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由衣の冒険3  作者: 和瀬井藤
ステップ・バイ・ステップ
14/32

「――そうだ。移転するんだ」

 月曜日の定例会議の中で突如言った。

「ううむ、移転とは。それにしても、どこに移転するつもりですか?」

 営業チームの木村が言った。

「一宮だよ。少し街から離れるが、いい物件があった。ずっと探していたんだが、やっと見つかったよ」

 藤井が話しているのを聞いて、

 ――一体いつの間にそんな事をやっていたんだろう?

 と、由衣は思った。しかし、今より大きくなるんだろうし、設備も充実するだろうから、それを考えると少し楽しみでもあった。やはりこの工場は手狭な上に設備が足りなさ過ぎるのだ。

 ちなみに一宮は、岡山市の市街地の北部地域になる。田んぼの目立つ街の外れだ。工場の設備など建物が揃っていて、少し高いものの悪くない物件だった。

「もう決めてしまったんですか?」

 製造チームの若田が言った。

「いや、まだだ。それでだね……」

 藤井は左右を見渡して宣言する。

「来週、みんなで見に行こう! その上で正式契約するかを判断する。でも、絶対気にいると思うんだよ」


 昼休み、難波が由衣のところにやってきた。

「移転するって本当ですか?」

「うん、もう決めてしまった様なものだね。来週現地を見に行くそうだよ」

「どこになるんですか? 遠くなったら嫌だなあ……」

 少し不安げな表情になった。

「大丈夫、一宮だから。難波さんだったら近くなるんじゃないかな」

「そうなんですか。なるほど、一宮かあ。もしかしたら距離は半分以下かもしれないです」

「ふうん、そんなに近くなりそう?」

 由衣はテーブルの上の飴玉をひとつ口に放り込んだ。オレンジ味の飴玉だ。

「ええ、場所によりますが、私は総社でも岡山市寄りの場所ですから」

「そうなんだ。わたしはもう歩いて通勤とはいかないな」

「早川さんの家はこの近所ですもんね。移転したら車で通勤ですか?」

「そうなるだろうね。多分、四、五キロくらいなりそうだし」

 このくらいの距離だと、以前の身体なら自転車で余裕だった。今はもう無理だろう。

「いいじゃないですか。やっぱり車が楽でしょう。寒くないし」

「そうだけどね。でも車に慣れると、本当に車ばっかりになってしまうから……できればねえ」

 そう言って話しているうちに、昼休みが終わった様だ。

「さあ、仕事にかかろう」


 翌週、自動車二台に乗り込んで移転候補 場所にやってきた。岡山ドームの前を通り、野田の地下道を抜けて総合グラウンドを横目に北上する。次第に市街地から離れていくと、そろそろ到着するという。

「ここが……」

 由衣は車の窓から身の前の閉鎖工場を見た。三ヶ月前まで稼働していた工場だからか、それほど廃工場と言った荒んだ雰囲気は無い。

 ここは半年ほど前に、電気機器系のメーカーが事業縮小の為に岡山県内の工場を手放した。その跡地という事になる。敷地面積は由衣の想像以上で、小学校というと大げさだが、そのくらいある様に見えるくらい広い。

 独立した二階建てのビルが事務所になるのだろう。奥側に大きな工場が建っている。白い壁に赤い屋根の立派な工場だ。倉庫と思われる建物もふた棟建っている。

「いいところだろう! 僕達はここでさらに躍進するんだ!」

 藤井は振り向いて、両手を大きく広げた。

「最高の場所さ!」


 とりあえず門から入って正面に見える白い建物、経営の拠点となる事務所に入る。建物自体はそれなりの中古物件だが、中は割合綺麗だった。

 一階は正面玄関から入るとエントランスホールになっている。あまり広くはない。このエントランスホールは吹き抜けになっていて、見上げると、二階の廊下の手すりが見える。片側に階段があって、二階に続いている様だ。階段の隣には、廊下が奥にむかって続いている。多分会議室だのと言った部屋があるのだろう。

