺繍を縫い付けただけの簡単なものだ。はっきり言って、格好悪いと思うんだ」

「はあ……」

 由衣は、藤井が何をやらせようとしているのか、なんとなくわかった。

「――うちの作業服をデザインしてほしいんだ」

「作業服をですか?」

「そう! とびきりカッコイイのがいい。これまでのイメージを一新する様な最高の作業服を作ってくれないか!」

 ――まさか作業服を作れとは、いつもながら変わった事をやらせようとするものだと、由衣は内心呆れていた。

 ――そんなもの自社で作ろうとするものかな? この人の言う事だから、服の構造自体から新規にデザインせよという事なのだろう。そんな事をしている暇が……由衣はそう思った。

「――とりあえず、どこからやったらいいですか?」

「その辺も任すよ。それから……そうだな。半月後、来月までに試作を用意してくれ」

「わかりました」


「ふう……」

 由衣は部屋に戻ってきて、自分の席に座ると、まずため息をついた。

「課長。どうされたんですか?」

 近くにいた岡崎が不思議に思って聞いた。

「――いや、まあね。また突拍子もない事を……」

 由衣はそう呟くと、少し考え込んだ。そして岡崎の顔を見た。

「岡崎さん、今何やってたっけ?」

「今はプリエシリーズの改良を担当してますが……何かありますか?」

「岡崎さん……作業服を考えてみない?」


 岡崎は一瞬、何を言っているのかわからなかった。作業服というのはわかる。作業服をデザインせよというのもわかる。しかし、フジイはアパレルメーカーではない。家具インテリアを主としたメーカーだ。それでなぜ、作業服なのか?

「うちの工場で着る作業服をオリジナルデザインで作れと指示が出たんだ。わたしもアイデアを練るから、岡崎さんにメインでやってほしい」

「……作業服ですか。私は服飾は今までやった事がないですが……大丈夫でしょうか?」

「ふたり付けるから、やってみてほしい。とりあえず来週に、みんなでアイデアを出し合って……」

「わかりました」

 岡崎は、目の前のあどけない顔立ちの上司に、少し不安そうな面持ちで返事した。


 開発課のオフィスの隣には少し小さめの会議室がある。あれから週が明けて月曜日、由衣達が件の作業服について話し合っていた。

「――私はこんな感じです」

 岡崎のデザインは、非常にスタイリッシュだった。作業服というと、ゆったりしたラインのものが基本的に多い。が、動きやすさや、作業の邪魔になりにくさで、タイトめなスタイルにしたという。

「生地は伸縮性のあるものを使います。また、こことここのポケットは、大きくて邪魔になりにくい、使い勝手のいい位置で……」

 岡崎は、テーブルに広げた自分のデザイン案を細かく説明した。

「なるほど、斬新だけど結構かっこいいね。機能性も良さそうだし」

「ありがとうございます。まだ、いろいろ解決しないといけない問題もあるので、この通りは難しいかもしれませんが……」

「まあ、とりあえずはね。じゃあ、次……」

 由衣は若手スタッフのアイデアを発表させた。彼らのものは、斬新さはなく、割合普通のものだった。また機能面にしても特に注目に値するものはない。

「――じゃあ、わたしはこれで」

 由衣の提示したデザインはかなり斬新だった。イラストとして書かれたそのデザインは、どう見ても作業服には見えなかった。

「これはなんていうか、登山用ジャケットみたいですね」

 岡崎はイラストを見て言った。襟が大きめで立っており、破れやすい部分には補強の当てがある。イラストの説明には、吸湿速乾性ん高い素材を使いたい旨が書いてあった。

「うん、別にこれまでの作業服然としている必要はないと思うんだ」

「なるほど……さすがですね」

 岡崎は、とても真剣に由衣のイラストを見ていた。随分長く考え込んでいて、何かいいアイデアでも思い浮かんだのだろうか? と岡崎の横がを見て思った。


 翌日、岡崎は由衣を会議室に連れていった。またアイデアが様々あるという。

「これはジャパンファイバーの高剛性繊維だね」

「ええ、そうです。去年あたりから各方面で利用が目立ってきました」

 この高剛性繊維は二〇一八年に国内最大手の繊維メーカー「ジャパンファイバー」が開発した特殊な繊維だ。文字どおり非常に剛性が高く、破けにくい。また生地も柔らかく滑らかで、着心地もいい。次世代繊維として、繊維の強さだけでなく、着心地の良さでも様々な方面で注目を浴びている。しかもこれは<若返り>の発症者の開発チームが作り出したという。

