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由衣の冒険3  作者: 和瀬井藤
始動
12/32

 桜の季節も、なんだか忙しいままいつの間にか終わってしまった。外も暖かくなり、もう暖房も必要ないだろうと思えてきていた。


 藤井工業の新商品「プリエ」はかなりの成功を収めた。値段は六九八〇円と競合製品と比べて結構な割高にもかかわらずだ。

 大きかったのは、やはり企業や団体向けだろう。藤井がどういった売り込みをしたのかは不明だが、信じられない事に学校関係に多く納品されている。ひとつの契約に対して納品数が大きいので、一台あたりの価格は安くできたのもあるかもしれない。実は個人向けも、むしろ生産が追いついていない状態でもある。


「なんかすごいですよねえ。今月下旬から三次生産に入るって言ってましたけど。ちょっとボーナスが楽しみですよね」

 難波は嬉しいそうに話している。

「何台かわからないけど、相当数を生産する予定みたいだね。予想外の売れ行きだなあ」

 由衣もこれだけ売れるとは思っていなかったらしく、少し驚いている様子だ。

「次のも売れたらいいんですけどね」

「ああ、テーブル? まあ、プリエとセットみたいなものだし、売れない事はないだろうけどね」

 次の新製品は折りたたみ式のテーブルの予定だ。同じデザインの方向性で設計されており、セットで使用される事を想定している製品だ。すでに小関工業の方で試験生産されており、今は生産台数やセールス方法など、何台作って、どう売るかという段階である。

 開発室の中心付近には試作されたテーブルが、新しい作業台として置かれている。

「あ、早川さん。これどうします?」

「うん? それはね……」

 由衣の仕事はまだ始まったばかりだ。


 四月末、ゴールデンウィークに入る前に、『プリエ』の好評を記念して祝賀会をやろうという事になった。

「さあみんな! 思いきり楽しんでくれ!」

 藤井は興奮した面持ちで社員達に向かって言い放った。

「さすが社長! やるね!」

 向井が叫んだ。

「遠慮はいらない。さあ飲んでくれ!」

「やっぱ最高っすよ! ああうまい!」

 吉木は大はしゃぎでビールを二杯、三杯と飲んでいく。みんないつもにも増してテンションが高い。


「みんなよく飲みますね……」

 難波はウーロン茶を飲みながら騒がしい会場を眺めていた。

「あの人達はいつもああだし」

 由衣も横でウーロン茶を飲んでいる。

「いつも思うんですが、この会社では居酒屋ではしないんですね」

 確かに、和食だの中華だの焼肉だのばかりで、基本的に居酒屋とかビアガーデンなどで、この種のイベントをやった覚えがなかった。今回はフレンチのバイキングだ。

「多分、わたしがいるからじゃないかな。別に飲んでも問題ないんだけど、見た目がね……」

「……そうなんですかねえ」

 難波は苦笑いした。

「どうだ。食べているかな」

 そう言って近づいてきたのは小宮山だ。小宮山もあまり騒がしいのは好きではないので、由衣達の方へやってきた様だ。

「まあ、ぼちぼちやってます」

「そうか。君達はよく頑張った。その成果だよ」

「はは、そうですかね」

 由衣は、この成功に少しだけ不安を感じていた。多分、藤井はこの後も次々と製品と投入していくのだろう。――調子に乗って失敗しなきゃいいけど。


 五月の中頃、新人が入社してきた。今度は五人である。由衣のところにふたり、営業担当にふたり、ネット担当にひとりだ。

 来月下旬には第二弾の製品が発売となる予定で、今後もしばらく忙しい日々が続くだろう。


 由衣は毎日残業をしていた。最近は特に忙しい。複数の計画を同時進行しているせいだ。その為に、土曜はいつも休日出勤になってしまっている。難波も同様だった。ふたり増えて四人体制になれば大分負担も軽減されるだろう。こう忙しいと喜ばしい事だ。

 しかし由衣にとって、ひとつ残念な事があった。新入社員が入社する少し前、工場の松田が退職した。以前から藤井の現在の路線をあまりよく思っていなかった様で、向井がかなり説得した様だが、退職する考えは変わらなかった。実は一、二ヶ月前から転職先を探してて、もう決めた上での退職だった。

 向井達は残念がっていたが、藤井は割と冷めたものだった。自分のやり方に批判的な立場にいたらしいので、まあそんなものだろうかと、由衣は考えた。

 ――しかし、この会社は今後どうなっていくのだろう?

 この前、由衣は小宮山に少し話を聞いていた。どうも修理や工事などの仕事を減らす様に指示されているという。そういう仕事を減らしていくのは、今の路線としてしょうがないのだろう。

 しかし工場の作業員を補充をしないのは……募集はしているが、応募がないと藤井はいう。本当にないのかもしれないが、どうもこう、工場の人達を遠ざけている様な感じがする。このままだと向井達を除け者扱いする様な事になりはしないか。

 由衣は少し浮かない表情のまま、窓の外を眺めて少しづつ近づいている夏の空をずっと見ていた。

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