「こっちに来てくれ」

 藤井の後にについていき、奥の廊下に入ってすぐの部屋に入った。割合大きな部屋で今の事務所の二倍以上はあると思われる。

「ここは営業チームのオフィスにするつもりだ」

 藤井は木村を見て、次に周囲にいる由衣達を見た。

「広いし、思った以上に良さそうですな」

 木村は隣にいた小宮山に言った。

「ああ。それにある程度内装は綺麗にするから、もっと良くなると思う」

 小宮山が答えた。現状でも、物を置けばすぐにでも使えそうな程度ではあるが、一応綺麗にするらしい。

「ようし。じゃあ、二階に行こう」

 藤井はそう言って、先頭にたって階段を上っていく。皆それに続いていく。

 二階は階段の隣に奥に続く廊下が伸びる。一番手前の部屋は結構な広さで、ゆったりと三十人分くらい普通に机が並べられそうな広さだ。

「ここが大本営ってところだね。ここを本部にする」

「大きいし、ちょうど良さそうですな」

 木村が発言した。

「隣には会議室がある。定例会議なんてここでやったらいいと思うんだ」

 藤井は得意になって話し続ける。

「さあ、この奥だ。行こう」

 廊下をさらに奥に進むと、突き当たりの手前に部屋がある。突き当たりにもドアがあるが、とりあえず手前の部屋に入っていく。

「ここが開発チームの部屋になる。どうだ。いいだろう」

 藤井は由衣を見て言った。

「そうですね」

 由衣は、室内をキョロキョロと見回して言った。本部の部屋に比べて半分以下の広さだが、そこで働く人数が違うから当然だろう。むしろチームの人数の事を考えると、少し広すぎるかもしれない。

「――社長」

 製造チームのリーダーである若田が、藤井を呼んだ。

「どうした?」

 藤井は振り向いた。

「うちのチームはどこに?」

「製造チームは、これからだ」

 そう言って部屋を出ると、さっきの突き当たりのドアを出た。そこにはさらに廊下があり、ふた部屋あって、その先には階段があった。

「この階段を降りると……」

 藤井の後に続いてぞろぞろと階段を下りていく。降りた先は、一階の廊下と、隣にはまたドアがある。

「この廊下の先はエントランスの方にいく。次に向かうはこの先だ」

 そう言うと、ドアを開けて外に出た。外は屋根付きの廊下になっていて、その先には工場の方に続いていた。廊下を歩いて、工場に入るドアを入っていくと、すぐ正面に事務所と思われる部屋のドアがあった。

「ここが製造チームの部屋になる。もうこの隣は工場内だ」

 部屋には入らず、そのまま工場を見にいった。

「おお、これは結構な広さですな」

 若田は周囲を見渡しながら言った。

 学校の体育館かそれよりもっと広いだろうか。かなりの広さがある。天井も二十メートルはあるだろう。大型のクレーンが二基、小型が三基ほど見える。大きな扉もあるので、大型のトラックの出入りも余裕だ。

 ただ、それら以外何もないので、とてもすっきりしている。ここに様々な設備が備わってくると、かなり雰囲気が変わってくるのだろうと思われた。


「良さそうですな。でも、こんなに大きな工場でなくても……」

 そう言って、木村は藤井の方を見た。

「大きな工場が必要だろう。我々はメーカーだぞ」

 藤井は反論した。

「しかし、小関やクラテックに委託していれば何も問題ないでしょう。コストの面でも有利なはずです。何もうちでこんな大規模な工場を用意しなくても……」

「そうはいかない。僕達の製品は僕達で作るんだ。そうでなくてはならない!」

「しかし……」

 木村は渋い顔をした。

 そんな木村を横目で見つつ、由衣はなぜ木村がそんな事を言っているのかわかっていた。木村は、小関工業の専務と仲がいいのだ。以前からの釣り仲間らしく、そもそも藤井に木村を紹介したのも、この小関の専務なのだ。

 木村はその為、プライベートだけでなく仕事の上でも小関とは関係が深かった。だから自社製造の比重が大きくなると、反対に小関工業の仕事を奪う事になり、面白くないのだ。

 ――木村さんにしたら、いい話でなないだろうな……。

 複雑な顔を見せていた木村を見ながら、由衣は新しい職場での期待と不安を募らせていた。

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