「必要な部分にだけでもコーティングも施せば、さらに高性能なジャケットになります」

「この繊維は確かリサイクル性も良かったし、いいかもしれない。ただ……コストがね」

「それが問題です。計算したわけじゃないですが、販売されるとしたら上下セットで二万円では済まないかもしれません」

 岡崎は声のトーンが一段下がった。

「とてもじゃないが論外な価格になりそうだねえ……」

 由衣と岡崎はしばらく喋る事なく、沈黙が続いた。

「とりあえず、三種類ほど案をまとめて社長に提出しようと思う。明後日までにできる?」

「はい、大丈夫です。いろいろ思いつく事もあるので、任せてください」

 岡崎は自信を持って答えた。

「頼もしいね。じゃあお願いするよ」


 由衣は岡崎とともに社長室にいた。

「いろいろ案が出たのですが……この三種を提案します」

 由衣はそう言って書類を差し出した。

「ふむ、どれ……」

 しばらく、それぞれのファイルを見て考え込む様な素振りを見せたかと思うと、またファイルを見比べてという事をずっと続けていた。

「ほう、これはいいな。これ、このジャケット」

 それは由衣が仕様を考えて、細かい部分を岡崎が仕上げた案だった。

「これはいいぞ。そこいらの工場なんかとはぜんぜん違う。こういうのがいいんだ!」

 藤井は少し興奮した様な声色になってきた。

「これは誰が考えたんだ?」

「岡崎さんです。わたしはざっとしか手をつけていないですから」

「え? 課長……」

 岡崎は意外そうな顔をした。確かに細かい部分は自分が頭をひねったものの、ベースとなっているのは由衣のデザインによるものだからだ。

「ほう、岡崎さん。君はやっぱり只者ではないと思ったんだ」

 藤井は嬉しそうに話す。

「岡崎さん、君はいいね! いい仕事をする」

「……どうも、ありがとうございます」

 岡崎は藤井に対して言うが、さりげなく由衣の方を見て微笑んだ。由衣も微笑み返す。

「今後もその腕を思う存分振るってくれたまえ!」

 藤井の岡崎に対する印象はかなり良くなった様子だ。

「今度の会議でこれを提案する。楽しみじゃないか。工場でこのウェアを着て組み上げられていく我が社の製品達。最高だね!」


 それから数日、土曜日の静かな午後。この日は休日であり、一部の部署では休日出勤をしている社員がいる。数人しかいない本部の片隅のソファで、藤井とクラテックの石川が何かを話し合っている様子だ。石川はクラテックのフジイ担当の営業である。

「――できるかい?」

 藤井は石川の目をじっと見ている。

「ええ、小関さんより良い仕事しますよ。ウチは」

 石川はそんな藤井に対して、自信に満ちた目を返して言った。

「君のところで全てできるなら、それが一番いいんだ。本当は最初からそうしたかったんだけどね」

「はは……、あの頃は他が忙しくて。どうもすいません」

 石川は頭をかいて苦笑した。そして、再び藤井の顔を見た。

「任せてもらえれば、どこよりも期待に応えられると自信を持って言えます」

「そうかい……ふふ」


 週が明けて、月曜の定例会議。午前中の静かな会議室の中、藤井は眼前に座る幹部達に向かってしゃべり続けていた。

「これはいいだろう。見てくれ! とてもカッコいいだろう」

 先週、由衣達の手でデザインされた自社の作業服を提案していた。若田は好印象な事を言っていたが、木村は「コストは問題ないのですか?」などと質問していた。

 藤井はひと息間を置いて、幹部達の方を見た。そしてゆっくりと語り始める。

「――『プリエ』シリーズなど、幾つかの製品の組立を委託している小関工業だが……来年度の契約更新はしない」

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