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由衣の冒険3  作者: 和瀬井藤
ステップ・バイ・ステップ
13/32

 二〇二〇年、四月。この春から藤井工業は十人もの新入社員を雇用した。

 一年前に、折りたたみ椅子『プリエ』を販売し大きな成功を収め、その後も順調に新商品を発売し続け、順調に業績を上げていった。結局のところ、ほとんど失敗らしい失敗はなく、怖いくらいに成功しているのだ。

 現在、従業員は二十五人いる。由衣が入社して以来だと、去年に松田が退職したのと、事務員に余裕が出てきたので、藤井の妻である恵美も去年の秋に退職した。藤井工業の規模は少しづつ大きくなっている。

 会社の組織も少し変わった。社長である藤井の下に本部、営業、製造、開発と並び、それぞれのチームにリーダーが一人づついる。総務は小宮山、営業は木村、製造は若田、開発は由衣である。

 木村は倉敷市内の某企業の営業として働いていたが、その手腕を買われて藤井が引き抜いた。若田は某大手化学メーカーで副工場長をしていたが、会社と揉めて退職した。そこを藤井が誘った。

 由衣が入社した頃に比べ、ずいぶんとメーカーらしい雰囲気は出てきた。いつの間にか、少しづつ成長していた。


 由衣の職場である、事務所二階の部屋には由衣を含めて六人の社員が働いている。スペースの問題で、設計と試作を同じ部屋ではできなくなり、試作品の製作は工場でやっていた。さすがにこれだけ人数が増えると、手狭に感じていた。

 今年に入ってから、何度か事務所の移転を検討している。すでに新設されている営業チームは、別に事務所を借りてそこで業務に就いていた。

 藤井は開発チームをさらに大きくしたいと考えており、その為には開発室だけでもどこかに移転させる事を考えていた。

 ただ、藤井は密かに自社工場による、自社製品の製造を考えており、開発チームの事だけでなく会社自体の移転も考えていた。


「向井さん。じゃあ、これお願いします」

 難波は向井に部品の図面を渡して、その部品を加工してもらう様に頼んでいた。

「ああ、わかった」

 向井は図面を受け取り、しばらく眺めていた。ふと顔を上げて難波の方を見ると、

「なあ、難波ちゃん。いつも思うんだが……開発の人間は誰がいるんだ?」

「誰、というと……?」

「いや、今は工場で試作品作ったりしてるだろう。部屋が狭いからって。でもさ、早川さんや難波ちゃん以外はあんまり見ないからなあ」

 難波は何が言いたいかわかった。そうなのだ。一年前から以降に入社してきた新しい社員達は、試作品を直接手に取ったり、自分で工具を持って加工してみたりといった事を、やりたがらない。工場の方に出てきて、試作品を触ってどうするべきか、そういう事をしないのだ。

 由衣は触った感触や、目に見える実際の質感を、とても大事にしていた。本当に何回も何回も触って確かめていた。藤井もそういう部分を大事にする。難波はデザインをする上で、とても大事な事だと教わった。入社当初、由衣にも同じ事を言われた。

 由衣は基本的に怒らないし、あまり他の人のする事に口を挟まない方針だ。難波にとって、まあそれはそれでいいと思うが、今時の新人達には悪い方に影響している様に思えた。

「よくない風潮だなあ……」

 難波は少し先行きが不安になった。


 由衣は難波や小宮山達と共に、一階で昼休みにテレビを見ていた。

『これ以上、奴らの進出を許してはならない!』

 テレビの中では、白人の男が議会の壇上で叫んでいた。日本語ではないが、画面下に日本語訳が出ている。

「……あれ、どうなんですかね」

 難波は少し嫌なものを見る目でテレビを見ている。

 これはドイツ連邦議会での演説だ。先ほど叫んでいたのはトーマス・ウェーバーという若い議員で、彼は<老化><若返り>発症者が政治権力の場に進出するのが、どうにも気に入らないらしい。今年に入ってから、ニュースで時々見かける。

『この世界は我々の世界だ! 奴らの世界じゃない!』

 彼は去年、EUでは理事会議長に<老化>の発症者である、スイス人のフランツ・リヒターという人物が就任したのにも、過激発言で反発していた。ドイツの議会にもすでに複数の<老化>や<若返り>の議員が増えてきているのにも、事あるごとに反発している。

『高い知能がある? 苦しみに耐えて生きている? それがどうした! 奴らは我々の世界を支配しようと企んでいるんだ!』

 罵声が飛び交い、もみくちゃになる議会場。大荒れの映像が終わって、スタジオに切り替わった。アナウンサーは「ああいった過激発言が発症者に対する、差別を助長しているのでは」などと発言し、「よくないですね。そもそも何を持って、そういう発想になっていくのか……世界中から非難の声が聞こえていますよ」などと話していた。

