五
翌週、由衣は難波と藤井と共に小関工業にやってきていた。
「どうなってるんだ!」
藤井は小関の担当者に向かって怒鳴っていた。この怒りの原因は塗装だった。プリエは全部で十二色という多色展開となるが、この度、不味い問題が起こった。
小関側の言うには、一部の色がどうも確保できないという。結果、三色が指定の色の塗料が足りず、各色の生産分を全て塗れないのだ。
「何やってんだ! おかしいじゃないか!」
「す、すいません! こんな筈では……」
小関の担当者は平謝りだった。
なぜこんな事になったのか? 小関工業は様々なメーカーの委託生産を請け負っていた。某大手電器メーカーの製品に使われる部品の塗装を委託され、手違いでそちらに使った為だった。更にその色の塗料も何らかのトラブルで遅れていて、手に入りにくくなっていた。
「特にこの色はメインの一色だぞ! このままじゃ、半分ほどしかできないだろうが!」
藤井の怒りは収まらない。色数が多い為、人気の出そうな色と、そうでない色で、生産数を変えているが、足りない色は売れ筋と予想している色なので、これによって人気色の台数を確保できないのは問題だった。
そもそも、すでに受注している分は、何としてでも確保しなくてはならない。信用に関わるからだ。今はそれが危ういという危機に見舞われていた。
「あの、まあそのくらいに……」
由衣が止めようとしたが、藤井は全く聞いていない様で、完全に無視されていた。
その後も、しばらく藤井はしつこく言っていたが、とりあえず今は無理でも、納期には必ず間に合わせるからと必死に説得していた。そして小関の担当者は、打ち合わせの為に会議室の方に藤井を連れて行った。
「社長すごかったですね……」
難波は苦笑いしている。由衣と難波は打ち合わせの終了後、事務所の外にある自動販売機で缶コーヒーを買って飲んでいた。藤井は書類を受け取る為に事務所に入っている。
「いつもあの調子なんだよね。ちょっとウンザリする……」
「普段とのギャップが凄いです。こだわりますね」
「まあ……今回のは小関が悪いんだけど」
由衣は缶コーヒーをひと口飲むと、ため息をついた。小関工業は今回に限らず、先月も生産量の関係のミスをして金銭面で揉めていた。会社自体がいい加減なのか、担当者が無能なのか、そもそも藤井工業の製品に力を入れていないのか。どうなのかはわからないが、何やらまだ色々と問題が起きそうな気がしてならなかった。
――そうしていると、藤井がやってきた。
「よし、帰ろうか」
「はい」
少し緊張感を漂わせたまま、由衣と難波は返事した。
あれから一週間後。小関工業は、何とか足りない塗料を調達してきた。その為、工程には今の所変更なく進めている。
藤井工業では、来年の新商品の発売に向けて、現在大忙しだ。とは言っても、大忙しなのは藤井で、今日も出張に行っている。生産の方はまあいくらか問題があるにしても、どうにか来年から生産にかかる事になる。
とりあえずクラテックは一月十八日までに部品を全て揃えて、小関工業が翌月曜日の二十一日から組み立てに入る。二月十五日までに出荷予定台数を用意し、三月の初めから納品開始となる予定である。かなり急ピッチだが、由衣の予想では発売延期があるんじゃないかとも考えていた。
――まあ、何度か失敗を繰り返して成功する、そういうものだろう。そう考えて、仕事に集中した。
「早川さん、これどうですかね?」
難波が、試作品を組み上げて持ってきた。これは難波に任せてあった、<プリエ>のシリーズの一種類になる予定のものだ。
「うん、良さそう。ああ、ここも綺麗に揃えたんだね……あれ?」
「どうしたんですか?」
「この出っ張りはダメだと思う。社長は許さないと思うよ。わたしも何回も言われたけど……ダメだ! 直せ! って」
難波は顔を青くすると「も、もうちょっと考えてみます!」と言って試作品を持って部屋を飛び出していった。
由衣はそれを見送ると、再び自分の仕事を再開した。
ひと段落ついたので、仕事の手を止めて休憩する事にする。由衣は大きく背を伸ばして、首を動かした。ずっとパソコンに向かって仕事をしていると、あちこち辛くなってくる。それもいくらか慣れてきたと思ってはいるのだけれども。