「感じ悪いな」

 由衣は呟いた。

「ふむ、頭のいい人達に上手く丸め込まれて、ああいった事を考えてしまうんだろうが、まあ、とにかく極端すぎるな」

 小宮山が言った。

「でもあの人を支持する人っているんですか?」

 難波は不愉快極まりない表情である。

「少しづつ増えていると、前にニュースで見た。目立ち始めるとやはり、似た様な考えにに染まった支持者が現れるんだろう」

「確かに<老化>や<若返り>の人達が表舞台に増えてくれば、ああいう風に反発する人は増えると思う。なんていうかSFの世界でよくあるよね、ディストピアだとか……」

 由衣は言った。

「もうそれって映画の話じゃないですか。ありえないです。そんな妄想に取り憑かれてるんですかね」

「<若返り>としてはちょっと肩身がせまいな」

 由衣は苦笑した。

「早川さんが肩身がせまい思いする必要はないですよ! ああいう碌でもない輩が悪いんです!」

「ま、まあ……難波さん興奮しすぎ……」

 由衣はヒートアップする難波を諌めた。

「す、すいません」

「日本ではまだほとんどいないが、次第に増えるんだろう。こういう事は、もっと身近な問題になっていくかもしれないな」

 小宮山は淡々と語る。日本ではまだこういった事は見られないが、確かにいつかは……。

「なんていうか、理不尽な話です。別になりたくてなった訳じゃないのに」

 難波はどうしても納得のいかない顔をしていた。


 午後は引き続き部屋で仕事をこなしていた。

「大原くん」

 由衣はふいに大原を呼んだ。

「はい」

 大原は由衣の席にやってくる。

「このパーツだけど……ちょっとおかしくないかな。本当に噛み合うの?」

「え? 大丈夫なはずですけど……」

 頭をかきながら答える大原。

「確認した?」

「ええ、CADの寸法上の計算では大丈夫なはずですよ」

「いや、そうじゃなくて。ちゃんと実物を作って試してみた?」

「いや、それは……でも計算があってるなら問題はないのでは」

「計算上はよくても……なんて言うのか、実物になると予期しない事ってあるから、ちゃんと試作して欲しいんだけど」

「そうですかね……」

 大原は少し不満そうな声色である。

「ちょっと! 大原くん。早川さんがそう言ってるんだから、ちゃんとやるべきでしょ!」

 難波は大原の態度に声が大きくなる。

「いや、でも画面上で出来る事なのに。そこまでする必要がありますか?」

 大原は少し棘のある声色になった。

「あるから言ってるんでしょ!」

 難波は声が大きくなる。

「そ、そんなに言わなくても……」

 大原は辟易してつぶやいた。

「さっさとやりなさい!」

「は、はい……」

 大原はスゴスゴと部屋を出て行った。

「あの、難波さん」

「なんですか?」

 難波は名前を呼ばれて振り向いた。

「あんまり強く言い過ぎるのも……」

「そんな事ないです。早川さん、ちょっと」

 そう言って、難波は由衣を部屋の外に連れ出した。

「早川さん、彼らどう思いますか?」

「どうって?」

「今みたいなやり方っていうか、画面の中で作ってハイ終わりって」

「まあ、よくないね。やっぱり実物を見ないとわからない事は多いし」

「ですよね! たとえ3DCADがあるからって、実物を試作しないでできる訳ない。あの子達はそれがわかっていない様に思えるんです」

「まあ、確かにね」

「言ってやりましょう。ちゃんと!」

「でもね、多分言ったくらいでは変わらないんじゃないかと思うけど」

「簡単には変わらなくても、言い続けていれば変わっていくと思います」

「ま、まあそうだね……」

 由衣は性格的に大人しく、あまりリーダーシップの得意なタイプの人ではなかった。付け加えて、由衣自身の容姿のせいか侮られがちだった。

 大原と金子は共に一年前に入社した。が、最初は一生懸命頑張っていたと由衣は思っていたが、七月に3DCADを本格的に導入して以来、室内でパソコンに向き合う時間が長くなった。あまり手作業で部品を作ったり、自分の手で削って修正したりといった事をあまりしなくなっていった。

 由衣も忙しく、手間のかかるプロジェクトをほぼ一人で操縦している状態で、あまり個人に気を配る事が出来ていなかった。

 古賀と有馬は、今年の四月――ついこの間に入社したばかりの新人だ。

 ちなみに、どちらも大卒だが新卒ではない。就職活動に失敗して、とりあえずバイトをしながら引き続き就職先を探していた。古賀は難波の大学の後輩で、有馬はハローワーク経由だ。

 どちらも真面目に仕事をするが、大原達の真似をする様になっては良くない。

 ――なんとかしたいけど……。

 どうにかしようにも、どうにもならず時間は過ぎていく。困ったものだ。

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